2009年11月 6日 (金)

感劇話その122 まったり楽しい。柳家小三治独演会@横浜にぎわい座

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 昨日はにぎわい座で小三治独演会。最初はこみちちゃんの『締め込み』。留守だと思って盗みに入り、荷物をまとめていたところに家の主が帰って来ることに気づいて風呂敷包みをそのままに、床下に隠れた泥棒。戻って来た主はその包みを見て、女房に男ができてでていく準備をしているものと早とちり。そこへ、女房が風呂から戻って来て起こる夫婦喧嘩のドタバタ劇。以前、たぶん三三さんで聞いたことがあった話だが、こみちちゃん、相変わらず安定感があっていい感じ。江戸弁のべらんめえ調の旦那の話っぷり、「……しておくれでないかえ」調の女房の話っぷりも上手だし、聞きやすいし。いつも元気で、楽しい気分にさせてくれる、好きな女性の噺家さんだ。
 小三治の1席目は『お茶汲み』。簡単にいうと、吉原での客と花魁の騙し合いの話だ。マクラで「ひやかし」という言葉の語源について説明。紙漉の工程の中で、紙をしばらく水に浸しておく工程を「ひやかす」といったそうだ。昔、吉原の近くに紙漉の工房があり、紙を水に浸している間、職人たちが暇つぶしに吉原に行って、店先に並ぶ遊女を覗いたり、買う気もないのに値段だけ聞いてみたり。そのうちにそういうお客のことを「ひやかし」というようになった、んだと。そこから吉原を舞台にした落語に突入。“昔、恋仲になった男とあなたが瓜二つだから、私を身請けしてくれないか”みたいなことをいって客を手玉にとろうと、泣いたようにみせるためにお茶を目元につける花魁。目の下にあるのはほくろかと思ったら、よく見るとそれは茶殻だった……。この話を聞いた男がおもしろがって、件の花魁に会いに行き、彼女と同じ手口で迫ってみる、という話。なんということはない話だが、小三治の飄々とした語りと、仕返し(?)をされるときの花魁の表情がおかしい。
 2席目は『一眼国』。マクラで昔の両国の見世物小屋の話をひとしきり。で、この落語は、なにか面白い見せ物はないかと探している見世物小屋の主人が、ある日、「眼が一つしかない女の子を見た」という旅の僧の話を聞いて、その子を捜しに出かけていく。僧の話の通りに一つ眼の女の子に出会った主人はその子をさらっていこうとするが、村人たちにつかまって奉行所に突き出され……。ミイラとりがミイラになってしまうようなお話。意外に短い噺だった。というのも、マクラで実は見世物小屋の話だけじゃなくて、今年よく話したマクラのダイジェスト、みたいなことをかなりたっぷり楽しく聞かせてくれた小三治師匠。マクラからしてもう小話になっている感じ。フランク永井のドキュメンタリー番組の話をして(昔、仲良くおつきあいをしていたらしい)、自分の歌の中でフランク永井自身がいちばん好きな曲というのが、じつは小三治師匠も彼の歌の中でいちばん好きな曲だった、ということを知ってとても嬉しかった、と。
 で、その曲「公園の手品師」の1番を高座で披露してくれたんだけど(お上手でした)、それが、うちの夫が以前に何度か「いい歌なんだよ」といってカラオケで歌っていた曲だったので、二度ビックリしたわけで。たしかにしっとりしたいい曲なんですよね、これが。でも、歳いくつなんだようちのだんな、と思って曲のことを調べてみたら、最初に作られたのは1950年代なんだけど、78年頃にフランク永井が改めてA面にして出してヒットしたようで。てことはまあ、高校生の私たちがピンクレディーやジュリーの歌を覚えて歌っていた時期だから、一つ上のだんながその歌を知っててもおかしくないか。にしても......などなど考えたりしながら、相変わらずまったりと、ほのぼのさせてもらった小三治独演会、でありました。

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プログラム(左)と、この日の演目

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2009年10月30日 (金)

感劇話その121 フラで和む秋の夜……HAPAコンサート@オーチャードホール

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 先日、HAPAのコンサートに行ってきた。ハワイの音楽シーンを代表するHAPAは、ニューヨーク生まれのバリー・フラナガンとハワイ出身のネイサン・アウェアラの2人組。今回は、フラのダンサーとのコラボレーションもあるので、フラを習っているのだろうと思われる女性のお客さんたちも多数詰めかけていた。
 卓越したギター・パフォーマンスと美しいボーカル、そしてときにサイモン&ガーファンクルを思わせるような優しいデュエットで楽しませてくれるHAPA。オリジナル曲のほかにもジャクソン・ブラウンやU2のヒット曲なんかも披露しつつ(U2の曲は「In The Name Of Love」だった。ジャクソンのは……曲名が思い出せない)。秋も深まる季節だけれど、スローなフラに心もほっこりさせてもらった。
 ミス・ハワイUSAでもあるアリアナさんはじめ、3人のダンサーによるフラはとても美しく、特にアリアナさんが膝を折って上半身を後ろに深くそらせるリンボーダンスのような姿勢で、さらに上半身を旋回させるような動きをすると、会場のあちこちからものすごい拍手が起こっていたが、きっとあれは、たとえば歌舞伎の女形の海老反りのような“大技”なんだろうなと思った。

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2009年10月29日 (木)

感劇話その120 圧巻の殺陣シーン。見応えたっぷり。劇団☆新感線『蛮幽鬼』

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 今月は久々に現代劇も見てきた。劇団☆新感線の『蛮幽鬼』。いのうえひでのりの演出で見たのは夏の『牡丹燈籠』以来だったが、やっぱりこっちのほうが(中島かずき作だし)だんぜん生き生きしている感じがした。まあ『牡丹燈籠』は30数年前に書かれた脚本をほぼ忠実に生かしていたわけだから、それと比べるのはちょっと違うかもしれないけれど。休憩を除いて3時間ちょいという時間もあっという間に感じられるほどで、久々に舞台の楽しさ、醍醐味を存分に味あわせてもらったなあという気持ち。
 上川隆也は期待を裏切らず台詞も殺陣も充分に魅せてくれるし、「これだけ殺陣の多い舞台は初めて」という堺雅人がまたすごい。堺雅人の役は、復讐の化身となった最強の暗殺のブロ。あの、へなちょこな優しい笑みを浮かべながらバッタバッタを人を斬りまくるシーンは、笑いながら人を斬る沖田総司を演じた映画『壬生義士伝』を思い出させるが、今度のは迫力、スピード感ともさらにパワーアップしている。とくに早乙女太一との殺陣シーンでは、剣をくるくる回しながら、踊るような軽やかさも感じさせつつ、激しい戦いにまばたきをするのも忘れそうになるほど。上川や堺の殺陣は中国風で、早乙女太一も含めてとにかく、くるくるよく回っていた。日本国の話だが、衣装も全体的に中国風だったし、殺陣も、サムライのそれ、というのとは違っていた。殺陣の見せ場だけでなく、復讐の連鎖の醜さ、無情さも容赦なく描かれていて、ときには笑いもあるし。高田聖子は相変わらずかわいいし、橋本じゅんもしっかり笑いをとりつつ、いい味を出している。粟根まことや『焼き肉ドラゴン』の千葉哲也もよかった。席が舞台に向かって花道の左側だったので、横を疾走する堺雅人もばっちり拝めたし、堪能させてもらいました。
 カミングアウトというほどもったいつけることではないが、堺雅人のことは2000年に『火星のわが家』という映画で初めて見たときから、静かに見守らせてもらっている私である。大河ドラマ『新撰組!』の山南敬助や『篤姫』の家定でブレイクして今や超売れっ子だが、いつ見ても期待を裏切らないどころか、それ以上の何かを見せてくれるすごい役者さんだと思っている。最近は映画出演も多いようだけど、舞台でもまた見たいなぁ……。

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来月は大阪で公演

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2009年10月28日 (水)

感劇話その119 言葉あそび、な夜。「月例三三独演」@日本橋公会堂

 なんだかんだしているうちに、今月も残り数日。というわけで、今月のカンゲキを今月のうちに書いておきます。まずは19日に行ってきた三三さんの独演会。マクラに小学校での落語会の話をしながら、子供にもウケる噺として『じゅげむ』についてちょっと披露した後、一席目は『たらちね』。異常なまでに言葉遣いの丁寧なお嫁さんをもらった八五郎さんちの騒動を描く滑稽話。お嫁さんの言葉が馬鹿丁寧すぎて、周りの人は何を言っているのかさっぱりわからない。にもかかわらずそんなことおかまいなしに、至って真面目に話すお嫁さんと周囲のリアクションがおかしく描かれる。というのも、お嫁さんの丁寧言葉は漢語調で、「今朝は風が強くて目に砂が入って歩きにくい」というところを、「今朝は怒風激しゅうて、小砂眼入し歩行為り難し」てな調子だからなのだ。このお嫁さんの漢語調の喋りがまるで呪文のようにも聞こえて、『じゅげむ』に続く言葉遊びのようなおかしさがある。
 続いては『長寿番付』。江戸から旅に出た二人連れがとある村で、酒を売ってもらう交渉がうまくいかず、頭に来た兄貴分が「この、うんつく野郎」「どんつく野郎」と、悪態をつく。その言葉に反応した村人たちから詰め寄られると、兄貴分は「うんつく」も「どんつく」も褒め言葉だとあらぬ話をでっちあげて、村人たちを妙に納得させ、歓待されるという噺。「うんつく」も「どんつく」も“のろま”とか“とんま”とか、そういう意味なのに、「うんつくは運がつく。どんつくはどんどん運がつく、という意味だ」といって、見事に村人を納得させていくプロセスがおかしい。
 仲入り後は『お見立て』。これは、わがままな花魁・喜瀬川が客を断るために、若い衆の喜助にあれこれと伝言をさせる噺。喜瀬川の言葉をそのまま客に伝えるものの、予想外のリアクションをされて困った喜助が何度も喜瀬川と客の間を行き来する様子がおかしい。これも、“言葉”がポイントの噺。流山の大金持ちという客の言葉の訛り具合と喜助の対比もおもしろいし。思うに、この日の三三さんは、マクラからずうっと“言葉あそびつながり”という感じだった。
 それにしても、『お見立て』の花魁、喜瀬川は、『三枚起請』で3人の男を騙して手玉に取ったあの喜瀬川と同一人物だということらしいから、相変わらずマイペースでわがまま全開、“わちき”流なのであった。おそるべし、いや、あっぱれ喜瀬川。

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今月のプログラムは黄色。

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2009年10月19日 (月)

感劇話その118 蜘蛛も見得を切る!__芸術祭十月大歌舞伎

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 今月は歌舞伎座(昼の部)へ行ってきた。春以来、歌舞伎を見ていなかったうえに今月は歌舞伎座に玉三郎さんも出るので久々に行きたいなと思いつつ、そうはいっても今からチケットとろうとしても無理だろうなあと思っていた矢先に、ちょうど出演している役者さんのインタビューも決まった、などなどがあって、それではとダメ元でチケットセンターに電話してみたら、ラッキーにもあいている席があったのでゲット。
 昼の部は、歌舞伎十八番の内『毛抜き』、『蜘蛛の拍子舞』、心中天網島より玩辞楼十二曲の内『河庄屋』、そして『音羽嶽だんまり』の4演目。見どころはやっぱり玉三郎さんと菊之助さんの舞いが見られる『蜘蛛の拍子舞』だ。鮮やかなもみじが美しいセットの中で、菊之助、松緑、玉三郎の3人による舞踊。静かな舞いだが、3人の息のあった艶やかな動きに目を奪われる。玉三郎さんの相変わらずの美しいえび反りにはタメイキ。大きな蜘蛛の被り物が出てきたときには驚いたが、ずるずるした脚がたくさんあって動き辛いだろうに、切れのよい動きをするのでさらにびっくり。そしてしっかり見栄まで切ったのにまたまたびっくり。見栄を切る蜘蛛、初めて見た。最後はこわーい蜘蛛メイクの玉三郎さんが出てきて、蜘蛛の糸を豪快に出しまくり。エンターテインメント性に富んだ、スケールの大きな舞踊劇だった。
 『河庄』は文楽でもおなじみのお話だが、妻子がありながら遊女の小春と深い仲になり、心中の約束まで交わす紙屋治兵衛という男の情けないほどの身勝手さ、不甲斐なさを藤十郎さんがよく表現していた。小春が治兵衛の妻への義理をたてて身を引こうとして心変わりを装うと、そんな小春の心を何も察することができない治兵衛は逆上し、悪態をついて小春と別れる。そのあたりの(乱暴にいうと)バカ男ぶりが嫌になるほどよく出ていたし、振り払いたくなるほど嫌なねちっこさ。それによって時蔵さん演じる小春の凛とした悲しい美しさがさらに強調されていた気がする。
 『毛抜き』は三津五郎さん演じる粂寺弾正の豪快さ、コミカルさが小気味良い。『音羽嶽だんまり』では松緑さんの長男、藤間大河さん(3歳)が初お目見え。大河さんが菊五郎、富十郎、吉右衛門など大先輩方に囲まれて舞台にいるシーンを見ながら、歌舞伎はこうやって続いていくんだなあと改めて思った。

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夜の部は『義経千本桜』。

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2009年10月11日 (日)

感劇話その117 日曜午後のゆるゆる狂言もいい__横浜狂言堂

 横浜能楽堂に狂言を聞きにいく。以前にも行ったが、“横浜能楽堂普及公演ー横浜狂言堂ー”として、毎月第二日曜日にやっている狂言公演。狂言を2曲ずつくらいで約1時間半。チケットは2000円、と、気軽に行けてお得な公演だ。前に週末の午後のコンサートはいい、と書いたことがあったけれど、日曜の午後に気軽に能楽堂に足を運んでのんびり狂言を、というのもなかなか素敵な試みだ。横浜能楽堂は平日の午前に“ブランチ能”、なんかもやっていて、保育ボランティアの一時保育付きだし、画期的な企画に次々と挑戦している感じがいいなと思う。横浜狂言堂やブランチ能みたいな公演だと、能狂言が未体験の人や、行きたくても忙しくてなかなか能楽堂に足を運べない、という人たちも参加しやすいのではないだろうか。
 今日は和泉流狂言の野村万之介、深田博治、石田幸雄、高野和憲さんたちが登場して『謀生種』と『呂連』の2曲。嘘の上手な伯父と、いつも騙されてばかりいる甥とのやりとりが楽しい『謀生種(ぼうじょうのたね)』と、宿屋の主人が出家をしたくなって旅の僧に名前をつけてもらう場面が愉快な『呂連』。どちらもとてもわかりやすくておもしろい。相変わらず飄々とした万之介さんの僧侶がよかった。

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能楽堂の下の坂から撮った横浜のビル

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2009年9月28日 (月)

感劇話その115 バーキンに元気をいただく

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 
 今日は今月行ったコンサートのカンゲキを2本まとめて。2年ぶりでジェーン・バーキンがやってきて、また行ってきた。相変わらずこざっぱりしてかわいいバーキン。ライブが始まる前のステージ上には、アウン・サン・スー・チーさんの写真パネルが掲げられていて、今年もミャンマーの民主化を訴えていた。
 あの年齢で、おろした腕の手首をきゅっと上に上げて歌うポーズにまったく違和感がないのは、世界は広しといえどもおそらくこの人だけだろうと思う。今回は舞台装置もますますシンプルで地球に優しい演出になっていたが、小さな電球のみを使ったライティングがかえって温かみのあるやさしい雰囲気を醸し出し、素敵な効果をみせていた。おなじみの『YESTERDAY YES A DAY』では、豆電球の傘をさして歌いながら会場中をお散歩。1階から2階の客席を回り、再び1階へ。私は通路から2列目の席にいたので、すぐ目の前までバーキンが迫ってきたときにはさすがにコーフンしてしまった。シンプルで自然な装い、ふるまい。かわいい笑顔。ぜんぜん押しは強くないのに心に響いてくる歌声。いつも、いいなあとうっとりしながら嬉しくなってしまう。私にとってはそんなバーキンである。ずっとずっとこの調子で素敵でいてほしい。

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感劇話その116 土曜の昼下がり、家族ぐるみでライブ

 26日(土)、アン・サリーさんのライブに行ってきた。数ヶ月前に取材でお会いして、一度ちゃんとライブを聴きに行きたいと思っていたのだが、折しも、目黒の都立大学跡地にできたパーシモンホールでライブがあることを知り、ここなら近いし、と、チケットを入手。都立大学は結婚前に数年間暮らしていた場所でもあるので慣れた土地だし、思わず和菓子屋「ちもと」に入って名物の八雲もちもゲット。
 2児の母であるアン・サリーさんならでは、なんだろうと思うのだが、午後3時開演で小さな子供もオッケー(2歳以下の子も膝上鑑賞可能)ということで、赤ちゃん連れの若いご夫婦もたくさん詰めかけている。日頃、子育てに追われてのんびりライブを聴きに行けないお母さんたちには、とっても嬉しい企画なんだろうなあと思った。幕があいてもあちらこちらで赤ちゃんの絶叫がこだまし合っていたが、アン・サリーさんもバックの人たちもいっさいおかまいなしで歌と演奏を続け、むしろステージ上から泣いている子をあやすようなこともやっていたりして、なかなかおもしろい雰囲気の中でライブが進行。個人的には、取材の際、リハーサル風景を撮影した時に、何度も何度も繰り返し歌われていた『星くず』の完成形をついに聴くことができたのが、妙に嬉しかった。あとはチャップリンの『Smile』や、マリア・マルダーの 『Midnight at the Oasis』が好きだったな。土曜日の昼下がりにライブ、考えてみたらなかなかなくて、意外といいもんだと思った。

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チラシです。

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2009年9月27日 (日)

感劇話その113 今年の牡丹灯籠聞き納め?__月例三三独演

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 
 しばらくサボっていたせいで、気がつけば9月ももうあと数日。9月のカンゲキは9月のうちに、ということで、今日は落語会を2つまとめます。
 9月11日は三三さんの独演会。今月も日本橋公会堂だった。開口一番は市江さんの『牛ほめ』。続いて三三さんの1席目は『魂の入れ替え』。初めて聞く噺だった。鳶の頭と先生といわれる人の魂が入れ替わってしまう、とぼけたドタバタ噺。職業や性格の違いによるキャラクターの対比がうまく出ていた。2席目は『五貫裁き』。大岡裁きによって理不尽な徳力屋が意外なしっぺ返しをくらう噺。1席目に続き、どんどん勢いがつく感じの三三さん。この噺も快調に飛ばし、仲入り後には前月からの続きで『牡丹灯籠〜三』で、栗橋宿の噺。
 江戸から逃げて栗橋宿に落ち着き、新しい人生をおくっている伴蔵とお峰、お国のその後が描かれる。お峰の霊が店の使用人に次々と憑依していく様子がおもしろい。すべては因果応報なんだけれど、その中で飄々と生きる医者の存在が際立っていて、印象深かった。つかみどころがないというか、じつは本物のワルなのか。それに比べると伴蔵やお峰の悪さは小粒に見えてくる。今年の夏は芝居や落語で何度となく『牡丹灯籠』を聞いたけれど、それもこれでついに最後だろう。それにしても三三さんは走り続けている感じがしました。

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プログラムより。

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感劇話その114 シアターde落語会__第一回新文芸坐落語会

 今日は池袋へ。新文芸坐という、普段は映画を上映している劇場で開催される第一回目の落語会というのを聞きに行ってきた。
 ミニシアターのスクリーンの前に木製の屏風のようなものが立てられ、その前に高座が作られる。客席がかなり高座に迫っているので、「3列目くらいまでのお客様は、私の鼻の穴まで丸見えですね」と、開口一番のこみち姉さんが笑っていた。たしかに落語は座布団さえあればどこででもできる、と多くの噺家さんがいっているけれど、映画館でというのは私には初めての体験だったので、なんか不思議な気分であった。最後に出てきた小三治も声の反響の仕方をけっこうおもしろがっているようだった。
 とはいえ、プログラムをみると、もともとこの文芸坐では昭和50年代から映画とともに落語をちょくちょくやっていたようで。で、新文芸坐として営業を再開して、その心機一転の第一回目落語会のラインナップが、柳亭こみち、立川生志、俗曲の柳家小菊、柳家小三治というのは、かなり充実の内容だと思う。こみちさんは女性の噺家の中では好きな一人だ。今日の噺は『都々逸親子』。おとぼけ家族の日常が描かれる。今どき都々逸の作りっこをする親子なんているかしら、と思いながらも、ほのぼのした雰囲気がいい。昔、どどチャン(都々逸のチャンピオン)だったというおとぼけ母さんと、小学生のくせに大人びた都々逸を作る子供とのやりとりを、愉快に聞かせてくれる。
 生志さんは、去年春の真打ち昇進のお披露目会以来だったけど、さすがにそのときからすると、すごく落ち着きが出て貫禄さえ感じるみたいになっていた。『井戸の茶碗』、正直者の清兵衛さんの人の良さにすごく好感がもてて、とてもよかった。
 小菊さんの艶っぽい三味線の音色にいい気分になったところで、最後に小三治が登場。マクラに政権交代の話などをして、『お化け長屋』だった。今年は数ヶ月前にも小三治の『お化け長屋』を聞いているのだが、今日も今日とて、知っている噺でもついつい笑ってしまう。最初の臆病な人と木兵衛さんとのやりとりの部分が特に好きだ。そして今日も、序盤におかみさんたちが洗濯物を片付ける動作を描写するところで、うまいなあと嬉しくなってしまった。もっともっと小三治のほかの噺も聞いてみたい。

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チラシです。

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2009年9月26日 (土)

感劇話その112 予想以上によかった文楽版『テンペスト』__9月文楽公演

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。)
 今月は文楽東京公演の月だった。今回は三部構成。

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第一部は『鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)』。『義経記』をはじめ、いわゆる義経と弁慶について書かれた作品、伝説などをもとにして江戸時代に書かれたお話。弁慶の子供時代から牛若丸に出会うまでの出来事が描かれる。


 鬼一法眼は兵法家で、天狗を装って鞍馬山で牛若丸に兵術を教えた人物。また、乱暴者の鬼若丸は母の敵を討つために自ら剃髪して武蔵坊弁慶となる。その敵とは、平清盛。つまり、牛若丸だけでなく弁慶の敵も清盛という設定になっている。天狗姿で現れる鬼一法眼の姿はなかなか迫力がある。

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第二部は『伊賀越道中双六』と『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)』。定番の人気作品の贅沢な二本立て。『伊賀越……』は沼津の段、『艶容……』は酒屋の段と、それぞれメインの段を上演。



 『伊賀越……』の切り場は住大夫がさすがの語りでじっくり聞かせる。勘十郎さんの遣う平作は、おぼつかない足取りがすごくリアルで、知らず知らずのうちにそのキャラクターに引き込まれていく。平作の死に際に響く胡弓の音色がなんとも物悲しくて涙をさらに誘う。

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第三部は新作文楽。シェイクスピアの「テンペスト」の文楽版で『天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)』。劇作家、坪内逍遙が翻訳した『テンペスト(あらし)』をもとに、山田庄一が舞台を中世の日本に置き換えて脚色、鶴澤清治が作曲を担当した平成の新作だ(初演は平成4年)。

 今回の公演ではこの第三部が新鮮で、特によかった。以前に見た新作文楽が自分的にはいまいちだったので、“新作”になんとなく不安とアレルギーのようなものを感じそうになっていたのだが、これはやっぱりオリジナルがシェイクスピアだからか、話がおもしろいし、しかもテンポもよく、言葉もとてもわかりやすい。これは脚本、演出の力だと思う。文楽の時代物らしさもちゃんとありつつ、通常の文楽では出てこない妖精(名前は、英理彦)が登場して宙を舞ったり(これがかわいくて楽しい)、最後に一人で舞台に残った阿蘇左衛門が観客に語りかけたりと、斬新な演出が随所に見られ、舞台装置も見応えがある。半獣人の泥亀丸(でかまる)や、すずめやペリカンを思わせる妖精たちなど、愉快なキャラクターも出てくるので子供が見ても楽しめそうだし、約2時間があっという間に感じられた。こんな新作ならどんどん見たい。

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2009年9月 9日 (水)

感劇話その111 試し酒に酔う__志の輔noにぎわい

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 
 今月1日に行ってきた志の輔の落語会のお話(@横浜にぎわい座)。にぎわい座はいつ行ってもなんとなくほっとするというか、居心地がいい。会場内で飲食ができるせいもあるのかもしれないけど、なんだかみんながくつろいでいる雰囲気。枝豆で缶ビールとかやっている人もいるし、花見弁当みたいなおべんと食べているおじさんもいる。さすがに落語中は話に集中するから食べている人はあんまり見かけないけど。ちょっと寄席みたいな空気があっていい。
 開口一番、お弟子さんの噺は『真田小僧』。おこづかい欲しさに“おとっつあんの留守中におっかさんのところによそのおじさんがやってきて……”と、父親を惑わすことを口にする息子。“続きを聞きたいなら小遣いちょうだい”という具合に、まんまと小遣いを巻き上げていく。オトナも顔負け、って感じに次から次へと悪知恵が働く。可愛げがない、んだけど、どこか憎めないやつだ。
 志の輔が登場。案の定、マクラは選挙関連。今回も出口調査の精度が上がったのか、結果がどんどん早く出てつまんなかったと。たしかに。前回の落語会のときにやはりマクラで「あんまり早く結果が出るとつまらないから、みなさん出口調査で聞かれたときにはウソの回答をしてください」と言っていた志の輔。だからというのも変だけれど、私は、投票所の出口近くで待機する調査スタッフらしき人たちの塊とは別側の道から帰った……って、これって、別に師匠に協力していることにはなりませんが。
 1席目は『試し酒』。「久蔵は大酒のみで、一度に五升は飲み干せる」と、旦那から聞いた近江屋が、おもしろがって、その久蔵を呼び込んで実際に五升飲ませようとするのだが……。久蔵さんって、話しぶりがなまってたけど、東北の人なのかなあ。私の好きな、志の輔が酒を飲み干すシーンがたっぷり出てくる噺。なんといっても五升を飲み干すのだから。『八五郎出世』とかでもそうだが、志の輔は、大きな盃で酒を“んぐんぐ”と飲み干していく感じがほんとにうまくて、飲みたいような、飲んだような気分にさせられる。お相撲さんが優勝したときに飲むような、1升入る大盃をゆっくりとあけていく久蔵さん。ほんとに盃が見えるよう。ぷはーっ、いい酒だ......。こんなにいい酒いつも飲んでんの? みたいな台詞は『八五郎出世』とおんなじパターン。久蔵さんが1杯目の盃をあけたところからもう、聞いているこちらの気分は酔っぱらいである。
 2席目は『柳田格之進』。これも好きな噺。誇り高い武士の生き様を描いたお話だ。五十両の金を盗んだと、身に覚えのない疑いをかけられてしまう柳田格之進。飲んべえの久蔵さんとは打って変わって、実直で一途な武士を渋〜く聞かせる志の輔。今回もたっぷり楽しませていただきました。

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2009年8月26日 (水)

感劇話その110 王道が素直に楽しい白酒独演会  

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 
 落語の日が続き、昨日はにぎわい座(地下のホール“のげシャーレ”)に白酒さんを聞きに行った。桃月庵白酒さんの独演会だ。数ヶ月前に大田区での落語会で初めて白酒さんの落語を聞き、好感触だったのでもう一度聞いてみたくなって。のげシャーレのこじんまりした雰囲気もあってか、アットホームな会だった。
 開口一番は若手さんの『金明竹』。この噺の関西弁でまくしたてる口上のところが相変わらず私には意味不明だが、この朝呂久さんという噺家さん、体型的にも白酒さんと名コンビみたいでおかしかった。続いて白酒さん登場。余談だが、今月行った落語会はマクラがほとんどといっていいほど選挙と薬物関連だった。まあ時節柄、そうなるのもうなづけますが。その他の話題では、白酒さんの場合はデンマークの新聞から取材を受けたという話が意味も無く笑えた。マクラでも既に落語みたいで。
 一席目は『お化け長屋』。前に小三治で聞いた話。白酒さんは早口な喋りもちゃんと丁寧に聞かせてくれるようなところがあって、わかりやすい。二番目に家を借りにやって来た人の威勢のよさがもうパンパンパンッ、て感じにすごくて、笑い続けてしまった。二席目は『鰻の幇間』。これは初めての噺で、幇間が使う“丘釣り”、“穴釣り”という専門用語を初めて知った。幇間(=太鼓持ち、男芸者)がお客を魚に見立て、往来でお客をキャッチすることを“丘釣り”、家にいるお客を外に連れ出す(その後、ごちそうさせる)ことを“穴釣り”と呼ぶらしい。『鰻の幇間』は、お客を釣ったつもりが逆に鰻を食い逃げされ、買ったばかりの下駄まで持っていかれてしまう噺で、幇間の失敗談というか、情けない喜劇。いい思いをしようと執拗なまでに客をよいしょする幇間の姿が印象的で、それだけに、まんまと騙されたとわかった後の哀れさが一層際立ってくる。


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チラシです。

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2009年8月25日 (火)

感劇話その109 『牡丹燈籠』の夏……三三独演会

 昨日は三三さんの独演会に@日本橋公会堂。初めての場所。水天宮前駅からほど近い。新しいのか、ホール内の客席もゆったりしていてきれい。
 1席目の『船徳』に続いて、圓朝作の『牡丹燈籠』の一、仲入り後に『牡丹燈籠』の二。そして、続きは来月の独演会で、ということだった。
 先週のお芝居に続き、今週は落語で『牡丹燈籠』。チケットを押さえた時期には噺の中身はまだ知らないので偶然の結果なのだが、まあ、季節柄こういうこともあるのだろうなあ。たとえば、文楽と歌舞伎で同じ演目を見比べたりするみたいに、名作はジャンルを超えて上演されることが多々あるから、こちらとしてはいろんなところで比較したりしながら味わえるので、それも楽しいものだ。
 今日の2席は区分すると「お露進三郎」と「お札はがし」の段ということになるのだろうが、三三さんのお峰(伴蔵の女房)は、先日の蘭ちゃん風とは違い、どちらかというと杉村春子風に近い、いかにも江戸のおかみさんという感じで、これはこれでなかなかよい雰囲気。伴蔵さんはまさにべらんめえ調だ。お露と進三郎は、出会いの日と、次ではもうお露が死んだことになっていて、先週のお芝居で描かれていた、その後の二人の逢い引きと文箱にまつわる下りは、今日は出てこなかった。時間の関係で、はしょる部分も当然出てくるのだろう。何度も書くけど、圓朝のお話通りにやると15時間くらいかかるらしいので……。どこを生かしてどこをはしょるか、というので、その噺家さんがどういう部分をより強調したいのか、みたいなところがわかるようでおもしろい。
 『牡丹燈籠』はエネルギーのいる噺だろうに、1席目の『船徳』もかなりアクティブで、カロリー消費量の多そうな噺だった。遊びすぎて勘当された若旦那の徳さんが船頭になるというお噺で、そのダメ船頭ぶりが情けなくてユニーク。ご自身でも、チャレンジャーだ、みたいなことをいっていたが、敢えて過酷な道を選ぶというのか、自分に課す、というのか。噺家さんも体力勝負だもんね。喬太郎なんかを見てもほんとにそう思う。いつもながらいいお着物の三三さん。とくに3席目の、藤色というか、薄いブルーグレーのような色のお着物は味わい深い、いい色だった。着物を見ると、やっぱりもう秋の始まりなんだなー、という感じだ。

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プログラムです。

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2009年8月22日 (土)

感劇話その108 心の闇を照らし出す牡丹燈籠__舞台『怪談 牡丹燈籠』  

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた造語です。念のため) 
 今週、原稿がアップしてから、舞台『牡丹燈籠』を見に行ってきた。圓朝作の落語をもとに、劇作家の大西信行がお芝居用に加筆したという話なので、落語の『牡丹燈籠』とは微妙に違う部分もある。以前、落語で聞いたのも志の輔の高座だけだが、それも第一部は複雑な人物相関図を作ってそれを解説しながらのストーリー説明、そして第二部にクライマックスの部分を落語で、という感じで全段を超特急で2時間半でやるというスタイルだった。なにしろ、圓朝のオリジナルの話は超大作ですべてを話したら15時間もかかるような壮大な内容らしいので、それを2〜3時間のお芝居にするには、当然、いくつかの部分だけをフィーチャーしてやるしかないわけで。この大西版の『牡丹燈籠』も、世間的に一番有名なお露さんと新三郎の話にからめて、伴蔵とお峰、お国と源次郎、という三組の男女の話が描かれている。前半は、新三郎に恋い焦がれて命を落としたお露と乳母のお米が幽霊となって夜な夜な現われ、結局、新三郎をあの世に連れて行ってしまうところまで。休憩を挟んで後半は、新三郎を裏切る形で大金を手にした伴蔵夫婦と、お国と源次郎のその後が描かれる。伴蔵夫婦だけでなくお国と源次郎も罪を犯して江戸を離れているのだが、1年後、当然のように彼らはみな、自分たちが犯した罪の報いを受けることになる。因果応報というか、人の心の闇というか、愚かさというか。これも、先日の『心眼』のように、幽霊よりも人の心がいちばん恐ろしいわ、という、ある意味普遍的なテーマなのかも。また、おなじみの“カラン、コロン”の下駄の音というのは、このお芝居では出てこない。
 伴蔵の段田安則はいつも通りの安定感というか安心感で見ていられるし、お峰役の伊藤蘭もがんばっていた。言葉がものすごく歯切れのいい江戸弁で、そのインパクトがすごくあるなーと感じたが、大西さんの脚本がもともと杉村春子のために書かれたものだということを後でパンフレットを読んで知り、なるほどなあと思った。まさに杉村節という感じで、蘭ちゃんのかわいいイメージに比べると最初はちょっと違和感がある気もしたが、堂々と演じていた。瑛太は“美丈夫”な新三郎のイメージにぴったりで、居てくれてありがとう、という感じ。初めての舞台ということでベテラン勢に囲まれて大変だろうなと、おばちゃん的心丸出しで見ていたが、最後に死ぬ場面は、さすがという感じだった。
 お露さんの柴本幸はとてもきれいなんだけれど、なにしろ背がぐんと高いので、恋い焦がれて命を落とした幽霊のはかなさ、か弱さ?、みたいなものを出すのはかなり辛いのではないだろうかと思ったのがちょっと残念。でも、瑛太と二人で初々しい雰囲気がすごくあったのはよかったと思う。お国の秋山菜津子は、以前『わが魂は輝く水なり』の巴役を見たときのイメージがちょー強烈で、それに比べると今回のお国の悪女ぶりというか魔性ぶり?は、かわいらしくさえ感じられる。源次郎役の千葉哲也はとくに後半、もの悲しい雰囲気が出ていてよかった。それから、乳母のお米役の梅沢昌代さん、去年の『瞼の母』にも出ていたけど、いつみてもうまいなあという感じです。以上、ほんとに勝手に言い放題な観劇メモですが。回り舞台を生かしたセットというか美術は、特に最初の水辺のシーンが流れるようにきれいだった。

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ポスターやパンフレットの写真は、写真家の加藤孝さん。

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2009年7月14日 (火)

感劇話その106 7月1日の談春独演会@にぎわい座

 今月初日は談春だった。開口一番は、立川こはる『金明竹』(錦明竹と表記する場合もあるようだ)。鈴本に続いてまた女性の噺家さんだった。談春のお弟子さんらしい。上方からきた男の長い長い口上のところも、何度も淀みなくきちっと話していた。とはいえ、早口で関西弁だから聞いているこっちも、なにがなんなのかよくわかんないんだけど、あのたいへんな口上を3回もリピートするのはすごいなあと。調べてみると、この噺は前座さんの基本のノルマみたいなネタでもあるらしい。
 続いて談春の1席目は『唖の釣り』。殺生禁断の寛永寺の池に夜釣りに出かけた与太郎と七兵衛。役人にみつかって、慌てて口の聞けないフリを続ける七兵衛の身振り手振りと目の動き、ドタバタぶりが可笑しい。淡々と尋問? を続ける役人との対比も笑える。仲入り後、談春の2席目は『らくだ』。難解で、大ネタとされる噺だが、歌舞伎でもたまに演じられていたりして、けっこうおなじみではある。そういや、私も今年の5月に吉右衛門で見ました。
 噺のタイトルにまでなっている“らくだ”という男は、噺の始まりから既に死んでいる。というか、死んだらくだの葬儀を弟分の半次と屑屋の久六がどうやって出すか、みたいなところでドタバタと展開する滑稽噺だ。半次の無理ないいつけに従ってずっと振り回されている久六が、じつは酒乱で、酒を飲みながら豹変していく様子が可笑しい。相変わらず談春は達者にやっていた。勢いもあった。ただ、個人的にはいつもこの噺の“かんかんのう”のところがいまいち釈然としない。死人を文楽人形のように動かして(操って)「かんかんのう」を踊らせ、それで大家を脅して葬式の料理を出させるんだけど、その“かんかんのう”の威力? 怖さ? 効果? 滑稽さ? が、いまいちピンとこないというか。だから、個人的には半次と久六のやりとりの部分のほうがずっと楽しめる。にしてもこの日の談春は2席ともパワフルで、快調に飛ばしているという感じだった。夏バテ無縁、なのかしら。

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にぎわい座の演目表より。

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感劇話その105 6月27日の三三・左龍の会@鈴本演芸場

 ついに関東も梅雨明け。夏だ。夏になった。気温は昨日くらい高いが、梅雨前線が去ったせいか、心なしか湿度は昨日より低くて、風もちょっと涼しい気が、した。というわけで夏が本番になる前に、先月からの落語会の“カンゲキ”で書きそびれていたもの(感劇話の105と106)を書いておくことにします。
 6月27日(土)は上野、鈴本で三三・左龍の会を聞いた。柳亭左龍さんは初めて。開口一番は、三遊亭歌る美(かるび)の『たらちね』。前座さんで、女性でこれだけ達者な人は初めてだった。びっくり。いい意味で、女性を感じさせない語り口というか、これからが楽しみな人なんだろうなあと思った。続いて、柳亭こみち『お菊の皿』。こちらは女性らしいというか、女性ならではというか、お菊さんの語りがちょっと色っぽくていい。でも、男性陣の語りも勢いがあって悪くない。二つ目だし、最初のかるびちゃんと比べても落ち着き感があって、安心して聞いていられる感じ。この日は女性陣がどちらも大当たりだった。
 続いて三三さんは『三軒長屋』。初めて聞く噺だったが、疲れが出たのか不覚にも途中で眠ってしまった。両端に住む鳶の連中と道場の人たちの、がちゃがちゃ、勢いがある感じに対して、真ん中に住んでいるお妾さんの語りがゆったりしていたのは印象強く覚えているけど……失礼しました。仲入り後は左龍・三三、二人のトークコーナー、なんだけど、左龍さんが次にネタおろしの『文七元結』を控えているというので早々に退席、代わりに三三さんが寄席の踊り『夕立』をご披露。娘バージョン(粋)とお婆ちゃんバージョン(笑)だったが、これは楽しかった。寄席の踊りというものを初めて見たし、そういえば、談志師匠が生志さんの真打ち昇進のお披露目のときに、「こいつの昇進を長く認めなかったのは、(自分が見て)歌舞音曲だけが、なかなか及第点じゃなかったから」と、言っていたことがあって、噺家さんにも歌舞音曲って大切なんだー、と思ったことがあったのだが、寄席の踊りなんかもそういうものの一つなのかなと思った。
 そして左龍さんの『文七元結』。この噺は奇しくも三三さんで初めて聞いたのだったが、左龍さんの長兵衛の語り口、とくに文七に五十両を渡すかどうか揺さぶられているところや、近江屋からのお金を「受け取れねえ!」と、突っぱねるあたりは、なんか、江戸のおやじっぽくてよかったです。

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2009年7月11日 (土)

ネオテニー、どぜう、そして蕎麦

 最終日が迫っている“ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション”を観に、上野の森美術館へ。精神科医で、日本屈指のコンテンポラリー・アートのコレクターである高橋龍太郎さんのコレクションだ。この展覧会の出品作をまとめた写真集は去年、出版されていて、既に目は通しているので内容はわかっていたが、やはり実物の迫力はぜんぜん違う。
 とくに、奈良美智のペインティング「In the Deepest Puddle」「Candy Blue Night 」、山口晃の「當 おばか合戦ーおばか軍本陣圖」、会田誠の「紐育空爆之図」「大山椒魚」、村上隆の「ポリリズム」などは本物を見ることができてよかったー、という感じだった。できやよいも加藤泉もよかった。高橋先生には昨年末にインタビューさせていただいたこともあるが、改めて、本当にこれだけのコレクションを、個人でよくぞ集めたもんだと、その気概というか、すさまじさに圧倒される。日本の現代アートの基礎であり根幹であり、代表作である作品の数々。日本の美術館ではぜったいに見られないラインナップ、というか、本当は美術館がこういう日本の現代アートの代表作を集めておかなくちゃいけないんだろうになあ、という感じだ。

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ネオテニーとは、幼形成熟の意で、動物学や発達生物学で、幼いまま性的に成熟する進化の過程を指すという。それを日本のアートの状況に当てはめて、高橋先生自身が展示テーマとして選んだ言葉だ。


 夕方から友人と会ってお茶する予定だったが、おもわぬ用事が入って時間が押してしまい、実現できず。代わりにというわけでもないが、帰り道、夫と神田の「みますや」で軽く飲み、「まつや」で蕎麦を食べて帰った。「まつや」は閉店間際にも関わらずすごく混んでいて、私たちの隣りの席は台湾か中国からの旅行客の女性二人だった。有名店だから、日本の旅行のガイドブックにも載っているんだろうね。

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どぜうの柳川、ブレブレ失礼。

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2009年7月 1日 (水)

感劇話その103 マクラから大爆笑の喬太郎/談春・喬太郎二人会 

 なんだかんだでここ2週間の落語会の“カンゲキ”を書きそびれていて、ちょっとたまっている。今日は6月17日の談春・喬太郎二人会@横浜・関内ホールの話を。
 開口一番は柳家さん弥の「熊の皮」。続いて喬太郎が登場。この日は昼の部もあって、そこで「死神」をやったらしく、もう古典やるパワー残っていない、とかいいながら、長〜いマクラをひとしきり。子供の頃に横浜に住んでいたので、東横線の駅にはいろいろと思い入れがあるらしく、特に、数年前に東横線がみなとみらい線とつながったことで桜木町駅や高島町駅が廃止されたことへの抗議をぶちまけ続ける。どうやら、それぞれの駅に特別な思い出もあるようで……。
 続いて京急、相鉄、京浜東北などなど、路線話が炸裂(長いのでここではうまく説明できましぇん)。おそらく地元横浜のお客さんが多いんだろうから、これがもう共感を呼んで大爆笑のトルネード。私も十数年前まで8年間、東横沿線在住だったのでエラいウケてしまった。マクラからこれだけ笑っていいのか、というくらい、会場中みんな笑いころげていた。
 短い落語一席分くらいは軽く話した後で、自身の創作落語「純情日記・横浜篇」へと突入。これがまた、なんというかお見事なまでによく練られた話というか、喬太郎の創作力と噺っぷり(というか演技)に圧倒される。わ〜、いるいるいる、こういう情けない男の人、という感じで、自伝なのかまったくの創作なのかはわかんないけど、とにかく(女性の私にも)身につまされるような、切ない噺。横浜の名所もたくさん出てきて、リアリティもあるし、独自の世界に引き込む力の強さがすごかった。そういうところが今、人気の秘密なのかなあと。喬太郎、おそるべしだ。
 続いて談春は「三枚起請」。これは以前、三三さんで聞いて間もなかったので、自分の中ではちょっと新鮮みに欠けたんだけど、やっぱり談春は達者というんだろうなあ。喋りにも勢いがあるし。ただ、前の喬太郎のパワーに圧倒されてしまっていたので、やや気の毒だったかもしれない。もちろん、私個人の印象だけどね。

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この日のチラシです。

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2009年6月14日 (日)

感劇話その102 唸った。『江戸の夢』__志の輔noにぎわい

 毎年、年末になると、“今年の汚れ 今年のうちに”というCMの名文句がテレビから流れて気分があせってくる(?)のだが、今週の“感劇”は今週のうちに、ってもう日曜日になったから先週になるのかな……。というつまらない話はいいとして、そう、先週は落語会が続いたのだった。しかも2日目は火曜日。ぎっくり背中になった日である。しかしその夜は、ひさびさの志の輔@にぎわい座。どうする??? って少し悩んだが、ここにも書いたように、痛みがさほどひどくなく、歩けたので、“そんなにひどくない痛みだけど安静にしていること”と“ひさびさの志の輔”を天秤にかけたら、志の輔が勝ってしまったのだった。で、湿布薬貼って行ってきました、にぎわい座。
 まず、お弟子さんの『子ほめ』。若手さんが出てくると、この噺をする人が多い気がするんだけど、練習用のネタとしても手頃なのかな……。
 志の輔が登場し、マクラは案の定、先日、「喫煙をやめてほしい有名人」の第一位になった話だった。ご本人は、過去に約1年間、禁煙していた時期があったが、その間、どうにも落語のできが悪くて難儀した、というようなことをいって抵抗? していた。そして、サッカーの岡田ジャパンの対ウズベキスタン戦の審判にも怒っていた。
 1席目は『はんどたおる』。これは志の輔の新作落語。久々だったけど笑った〜。この夫婦の会話の素晴らしいすれ違い様というか、“噛み合わなさ”というか、よ〜く出ていて、まじで笑える。この噺みたいな天然風の奥さんをやらせると、志の輔は本当にうまいと思う。笑いすぎて思わずのけぞらないように(背中にキケン)、それだけ注意しながら聞いていたけど、よく笑った。
 仲入り後、太神楽の翁家勝丸さん。傘や毬を使ったこういう曲芸が入ると、ぐんと寄席のような雰囲気になって楽しい。紙切りの人なんかも好きだ。「志の輔noにぎわい」はたいていこんな構成で、漫才とかコントの人たちなんかも出てくる。
 再び志の輔。マクラに加賀の千代(加賀の千代女)や子規の俳句の話をして、2席目は『江戸の夢』。庄屋の娘の婿になった奉公人の藤七。6年前にやってきた頃から藤七が一貫して氏素性を明かさないので、最初は娘の結婚を反対した母親も、彼の真面目な働きぶりや誠実さに大満足。すっかりみんなから信頼されている。ある日、庄屋の夫婦が兄の還暦のお祝いで江戸に行くことになり、意外なことから藤七の父親が判明する……。
 うーん。唸りました。不始末をおこし、そのことで親に迷惑をかけまいと家を出た息子。でも、その一子相伝の技術はけして忘れることはなかった……豊かな語りからストーリーの素晴らしさもしみじみと伝わってくる。最後の俳句を聞いたとき眼に映る青空の清々しさ。やっぱり志の輔はいいな〜、と素直に思った。
 『江戸の夢』は劇作家で落語や歌舞伎の話も多く書いたことで知られる宇野信夫の作。6代目圓生がよく話していて、志の輔が圓生師匠のご遺族に了解をとりに行って数年前から高座にかけている、のだそうだ。夏の志の輔の定番になっている『牡丹灯籠』の通しといい、いろんな文献や資料を丹念に調べて掘り起こし、そこから自分なりのネタを練り上げていく志の輔の研究熱心な一面が垣間見える気がした。幸い背中が痛むこともなくいい気分のまま家に戻り、その後は数日安静にして、現在に至っている、というわけで。

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2009年6月13日 (土)

感劇話その101 講談ネタもしっかり聞かす『魚屋本多』__柳家三三独演会

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。改めて、念のため)
 昨日も仕事でちょっと外出した以外は家でおとなしくしていた。そのおかげか、もうほとんど違和感もなくなってきたので本日も数時間外出。ほぼ平常運行で大丈夫そうだ。やれやれ、今週はぎっくりにびっくりな日々だったなぁ……というわけで、書きそびれていた落語会の話を。今週は、たまたま落語会が2日続いたんだけど、まずは月曜日、大阪から戻って来た日の夜に行った三三さんの独演会。@国立演芸場。
 『幇間腹(たいこばら)』、『魚屋本多』、『三枚起請』の三席。相変わらず好調のようだったが、いちばん印象に残ったのは『魚屋本多』。徳川恩顧の大名、本多氏が、かつての戦いで落ち武者となったとき、匿ってもらった家の娘と通じてできた子供が、じつは今は魚屋になっている宗太郎。宗太郎が携帯している漆塗りの水飲みが、本多が娘に手渡していった証拠の品だったわけで……。本多が落ち武者となったときの、戦いの様子から落ちていくまでのいきさつを語る下りは講談のような調子になるので、もともとは講談の噺なのかもしれないが、この部分が落語とひと味違うテンポとリズムになって、武士の威厳たっぷりにしっかり聞かせる感じがうまい。そういえば三三さん、去年インタビューしたときに、講談好きでお稽古をつけてもらっているともいっていたし……。宗太郎が瞼の父への思いを語るあたりは、さしずめ文楽だと立役の“物語”、女形の“くどき”にあたるような感じで、心情を切々と吐露する様子に、つい涙を誘われそうにもなる。
 『幇間腹』と『三枚起請』は楽しく笑える滑稽噺。マクラは、先月、新型インフルエンザの感染者が次々と出た時期に神戸で行なわれた落語会の話だった。高座にいる自分以外はお客さんのほとんどがマスク装着だったそうで。たしかに、会場の人全員がマスク装着したまま笑う感じって、想像できない……。

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おなじみのプログラムです。

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2009年6月 3日 (水)

感劇話その100 キャラが立ちまくりで愉快痛快。小三治の『お化け長屋』

 下丸子で落語会。小三治をお目当てに出かける。原稿締め切りが迫っていたが、これはやっぱりあきらめるわけにはいかん。下丸子駅のすぐ前にある大田区民プラザへ出動。
 出演は、春風亭朝呂久、古今亭菊六、桂藤兵衛、仲入りの後、桃月庵白酒、そして小三治。菊六は『豊竹屋』。義太夫が大好きで、見たこと、聞いたことをすべて義太夫風に喋るという面白い男の家に、口三味線が得意という男がやってきてセッションする。菊六さん、初めて聞いたが、義太夫風の語りもなかなか上手で、テンポもよく楽しかった。藤兵衛は『そば清』。蕎麦の大食いチャンピオンみたいな清兵衛さんが、蕎麦60杯だか70杯食べたら3両だか5両(詳しくは忘れた)、という賭けに挑むのだが、さすがに60杯だか70杯は未知の領域なので自信がない。そんなとき、人間を丸呑みしてふくれたお腹のうわばみに遭遇。そのうわばみが、人を溶かす威力を持つ赤い草を舐めてふくれたお腹をすっきりさせる様子を見た清兵衛さん。これだ、と、その草を取って帰り、蕎麦食いの賭けに挑戦するのだが……。前に志の輔でも似たようなお話を聞いた覚えたあったが、蕎麦を食べる様子がなんともリアルで、まじで食べたくなってくる。
 白酒さんは『代脈』。名医の弟子、その名も銀南が、師匠の代わりに往診にいって脈を診てくる。先生に教えられた通りのことをやるつもりが、持ち前のボケキャラでいろんなドジや失態をやらかしてしまう。以前聞いた『青菜』という噺にも似た、いい行いをした人の真似をしようとして、結局は台無しにしてしまうというとぼけたお噺。白酒さんのほのぼのしたキャラクターと相まって、さらに笑える。トリの小三治は『お化け長屋』。長屋のいちばん端の部屋があいているのだが、そこは長屋の住人たちが、漬物樽を置いたり、雨の際の洗濯物の一次避難場所としてけっこう便利に使っているので、住人たちとしては空き家のままであってほしい。そこで、部屋を借りようと訪ねてくる人に、あの部屋にはお化けが出る、と嘘で脅して追い返そうとするのだが・・・。
 マクラで昔の寄席の、怪談話の際の演出などについて話したあとに、『お化け長屋』。マクラの出だしに、「とくに話すようなこと(話題)もないんですけどねぇ」といっていたが、やっぱりちゃんと計算されている。それにしても、出囃子がなって登場してきただけで場内の空気が一変し、あー・・・、とか、うーん・・・、とか声を発しただけで笑いを引き起こす、すごい存在感。お客さんも、なにを言うんだろう、という期待感一杯で、小三治の言葉を待ち構えているような感じだ。マクラのときは声もなんとなく小さめで、今日は調子が悪いのかなと思ったりするのだが、噺が始まり、乗ってくると声量も豊かでハリも出て、勢いも増してくる。長屋のおかみさんたちが雨にあわてて洗濯物を取り込んだり、移動させたりするときの描写が楽しい。べらんめえの男とお化けの話をする長屋の木兵衛さんの対比も愉快。それぞれのキャラクターがしっかり際立っているから状況もありありと目に浮かんでくる。表情を見て、語りを聞いて、幸せな気分にさせてくれる噺家さんだなあとつくづく思った。

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”プラザ寄席”のプログラム。

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2009年5月24日 (日)

感劇話その99 またまた女性の強さが光る__5月文楽公演第二部

 第二部を見てきた。演目は『ひらかな盛衰記』。ちょっと蘊蓄をプログラムから抜粋すると、これは元文4年(1739)4月に大阪竹本座で初演された全五段の時代物で、『ひらかな盛衰記』というお題は、“ひらがな”のようにわかりやすく書かれた『源平盛衰記』という意味なんだそうで。今回は二段目と四段目が上演され、坂東一の風流男と讃えられた梶源太景季(かじわらげんだかげすえ)と、源太に尽くす腰元、千鳥(のちに傾城梅が枝)の献身を中心に描かれている。
 故あって戦での先陣争いに敗れた責任をとって切腹しようとする源太。だが、理由をすべて知った母の延寿は自害を許さず、源太を勘当して追放、源太の恋人の千鳥も追放して息子に同行させることで、親の愛を示す。手柄をたてて汚名を挽回する機会を画策しながら暮らす源太を養うため、千鳥は遊女・梅ヶ枝となって遊郭にお勤め。ついに、源義経が一の谷で戦をするという情報を得た源太はそこに自分も参加しようと軍資金を集め、梅ヶ枝に預けておいた拝領の鎧をとりに遊郭へ。しかし、梅ヶ枝は源太と逢うお金を工面するために鎧を質に預けてしまっていた。鎧を取り戻すためには三百両が必要。鎧がないことを知って自害しようとする源太を梅ヶ枝がとめ、客をたぶらかしてお金を工面すると伝えると、感謝する源太。しかし、じつは梅ヶ枝にはそんなあてもなく、切羽詰まった挙句、来世で無間地獄に落ちるという“無間の鐘”を撞く……。“無間の鐘”という鐘を撞くと、この世では裕福になるが、来世では無間地獄に落ちるといわれ、梅ヶ枝はそれを承知で夫のために鐘を撞くのだが……。
 まあ、ハッピーエンドの話ではあるんだけど、後半、梅ヶ枝の父の敵がじつは源太の父だった、というようなエピソードも加わってやや複雑な人間関係になってくる。梅ヶ枝がどんな気持ちで三百両を手に入れたかも考えず、金を手にしたらさっさと戦に向かおうとする源太は、どんだけいい男かもしれないけど、やっぱり自分の出世のことしか頭にない身勝手な男(にみえる)。対して、三百両を用意した挙句、息子の代わりに自分が討たれることで梅ヶ枝姉妹の敵討ちを終わらせようとする母・延寿と梅ヶ枝の献身ぶり、心の凛々しさの、なんと際立つことか。武士の母、武士の妻の心意気があっぱれな女性陣。またしても、女性の強さが光ったお話でありました。
 勘十郎さんの遣う梅ヶ枝にもうっとりだけど、『神崎揚屋の段』を語った嶋大夫さんの声量というか、豊かな語りに圧倒された。

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一途でけなげな梅ヶ枝(左)と、源太

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2009年5月20日 (水)

感劇話その98 人形に見つめられてどっきり。5月文楽公演第一部

 今月は東京で文楽公演の月。先日、第一部をみてきた。今回は、久々に(というか、文楽人生で2度目)最前列のお席だった。今月は、大阪の国立文楽劇場開場25周年を祝して、最初の演目は『寿式三番叟』。祝賀の際に欠かせない祝儀曲で、これまでにお正月とか、なんだかんだ数回見ているが、今回は今まで見た中でいちばん大がかりだった。これまで見たのはいずれも若干簡略化されていて、人形も三番叟(三番目に登場して踊る人のこと)のみが出るパターンだったのが、今回は、翁、千歳という2人に三番叟が2人と、合計4人のフル出場で、大夫と三味線が舞台の正面に2列で並ぶという豪華な演出。しかし、席が前過ぎて、舞台の奥に並ぶ雛壇の前列の三味線さんたちの顔はいっさい見えなかった……その代わり、お人形は近い近い。衣装の柄や糸の色合いなどがものすごい迫力で目に迫ってくるし、顔の表情もすごくリアル。文楽ではお人形の頭の部分を「首」と書いて「かしら」と呼ぶのだが、イケメン系の「若男」の首を使った千歳を見ると、まるで目と目が合ってじっと見つめられているようで思わずドッキリしてしまう。臨場感たっぷりで、三番叟2人が激しく踊り続けるところは人形遣いの勘十郎さんや玉女さんの息づかいまで聞こえてきそうな感じだった。
 二つ目は『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』。実話の事件をもとに作られた話で、まず歌舞伎で大当たりしたものが、後に人形浄瑠璃に移行したらしい。名刀「青江下坂」の折り紙(鑑定書)を取り戻すために奮闘する武士、福岡貢があやまって遊郭の仲居を斬ってしまい、その後、放心状態となって次々と十人も斬ってしまう話。最初に斬られる仲居、万野の憎々しさがいい。この人形の首は「八汐」というタイプで、『伽羅先代萩』に出てくる敵役の悪女、八汐や『加賀見山旧錦絵』の敵役、岩藤でも使われているように、一目見て、意地悪そうな悪人面。女性のヒール専用なんだけど、私はけっこうこの「八汐」の首が好きだ。今回も、遣う蓑助さんのうまさもあって、万野のしぐさや表情が本当に、笑っちゃうくらい憎々しい。
 三本目は『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』。歌舞伎では「紀州道成寺」として知られる演目で、安珍・清姫伝説の能楽作品『道成寺』をもとにして作られているお話。嫉妬に燃え狂う清姫が蛇の身体になって川を泳ぎ渡るシーンを紋寿さんが迫力満点に見せてくれる。ここでは清姫の顔が鬼のようにチェンジするときに、ガブと呼ばれる首が使われている。頭に生えた角、金色の目と、耳まで避けた口とギザギザの歯。きれいな清姫の顔が一瞬にしてガブに変わると、ぎょぎょっとする。間近で見ると怖さもひとしおだ。

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『伊勢音頭恋寝刃』貢に斬られる万野(パンフレットより)

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2009年5月11日 (月)

感劇話その97 人形振りを初めて見た。新橋演舞場五月大歌舞伎

 新橋演舞場にて五月大歌舞伎(昼の部)を見てきた。演目は『金閣寺』、『心猿 近江のお兼』、『らくだ』の3つ。
 『金閣寺』は天下を狙う大悪党・松永大膳が真柴久吉にこらしめられる話で、雪舟の孫である雪姫というキャラクターも出てくる。大膳に吉右衛門、久吉に染五郎、雪姫に芝雀。この雪姫の演技で、“人形振り(にんぎょうぶり)”という型を初めて見た。人形振りとは、“文楽から歌舞伎に移行した演目において、俳優が人形の動きを真似て演じること。多くは女方の役、特に娘役の感情が極限に達する場面で用いられる”とある。なるほど、人形振りが始まるとき、黒子が出てきて、「とうざい〜」と、太夫や三味線を紹介したりするのも文楽と同じ。雪姫の背後に人形遣い役の黒子が二人いて、雪姫の身体を支えながら、まるで人形を操作しているように見せる。ふーん。なかなかおもしろい。文楽から歌舞伎に移行して歌舞伎独自の演出が展開されるようになった演目は数々あるのだが、つながっているところをうまく活かしている部分もあるんだなあと、一人納得してしまった。
 『心猿 近江の……』は長唄舞踊の二本立てで、福助さんの舞い。どちらも馬が出てくるが、福助さんだけでなく、馬も早変わりで白馬から栗毛色に変わるのがファンキーで思わず笑ってしまう。これも初めて見た。『らくだ』はご存知落語の『らくだ』をもとにした滑稽なお話。紙屑買の久六を演じる吉右衛門が、大悪党の大膳と全く異質のキャラクターをおもしろおかしく、軽やかに演じている。

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大膳の役の吉右衛門(右上)は、いかにも大悪党というメイク&衣装。

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2009年5月 2日 (土)

感劇話その96 渡辺美佐子の強さに涙__座・高円寺オープニング公演『化粧 二幕』

 高円寺に新しくできた劇場、「座・高円寺」の柿落としとして公演中の『化粧 二幕』を見てきた。『化粧』は82年の初演以来、海外公演も含めてもう500回以上上演されている渡辺美佐子さんの一人芝居。いつか見たいと思っていたお芝居だったので、声をかけていただいたときはすごく嬉しくて、楽しみに出かけた。
 取り壊し寸前の寂れた芝居小屋で、出演前の準備をする大衆演劇の女座長・五月洋子。『伊三郎別れ旅』の伊三郎に扮するために、楽屋で下着姿から手足におしろいをはたいて脚絆や草鞋を身につけ、顔には白塗りをして化粧を施していく。舞台の真ん中にぽつんと置かれた化粧台には鏡がなく、彼女は客席を向いて座る。つまり五月洋子は、お客の目には見えないが、そこにあるはずの鏡(=客席)に向かって化粧を続けるという設定だ。周囲にいる(実際にはいない)劇団員にあれこれを指示を出しながら化粧をしている最中、テレビ局の人間がやってきてテレビ出演の話を持ちかける。それは、幼い頃に孤児院に預け、今は売れっ子スターになっている息子との対面の話だった……。
 休憩をはさんで二幕、約1時間半をたった一人で演じ切る渡辺美佐子。見えない鏡に向かって慣れた手つきで目尻に赤いシャドウを入れ、眉を描く。そんな化粧のテクニックに驚いていたのも最初のうちだけで、やがてそのエネルギッシュな演技にぐんぐんと引き込まれていく。茶目っ気たっぷりに客席を笑いの渦に巻き込みつつ、ときにしんみりほろりとさせながら。そして、最後には鬼気迫る演技へと、全力で走り切る。息子を追い求める心とか、役者としての自分を追い求める心とか、それらが混ざり合っていつしかすさまじい狂気をはらんでいく五月洋子の姿。すごすぎる。そのかわいらしさ、いじらしさ、力強さに圧倒されて、気がつくと涙が流れている。五月洋子を通して女優・渡辺美佐子の生き様の強さを見せつけられているような気がした。女優としての圧倒的な存在感。カーテンコールの際に肩で大きく息をしながら拍手に応える渡辺美佐子さんの、力を出し切った後の満足した静かな表情が印象的だった。今月末のこの劇場での公演で、上演600回を迎えるという『化粧』。もっともっと、長く続けていただきたいし、私もまた数年後にどこかで見たいなと思う。

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座・高円寺(左)は高円寺の駅から徒歩5分。中央線の電車内からも見える。右は『化粧』のプログラム。

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2009年4月27日 (月)

感劇話その95 熱演『髪結新三』__三三独演会

 先週末、三三さんの独演会にいってきた。@なかのZEROホール。雨が1日中降り続いた寒い日だった。にもかかわらず客席は満員。心なしか、先日の国立演芸場のときよりもお客さんの年齢層が高い感じがした。
 桂三木男さんの『猿後家』に続いて、三三さんの1席目は『口入屋(くちいれや)』。口入屋とは現在の職業紹介所のことだそうで、ある大きな店に口入屋を通じて女中奉公にきた美女を巡り、番頭や手代が巻き起こすドタバタコメディみたいな話。夜中に二階の女中部屋に忍び込もうとする一番番頭、二番番頭、手代の3人。しかし、それを見越したおかみさんによって既に梯子がはずされている。それでもなんとかして二階に行こうと、それぞれ膳棚や天窓のひもを使うのだが、バランスを崩してすごい体制になってしまい、それでも物音を立てないようにするために、必死で不安定な体制を保ち続ける3人の滑稽さ。立ったままいびきをかいてみたり、手代なんて、井戸に落ちてしまい、水面ぎりぎりのあたりで手と足を突っ張って井戸の内壁に張り付いているような感じ。そこまでして夜這いにエネルギーを注ぐ男たちの姿が哀れで可笑しいというか。三三さんの三軒中継ぶりがおもしろい。
 続いては、中入りをはさんで『髪結新三(かみゆいしんざ)』を通しで。『髪結新三』は歌舞伎にもあるが、落語を聞くのは初めて。小悪党の髪結新三が、白子屋の娘・お熊をだまして勾引す話。わりとシリアスな話なのかと思っていたら、落語では新三が大家の長兵衛にとんち話のようにやりこめられて、おもしろおかしく終わっていた。大親分の弥太五郎にもひるまず啖呵を切る新三の憎らしさというか厚かましさはすごいが、大家の長兵衛の強欲ぶりのほうが一回りも二回りも上手という感じ。ほかにも車力の善八、弥田五郎親分の妻など、キャラが立った人物をしっかり語り分けていて、ドラマを見るようだった。熱演といった感じでした。
 この髪結新三の噺は江戸時代に実際にあった事件をもとにして作られたものだが、もともと浄瑠璃として作られているので文楽でも見たことがある。浄瑠璃では新三よりもお熊(話の中では名がお駒となっている)のほうにスポットを当てて、好きな人のために殺人を犯してしまう女性の一途な愛が描かれている。処刑当日、黄八丈を着て馬に乗せられていくお駒(紋寿さんが遣っていた)の姿が印象的だ。
 蛇足だが、中野だったので早めに行って、ラーメンの有名店「青葉」を初体験。中華そば(650円)を食べた。チャーシューがもんのすごくやわらかかった。スープはとんこつよりも魚系の味がしっかり出ている感じがしたが、何年ぶりかで来たという夫は「昔と味が変わった気がする」といっていた。私はけっこう好きな味だったけど。

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2009年4月15日 (水)

感劇話その94 三三のみっちり三席堪能

 このところ落語会が続いている。たまたま、ですが。今日は三三さんの独演会。@国立演芸場。5日前には花が散り始めていた最高裁の桜の木はすっかり緑の葉っぱだらけになっていた。桜はホントに早い。
 プログラムを見たときは二席かなあと思っていたが、仲入りの前に二席、仲入り後に一席と、計三席。たっぷりやってくれた。ドジな泥棒と、盗みに入られたことを逆に利用しようとするインチキな八五郎の話『出来心』、病で亡くなった女房が三年目に幽霊となって出てくる『三年目』、そして、殿様の側室となった妹がお世継ぎを生んだことで、お屋敷に招かれる兄・八五郎の話『妾馬』。
 昔は納棺のときに亡くなった人の髪を剃っていたらしい。『三年目』の女房は自分の死後、夫が再婚したらその夜に幽霊となって出てくると約束したにもかかわらず、実際には夫が再婚しても三年間、現われなかった。その理由は……髪がきれいに伸びるまで三年かかったから、というのだ。幽霊になって出てくることで夫の再婚を邪魔しようとしたくらいの焼き餅焼きなんだけど、髪の毛が伸びないと出て来れないなんて、なんかいじらしい。そんな女性のかわいらしさが微笑ましく描かれている。私は三三さんの“江戸の時代の頃の女性の喋り”が好きなんだけど、この噺ではそれが楽しめた。
 そして『妾馬』。これは別題『八五郎出世』ともいわれていて、噺家によって微妙に細部や下げが違っていたりするようだが、『八五郎出世』としては志の輔で何度か聞いたことがある。殿様の前でもまったく気後れせずにマイペースを貫く八五郎の言動がすごく愉快なのだが、そこは三三も同じ。志の輔のバージョンでは母からお鶴への伝言をたっぷり八五郎が語る場面でほろりとさせるが、三三さんのバージョンでは母の伝言はそんなに多くはなく、ひたすら八五郎のおとぼけぶり(殿様の前で丁寧に喋ろうとしているつもりが、やたらと“お”と“奉る”を付けすぎて全然意味不明になっている)と、側用人・三太夫のあわてぶりが楽しい噺になっていた。大盃に注がれたお酒をんぐんぐと飲み干すところは、志の輔のほうがすごく美味しそうに見えたのを覚えているんだけど、それはやっぱり酒飲みの度合いの違いかなあ、なんてね……。

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パンフです。

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2009年4月13日 (月)

感劇話その93 黒木メイサの殺陣が見事__『赤い城 黒い砂』 

 日生劇場で公演中の舞台『赤い城 黒い砂』を見てきた。黒木メイサ、中村獅童、片岡愛之助らの出演。シェイクスピアの『二人の貴公子』を原作としているが、全く違った内容になっているそうだ。『二人の貴公子』は読んだことも、お芝居を観たこともないが、この『赤い城……』では人間の業というものが、愛とか戦いとか、さまざまな角度から描かれている。ストーリー展開は違っても、おそらく原作の主題もそういうところにあるんだろうなと勝手に思っている。シェイクスピアだし。根拠ないけど。なんとなく……。
 昨日、テレビの映画劇場で『レッドクフリフ』の1を見ていたので、芝居の冒頭、剣士に扮した獅童が登場してきたときにはなんとなくイメージが混同してしまい、一人で勝手にウケてしまったが、目を見張ったのは黒木メイサの殺陣のシーン。舞台はアジアのどこかの国ということで、日本の時代劇ではないので剣も日本刀ではないが、足を大きく開く独特の構えは美しく、獅童と戦うシーンなどもスピード感と迫力があった。獅童と愛之助は歌舞伎でもたびたび共演しているので息もぴったり。セリフと呼応するかのようにパーカッションが効果的に使われたり、バベルの塔をイメージしたという城塞のセットなど、見どころも多彩。

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ポスターやプログラムの写真を撮影したのは、写真家の加藤孝さん。竜巻を表わした赤い布使いが効いている。

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2009年4月12日 (日)

感劇話その92 抱腹絶倒。小三治一門会。

 昨日は小三治一門会にいってきた。編集者Nさんに声をかけていただいて。前日に小三治初体験したばかりなのに連チャンなんて、なんと幸せな話(涙)……てことで、初めて練馬文化センターというところへ。大江戸線の練馬駅からすぐの立派な会場だった。桜も満開。出演者は、ろべえ、はん治、三之助、トリが小三治という小三治の弟子、孫弟子のラインナッブ。
 ろべえさんは(聞くのは)二度目で、噺は「牛誉め」。途中まで、「子誉め」かなあと思っていたら、最後に牛誉めになっていた。はん治、三之助は初めてで、それぞれ「背で老いたる唐獅子牡丹」と「棒鱈」。どちらも雰囲気があって楽しいが、とくにはん治さん。長年の規則正しいムショ暮らしで健康なカラダになって長生きしている御歳90歳のやくざの親分が、かつて敵対していた組の若いもんに自分のシマを荒らされたことに怒って報復しようとする話。組のものはみんな高齢者で、誰も参加したがらない。そこで、昔、世話をしたことがある流れ者のまむしの銀二に協力を依頼するのだが、その銀二さんも老人ホームに入っていて……。今の高齢化社会にありそうな話だなーって感じで、年老いたやくざのとぼけた会話がすっごくおもしろい。はん治さんの飄々とした語り口と声が相まって、さらにいい雰囲気になっていた。オリジナルかなと思って帰って調べてみたら、桂三枝の新作落語だった。すごい噺です。
 小三治さんは「茶の湯」。マクラで、戦後、両国の国技館はGHQに接収されていて、代わりに蔵前に国技館があったという話や、給食の脱脂粉乳とサツマイモの食べ合わせでお腹を下したという話をしたあとに、「茶の湯」。茶の湯の作法を知らないご隠居さんが、風流を気取ろうとしてほとんどあてずっぽうでお茶をたてる。お茶の代わりに青きな粉と椋(ムク)の皮(その実は当時、石けんのようなものとして使われていた)を煮立て、小僧の定吉と一緒に飲んでお腹を下し、挙句の果てには店子の豆腐屋や大工にも飲ませるという話……。まずいお茶(とは似ても似つかぬ飲み物)を飲まされる人たちの表情や反応がおかしくて抱腹絶倒。しかし、席がちょっと後ろだったので、願わくばもっと前で小三治の表情をもっと間近に見たかった〜。でも、ちょっと後ろでも充分におもしろかったけど。小三治さんの、なんともとぼけた表情というか、やわらかく洒脱な感じがとても心地よかった。前日の「野ざらし」のときは、マクラでなんとなく釣りの話をしたあとに骨を釣る「野ざらし」になったし、今回は今回で、何気ないふうでいてマクラと落語が絶妙にリンクしているところがすごいなと思う。

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2009年4月10日 (金)

感劇話その91 嬉しくなった♡。小三治の「野ざらし」

  午前中に原稿の一部修正について編集者とメールでやりとり。午後からは半蔵門へ。

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最高裁の桜はもう散り始めていた。





 桜吹雪の中を、最高裁のおとなりの国立演芸場へ。今月は開場三十周年記念の落語会をやっていて、今日は上席の最終日。お目当ては喬太郎と小三治だ(ともに初体験)。とりわけ小三治さんはいまチケットがなかなかとれない噺家さんで、前から一度聞いてみたかったところに、文楽&落語仲間のかよちゃんが「こんなのあるけど、とれたら行く?」と、今日の会のことを教えてくれたので、「はいはい、行きます! お願いします!」と、お願いしたら、いつものごとく鮮やかにチケットをとってくださり、晴れて今日の日を迎えた次第で。
 寄席みたいに、漫才の人とか紙切り芸の人とか、合わせて9組も出てくるので落語も比較的短めの演目ばかりだったようだ。喬太郎さんは「初天神」。いろんな噺家さんで何度も聞いている噺だが、喬太郎の豊かな表現力ゆえか、小憎らしさと可愛さが入り交じった子供を見事に浮き立たせていた。どうみてもメタボなおじさんの喬太郎が子供らしさをすんなり感じさせていて見事。何度も聞いている話でもこうやって楽しめるところが落語のおもしろさだ。紙切りの林家正楽さん、2度目だったけれど、いつみても切り絵がきれいですごい。ふにゃふにゃした動きもおもしろい。
 大トリの小三治は、マクラで趣味のスキーの話や野球チーム(落語家仲間の)に入っていたときに王さんと試合をしたことがあるという話、釣りの爆笑エピソードなどをひとしきり話した後で、始まったのが「野ざらし」。あっという間に引き込まれ、圧巻は向島に釣りに行った八つぁんが、釣り糸を振り回しながら歌を歌うところ。これはあとで調べたらサイサイ節という歌の替え歌らしいのだが、♪鐘がゴンと鳴りゃあ〜♪……なんたらかんたらと、やけに調子よくて能天気で、八っつぁんの馬鹿者らしさがよく出ていてもう楽しさいっぱい。もっともっと聞いていたかったなぁ。「野ざらし」も以前聞いたことがある噺だけど、こんなに楽しい噺だったっけ??という感じだった。初めて聞く小三治が「野ざらし」だなんて贅沢♡。素敵な時間を過ごして嬉しさいっぱいの帰路となる。

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今月の公演案内と、三十周年の記念品として配られたメモ帳

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2009年4月 3日 (金)

感劇話その90 臨場感たっぷりの夫婦喧嘩__三三の「締め込み」

 体調がわりと回復してきたので、チケットをとっておいた三三の落語会に無事行って来た。@横浜にぎわい座。三三が毎月先輩噺家をゲストに呼んで行なう十ヵ月連続公演で、“背伸びの十番”と銘打っている。
 開口一番の前座さんに続いて、一席目は泥棒をきっかけに夫婦喧嘩がおこる「締め込み」。戦利品を風呂敷にまとめて逃げようと思ったところに家の主人が戻って来たので、風呂敷包みを残したまま縁の下に隠れる泥棒。主人はその包みの中身を見て、女房が男と駆け落ちするのだと勘違いする。そこに銭湯から女房が戻って来て、聞く耳もたずに一方的に怒鳴り散らす夫にブチ切れ、壮絶な夫婦のバトルが始まるが、途中から縁の下の泥棒が飛び出して来て仲裁に入って……という話。ちょっと冷静になって相手の言い分をちゃんと聞けばすぐに誤解もとけそうなのに、売り言葉に買い言葉でお互い頭に血が上り、どんどんエスカレートしていく夫婦喧嘩の“とりつくしまのなさ”が臨場感たっぷりというかリアルというか。これは江戸時代からある古典落語だから、夫婦喧嘩って昔から似たような部分も多いんだなあと感心してしまった。それだけ三三さんのテンポよい話しっぷりに巻き込まれたということか。
 ゲストは立川志らく。ついに志らくを初体験。話は何度か聞いている「死神」。噂通りのてだれ(手練)というか、表現も豊かでうまいなあと思うけど、ちょっと話している顔が恐かったかなあ。「死神」の話だったから、かなあ。
 そして、三三の二席目は「三味線栗毛」。大名である父親からうとんじられて下屋敷に部屋住みの身となっている次男坊・角三郎と、按摩・錦木のお話。錦木から「大名になれる骨格をしている」といわれた角三郎は、「もしそうなったらお前を検校(最高位の盲官)にしてやる」と約束する。結局、角三郎は父の跡を継いで大名になるのだが、病の床に着いていた錦木はその報せを聞きながらこの世を去る……。この噺は、晴れて錦木が大名屋敷に行って検校になるパターンもあるようだが、今日の三三は、錦木が検校と呼ばれることなく亡くなってしまう展開でしんみりさせ、最後に金魚売りのダジャレで笑わせて下げていた。噂を聞いても自分から角三郎に会いにいくことをしなかった錦木の律儀な性格がクローズアップされて涙を誘う感じだったけど、検校になってハッピー気分がいっぱいのパターンも聞いてみたい気がする。以上、風邪ひき以後初めてのお出かけだったが、さすがに帰りは少し身体がきつくなった。

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チラシです。

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2009年3月20日 (金)

感劇話その89 なんか放っておけないだるま食堂

 片付けは坦々と、かつガンガンに進んでいる。が、さすがに4日もやっているとちょっと飽きてきたので気分転換に、だるま食堂の単独ライブを見に行ってきた。先日の志の輔の会にゲスト出演したのを見て気になっていた、だるま食堂。女性3人のコントグループだ。場所はにぎわい座の地下にある「のげシャーレ」。何度も行っているにぎわい座の地下にあんなところがあったなんて。こじんまりしてなかなか素敵なホールだった。だるま食堂さんは、今日はお初の出し物ばかりだそうで、ぎりぎりで練習不足なのか??とちり気味のところもあったが、それも包んで一緒に笑えてしまうような、舞台を包み込むようなあったかい空気が客席全体に満ちている感じだった。なじみのファンの人たちが多かったような。今日のライブは“横浜開港150周年×だるま食堂3人あわせて150”、というもので、だるま食堂の150はどう考えても年齢の合計だ。私と、同行のかよちゃん(感劇仲間)は2人あわせてほぼ100。こないだもそう思ったが、だるま食堂さんたちは、間違いなく私らと同世代の芸人さんだ。だからなのか、なんだか妙に感じるところがあって、応援してあげたくなってしまうところがある。それで、ついつい笑っていたりする。なんか、放っておけないというか、妙に気になるというか。そのへんが彼女たちの魅力なのかも。今日は前回のような、スリー・ディグリーズ的大きな胸とブロンドの3人娘の扮装ギャグがなかったのがちょっと残念だったけど。あれ、また見たかったな。
  話は違うが、今日、初めて電車の中で携帯のワンセグを使った(もちろん、音声はオフだが)。だるま食堂が午後3時からで、それに間に合うように家を出た頃、WBCの日韓戦は9回の表、日本の攻撃が終わったところだった。このまま勝つだろうとは思っていたが、やっぱり裏が気になってしまってついに初めてワンセグをオン。以外と画面がきれいなのに驚いた。今日みたいなときは便利というか、ありがたいもんだね。

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チラシです。

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2009年3月 6日 (金)

感劇話その88 雛ひなづくしの“志の輔noにぎわい”

 昨夜はにぎわい座にて志の輔の落語。志の輔師匠は1月のパルコ以来だった。最近、チケットがますます取り辛くなってきているようだ。
 おひなさまが2日前だったせいか、噺は雛づくし。1席目は「メルシーひなまつり」。フランス人の特使夫人と娘が、とある商店街の雛人形師を訪ねる話。雛人形師というから当然、きれいな雛人形が見られるのかと思ったら、じつは顔だけを作る人形師だったために起こるドタバタ騒動。商店街のそれぞれのお店(と、そこの人)の描き分け方は志の助師匠の真骨頂という感じで楽しい。二席目のマクラで、じつは「メルシーひなまつり」は二席目で話すつもりだったのにいきなり1席目に口をついて出てしまって、もうあとにひけなかった、という話が出て爆笑。で、二席目はどうしようか迷ったみたいだが、「雛鍔(ひなつば)」だった。お屋敷の若様(8歳)が、拾った穴開き銭のことを“お雛様の刀の鍔”だという。若様はお金を見たことがないのでそういう表現をになったわけだが、なんてかわいらしい豊かな表現なんだ! と感心したのが植木職人の熊さん。同い年の自分の息子が「小遣い、小遣い」といつもせがんでくることを嘆いて……という噺。まあたしかに、小さい子がお金に聡いというのはちょっと可愛気ない気もするけどね。
 というわけで、雛・ひなづくしであった。さらにゲストも女性3人のコントグループ、だるま食堂(初めて見たけど、オモシロイ!)で、まさに三人官女というか、雛・ひな・ヒナの夜でした。だるま食堂、ちょっと気になる存在......。

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2009年2月21日 (土)

感劇話その87 江戸の大罪、美徳……。文楽二月公演

 今月の文楽東京公演は三部構成。先々週に第三部、先週は第一部、そして今日は第二部と、週末ごとに一部ずつ小分けにして見て来た。第三部以外は初めて見る演目で、どれも見応え充分だった。

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第一部/「鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)」。姦通なんてしていないのに、愛する夫に武士の面目を立たせるために、不義者の汚名を着て討たれる道を選ぶ妻。しかし、巻き込まれる権三のほうはたまらない。とはいえ、権三にも脇の甘さが合ったから自業自得、なのか……(写真はプログラムの表紙です)。

 なんで、なんでこんなことになってしまうのか……と、もどかしさとともに運命のいたずらの恐ろしさを感じてしまう話。姦通が大罪で、姦通をした妻を夫は討たなければならない、という江戸時代ならではの悲劇というか、不条理というか、珍事というか……ま、妻の方は、精神的には夫を裏切ったことになるとは思うんだけど......。しかし、あり得ないよーこんなの、と思いながらもぐんぐん引き込まれていくストーリーの力は、さすが近松。

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第二部/「敵討襤褸錦(かたきうちつづれのにしき)」。こちらも、敵討ちが武士の美徳とされた江戸ならではの話。苦労の末に、仇討ちを見事成就させる兄弟(プログラムの中写真より)。



 刀の切れ味を試すために死刑となった罪人を使うという話は聞いたことがあるが、この話に出てくる武士たちは、罪人がちょうどいないからといって、非人(乞食)を斬ろうとする。しかも、乞食(乞食というのはじつは、数年間、敵を捜しながら身をやつしてしまった兄弟のことなんだけど)に会いに行って、斬らせてほしいと申し出るところはちょっと驚いた。闇討ちは卑怯だからせめて正攻法に申し出よう、ということなのか……。試し斬りをしに行ったものの、兄弟の心根に感じ入って協力してくれることになる武士のおかげで、仇討ちは見事成就するんだけどね。

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第三部/「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」。近松の定番的人気の演目。見るのは3度目くらいか。前回は、豊島屋のお吉が蓑助さん、与兵衛が勘十郎さんだったが、今回はお吉が紋寿さんで与兵衛は再び勘十郎さん(これはチラシの写真)。


 前回は、スライムのような樹脂のようなものを使って油を表現していたが、今回はそんなのはナシ。ただ、舞台の端から端へつーーーーっと移動する大きな動きで油の滑りを表わす演出で、これはとてもよかった。相変わらずの与兵衛のダメダメ男ぶりというか、ならず者ぶりは、あきれるほど頭にくる。私の中では、文楽に出てくるダメダメ男ワースト3に入るキャラだ。

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2009年2月 6日 (金)

感劇話その86 充実の3席に大満足。 柳家三三独演会

 今週、また三三さんの独演会に行ってきた。国立演芸場に。ほんとのほんとの独演会で、1席目に「しの字嫌い」、2席目に「不動坊」、中入りをはさんで「国定忠治・山形屋」というラインナップ。「しの字嫌い」は、旦那と権助が「し」の字を使わないで話す賭けをするばかばかしい小話的な内容だけど、話している三三さん自身も用心しながら話すところが、素なのか芸なのかわからないような緊張感(やっぱ芸なんだろうけど)が楽しい。「不動坊」。講釈師の不動坊が死に、その後家さんの再婚相手になった吉公(長屋の仲間)のことが気に入らず、不動坊の幽霊を登場させて阻止しようとする長屋のやもめ連中のドタバタ。これもばかばかしいお話だけど、一人ひとりのキャラがとても立っている。銭湯でニヤつく吉公の独りよがりな盛り上がりぶりが、恥ずかしいくらいに可笑しくて笑える。
 「国定忠治・山形屋」は講談を落語風にアレンジしたのかな。それとも講談そのものなのかな。講談を聞いたことがないのでわからないが、そういえば取材でお会いしたときに三三さんは、講談もとても好きだと言っていたし、講談師さんたちとのおつきあいや共演もある。きっと、続けていきたいジャンルなんだろうな。国定忠治、なかなか聞き応えがあってよかった。最初の2席が大笑いで、これはじっくり聞かすという感じで。

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プログラムです。

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2009年2月 1日 (日)

感劇話その85 やっぱり馬はかわいい。騎馬スペクタクル「ジンガロ」

 先日、御招待券をいただいて、騎馬スペクタクル「ジンガロ」を見てきた。場所は木場公園内の特設シアターで、東京都現代美術館の隣り。最寄り駅の清澄白河の近くには小山登美夫さんのギャラリーがあるので、去年はしょっちゅう通った場所だが、現代美術館は駅を挟んでわりと逆の方向。あちらまで行くのは去年の春以来だった。
 ジンガロは、人馬一体のパフォーマンス。今回は二度目の日本公演で、新作「バトゥータ」は、スピード感や躍動感にあふれたスペクタクルだった。「バトゥータ」に関して大した予備知識ももたず、個人的な思い込みで、もっと静かなパフォーマンスだと思っていた私は予想外の展開にびっくりしたんだけど、でも、すぐ目の前で疾走する馬のスピードたるや、それはもうすごくて、そこに一体となってさまざまな芸を繰り広げる人間との、あの息の合い方はほんとに驚きで、迫力満点だった。合間合間に出てくる純白のウェディングドレス姿の女性と白馬も、なんとも素敵。女性の長いヴェールの先についている風船が、ゆったりとゆるやかな弧を描くシーンは神秘的で、印象的な美しさだった。
 ルーマニアの民族音楽の生演奏にのって繰り広げられる人生のさまざまなエッセンス、ということで、日本人にはいまいちわかり辛い部分もあったかもしれないが、私はとにかく馬を見られるだけで幸せだった。あんなふうに統制がとれていて、音楽をちゃんと理解しているかのような、一糸乱れぬ動きは感動的で、どの馬も美しい。優雅なウェーブかかかった尻尾の先までも美しかった。きっと、こういうパフォーマンスって馬と人が相当に心を通わせていないとできない動きなんだろうなあと思う。どのお馬さんもとてもおりこうさんだ。最後にはリラックスして勝手に水を浴びたり、砂の上でゴロゴロしているコもいたし……最近、こんなふうにがんばっている動物を見ると、いじらくして涙が出てしまいそうになる。盲導犬とか、警察犬とか、水族館のアシカやシャチとかも……これも歳かしら……。

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ウェイティングスペースの中にあるエルメス・ショップ(エルメスは協賛)には大きな木彫りの馬が(左)。そして、ジンガロの宣伝ハガキ。

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2009年1月31日 (土)

感劇話その84 中野で初落語

 今週、柳家三三さんの独演会で中野に行って来た。場所はなかのZEROの小ホール。初めて行く会場。中野サンプラザへはコンサートで何度か行ったことはあるが。中野駅で降り、サンプラザとは反対側に出て、線路沿いの道を歩くと、なかのZEROがある。関係ないけど、道の途中にミスター年金こと長妻議員の事務所があった。
 柳家ろべえさんの「たけのこ」に続いて、三三さん登場。1席目は「味噌蔵」。中入り後、2席目は「薮入り」。
 ろべえさんは初めてだったが、すらりと上背があって、よく声が通る噺家さん。「たけのこ」、短いけれどすごく楽しい噺で、武士の語り口がなかなかよかった。「味噌蔵」、味噌屋の旦那、ケチでもここまでの人ってほんとにいるのかな〜と疑うほどの超ドケチで、なんかやな感じ。奥さんや番頭さんに大いに同情する私であった。泊まってくるはずの旦那がいきなり帰って来て、みんなが大慌てで刺身や田楽の上に無理矢理座って隠そうとしたりするところは、こないだの「二番煎じ」にも似ている情景だった。
 「薮入り」。奉公先から初めての薮入りで家に帰ってくる息子を思う父親のあわてぶり、心配ぶりがすごくユニーク。でもなんかわかる気もするなあ。三三さん、快調な感じです。

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ご飯をあまりにもケチられるとムカつきますね......。

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2009年1月23日 (金)

感劇話その83 たかりえ、女優魂の応酬 ー 野田地図「パイパー」

 たかりえ、って、貴乃花と宮沢りえ、じゃないですよ。松たか子と宮沢りえ、のことです。念のため。
 夕方までに校了の校正戻しをファクスで送り、夜は野田地図「パイパー」を見てきた。宮沢りえと松たか子のダブル主演というか競演ということで、事前から話題にもなっていたようだが、まさに今、この二人をガチンコで出せるのは野田秀樹だけかもしれない。ほかにも大倉孝二、北村有起哉と、好きな俳優さん揃い。
 舞台は地球の人々が移住して1000年後の火星。夢を抱いて移住した人類と、人類と一緒に連れて来られたパイパーなる生物というかロボットというか、それらが1000年後にどうなっているか、というお話。パイパーは、当初は人間の苦痛や悪い心を吸収してくれる存在、なんだけれど……。正直、ストーリーはやや難解だったが(私には)、人類の幸せのために作られたパイパーが、時代とともに変貌を遂げていくというところは、ある意味、現代社会を風刺しているような感じもするし、母と娘の想い、みたいなものは普遍的テーマという気もするので、ストーリーがしっかり飲み込めなくてもなんか共感できるところが随所にあって、ジーンとしてしまう。
 圧巻なのは、松たか子と宮沢りえ(メインは姉妹の役で、ほかにも何役ずつか兼ねている)が二人で火星内を彷徨うシーン。歩きながら交互に台詞をしゃべるのだが、これがものすごい量。長いというか多いというか、何分くらいあったのかわからないが、5分? 10分? さすがに10分はないかな......とにかく長い。すごく多い。しかもけっこう早口なのに、二人とも全然間違えずに、鬼気迫る感じで、台詞の応酬という感じで、競演だけど対決しているようにも思えたりして、すさまじかった。そして、二人ともとっても魅力的。松たか子のヘアスタイルがウランちゃんみたいなのもかわいかった。パイパーを演じていたのはコンドルズだったが、ときにダンスのようにも見える独特なパイパーの動きは、彼らならではだと思う。
 いつもながら迫力があってエネルギッシュで、心がいろんなふうに揺さぶられて、終わったときになんだか運動した後のように心身が高ぶっている感じがするのが、野田地図の舞台の魅力。

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チラシです。いい女って、似るものなんだろうか。

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2009年1月22日 (木)

感劇話その82 軽やかにスーツ落語〜柳家花緑独演会

 柳家花緑さんの独演会に行ってきた。場所は新宿紀伊國屋ホール。劇団ラッパ屋の公演期間中に、ラッパ屋のセットそのままの中に高座を作って行なわれる“昼席ラッパ亭”(2日間のみ)で、19日が柳家喬太郎さん、そして今日が花緑さんだった。
 出囃子が流れて、カラフルな椅子やテープルが並ぶ室内セットの中に現われた花緑さん。1席目は「二階ぞめき」。吉原通いが大好き、といっても、女が好きなのではなくて吉原の雰囲気とか、ひやかしが大好き、という若旦那のために、番頭が家の二階を吉原そっくりに改造する、という話で。できあがった二階のミニ吉原で、花魁と客、さらに自分の一人三役の芝居に入り込む若旦那がちょー変で可笑しい。
 ラッパ屋の鈴木聡さんとのトーク、そして中入り後、花緑さんはスーツに着替え、2席目として鈴木さん作の新作落語「死刑台のカツカレー」を披露した。花緑さんが“スーツ落語”をやってみたいといっていたことは、年末の新聞のインタビュー記事で見ていたが、ライブで見たのは初めてだった。スーツ姿もぱりっと決まってるし、現代の話だからスーツでも何の違和感もなく聞けたし、おもしろい試みだとも思うが、落語としては個人的にはこの噺を初めて聞いたときのほうが、インパクトというか迫力があったような……前はたしか、ポール(刑務所のコック)と13号(死刑囚)が網走から北千住まで、バイクかなんかで突っ走るときのくだりが、ビュイーンびゅいーんビュイーンと、今回よりはスピード感があったような。ちょっとそんな気がした。それはさておき、スーツ落語はこれからどんなふうに展開していくのか楽しみだ。

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プログラムです。

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2009年1月16日 (金)

感劇話その81 今年も幕開け! 志の輔らくご in PARCO

 今年も志の輔師匠は1月のパルコで初笑い。1月にパルコの志の輔を聞くのがここ数年の行事のようになってきた。相変わらず満員御礼。師匠は風邪気味で喉の調子が悪いといっていたが、敢えて言われないとわからない感じの熱演だった。
 1席目は新作の「ハナコ」。どこかの温泉旅館が舞台で、何事についてもあらかじめ逐一説明してしまう女将と仲居たちにうんざりしてしまうお客の話。最近のいろんな偽装にまつわる事件を受けての噺で、たとえば「源泉かけ流し」が偽装でないことをちゃんと見せるために、寒空の中、わざわざ浴衣姿の客を遠くの源泉まで延々歩かせて証明したり、料理に使われている素材が国産であることを証明するために、すべての野菜の生産者を部屋に呼んで、食事の前に対面させたり、挙句の果てには国産牛の生産者と、これから食べられるウシちゃんまでも連れて来られる……たしかに顔を見て名前まで聞いてしまったら食べようという気にはなれないよねー……。偽装されるのはたまらないが、なんでもかんでも逐一ご報告されるのも、タイミングと場合によってはうざくなってしまう、というお話。なんか、ほんとにありそうな話だ。
 二席目は「狂言長屋」。これは2年前のパルコでも聞いたが、そのときの狂言師は茂山千三郎さん。今年は茂山正邦さんが登場。狂言の場面が挟み込まれる展開がちょっと贅沢で、楽しい。師匠も狂言がんばっていた。そして三席目は「柳田格之進」。これも好きな噺なので嬉しかった。浪人柳田格之進の落ち着いた威厳のある話し振りが大好き。じつは私、志の輔師匠の“武士の語り”のファンだ。だから「徂徠豆腐」とか「抜け雀」なんかも大好きなのだ。

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チラシです。

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2009年1月15日 (木)

感劇話その80 華やかで楽しい新春浅草歌舞伎

 昨日、今日とものすごく冷え込んでいる。とくに今日。午後1時半からの取材が、1時間くらいで終わるだろうと思っていたら、なんと終わったのが5時半過ぎ。最中はけっこう楽しかったし、そんなに長くかかった気もしなかったのだが、終わって電車に乗り込んだらなんだか妙に疲れていた。寒いからよけいに身体が疲れるのかなあ。とにかくびっくり。リフレッシュの意味も込めて、先日行った新春浅草歌舞伎の話を。
 第一部は「一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)」と、「土蜘(つちぐも)」。うつけのふりをする一條大蔵卿役の亀治郎さんの曲舞(くせまい)が楽しかった。第二部は「一本刀土俵入」と「京鹿子娘道成寺」。「一本刀……」では、一部とぐっと変わって酌婦のお蔦さんを演じる亀治郎さんの、憂いのある語りがいい。相変わらずいい。そして、駒形茂兵衛役の勘太郎さんが熱演。初めて演じた役だそうだが、相撲取りを目指しているときと、夢破れて渡世人になったときの、喋りも目つきも何もかも変わった感じが、歳月と人生の流れを感じさせるというか……すごくよく出ていた。特に、若いときの茂兵衛の飄々とした語り口や声の感じは、お父さんの勘三郎さんにとてもよく似ていてびっくり......親子だから不思議はないんだろうけど。こうやって代々引き継がれていくんだなあと、改めて思った。娘道成寺は七之助さん。こちらも初挑戦だそうで。衣装も超きらびやかで、早変わりも鮮やか。どの演目も楽しめた。松也さんも、たくさん出ていたけど、きれいだったなあ。そして、幕間に久しぶりに焼き豆大福を食べられたのも、嬉しかった。これ、大好き。ついついぱくぱく食べてしまうんだけど、食べ過ぎるとやばいです。

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チラシです。ポスターもこの写真で、お仕事仲間の加藤孝さんが撮影している。



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浅草公会堂の入り口(左)と、終演後、帰り道の雷門。

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2009年1月12日 (月)

感劇話その79 ドラマがしっかり目に浮かんだ「文七元結」

 今年もたくさん観劇して、感激して、“感劇”します。ところで、いつも読んでくださっている方にはおなじみですが、“感劇”は、観劇と感激を合わせて私が勝手に作った造語。演劇やコンサートや落語や狂言や、いろんな舞台ものを見たときの感想を書いているときに使っているもので、このブログ内でしか使っていない。でも、こないだも、「“みぞうゆう”の不景気」とか話していたら、「そんなこと言ってると、本当に使うときにも間違えちゃうよ」といわれたことがあったので、原稿を書くときに、感激や観劇が、感劇にならないように注意しなくっちゃ、です。
 さてさて、今年最初の感劇は、柳家三三さん。寒空の下、国立演芸場で行なわれた独演会に行って来た。期待通り、いや、期待以上だった。鈴々舍わか馬さんの「千早振る」も快調で、知ったかぶりのご隠居が元気。三三さんは「宿屋の仇討」と、仲入りの後、「文七元結(もっとい)」。「宿屋……」は志の輔師匠でも聞いたことがあったが、三三さんのも旅人三人のはしゃぎぶりが愉快。旅先で、あんなふうにテンション高くうるさく騒いでいる人たちって、確かにいる……。そして圧巻だったのは「文七元結」。左官の長兵衛の、ちゃっきんちゃっきんの江戸っ子気質がすごくよく出ていて、娘のお久の親を思う心、そして最後は近江屋の心憎い采配に思わず目頭が熱くなる。それぞれの人の気持ちが豊かに表現されていて、聞き応えたっぷりという感じだった。また追っかけたい人が増えちゃったようです。

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プログラムっす。

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2008年12月16日 (火)

感劇話その78 冬の噺はぬくぬく、あったかい。

 昨日、先日「和楽」で取材した柳家三三さんの落語会に行ってきた。取材時に新宿の末広亭で初めて彼の落語を聞いて、いいなあと思ったのがきっかけだった。“冬噺三夜”と題して三夜続く会の初日で、ゲストは春風亭一之輔と三遊亭好楽。一之輔さんは「初天神」。以前、花緑さんとか他の人でも聞いたことがあったが、一之輔さんはテンポもよく、いきいきとしていた。好楽さんは、テレビの「笑点」で見るときとまったくキャラが違っていて、こっちのほうがぜんぜんいいわ、という感じだった。なんというか、艶があるというか、ベテランらしい落ち着きと色気があって。小話っぽいお楽しみネタをつなげていたんだけど、ほっと安心して楽しめる感じだった。そして三三さんは一之輔さんの後と、仲入り後の好楽さんの後で、合計2席。「二番煎じ」と「橋場の雪」。末広亭で聞いた「権助提灯」の女房の、なんともいえない色っぽさというか、しなをつくる感じが印象的だったのだが、「橋場の雪」の後家さんにもそれが感じられて、なんか嬉しかった。
 火の番の夜回りをする旦那集が番所にお酒や獅子鍋のネタを持ち込んで一杯やる「二番煎じ」と、旦那の夢に出てきた後家さんの話に激しく嫉妬する女房の噺「橋場の雪」。冷え込む夜に、番所で土瓶でお燗した酒を飲んだり、獅子鍋をつついたり、かたや、こたつで熱燗をちびちびやりながら幸せな夢に突入していったり……どちらも、冬って、ほっかほかなんだな〜と感じる噺だった。二席目の藤色の着物姿もとてもお似合いだった。

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ミニ・プログラム

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2008年12月13日 (土)

感劇話その77 あり得ない! けど、そこも見どころ ー『源平布引滝』

 12月の文楽公演は、鑑賞教室と本公演の2本立てで、ここ2、3年、私は本公演だけ見に行っている。鑑賞教室は学校主導による高校生の団体客がすごく増えてきているようだ。本公演は『源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)』。昭和45年以来の上演となる二段目から三段目の上演、だそうだ。平家打倒の旗印である源氏の白旗をめぐるさまざまな悲劇が繰り広げられる。
 白旗を託された女性、小まんは追っ手に迫られても、手にしっかりと白旗を握りしめて絶対に離そうとしない。それで(旗を守るために)、あえて小まんの腕ごと斬り落として海に落とす齋藤実盛。後ろの敵と一緒に自らを刺して壮絶な最期を遂げる木曽義賢。これも白旗を守るため。そして、白旗を握りしめたままの状態で網にかかった小まんの腕は、誰が指を開かせようとしても開かないのに、愛息太郎吉が触ると手を開く(死んだ後にも子を想い続ける母の魂)。自分の孫である太郎吉を木曽義仲の家来にするために手柄をたてさせるため、敵ながらわざと太郎吉の手にかかり、自らの首を切り落として壮絶な最期を遂げる瀬尾十郎……。と、壮絶であり得ない展開が目白押し。しかし、首が飛ぶような場面も人形ゆえに、生々しさやグロテスクな感じがそんなにないのが文楽ならでは。えー、こんなの絶対にあり得なーい! と思いながらもその変化に富んだ展開についつい見入ってしまうのもまた文楽の楽しさ、おもしろさだ。世話物のしっとりした心中話も大好きだけど、こういうデフォルメたっぷりで奇想天外なストーリー展開も見応えがある。太郎吉を遣うのは箕紫郎さん、太郎吉が亡き母の手にすがるシーンでは思わず涙を誘われそうになった。
 
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パンフです。実盛(後ろ)と瀬尾。

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2008年11月 9日 (日)

感劇話その76 「横浜狂言堂」、コストパフォーマンス高し。

 毎月第2日曜日は狂言の日、と横浜能楽堂で勝手に決まっているのだそうで、今日はその公演「横浜狂言堂」の日であった。今月の出演は茂山家で、『名取り川』と『佐渡狐』。比叡山で受戒し、名前を二つもらった僧が、その名前を着物の両袖に書き付けてもらったものの、川を渡るうちに水に濡れてその名前が消えてしまう、という『名取り川』、佐渡に住むお百姓が越後のお百姓と出合い、佐渡に狐はいないにもかかわらず、いるといってしまったことで始まるドタバタ劇の『佐渡狐』。どちらもとっても分かりやすいお話で、最初の解説もよかった。狂言の舞いが無酸素運動だという話はなかなかおもしろかった。『佐渡狐』は以前も見たことがあったと思うのだが、ほんとに他愛のない内容の話なのに、なんだかほのぼのとして、ついつい笑わせられてしまう、というのが狂言の楽しさなんだよなあと、つくづく実感する。こんなに充実して入場料2000円なんだから、お得感アリアリです。
 それにしても、今日も雨だった……。ここのところ、横浜能楽堂に行くときは雨が多い。つーか、雨ばかりのような気がする。

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プログラムです。

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2008年10月25日 (土)

感劇話その75 キャサリン・ハンターの変幻ぶりに絶句。野田地図『The Diver』

 書きそびれていたのだが、沖縄に行く前に、野田地図の舞台『The Diver』を観てきた。去年の『THE BEE』に続き、イギリスで現地の俳優たちと一緒になって作り上げた舞台で、ロンドンと東京で上演というのも去年と同じ。去年のほうは見逃してしまったが、今回の舞台には去年の作品にも出演した英国の女優キャサリン・ハンターが出ているので、ものすごく楽しみだった。
 不倫相手の家に放火して、意志を持ってその子供を死なせてしまった女性を演じるキャサリン、彼女を診断する精神科医を演じるのが野田さん、というシーンから始まる。やがて、女に『源氏物語』の登場人物である桐壺や葵の上、六条御息所などが次々と憑依したり、能の『海人(あま)』の題材がからんだりしながら、女の取り調べから刑の執行へとストーリーが展開していく。なかなか難解なお芝居なのだが、キャラクターによって人格、顔つきまでもが目まぐるしくくるくると変わっていくキャサリン・ハンターの演技はとにかく圧巻。かなり目を奪われる。扇をピザに見立てたりする小道具の使い方や、けして派手な素材は使っていないのにもかかわらず、色や形が効いている布の使い方などもおもしろかった。
 重い題材なので観終わった後のスッキリ感、はないのだが、野田さんがパンフレットに寄せた文章でも書いているように、一見「現代の一人の女性が犯した大罪」を描いているようでありながら、そこに「甘やかす女」と「甘やかされる男」という普遍的な男女の関係から起こる大罪も見えてきたりと……、いろんなことを後から後から、いつまでも考えてしまうような、ものすごい存在感のある舞台だった。

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帰りの電車の中で、パンフレットのからくりに気づいてびっくり。表紙周り以外は全部袋とじになっていて、開けると中は舞台の名場面集。これは贅沢。 

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2008年10月 6日 (月)

感劇話その74 神無月で早くも忠臣蔵――「志の輔noにぎわい」

 志の輔は毎月いろんなところで落語会をしている。去年は毎月のように新宿の明治安田生命ホールで行なわれる会に行っていたが、今年はけっこう横浜にぎわい座に行っている。いつも一緒に行く観劇仲間のかよちゃんが横浜市民であることも大きな理由なんだけど。にぎわい座で行なわれる志の輔の落語会は「志の輔noにぎわい」。
 今日はお弟子さんの噺はナシで、1席目から志の輔が出てきたので驚いた。ときどきそういうときがあるようなのだが、にぎわい座公演が2、3ヵ月ぶりだったということもあったのだろうか。1席目は『身投げ屋』。前にも聞いているが、柳家金語楼の創作落語をもとにした噺だということは今日初めて知った。身投げ屋を真似する男が滑稽で笑える。2席目は『買い物ブギ』。これも以前聞いた噺だったが、わかっているにもかかわらずその場その場の言葉に笑ってしまう。相変わらずそのへんがすごい志の輔さん。2席目の前にロケット団の漫才があって、初めてだったけどなかなかおもしろかった。
 中入りの後、三たび志の輔登場。マクラが忠臣蔵と豆腐の話だったので、もしかして『徂徠豆腐』かなーと思ったが、忠臣蔵の創作落語だった。これは初めてで、あとで知ったが、『忠臣ぐらっ』というタイトルらしい。酒屋に身をやつして吉良邸の絵図面を手に入れる岡野金右衛門と、酒屋の周辺の町人たちをコミカルに描いた噺。忠臣蔵の落語がないということで作ってみた噺だそうだが、志の輔が忠臣蔵を作るとこんな感じなのか〜、という感じ。大工とか蕎麦屋(店の名は「長寿庵」)とか、いろんな町民が出てきてにぎやかに話すところは、志の輔の落語らしいなという感じもした。たしかに赤穂浪士の中にはほんとは討ち入りが嫌だった人もいたかもしれないよなあ……とか思ったり。それにしても10月となって早くも忠臣蔵の噺を聞いたりすると、もう年末が迫ってきているんだなあというフシギな気分になってくる。夏が終わるともう年末だ……。

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チラシです。

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2008年9月28日 (日)

感劇話その73 大爆笑。小米朝と花緑の二人会

 まもなく米團治を襲名する小米朝が、東京で小米朝の名前でやる最後の落語会ということで、「小米朝ファイナル」と銘打っての二人会。この二人が二人会をやっているとはちょっと前まで知らず、今回初体験だった。考えてみたら二人とも、それぞれ東西の人間国宝を父と祖父にもつというサラブレッド同士だ。
 それぞれ二席ずつ、小米朝の「親子茶屋」に続いて花緑「粗忽長屋」、中入りの後、花緑「初天神」、小米朝「青菜」というラインナップ。「親子茶屋」でお座敷遊びをする若旦那を演じる小米朝は、もう地でやってんのかなと思わせるほど、いかにも若旦那、という感じで(実際、若旦那だし)ハマっていた。花緑さんの「粗忽長屋」は初めて聞いたけれど、むちゃくちゃ楽しくてよかった。「初天神」も親子のやりとりが微笑ましい。「青菜」は上方落語でおなじみのネタらしいが、これも私にはお初。小米朝が、一席目の遊び人の若旦那と打って変わり、漫才コンビのような植木職人の夫婦と、出入り先の主人とその奥方を、巧みに語り分けいて、もう大爆笑。一仕事のあとの一杯の美味さもよく伝わってくるし……。小米朝、達者です〜。
 中入り後のトークもおもしろかった。じつはこの会場、サンシャイン劇場では、現在、ピーター主演の『罠』というお芝居が公演中で、今日も午後の公演があった後、セットの前に金屏風を立てて落語会をやっていたという、変則的スケジュールだったようなのだが、トークの際にはその金屏風をはずし、実際のお芝居のセットがあらわになったその前で二人がお喋り。セットの階段をそれぞれ役者風に降りて来るのもおかしかった。そういえば、二人とも役者としても活躍している。落語家のサラブレッド、お坊ちゃん、そして芸達者と、なかなかニクい共通点のある二人、なのであった。

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ポスターです。

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2008年9月25日 (木)

感劇話その72 華やかで楽しい『歌仙』ーー狂言ござる乃座40th Anniversary

 友達が行けなくなったということでラッキーにもチケットを譲り受け、宝生能楽堂に行ってきた。万作の会が主催する公演は、今日の「狂言ござる乃座」のほかにも「野村狂言座」、「万作を観る会」、「よこはま万作・萬斎の会」などいくつかの会があり、それぞれ目的や内容が違っているのだが、この「ござる乃座」は、もともと萬斎さんの狂言の研磨と新しい曲に取り組む場として約20年前に始まった会で、今回でもう40回を迎えるのだという。個人的には最近は「よこはま……」や「野村狂言座」が中心で、横浜能楽堂や国立能楽堂に行くことが多かったので、「ござる乃座」&宝生能楽堂は久しぶりだった。
 今日の演目は、狂言『咲嘩』、『歌仙』と、素囃子『盤渉楽』。『咲嘩』は萬斎さんの太郎冠者が、ちょっと意地悪でおとぼけで痛快。咲嘩役の万之介さんは相変わらず飄々としていい。『歌仙』は、絵馬から抜け出してきた六歌仙(有名な六人の和歌の名人たち)が繰り広げるにぎやかなやりとりが楽しくて、とっても華やか。プログラムを見ると、この曲は普段狂言では使わない能がかった道具が必要になるので、これまでなかなか上演できなかったそうだが、今回は装束を誂えたのだそうで。柿本人丸(柿本人麻呂のこと)、僧正遍昭、小野小町、在原業平、猿丸太夫、清原元輔といった面子が勢揃いすると、顔ぶれも装束もはぁっとタメイキが出そうなほど豪華で艶やかで、そこはかとなく雅な雰囲気。
 ところが、会話が始まると、まるで現代劇を見ているような俗っぽさが出てきてじつに楽しい。小野小町にお酌をしてもらおうとプレッシャーをかける人丸(万作さん)はまるで上司のセクハラだし、それぞれに出される歌のお題目もちょっとエロっぽかったりして笑える。遍昭と小町の仲を疑う人丸のジェラシーが発端で4対2の喧嘩、さらにエスカレートして弓や刀を持った戦いに、と、なんだかドタバタ喜劇みたいにまでなってしまってびっくりするのだが、弓を構えた業平が遍昭を狙い、そこに小町が割り込んで盾になると、業平の矢がほろりと落ちるあたりは、やっぱり小町はみんなのアイドルなのね〜という感じで、微笑ましいというかなんというか、じつに楽しうございました。

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プログラムの表紙には、過去39回の公演写真が。

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2008年9月23日 (火)

感劇話その71 寛治さん、傘寿記念の「寛治を聴く会」

 洗濯して布団干してシーツ替え、ワラビも草食べて毛玉吐いて、いつもの休日。気温は高いけど湿度が低く、サワヤカで気持ちいい。洗濯物干しながら空気のさわやかさを感じる季節に、やっとなってきたのかな。
 午後から「寛治を聴く会」へ。寛治を聴く会は、お人形の入らない、義太夫と三味線だけの素浄瑠璃。今回は、寛治さんの傘寿記念(まもなく御歳80歳になられるそうで)ということで、演目はお祝い事にふさわしい「寿式三番叟」と、「廓文章 吉田屋の段」。「三番叟」は太夫さんも4人、笛や鼓や小鼓、大鼓なども入って華やかさいっぱい。「廓文章」のほうは、私には初めての演目で話を完璧に理解するにはちょっと難しかったが、寛治さんの三味線は相変わらずぐぐっと聴かせる。激しくひく場面でも、相変わらず細くてしなやかで軽やかな指使いに引き付けられる。聞けば、寛治の会はもうこれまで既に関西で5回、関東で5回ずつ交互に開催されているそうだ。私は去年の関西を含めて、今年でまだ3回目。文楽公演に通ううち、寛治さんの三味線をいいなあと思うようになって、年に一度のこの会を聴きに来ている。一昨年は急な仕事が入ってチケットを友人に譲ったりしたこともあったけど。寛治さんの当面の目標は八十八歳まで現役、ということらしいので、私もまた来年も楽しみに聴かせてもらいたいなと思っている。

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プログラムの表紙もほんのりピンクで華やぎ気分。

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2008年9月19日 (金)

感劇話その70 魅惑のりえちゃん、『人形の家』

 宮沢りえ主演の舞台『人形の家』を観てきた。去年、『ロープ』を観たときに宮沢りえの舞台のよさに目を醒まされた感じがしたのだが、今回も、妻ノラを演じるりえちゃんは輝いていた。これはまぎれもなく彼女を観るお芝居だ。前半、弁護士の夫の愛に守られた幸せな妻を演じるときの、きらきらした愛くるしさ。後半、夫の支配的な素顔を知り、一人の女性として生きることに目覚め、決別していくときの強さと潔さには思わず引き込まれてしまう。とにかく、美しくて可愛らしいことは疑う余地なしで、そこに強さも加わって、最強のりえちゃんである。
 夫役の堤真一は、前半は、この役は別に彼が演じなくても……って感じだったが、後半、激昂してからエンディングまでは一転、本領発揮だった。客席の真ん中に置かれて四方から見ることができる動く舞台や、衣装(とくにノラの)も素敵で、美術も衣装も担当は女性。演出家デビット・ルボーの他は女性スタッフのがんばりが光る舞台だった。

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チラシです。またまた金子国義先生の絵が素敵。

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2008年9月14日 (日)

感劇話その69 襲名披露で華やかな9月文楽公演

 昨日、今日と文楽公演にいってきました。

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昨日は一部。『近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)』と、『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』。これはパンフの表紙で『本朝……』の名シーン。



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今日は二部。『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』。この婆がそりゃもう怖いんです……(写真はチラシより)。



 『近頃……』は去年、奈良の興福寺で行なわれた寛治さんの素浄瑠璃の会で、一部、聞いている。素浄瑠璃でも最後の方は情景が浮かんできてしみじみしたけど、人形が出てくるとやっぱりさらにリアルになるし、猿のかわいらしさがまた目を引く。猿回しを遣っている紋寿さんがしみじみよかった。
 『本朝……』はやはり前に二度見ているが、毎回微妙に演出が違う気がする。そのうち1回は内子座で、舞台も狭く奥行きもないので、狐の数も動きもミニマル・スタイルだったが、もう1回は京都・南座で、規模はほとんど今回と同じだと思う。南座の時のほうが、狐の動きがもっとエグザイルみたいにグルグルしていた感じがしたけど……でも、今回もじゅうぶん見応えがあってよかった。特に、今回は吉田清之助さんが五世豊松清十郎を襲名した襲名披露公演でもあったので、清十郎さんが遣う八重垣姫の左を、勘十郎さんが遣うというなんとも贅沢な布陣。主遣いを務められる人は左を遣ってもやっぱりいいもんだなあと思ってしまった。勘十郎さんが足を遣ったら、それはそれでまたすばらしい足になるんだろうなあ。
 『奥州……』は、すごい大作なんだけど、なにしろ話が入り組みすぎていて、いろんな人が別人に化けていたりと、ちょっと難しい気もした。場面場面では、わかりやすくていいところがあるんだけど。目の見えない袖萩とその娘・お君とのやりとりがこまやかで、特に、雪の中でお君が袖萩に自分の着物を脱いでかけてあげるシーンは涙を誘う。その後、袖萩の母親が垣根越しに打掛けを投げるところくらいまで、母子三代の情を描くシーンでは何度も涙が出てしまう。後半、「一つ家の段」では鬼より怖い婆が出てくる。勘十郎さんが遣っているのだが、ぞっとするほど迫力満点。それにしても、久々の襲名披露公演だったが、口上はやっぱり華やかで、なんか清々しい気分になって、いいものだ。ところで、土曜日は文楽のあとで横浜スタジアムに横浜・中日戦を観に行く、というイレギュラーなダブルヘッダーだったんだけど、かなりの熱戦で横浜が勝ち。ダントツの最下位ながら大分出身の内川も活躍して、なかなか楽しめた。しかしさすがに疲れました......。

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2008年8月31日 (日)

感劇話その68 流れる雲に目をやりつつ、薪狂言

 「横浜能」の2日目、茂山家が演じる「薪狂言」を観に行ってきた。「薪狂言」とは、夜に屋外で行なわれる狂言のこと。屋外に能舞台を作り、その周りにかがり火を灯して演じられる狂言。演じられるものがお能の場合は「薪能」となるわけだ。場所は、横浜能楽堂のすぐ裏手の掃部山公園。
 8月末の薪狂言。普段なら、まあちょっとは蒸し暑くても、浴衣姿かなんかで行ったりして、気の早い秋の虫の声なんかもちょっと聞こえてきたりして、風流ねえ……、てな感じのはずなんだけど、なにしろ今年は今の時期、毎晩ゲリラ豪雨の襲来、というリスクがあるので気分はフクザツ。昨夜、行なわれる予定だった1日目「薪能」のほうは、案の定、夕方からガンガンに降っていたので能楽堂の中で行なわれたということだが、今日は日中たまに晴れたりもしていて、開演時間(18時半)近くになっても雨は無いので、予定通り、公園のほうの席につく。
 かがり火が灯され、舞台の後方に、この公園のトレードマークである衣冠束帯姿の井伊直弼の銅像が浮かび上がる(もともとこの公園は、直弼を忍んで旧藩士たちがこの銅像を建てたことから始まっている)。予定演目は、『鳴子遣子』、『鬼ヶ宿』、『千鳥』(ちりちりや、ちりちり〜♪、です)の3曲。なかでも『鬼ヶ宿』は、直弼が作り、お抱えだった茂山千五郎家に与えた狂言の秘曲、だそうで。エピソードも十分おもしろい……のだが、なにしろ気にかかるのは空の様子で、舞台に目をやりつつも、背後の直弼の銅像と木々のシルエットの間にぽっかりあいた、空の様子が気にかかる。
 雲がどんどん動き、空が現われてほっとしたかと思うと、またすぐにぶ厚い雲が覆い尽くしてくるという始末。低く唸る雷も聞こえてきたりして、もう気が気でない。たまにぽつぽつと落ちてきたりすると、あわてて席を立つ人もいたりして、数分でおさまるとまた席に戻ってきたりと、あわただしい。情けないが、完全に雨雲に弄ばれている感じ。気の早い人は傘を差したりするのだが、傘をひろげると後ろの席の人が見えなくなる、というわけで注意され、仕方なく傘を閉じる。最後の『千鳥』では、そんな気が気でない時間が十数分続いた挙句、フィニッシュとともに雨脚も強くなって、観客一同、傘を差して一気に退散、という具合だった。ひょっとしたら最後の方、演じる千之丞さんは雨の具合を見て、少し短くしたのかも……という思いも抱いてしまうくらいに、舞台の終わりとともに雨が一気に激しくなった。結局、ザーザー降りはそのまま夜半まで続いた。いつも楽しめる茂山狂言だけど、今回は、千作さんが休演になってしまったことと、雨雲に翻弄されていまいち舞台に集中できなかったのがちょっと残念だったかな。

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パンフレットの表紙の一部です。

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2008年8月29日 (金)

感劇話その67 いまさらですが、今年上半期の“かんげき(観劇&感激)”

 たまっていた新聞の整理に続いて、雑誌やらチラシを整理していたら、今年上半期に観たままブログにアップしそびれていたものが出てきた。考えてみたら5〜6月は小山さんの本の追い込みで、劇場には行ったものの、すぐにブログに書くような余裕もなかったんだなあ……と。かなり時間も経って、いまさらではありますが、簡単に振り返っておきます。

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文楽5月公演。演目は『鎌倉三代記』、『増補大江山』、『心中宵庚申』、『狐と笛吹き』。



 『鎌倉三代記』に出てくる女房のおらちさん、もろ肌脱いでおっぱい出して姫様に水汲みや米の研ぎかたなどを指南するところが、威勢が良くておもしろい。『心中宵庚申』は、姑の意地悪さと、お千代と半兵衛の哀れさが胸に迫ってきて、しみじみ涙を誘う。近松の最後の世話物だそうで、さすがという感じ。

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源平北越流誌『わが魂は輝く水なり』。野村萬斎と尾上菊之助が戦国武将の父子約で共演。清水邦夫作、蜷川幸雄演出。


 萬斎さんの老いた武将ぶりが見物だった。萬斎、菊之助の2人のシーンは落ち着くけど、他のシーンでは1本調子な印象を受けることが多かったのがちょっと残念な気が。


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6月に行った、よこはま「万作・萬斎の会」。演目は『魚説法』、『箕被(みかずき)』、『千鳥』。




 まだ説法をマスターしていない新米の僧が、お布施に目がくらみ、知っている魚の名前をやたらと織り込んで説法らしく聞かせようとする『魚説法』。新米の僧を萬斎さんの息子、裕基くんが演じていた。裕基くんはまた背が伸びたようだった。千鳥で太郎冠者役の萬斎さんが発した「ちりちりや、ちりちり〜」のフレーズが、しばし耳について離れなかった。万作さんは『箕被』の夫役はもちろんだが、芸話がまた魅力。今回は狂言面の話で、あっという間に終わってしまい、もっともっと聞いていたい気分だった。
 それにしても、月日の経つのは早いなー。もうすぐ9月。また文楽公演の月です。次は早めにアップするようにします。

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2008年8月24日 (日)

今年も内子座

 昨日、内子座(愛媛・内子町)に文楽を観にいき、今日の昼過ぎに戻ってきた。やはり内子座に行かないと夏が終わらない、というか、もう年中行事に組み込まれているような感じかも。

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(左)今年もお約束のホームでじゃこ天。(右)内子座の近くの和蝋燭屋さん。




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(左)パンフ(右)変わらぬ内子座のたたずまい。今回は公演中に雨が降り出して帰りは涼しくなった。



 今年の演目は、『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』と、『碁太平記白石噺(ごたいへいきしらいしばなし)』。どちらも初めてだった。『碁太平記……』のほうは、奥州白坂出身の娘が話す言葉が奥州訛り(今でいう東北弁)で、義太夫で初めて聞く東北弁が新鮮だった。『卅三間堂...... 』は、息子のみどり丸の、あどけなくも頼もしい姿が見ていて心地よかったなあ。
 内子座のチケット売り出しは春なので、内子座に行くことが決まった時点では、まだ8月の他の予定はぜんぜんわかっていないわけで、その後にいろんな予定が決まってくるわけなんだけど、今年は公私ともにいろいろと入って、結果的にいつもよりずっと忙しい夏になってしまった。週代わりで各地を転々と。しかもすべて交通手段が飛行機で、そのクライマックスが先々週末から来週火曜日までの約10日間。はあ、CA並みです……でもすべて自己責任。ただ、さすがに歳のことを考えると、あとでガクッと来ないかとちょっと心配。来月は移動は入れないようにしようと思う今日この頃なのでした。

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2008年6月 3日 (火)

感劇話その66 梅雨入りに幸水と蜜柑

 関東梅雨入り。進めなきゃいけない作業がなかなかはかどらず、うだうだと夕方まで過ごす。夜はにぎわい座に志の輔を聞きに行く予定になっていたので出かける。どうも雨の日は身体のキレもなんとなく悪い感じ。おまけに梅雨寒な感じなのでよけいにしゃきっとしない。でも落語は大いに笑って筋肉がほぐれた感じになった。
 お弟子さんに続いて志の輔の一席めは「千両みかん」。前にも聞いた噺だが、その日の気分で微妙にアレンジ利かせてる感じで、今日も痛快。この噺のマクラ(今日はかなり長めだったけど)の終盤に、故郷の富山の特産物の幸水(梨の品種)が一年中食べられるような保存技術が開発されたという話が出てきて、でもやっぱり旬のものは旬に食べるのがいいなあ、みたいな話をしたところで「千両みかん」が始まる。この噺は夏場に蜜柑を食べたがる若旦那のために奔走する番頭さんの噺。マクラからの流れがなかなかニクい構成になっていたわけだ。
 ナポレオンズのマジックショーをはさんで二席めは「へっつい幽霊」。「へっつい」とは「かまど」のこと。へっついの中に埋め込んで隠しておいたお金を使われてしまったことで、幽霊になった男とこの世の男が会話をするんだけど、そのやりとりがばかばかしくておかしい。幽霊の手つきも、もしかしたらその前のマクラの内容と関連づけているのかなあ、という深読み? を勝手にしながら聞いているのも楽しかった。横浜にぎわい座は先日の小米朝以来だけど、比較的リーズナブルな金額で寄席のような気分で気取らず楽しめる雰囲気が、けっこう気に入っている。

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2008年6月 1日 (日)

感劇話その65 人情ものにほろり、でござんす。

 世田谷パブリックシアターで公演中の「瞼の母」を観てきた。「瞼の母」といえば、個人的には人情物であるということと、あの有名な「上下の瞼を合わせ……云々」という台詞くらいしか知らなかったのだが、草剛が最近舞台でけっこういいという話を耳にしていたのでなんとなく興味があって。それと、今のこの現代に昭和の初期に書かれた人情物の傑作がウケるのかどうなのか、渡辺えりの演出はオリジナル脚本に忠実なのか、それともかなりアレンジをしているのかどうなのか、などなども興味があって。で、観てきたら予想以上によかったというのが正直な気持ち。
 草つよポンは予想以上にがんばっていて、声も通るし滑舌もいいし、股旅物の「……でござんす」調の台詞もしっかり決まっていた。母役の大竹しのぶはこれまた予想以上の大迫力だったし。名優の方たちが脇役でほんのちょっとずつしか出て来ないという贅沢な作りでもあった。クライマックスの母子の再会シーンでは不覚にもというか予想ガイに涙が出てきてしまったが、隣りの編集者Bも、周りの人たちもけっこう泣いていた。演出はオリジナル脚本にかなり忠実なものだそうだ。昔ながらの日本人の「人情」というのものがすっかり失われているように思われる今日この頃だけど、やっぱり日本人のDNAに響くものは響くんだなあと、しみじみしたでござんす。

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股旅物で人情物。生き別れになった母と息子の再会話です。

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2008年5月13日 (火)

感劇話その64 Back to the ここ数ヶ月の”感劇”

 昨日、久しぶりに感劇話を書いたので、このへんで、ここ数ヶ月書かないままたまっていた感劇話を一挙アップしておくことにします。

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なんと、2月の文楽公演から書いていませんでした。時間が経ち過ぎですが、「冥途の飛脚」、「二人禿」、「ひばり山姫捨松」、「壺阪観音霊験記」、「義経千本桜」の5演目。「壺阪……」の座頭沢市と、「義経……」の源久郎狐を演じた勘十郎さんが素晴らしかった。勘十郎さんにはこのところ、観るたびにうならされてます。

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柳家花緑さんの独演会「花緑ごのみ」。ご招待いただいて、2月22日に行ってきました。江戸時代のSF作品ともいえそうな「頭山」(数年前にアカデミー賞の短編アニメ作品賞にノミネートされた作品だけど、もともとは有名な小噺。)や、左甚五郎のエピソードを噺にした「竹の水仙」など。江戸情緒たっぷりでよかった。

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3月末に横浜能楽堂で観た企画公演「狂言から生まれた人形浄るり」。素囃子「男舞」に続いて、狂言の演目「節分」と、それを原作として生まれた創作上方浄るり「隠れ笠鬼女面影(かくれがさきじょのおもかげ)」を上演するという、とてもおもしろい企画。創作浄瑠璃に出演したのは桐竹勘十郎さん。

 文楽ではいつも舟底という低い舞台の上で、舞台下駄という高い下駄をはいて人形を遣うのだが、このときは能舞台なので、当然下駄など履けるはずもなく、勘十郎さんは足袋のみ。人形遣いの姿が頭から足先まですべて見渡せるというのもまた新鮮で、なかなか見応えある舞台だった。

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立川一門の立川生志さんの真打ち昇進披露公演。出演者は立川談志、立川志の輔、春風亭昇太、立川志の吉、柳家小菊という夢のラインナップ。談志師匠は愛弟子のために、調子が悪くて声が出辛いのをおしての出演だった。生志さんは、真打ちまで20年もかかったという苦労人(?)だけあって、すでにベテランの風格で、とても達者でした。


 4月末には、友達に誘われて、パルコ劇場で『49日後...』というお芝居を。古田新太、八嶋智人、池田成志、松重豊、小田茜、の5人の舞台。ちょっとサスペンス風のお話。事前に何もチェックせず、「このメンバーならおもしろくないわけがない」という言葉に誘われて。まさしくそんな感じ。小田茜も予想ガイによかった。その数日後には、志の輔の独演会に。立川志のぽんの「子ほめ」に続き、「バールのようなもの」と、おなじみ大岡名裁きの「帯久」。そういえば、志の輔はちょうど公演が重なって、長野の聖火リレーを見学したらしく、その話もおもしろかった。

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連休明けには、桂小米朝の独演会に。ついに初体験。二乗、歌之助という二人のお弟子さんもとても達者で、小米朝の世界にすっかり魅了された。兄弟子の志雀さんに稽古をつけてもらったという「八五郎坊主」と、米朝師匠の十八番の「百年目」。番頭の陽気さが愉快だった。


 前から小米朝は一度聞いてみたかったのだが、期待以上に華があるというか、おもろい。上方落語がみんなそうなのかわかんないけど、とにかく堪能しました。また聞きたい感じ。
 以上、2月以降の“感劇話”を駆け足で振り返ってみた。仕事が立て込んでも、舞台だけはできる限り……と思って通っているんだけど、なんにも考えずに大笑いしたり、じんわり涙を出したりすることで、なんとなく心のもみほぐしをしてもらっているような気がしているから、舞台と、エンターテナーのみなさんには本当に感謝している今日この頃。今日は、立川に取材に行って来た。南武線の車窓からの景色はみずみずしい緑がたっぷりで、往復の移動は意外となごめました。

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2008年5月12日 (月)

感劇話その63 感動の超大作 志の輔「牡丹灯籠」

 うーーーん、久々の感劇話に自分でもびっくりしています。季節が逆戻りしたような寒風の中、下北沢本多劇場へ。本多劇場での志の輔の「牡丹灯籠」はもう恒例なのだが、私は今年が初めて。昨年はいく予定でいたのに、直前に風邪で寝込んで泣く泣く他の人にチケットをお譲りしたという経緯もあり、今年は万難を排して(ちと大げさ)ついに初体験となりました。
 志の輔は洋服姿でのオープニングトークから相変わらずの絶好調で、ここでもう軽く30分。じつはご本人は、1週間前にひいた風邪がなかなか抜けない、と、ちょっと辛そうな部分もあったようだが、聞くほうにはそんなことは感じさせないお喋り。その後、登場人物が数十人という大作「牡丹灯籠」の登場人物の相関図をパネルで解説。画期的な手法である。この段階から、ときに身振り手振りを交えたり、声色を変えたりして、一部、軽く落語風にもなっている。そして、休憩の後、二部から本格的に落語「牡丹灯籠」が始まる。
 武家の娘と浪人の男の悲恋から起こる男の惨死、旗本とその家来の忠義の物語、旗本を陥れようとする性悪女とその愛人、お調子者のやぶ医者、小ずるい町人夫婦の悪事と天罰、そして最後は仇討ち成就とお家再興ーーという壮大な物語。落語の大河ドラマ? と思ってしまいそうなほどだった。自分が怪談として知っていた「牡丹灯籠」は、そのごくごく一部分だったのだと納得。複雑にからむストーリーと、登場人物それぞれの個性を見事に語り分ける志の輔。ぐいぐいと話に引き込まれて、まさに一人ひとりの顔が浮かんでくるようだった。じっくり聞いて、堪能しました。なぜかエンディングの曲は憂歌団の「胸が痛い」。「お前に恋して俺の心はボロボロ」の歌詞を、浪人・新三郎の心と重ねたのかなあ。終わってみたら、オープニングトークも入れてしっかり3時間だったけど、それほどの長さを感じさせない熱演でした。また聞きたいな。

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聞き応えたっぷり

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2008年1月14日 (月)

感劇話その62 不思議空間で初体験の舞台。「空白に落ちた男」

 今年も3連休は多いんだろうなあ。私の周りでは、3連休になっても休み明けに提出みたいな仕事が増えて、結局1日は仕事したりしてるのが現状、という人が多くて(自分も含めて)、3連休の連発はあんまり歓迎されていない。でもまあ、子供たちは嬉しいだろうしね。それに仕事がそんなに忙しくないときだったらのんびりできるし、って、何を言いたいのかというと、今日はそういう、のんびりムードの3連休最終日だったというわけで。
 編集者Nさんからお誘いいただいて、ダンサーの首藤康之さんが出る舞台「空白に落ちた男」を観てきた。後で知ったが、なんと今日が初日だった。私はバレエ・ファンではないが、マシュー・ボーンの「白鳥の湖」で首藤さんを観たいと思ってチケットを買ったにもかかわらず、首藤さんがケガか何かでキャスティングが変わったということが過去にあったりして、首藤さんのダンスは一度はこの目で拝みたいと思っていたので、お誘いを受けたときには二つ返事でお受けし、楽しみに出かけていったのであった。
 そんな感じなので、ろくに今回の舞台の内容もチェックせずに行ったのだけれど、幕があいてびっくり。こ、コンテンポラリーなダンスというだけでなく、マイムとダンスが合体したような無声の舞台。最初は、うわ、これついていけるかなーとちょっと心配になったが、cobaが書き下ろしたという音楽にのって、椅子やテーブルや棚など生活空間のセットのアイテムを巧みに使いながらのダンスというかマイムというか、しなやかでアクロバティックなカラダの動きにどんどん目を奪われた。首藤さんのソロのパートではバレエを思わせる優美な踊りも披露されてうっとり。出演もしていた小野寺修二さんの作・演出ということで、終わってみれば、ダンスやバレエに詳しくない私でもしっかり楽しめて、おもしろかった。こういう舞台は初めてだったので、かなり新鮮な気持ち。
 会場は江東区森下にあるベニサン・ピット。染物工場を改装したという180 席の小さな空間というシチュエーションもユニークで、功を奏していたと思う。しかし、昨年の神楽坂の劇場もそうだけど、いろんなところにおもしろいスペースってあるもんだよね。個人的には梶原暁子さんというダンサーも、すごくいいなあと思いました。

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チラシです。ボケボケですみません。

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2008年1月12日 (土)

感劇話その61 1年ぶりの「歓喜の歌」。志の輔らくごin PARCO

 今年最初の感劇話は1月恒例の志の輔in パルコ。昨日行ってきた。去年のパルコで初めてきいたオリジナルの「歓喜の歌」が映画になったということで、その記念に今年は全日程「歓喜の歌」をやるというのは事前にわかっていて、他のネタは毎日変わるようなんだけど、昨日は「異議なし!」と「抜け雀」の2席だった。「歓喜の歌」がけっこう長いので、他は1席しかやらないのかな、と勝手に思っていたのだが、なんのなんのでみっちり3席。7時開演で終わってみたら10時であった。「異議なし!」も「抜け雀」も秀逸で、かなり充実した夜だった。
 マクラで地球温暖化問題にふれ、温暖化防止の国際会議に対する素朴な疑問を呈した直後の「異議なし!」では、見事にマクラとのつながりが、糸がするすると解けるようによくわかって、その構成の緻密さに思わずうなってしまう。絵描きと宿屋の主人とのやりとりがおもしろい「抜け雀」は、もともとは上方落語のネタらしいが、志の輔は武士とか学者の語りも味わい深く、この「抜け雀」に出てくる絵師の親子の語りがまたいい。噺のテーマとは関係ないけど、息子のほうの絵師が宿屋の主人に対して、彼の女房のことを「あれは女ではない。男の命を削るカンナだ……」という台詞が妙に心に突き刺さりましたです。カンナにならないようにがんばろー。って何を。
 そして1年ぶりに聞いた「歓喜の歌」。内容がわかっているにもかかわらず不覚にもまた涙。そしてやっぱり最後に本物のママさんコーラスの方々が登場して歌いだす頃には、周りには鼻をすする音があちこちで。今年も志の輔は絶好調のようで。大満足の初笑いだった。

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チラシです。

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2007年12月27日 (木)

感劇話その60 モンゴルの青い青い空が心に残る野田地図「キル」

 今年最後の感劇話は、先週観に行った野田地図「キル」。10年ぶりの再演ということだが、初演を観ていないのでなにもかもが新鮮。オープニング、薄い布がするすると流れてモンゴルの空を映し出す。その美しさに目を奪われる。勝村政信、高田聖子、小林勝也ら達者な役者に混じって妻夫木聡と広末涼子は予想ガイにがんばっていた。ブッキー(妻夫木)は最初、声の掠れが気になったけれど、中盤からしっかり盛り返していたし。ヒロスエとブッキーのきれいさとかわいさは、やっぱり秀逸。それから、高橋恵子の美しさと堂々たる演技も圧巻だった。オープニング直後、勝村や高田聖子らともみ合いになって、あの美しい高橋恵子の顔がぐちゃぐちゃにつぶされそうになったときには思わず「あっ!」と会場中が息を飲んだり……。
 切ると着る、そしてkill、制服と征服……同音でさまざまに違う意味の言葉を繰り返しながら、抗えない親子の宿命、戦い、暴力などのテーマを織り込んで展開するストーリーにぐんぐん引き込まれた。ラストに広がるモンゴルの空の青さがまた美しくて感動的。1枚の布が、空になり川になり、ときに人を包み込んだりと、さまざまに変化する。そんな舞台美術も素晴らしかった。そうそう、市川しんぺーの演技も印象に残った。できればもう1回観たいなあと思うんだけど、チケット入手はもうほとんど無理そう。

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衣装はひびのこづえ。羊毛→絹→麻、と、話の流れにあわせて巧みに変化する。

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2007年12月23日 (日)

感劇話その59 国立劇場 それぞれの忠臣蔵

 今月は歌舞伎でも国立劇場に行ってきた。カメラマンKさんにお誘いいただいて。時節柄の忠臣蔵。しかし、大石内蔵助や浅野内匠頭というメインどころの人たちではなく、脇の人たちにスポットを当てた演目が3本。忠臣蔵に関わる人々の人間模様を描いている。
 中山安兵衛が堀部彌兵衛の養子となるまでを描いた「堀部彌兵衛」、赤穂浪士と華々しく戦った吉良方の侍、清水一角の討ち入り直前までの様子を描いた「清水一角」、そして、吉良邸の隣りに屋敷を構える大名・松浦鎮信の討ち入り当日を描いた「松浦の太鼓」。吉右衛門が堀部彌兵衛と松浦鎮信を好演。とくに松浦鎮信は、赤穂浪士の討ち入りを心待ちにし、仇討ち成功の報せに小躍りして喜ぶちょっとコミカルな大名を楽しく演じていた。ただ、どうしてだか、白塗りをしていかにもお殿様みたいにふぉっふぉっと笑うときの表情とか声が、心の中で何度打ち消しても江守徹に見えてきて仕方なかったんだけど……(吉右衛門さんごめんなさい)。なんだかホームドラマを観ているような、すごくわかりやすくて気楽に楽しめた3本。いつもいつも壮大なものばかりじゃなくて、こんな歌舞伎もたまにはいいなと思った。

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(チラシを分割して撮影)。中村歌昇、中村歌六さんらも2役ずつ好演。

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2007年12月22日 (土)

感劇話その58 丁寧でさらによくわかる“野崎村”の悲劇

 今月の文楽公演は、初心者のための鑑賞教室が入っていたので本公演のみ鑑賞。演目は「信州川中島合戦」(大河ドラマの影響か)と、「新版歌祭文」。「新版……」はご存知“野崎村の段”が有名で、ちょくちょく上演されているので、正直、またかという感もあったのだが、いつものような“野崎村の段”のみの上演ではなく、その発端となる“座摩社の段”もあって、これは初めてだった。
 ふたを開けてみると、じつは“座摩社”は昭和59年以来の上演らしく、“野崎村の段”も、これまで省略されていた部分(=おみつの目の見えない母親が登場してくるあたり)もていねいに描かれていて、全体の話の流れがよりよくわかった。目の見えない母親がおみつの祝言を喜ぶシーンにはじんとさせられる。今回、おみつは吉田清之助さん。これまで、蓑助さん、文雀さん、紋寿さん、勘十郎さんと、いろんな人のおみつを観てきたが、一見おなじ動きをしているようでもほんとに人ぞれぞれで人形の雰囲気も違って感じられるのでおもしろい。今回、勘十郎さんは小悪党の小助を遣っていたが、さすがに達者で話を盛り上げている。山伏の吉田勘緑さんも痛快だった。もう何度となく観ている演目でも観るたびに新しい楽しみ方ができるものだなあと、つくづく思った。

Nec_0427Nec_0426純情な田舎娘おみつ(右)と都会のお嬢様、お染は丁稚久松をめぐる恋のライバル。おみつが高くかかげているのはフライパンではなくて(そんなわけないし)、鏡。戸口のそばに立つお染の様子をそれとなくチェックしている様子。

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2007年12月21日 (金)

感劇話その57 アヴァンギャルドな野老(ところ)。野村狂言座

 先日、宝生能楽堂の野村狂言座公演にいってきた。野村家の公演にはいろんな種類があるのだが(“万之介狂言の会”とか、“野村万作萬斎狂言の現在”とか……)、この野村狂言座はいつも宝生能楽堂で行なわれているようだ。ちなみに、万之介狂言の会はいつも国立能楽堂。
 今回は、萬斎さんは小舞「景清」のみだった。裕基くんも一人で小舞「海道下り」を舞っていて、お正月に観た「靭猿」のときよりまたさらに背が伸びている感じで、姿勢もぴしりと決まっていた。先日の萬斎さんのインタビューで、裕基くんがいま伸び盛りだという話を聞いたばかりだったので、なおさら注目してしまった。
 狂言は「蝸牛」「杭か人か」「野老」の3本。圧巻は「野老」だった。野老と書いて「ところ」と読む。これはヤマイモの仲間のことらしいのだが、旅の僧の前に野老の亡霊が姿を現して、自分が土の中から掘り起こされて調理される様子を地獄の苦しみにたとえて謡い舞う、というお話。
「そもそも 山深く棲みし野老を 鋤鍬もって掘り起こされて 三途の川にてふりそそがれて 地獄の釜に投げ入れられて くらくらと煮ゆるところを 御慈悲深き釈尊に救い上げられ たまたま苦患のひまかなと 思えば包丁小刀追っ取りのべて 髭をむしられ皮をたくられ もられし茶の子の数々……」と、淡々と謡う野老がかわいそうでおかしい。そして、野老役の万作さんの頭上には、なんとヤマイモの形のオブジェというか冠が……。解説によると、野老の霊が現れて自分の最期を語り、やがては成仏するという設定は、能のテーマである「草木国土悉皆成仏(心がないものまで成仏できるという教え)」のパロディということだそうだが、ヤマイモの霊が現れて、しかもヤマイモの冠被っているなんて、ある意味かなり斬新でアヴァンギャルドじゃん?と、600年続く狂言のおもしろさ、奥深さを痛感したのだった。

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パンフです。

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2007年12月 5日 (水)

感劇話その56 うまみが凝縮。花組芝居版「忠臣蔵」

 師走になると、舞台は忠臣蔵を扱った演目が増えてくる。もうこれは、日本の季節の行事みたいなものかもね。
 今日はカメラマンKさんにお誘いいただいて、花組芝居の「KANADEHON忠臣蔵」を観てきた。じつは花組芝居を観るのは初めてなのである。なぜだかこれまでなんとなく機会を逃していたのだが、ついに初体験。しかし、開演前にポスターを見て驚いた。11段全段通し、と書いてある。しかも上演時間は休憩を入れて2時間半。そんなこと可能なのか。「仮名手本忠臣蔵」は文楽でも歌舞伎でも何度か観ているが、全段通しということはほとんどない。たしか去年、文楽で全通しというものを観たと思うのだが、全通しといえども省かれている細かい段もあったし、それでも昼夜に分けてほぼ1日がかりという感じだったのに。いったいどんな構成なんだろう、と興味津々で幕が開く。
 痛快におもしろかった。ずっとテンションが落ちることなく、終わってみればほんとに2時間半。ちゃんと全段が入っていて、それでいて、思い切り飛ばしてるなあという印象を抱くところもなく。パンフによれば、歌舞伎よりも浄瑠璃の原文をもとにした脚本だということで、たしかに文楽の構成に似ていたので、私にはよりわかりやすかった。天河屋義平という商人の出てくる十段目なんて、文楽でも割愛されている部分なので、観たのは初めてだったし、全体の流れがよくわかる、すごくよく凝縮された「仮名手本忠臣蔵」という感じであった。効果的な音楽の使い方やダンスの取り入れ方も楽しくて、わー、もっと早く観ればよかったなあ花組芝居、という感じ。素直にしっかり楽しめた。これって、花組ワールドにすくなからず魅了されたということか。特筆すべきは植本潤さん演じる「おかる」。ほんとにきれいで可愛い。日本髪の鬘もすごくよく似合っていた。

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ポスター(部分)です。

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2007年11月27日 (火)

感劇話その55 マチャアキ大奮闘の「音二郎一座」

 日比谷にできたシアタークリエのこけら落とし公演、三谷幸喜作・演出の「恐れを知らぬ川上音二郎一座」を観てきた。さすが三谷さんで、相変わらずたくさん笑わせてくれる。まずとにかく、音二郎一座の役者陣が豪華。戸田恵子、浅野和之、今井朋彦、小林隆、堺雅人、阿南建治、瀬戸カトリーヌなどなど、三谷組といっていい人たちがずらりだし、映画「有頂天ホテル」でメイド役を好演した堀内敬子に至っては、流暢な青森弁でまくしたてるのがお見事(ご本人は東京出身のはず)。彼女が放った「ほんじなし!」という言葉、私は夫が秋田出身なのでたまたま知っていたので反応してウケまくってたけど、隣りのY子さんはきょとんとしていた。「ほんじなし」とは、秋田では「常識知らず」、とか「どうしょうもないやつ」みたいな感じで使われるみたいだが、津軽弁ではシンプルに「バカ!」みたいな感じらしい。というか、秋田弁にしかない言葉だと思っていたけど、となりの青森にもあるんだなーと納得した。
 似たことが大分と宮崎にもあって、大分出身の私は、大分の「よだきい(つかれた、めんどくさい、の意)」は、大分にしかない完全無欠の大分弁だとずっと思っていたのだが、東京に来て宮崎出身の人と話したら、「よだきい(大分弁と同じ意味)は宮崎弁だ!」と、その人も「よだきい」は完全無欠の宮崎弁だと思っていた、ということがあったのだ。隣り同士でつながっているから当然というか、ありがちな話ではあるんだよね、やっぱり。
 ちょっと方言の話で暴走しましたが、話をお芝居に戻すと、そういう三谷組というか、舞台出身の人たちはやっぱり発声も演技も慣れている感じで、それに比べてどうしても主演のユースケサンタマリアや常磐貴子は普通に見えてしまうのがちょっと気にはなったが、まあそれでも熱演だったと思う。瀬戸カトリーヌ、うまくてびっくり。そしてなにより熱演だったのが、おそらく一座の中でも最高齢の堺正章。八面六臂の活躍で、走ったり飛んだりと大奮闘のマチャアキ。12月末まで、二ヵ月近く毎日のようにあれをやるなんて、すごーいと思う。たぶん誰よりも元気だな、マチャアキ。

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ポスターより。

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2007年11月25日 (日)

感劇話その54 そば、松茸、旅……秋の日の志の輔らくご会

 先月の志の輔らくごの話を今頃、で申し訳ないのだが、書きそびれていたことを思い出したのと、金曜日の湯豆腐に松茸(カナダ産)が入っていて、この日のことを思い出したので。
 毎月21日の志の輔らくご@新宿だった。風もすごく心地いいさわやかな秋晴れの日だった。前にもあったんだけど、この日も志の輔は最初から登場し、「そば清」。松元ヒロさんのニュースコーナーをはさんで、二席目の枕に松茸の話が出たのだった。なんでも、わりと毎年らくご会で訪れている地方の村があって、そこは、ちょっとした旅気分になりそうな感じの遠くの場所らしいのだが、そこが松茸の名所なので、いつも食事にこれでもかというくらい松茸(もちろん国産)が出てきて、もういらないっていうくらい食べまくるんだそうだ。すごいよねえ。
 じつは金曜日、夫が作ってくれた湯豆腐に松茸が浮いていた。え、松茸!と私が狂喜すると、「カナダ産だけどね」と夫。そりゃそうだろう、国産なんてとても買えないし。でもこのカナダ産の松茸が、なかなかに美味で香りもよく、さらに驚いたことには、松茸を食べ終わってしまった鍋の汁に、いつまでも松茸の香りが残っていたのである。で、私たちは最後まで松茸の香りのついたネギやら水菜やらをいただいていた、というわけだ。「香りだけでもなんか贅沢だね〜」とかいいながら。小市民な夜。
 そんなわけで、松茸の香りの鍋にネギをしゃぶしゃぶしながら、カナダ産でもこんなにすごいんだから、志の輔師匠が毎年コースで食べまくっている国産の松茸の美味しさはいかばかりなんだろうと思ったり、もうしばらく松茸はいらん、ていうくらいフルコースで食べ終えたら、カラダも松茸の香りになって、毛穴からも松茸の香りが出て、歩く「松茸のお吸い物」みたいになったりするのではなかろうか、とか思ったりした、わけなのでした。
 とにかく、松茸の枕から旅の噺になって「宿屋の仇討」が志の輔の二席目だった。宿屋で大騒ぎしている旅の一行(江戸っ子たち)が、宿の人に何度も怒られて、あやまった舌の根も乾かないうちにまた大騒ぎしてしまう、その繰り返し。旅に出たときのはしゃぎぶりがよくわかって、そういうのって大人も子供もおんなじなんだなあって思ったのが、おかしかった。そういえば、この日、志の輔は枕で談志師匠の真似もしてたけど、似ていたな……。

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これ、いつも開演前には出ていないんだよね。きっと何を話すのか直前まで決めていないというか、事前にはわからないんだと思う。で、噺が始まると追っつけで書いているんじゃないかと。帰るときにはいつもこうやって出ている。

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2007年11月24日 (土)

感劇話その53 能舞台の萬斎さんと、スタジオの萬斎さん

 昨日は祭日だったのだが、13時に千駄ヶ谷で編集者A氏と来週の取材についての打ち合わせ。14時半からは、国立能楽堂で万之介狂言の会を鑑賞。

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今回も、飄々と、出てくるだけでなぜかオモシロイ万之介さん。



 相変わらず一門の方々の舞台は息もぴったりで、観ていて楽しい。演目は「入間川」、「菊の花」、「鬮(くじ)罪人」の3曲と、素囃子「楽」。入間様(いるまよう)と呼ばれる逆さ言葉が出てくる「入間川」では、逆さ言葉をおもしろがってどんどん持ち物を男に与える大名役の万之介さん。「菊の花」では、祇園の野遊びの話を得意気に語る太郎冠者役の万作さん。二人とも、60代後半、70代で、ますます元気だし、舞台に立っている顔を見るだけでなんかもうぷっと吹いてしまいそうになる。長く狂言の世界にいるとはやりそういう、どこか飄々とした顔つきになってしまうものなのだろうか。そして、万作さんの息子で万之介さんの甥である萬斎さんも、いまはきりっとしたイケ面というお顔だが、歳を重ねるとお二人のように、ほよんとした顔つきになっていくのだろうか。そんなことを考えながら観ていた。
 最後の「鬮罪人」は、その萬斎さんと万之介さん、そして一門の方々5人が登場し、勢いのある痛快な曲だった。でしゃばりでいかにもお調子者という感じの太郎冠者の萬斎さんと、その暴走に必死で抗う主人役の万之介さん。二人のやり取りに大笑い。
 そうやって能楽堂で久々に顔の筋肉をほぐした後、夕方からは渋谷のスタジオにて、なんと野村萬斎さんの取材なのであった。今回、万之介狂言の会を観にいくのは数ヶ月前に決まっていたのだが、萬斎さんの取材が決まった後、取材日が決定したのは2週間ちょっと前。こんなこともあるんだなーって感じで、話が来たときにはびっくりしましたが。
 萬斎さんを取材させていただくのはかれこれ10年ぶりだった。この10年間、日頃の狂言の舞台のみならず、劇場の芸術監督に就任したり、映画「陰陽師」に主演したり、ギリシャ悲劇の舞台「オイデュプス王」の主演や、テレビの「にほんごであそぼ」に出演等々……すさまじい活躍ぶりで、相変わらずというか、さらに多忙を極めている萬斎さんである。
 この日も能楽堂の舞台の前に1本取材が入っていて、公演後もさらに1本取材を受けて、それからうちらの取材、だったようで。洋服、着物と数パターンの撮影の間にはきりりとお元気であったが、最後の最後のインタビュー(開始が21時前)になると、さすがにお疲れのご様子になり、次々話を聞くのが申し訳ないような気分になってしまった。こちらも仕事だから仕方ないし、しっかり話は聞きたいのはもちろんなのだが。やはり、インタビューの仕事は、聞くほうと聞かれるほう両方のそのときの精神状態みたいなものもしっかり反映されるものだからね……。でも、そんな状況にも関わらず、いろいろと丁寧にこたえていただいてありがとうございました、ほんとうにお疲れさまでした、という感じであった。
 終わってスタジオを出たのが22時前。帰宅して、トイレのカレンダーを見て気づいたのだが、昨日という日は勤労感謝の日なのであった。祭日だということは朝から頭にはあったんだけど。そっかー、勤労感謝の日に働いちゃったんだなあ……と、ちょっとトホホな気分に。でも、同じく仕事をして先に帰っていた夫が湯豆腐を作って(嬉)、さらにじゃこ天も炙って待っていてくれたので、最後の最後に気持ちが浮上して、疲れがちょっととれた気がした。

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2007年11月 6日 (火)

感劇話その52 back to the 9月の感劇

 ランチを食べに入った洋食屋さんで、壁に貼られた「カキフライ始めました」の文字を見て、即オーダー。ほんとにもう秋なんだなあと、また実感。夜に行った居酒屋でも、たら汁とか、柿の白和えとか出てました。
 さて、圧縮されてバタバタだった時期も抜け出て、ようやくちょっと前の日々を振り返ることができるようになってきたので、書きそびれていた感劇話をまとめてみます。

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秀山祭九月大歌舞伎夜の部。「壇ノ浦兜軍紀」。玉三郎さんの阿古屋をついに見てきた。衣装も絢爛豪華ですごいけど、やはり玉三郎さん、美しい。



 これは文楽でも何度か見ている演目で、恋人の身を守るために、琴、三味線、胡弓という三種の楽器と歌を傾城・阿古屋が次々とこなすというすごい内容。文楽のお人形の場合はそれはそれだけれど、歌舞伎、しかも玉三郎さんは本当に一人で全部を見事に弾きこなし、歌もしっかり歌う。すごすぎる。ただ座っているだけの美しさだけでも十分に見る価値があるんだけど、演奏もすばらしくて、とにかく圧倒された。

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文楽九月公演第二部。「菅原伝授手習鑑」。吉田玉男さんの一周忌追善公演で、玉男師匠の十八番だった菅原道真(菅丞相)を、お弟子さんの玉女さんが演じた。



 ゆったりした、あまり大きな動作のない中で微妙な心の動きを表現するという菅丞相は、なかなかむずかしい役どころだろうと思うが、玉女さんが熱演。ところどころまた玉男師匠をつい思い起こさせるようなシーンもあって、しみじみとさせられた。

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「ロマンス」。世田谷パブリックシアター。9月最後の観劇でした。医者でありながら名作戯曲をたくさん残したロシアの劇作家チェーホフと、彼をめぐる人々のお話。井上ひさし作。


 チェーホフの妻役に大竹しのぶ、妹役に松たか子、さらに段田安則、木場勝己、生瀬勝久という、演技力と歌唱力を兼ね備えた実力派キャストで見応えたっぷり。生瀬のパートになるとなぜかいきなり雰囲気がコメディな感じになるのがおかしかったけど。さらにさらに、若き日のチェーホフ他を演じた井上芳雄さんが歌唱力も素晴らしくて惹き付けられたのだが、あとで調べてみると井上さんは東京芸大出身の、ミュージカル界の若きプリンスだそうで。さもありなん、と納得。じつは9月後半は仕事もバタバタの上に観劇も続き、疲れがたまってついついふっと居眠りしてしまう舞台も、じつはあった、のだが、この「ロマンス」はしっかり最後まで集中力がとぎれませんでした。しかしまあ、思い出すほどに慌ただしい時期でありましたなあ。

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2007年9月17日 (月)

感劇話その51 走る橋之助かっこいい。「憑神」

 新橋演舞場で中村橋之助主演の舞台「憑神」を観てきた。今月後半は手帳を見たらけっこう観劇が続くのだった(今月は文楽もある月だしね)。これはラッキーにもご招待チケットをいただいて、急遽の観劇。
 脇役では、伊勢屋に扮した(でいいのかな?)貧乏神を演じた升毅さんの好演ぶりが印象に残った。「写楽考」を見たときに西岡徳馬に感じた“目からウロコ”的な感激と同様のものだった。とにかく達者、でも仰々しくていい感じである。さすがに舞台の人だなあという感じ。
 超かっこいいヒーローではなく、人はいいんだけどちょっと頼りない下級武士の次男坊、という役どころは橋之助に合っていると思う。といっても、平成中村座の「夏祭浪花鑑」で勘三郎さんの団七と義兄弟になる徳兵衛の役なんかは男気たっぷりで、男臭さムンムンて感じで、あれはあれで橋之助の当たり役だと私自身は思っているけど。とにかく、今回の彦四郎という役にも好感がもてる。基本はやっぱりいい人で、極悪人とかは似合わない、という役者なのかもしれない。とくに目を引いたのは、走る姿のかっこよさだ。たまたま花道のすぐ脇のお席だったので、駆け抜けていく姿をしっかり見ることができたのだが、袴をちょいと持ち上げて、一直線に走る姿がはっとするほど魅力的であった。こないだの世界陸上の男子400mリレーの日本チームの走りにもちょっと心動かされたのだが、ああいうアスリート系とはまた違う、サムライの走り方というのか。着物を着たときの所作、というのか。やはり歌舞伎の人ならでは、なのだろう。それと、演出がすごくよかった(脚本、演出ともにG2)。横に広い演舞場の舞台をうまく生かして動きのある舞台演出になっていて、そのへんもしっかり楽しめた。お客さんもしっかり入ってました。

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パンフの写真。もちろん実際の走りはもっとスピード感あってパワフル。

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2007年9月16日 (日)

感劇話その50 吉右衛門の熊谷に涙。秀山祭九月大歌舞伎/昼の部

 先日観た歌舞伎昼の部。「竜馬がゆく」(立志編)、「熊谷陣屋」、「村松風二人汐汲」の3演目。
 まず、「竜馬......」は染五郎が「竜馬がゆく」の歌舞伎化に挑んだ、ということらしいけど、歌舞伎なのかどうなのか、最後までよくわからなかった。染五郎は5月に演舞場で「妹背山婦女庭訓」を観たときと同じく、声がかすれ気味でなんとなく力強さに欠ける感じがした。三谷幸喜の「決闘、高田馬場」を観たときには、やっぱり染五郎には華があるなあと思って感心したのだけれど、あの感激が、どうも最近、本来の歌舞伎の舞台ではいまいち感じられない気がするのは私だけ? かっこいいし華のある役者さんだと思うんだけどね......。「熊谷陣屋」は文楽でも観たことあるけど、さすがに吉右衛門。我が子を犠牲にした親の苦悩が抑えた演技からも十分に伝わってきて涙を誘われる。母役の福助さんも。この熊谷は、九代目団十郎を経て初代吉右衛門(いまの吉右衛門のおじいさんですね。でもって、現吉右衛門は二代目)が完成させた当たり役らしいのだが、二代目もしっかり引き継いで、深みたっぷりに演じていた。
 「村松風……」は舞踊。玉三郎さんが姉の松風、福助さんが妹の村雨の役。7月に観た若手歌舞伎の会では、奇しくも玉三郎さん門下の玉朗さんが同じ演目で、妹の村雨を演じていた(このときは舞踊ではなかったけど)。この演目は、もともとは謡曲「松風」というお能の作品からきているのだが、一人ずつのパートになると、玉三郎さんはお能風の踊りを披露し、福助さんは歌舞伎舞踊の踊り方を。当然、音楽も玉三郎さんのパートは笛や小鼓など能の囃子で、福助さんのパートには三味線が活躍……という具合に、異なる芸風が一つの舞踊の中に収められている。なかなかに珍しい試みだと思った。二人ともすごく美しいんだけど、玉三郎さんはやっぱり際立っている感じで、まじでうっとり。後ろの席のおばさんたちも、「わーん、きれいね〜」と、タメイキをもらしていた。いやー、あれはすごすぎる。

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チラシより。吉右衛門さんの熊谷直実。丸の中は初代吉右衛門。

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2007年9月11日 (火)

感劇話その49 「夏祭浪花鑑」半通しだけどじっくり

 今月は国立劇場での文楽公演の月。まずは先日、第一部の「夏祭浪花鑑」を観てきた。前に観たときは、住吉鳥居前、内本町道具屋、釣船三婦内、長町裏、の4段だったが、今回はそれに、道行妹背の走書、田島町団七内、の2段が加わっていた。「夏祭……」は以前に観た4段で全部だと思っていたので、さらに2段あるのかと思ってびっくりしたが、鑑賞ガイドや「文楽ハンドブック」などによれば、全9段らしい。今回の6段で“半通し”ということだそうだが、“半”というよりもかなりの長編に思えた。
 この話は歌舞伎でもちょっと前に勘三郎さんがNYを含め各地で公演したりしているので、わりとおなじみだと思うんだけど、団七の義父殺しや、団七と徳兵衛という義兄弟の、男の心意気、みたいなことが主にクローズアップされる。しかし、私個人としての一番の見どころは、徳兵衛の妻・お辰の男顔負けの気丈さだ。 
 人殺しの罪を犯した磯之丞という若者を遠くへ逃がすために、お辰が同行役を引き受けそうになるのだが、逃亡の便宜をとりはからう老侠客の三婦から、「(お辰)が美人すぎるので、道中、磯之丞と間違いがあってはならんので」と、断られる。するとお辰はその場で焼きゴテを自分の頬にあてて顔を醜くし、「この顔でも分別の、外といふ字の色気があらうかな」と三婦に迫る。いやもう、あっぱれというか、すごすぎるんですけど、まあとにかくものすごくいい女。蓑助さんの遣うお辰は、そんな艶やかさと強さがしっかり同居していて、カッコいい色気がぷんぷんしていた。勘十郎さんの団七も見応えたっぷりで、大活躍という感じ。屋根の上で繰り広げられる捕り物シーンも舞台美術がおもしろい。夏の終わりに夏祭りならぬ男祭り、女祭り。じっくり楽しめた。

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徳兵衛の手助けで、捕り手から逃れていく団七。

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2007年9月 1日 (土)

感劇話その48 back to the 7月、8月の感劇

 なんだかんだ書きそびれていたこの夏の感劇話を一挙にまとめます。

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国立能楽堂で、千五郎狂言会(7/5)。千宗旦没後350年記念ということで、狐が茶を点てる趣向の風雅な「宗旦狐」をはじめ、「魚説経」、「首引」の3演目だった。



 殺生に嫌気がさして漁師をやめて出家した男が、まだ修業もしていないのに僧侶のふりをして苦し紛れに魚の名を連ねた説法をまくしたてる「魚説経」。台詞がとにかく愉快。「首引」は千三郎さんの姫鬼のしぐさが滑稽でほほえましい。とにかく出てきただけでまず笑ってしまう。相変わらず達者な千三郎さんにすっかり楽しませてもらったという感じ。

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お盆開けに、八月納涼大歌舞伎の「裏表先代萩」。文楽でも有名な演目「伽羅(めいぼく)先代萩」の世界を表にして、そこに小悪党・小助のはなしを裏の物語として加えた話の作りがとてもユニーク。あの名作にはこんなサイドストーリーもあった、というような、1つで2通りの楽しみ方ができるお話。

 勘三郎さんが、悪臣の仁木弾正と乳母・政岡、さらに小悪党の小助の3役を演じ分ける大活躍。本筋の「伽羅先代萩」のほうでは、政岡が茶道具でご飯を炊くシーンが有名で、以前、玉三郎さんの対談を構成したときに、玉三郎さんが政岡を演じたときは時代考証にかなりこだわってその場面で使う茶釜には江戸時代のものを使ったという話を聞いたことがあったので、今回はどんな茶釜が出るのかと興味津々だったが、そのシーンはカットされていたので、ちょっと残念だった......。

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8月24日、国立劇場での青年歌舞伎公演。国立劇場の歌舞伎研修修了生たちの「稚魚の会」と、一般名題下を中心とした既成俳優たちの「歌舞伎会」との合同公演、つまり若手さん中心の勉強会みたいなものですね。



 玉三郎さん門下の坂東玉朗さんが出演する「今様須磨の写絵」と、「勧進帳」を観た。「今様......」は須磨に流罪となった貴公子・在原行平が、松風と村雨という美しい姉妹の海女を恋人として暮らしているが、やがて行平が罪を許されて都へ戻ることになり、姉妹がそれを追っていく......という、一見ものすごいストーリーなんだけど、演出はあくまでも美しくまとめている。玉朗さんは村雨を熱演。「勧進帳」はいわずと知れた歌舞伎十八番。若手の会だからか、今後の活躍を大いに期待してあたたかく見守りつつ応援してあげたい、というような空気が客席に満ちている感じで、歌舞伎座の本公演のときよりもかけ声が多く、頻繁にかかっていた。みんなで盛り立ててあげたいという気持ちがすごくあるような印象を受けたし、気さくな雰囲気でなかなかに楽しかった。

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そして先週、「ヴェニスの商人」。シャイロックに市村正親、アントーニオに西岡徳馬、バサーニオに藤原竜也、ポーシャに寺島しのぶ、という豪華配役。


 ヴェニスの商人って、たしかシェイクスピアでは喜劇とされているはずだが、今回はシャイロックの悲劇が印象強く残る作りだったように思う。差別とかガンガンに出てくるし。劇場の音響設備の問題もあるのか、一部の役者さんの台詞が聞き取りにくいところが多々あったのは気になったけど(ただでさえ長くて複雑なシェークスピアの台詞が、なんていってるかよくわからなかった)。とにかく市村、西岡の両おじさんパワーが光っていた。西岡さんは以前はテレビドラマに多く出る人という印象しかなかったのだが、先日「写楽考」を観たとき、この人はすごいなと開眼し、今回もその達者さに感心させられました。市村さんはいうに及ばず。藤原竜也も、やっぱり舞台の人だなという感じ。寺島しのぶは、昨年「書く女」を観たときよりずっと美しくなっている感じがして、やはり愛のなせる技なんだろうか。
 加えて、7月頭には三枝、志の輔、花緑の3人落語会にも行ってきたのだった。今となってはえらいなつかしー。三枝の落語は初体験だったけど、予想ガイにとってもよくて、やっぱり落語家だったんだよなーと見直してしまいました。ま、私が知らなかっただけなんだけどさ。以上、かなり書けてなかった2ヵ月分の”感劇”でございました。この夏はけっこう体調崩したりもしたけど、”感劇”は充実していたといえるかも。

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2007年8月26日 (日)

感劇話その47 女は強し、男は……

 愛媛から夕方に戻りました。今年の内子座は、時代物の「妹背山婦女庭訓」と世話物の「新版歌祭文」、それぞれ有名な段をピックアップしていたわけだけれど、奇しくもどちらも三角関係に焦点を当てた内容であった。観客にもわかりやすい題材だったのか、客席の反応もよかったし、歓声も多かったように思う。時代考証や人物関係の把握がけっこうややこしい時代物とは違って、ワイドショーを見ているような気分で、若者も、じいちゃんばあちゃんも気軽に単純に楽しめるという感じかな。といっても、どちらも悲劇なんだけど。
 それにしても、「妹背山」のお三輪といい、「新版歌祭文」のおみつといい、女性の意志の強さが目立つ二本立てであった(この感劇話でも前に書いたかと思うけど)。それに比べて三角関係の中心にいる男性たち、「妹背山」の求馬や「新版……」の久松は身勝手というか、とくに久松なんてかなり優柔不断。まあ、文楽の悲恋ものとか心中ものというのは往々にして、ビジュアルはイケメンにもかかわらず性格ははっきりしないとか頼りないという、ココロはぜんぜんイケてない男が出てきて、これがまた何故だかとてもいい女にモテてしまう、というところから話が展開していく作りが多いんだけどね。
 私だったら、最終的に久松と結ばれるお染めさんより、自ら思いを断ち切るおみつのほうがいいな、とか、いやいや、あれは理想で実際にはあそこまではできないよ〜、とか、終わってからも観た人たちがあれこれ話ができたりする。身分的に不遇な状況に置かれていた江戸の女性たちは、芝居小屋の舞台の上で自分の生き方を自分でしっかり選びとろうとするおみつやお三輪に賞賛の拍手をおくっていたのかもしれないな。そして、身分制度はなくなった今の時代にも共感できるものがちゃんとあるわけだから、恋愛や人間関係のなにかしらの普遍的なテーマがそこにはしっかり描かれているということなんだろうなあ。だからこそ名作として何百年も愛されているわけで。いつの時代もやっぱり女は強しで、男は……?

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2007年7月21日 (土)

感劇話その46 蕎麦が食べたくなりました。

 今日は毎月の志の輔らくごの日。とはいえ、7時からサッカーアジア杯と、どんぴしゃり重なったので一瞬、出ていくのを迷った。アジア杯の日本の試合が今日行なわれることは、数日前にならないとわからなかった(決まらなかった)わけで、それに対して志の輔のほうは、ひと月以上も前からカヨちゃんがチケットをとってくれて行くことになっていた訳だから、やっぱり志の輔だろう、とは思いつつも、オーストラリア戦はきっとタフな試合になるだろうからオンタイムで見たい、という気持ちが最後まで揺れていたが、やっぱり、私の分も夫にテレビの前からハノイの日本代表に応援光線を送ってもらうことにして、新宿へと向かったのであった。
 すると、いつもならお弟子さんが出てくる1席目から志の輔が登場。いつもの松元ヒロさんのパントマイムをはさんで、3席とも登場してフル回転であった。ご本人は腰痛がひどくて楽屋で待っているより高座に上がって落語をする方がラクなので、とはいっていたものの、かなりのエネルギッシュさであった。「ちりとてちん」「時そば」「唐茄子屋(とうなすや)」の3席。どれも食べ物にまつわる話だったが、いつもながら志の輔の話芸にはしびれる。鯛のさしみをほおばる、そばをすすってつゆを飲む、もう生唾ごっくんもので、ほんとに汁蕎麦が食べたくなってしまった。「唐茄子屋」は、ハッピーエンドの心ほんわり噺で気持ちよく終わった。腰痛は私も人ごとじゃないのでほんとにお大事にしてほしいと思いつつ、ほんとに腰痛いの?というくらいのパワーとエネルギーだった。
 終了後、あわてて携帯でニュースを見たら日本対オーストラリアは延長戦前半で1対1(9時半頃)とのこと。速攻で帰ったらPK戦が終了したあとだったけど、勝っててよかった。録画のPK戦に熱狂。川口すごい。


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今月も志の輔は快調。オシムジャパンも好調。

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2007年6月21日 (木)

感劇話その45 ちょっと早いけど怪談話

 4月以来の志の輔落語だった。会場は新宿の明治安田生命ビル。丸ノ内線を降りて地下通路を歩いていると、和菓子屋さんがあったのでそこでおまんじゅうとあゆ(あん、ぎゅうひ入り)を買った(始める前につまもうかと思って。でも、結局その時間はなかったんだけど……)。そしたら最初の、志の輔のお弟子さんの噺が「饅頭恐い」だった。ぷち偶然? 志の輔の1席目は「千両みかん」。偶然にも数日前、夜中にふと目が覚めて眠れなくなってテレビをつけたら落語をやっていて、それが志の輔の「千両みかん」だった(去年の落語会のだったみたいだけど、マクラにピアノマンの話をしていたので)……なんか不思議な偶然。松元ヒロさんの「今日のニュース」は相変わらずの好調で、笑いが途絶えなかった。でも、大リーグニュースがなかったのは個人的には残念だったけど。
 そして志の輔の2席目は怪談話「江島屋騒動」。考えてみたら志の輔の怪談話は初めてだった。怪談話といっても、今は日々現実で起こっているニュースのほうがよっぽど恐いので…….とマクラで話していたように、ほんとにそんなに背筋がぞくぞくするような内容ではなかったが、でも、間のとりかたがうまいというか、会場がしーーんとするときが数回あって、これで恐さが強調されている気がした。
 江島屋という江戸の古着屋が、着物をちゃんと縫わずに糊で貼付けるイカモノを作り続けることでコストを下げてずいぶんと儲けていたが、そのイカモノのせいで若い娘が命を落としてしまい、その母親が江島屋をのろい殺そうとしている、という話なんだけど、牛ひき肉偽装問題が連日報道されている時だけに、考えさせられる噺でもあった。マクラでこのことも話題にしていたから、志の輔側にもそういう意図が、ちょっとはあったのかもしれない。それから、本来は8月とかにやる怪談話を6月に取り上げたことについても、温暖化で日本もどんどん熱帯になっていくんじゃないかという、これも1席目のマクラで話していた話題と関連づけていたのかも。最後に「そのうち、3月頃に怪談話するようになるかもしれませんねえ」なんていって笑っていたから、そんな意図もあったのかもなあ、なんて思いながら電車に揺られて帰宅。

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人だかりで、やや遠くからしか撮れなかったけど......。

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2007年6月19日 (火)

感劇話その44 古都の夜空に響く素浄瑠璃

 梅雨入りしているはずなのになんでこうも暑いのか。しかも湿度が高い(これは梅雨入りしているからか?)。湿気に弱い私には不快な暑さが続く。なるべくエアコンは使わないようにしたいのだが(まだ6月だし)、夕飯の準備をしていたらあまりに暑いのでついに除湿を入れてしまった。こんな夜はせめて気分だけでも心地よくなりたいので、ちょっと前に聞きに行った素浄瑠璃の感劇話を(って、要はこれも書きそびれていたんですけど)。
 文楽三味線の鶴澤寛治さん(人間国宝です)の会に入っていることは前にも書いたが、毎年行なわれている公演が、今年は奈良の興福寺で行なわれた。週末でもあったし、十代の頃から久しく行っていない奈良にも行きたかったので、行ってきた。
 開演は17時だったが、自由席なので早めに行くことにして1時間くらい前に興福寺に入った。

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境内に入るとすぐに鹿のお出迎え。角にも産毛が生えていることを発見。同行者の編集者Sは鹿せんべいを買ったおかげで鹿軍団の一斉襲撃を受けた。





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五重塔。会場はここからさらに奥へ進んだ本坊でした。早く行ったおかげで一番前に座ることができた。



 本坊のお座敷で、素浄瑠璃が始まった。三味線は寛治さんとお孫さんの寛太郎さん、太夫は竹本津駒大夫、といういつものメンバーだ。普段の劇場なら太夫や三味線は客席より一段高い場所(床と呼ばれる専用の場所とか、ステージの上とか)で演奏するのだが、今回はお座敷なので、高さはお客さんと同じ畳の上、しかも目の前(1mくらいしか離れていない)で太夫の語りや三味線の演奏が繰り広げられるという、予想していなかった最高のシチュエーションだった〜。半分開けた窓の外からほわほわと弱い風が吹いてきて、徐々に夜の帳が落ちてくるなか、べんべんと鳴り響く太棹三味線の音色や太夫の声の迫力はもちろん、寛治さんの撥さばきや太夫の足が痙攣している様子まで間近に見えて(たぶんお腹から力一杯声を出すので、足が痙攣することもままあるのだと思う)、ライブの醍醐味満載というか、感動が身体に響き渡って最後は鳥肌立ちました。
 演目は「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」。思いがけず人を斬ってしまった伝兵衛と、恋仲の遊女お俊。この二人を逃がす手引きをお俊の母と兄(猿回し)が手助けしてあげるという話だが、初めての演目だったし、素浄瑠璃なので開演前に床本をちゃんと読んで予習。最初はちょっと自分で話が飲み込めてなかったところがあったが、徐々に太夫の巧みな語り分けで本当に目の前に映像が浮かぶようになって、目が見えない母が最後に二人を見送るシーンでは思わず涙が。ほんと、いいもの聞かしてもらったわ〜、という感じで、Sと二人で大感激。公演後は寛治さんたちや興福寺の貫主さんを囲んで、お客さん全員でお弁当を食べて解散。思えばこの日の奈良も蒸し暑かったし、休憩時間に縁側に座ってたら蚊に刺されたりもしたんだけど、そんなことは全然おかまいなしの、とてもいい夜でした。

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チラシや床本など。

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2007年6月17日 (日)

感劇話その43 たっぷり堪能、「三人吉三」

 渋谷・コクーン歌舞伎の「三人吉三」を観てきた。河竹黙阿弥作。3人の吉三を中心にした複雑な人間関係が織りなす金と欲、因果のしがらみ、不条理、そして義理人情の世界を描いた、まさに歌舞伎らしさ満載といった感じのストーリー。シアターコクーンならではの串田和美さんの演出と、勘三郎、福助、橋之助、そして笹野高史といった、コクーン組ともいっていい豪華な役者陣を楽しみに出かけた。
 まず最初に本物の犬(わんこ)が舞台をタッタッタと横切るのにびっくり。脇目もふらずちゃんとまっすぐ走っているわんこ、お利口さんすぎでかわいい。観て行くうちに、最初に犬を殺してしまったり(この犬はもちろん作り物)、畜生道の話が出たりと、犬がキーワードの一つなのかなということがわかる。それにしてもこのわんこ、後半にも1回、タッタッタと出てきたのだけど、ほんとに名演技だった。
 圧巻はやはり最後の3人の立ち回りシーンだろう。奥行きのあるコクーンの舞台を生かして白一色の世界を作り上げ(柵も白、捕り手役も全員が白い装束)、その中で激しく立ち回る和尚吉三(勘三郎)とお坊吉三(橋之助)とお嬢吉三(福助)。勘三郎の見得はするどくて背筋がぞくぞくしてくるほど。切れのいい橋之助と、いつもは美しい福助さんがすごく激しい立ち回りを見せるのも迫力たっぷり。最後に大量に降り積もる雪のシーン、流れる椎名りんごの曲(これも意外にあっていた)。当然、平場のお客さんも雪をいっぱい被る。「夏祭浪花鑑」のとき、私も平場で泥を被ったわぁ……。
 笹野高史も観る度にいい感じだ。殺されるシーンではやはり「夏祭……」の壮絶な泥まみれの殺しのシーンを彷彿とさせる感じがあった。因果の大もとを作った張本人であり、和尚吉三の父であるこの伝吉の役は、初演の2001年では違う役者さんが演じたらしいが、笹野さんも適役だろう。それから亀蔵さん、この人のコミカルさは抜群である。
 見栄を切ったり、立ち回りをやったり、歌舞伎のお約束もちゃんと見せながら、新しい試みに挑戦し続けている串田さんの演出はほんとうに見応えがあっていつも楽しい。役者の演技も演出も、いろいろとしっかり堪能させてくれる舞台だった。

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入り口のポスター。3枚のうちの1枚。

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2007年6月16日 (土)

感劇話その42 back to the 5月の感劇

 感劇話も書きそびれていたのがあるので、先月のものをまとめます。

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五月大歌舞伎。新橋演舞場でした。カメラマンKさんにお誘いいただいて。お席も前から5列目。



 夜の部だったので、「妹背山婦女庭訓」と、吉右衛門さんの「隅田川続俤(法界坊)」。「妹背山……」は文楽でもよく観ているが、なんといっても福助さんのお三輪の美しさにほれぼれ。吉右衛門さんの法界坊はもうさすがに役者! って感じで楽しめた。

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劇団青い鳥の「天使たちの誘惑」。このアートディレクションは長友啓典さんです。



 今回はけっこう大人数で、ファンタジックな演出もあった。だが相変わらずの“同世代を生きてる”感が満ち満ちで、最後はやっぱりぐっときてしまう。終了後にお客さんが目頭を押さえながら「母と妹のことやられるともうダメなんだよね……」といっていたけど、まさに。

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開演前に、近くのガレットの店で軽く食べて飲んだ。




 ライターのMMちゃんと編集者Sと3人で、シードル2本。テラス席だったし、土曜の昼下がりでなかなかいい気持ちになり、公演中眠らないか不安だったけど、大丈夫だった。

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2007年5月30日 (水)

感劇話その41 光秀メインの「太功記」

 昨日ダレた分、今日はピッチを上げて、本日予定分の原稿をほぼ書き上げた。なので今日も感劇話の続きを。
 今月の文楽公演は、通し狂言の「絵本太功記」だった。一部から二部まで通しで上演するのは14年ぶりとのこと。この演目は、いわゆる“太閤記”ではなく“太功記”という題名になっているように、秀吉が主人公の話ではなく、明智光秀をメインに設定を変えたもので、本能寺の変に至る事件の発端となる6月1日から、13日の光秀の死までを1日1段として描かれたものだ。
 私自身、これまで何度か観ているが、それはいずれも後半の数段のみで、通しで観るのは初めて。前半にまたまた文楽らしい不条理な死が描かれていて、初めてだけにけっこうそれは衝撃だった。時代物につきものの義理とか自己犠牲がやっぱり満載なのだが、生身の人間が演じたらかなり残虐になってしまうであろう場面も、人形だから描けるということがあって、それが文楽ならではの部分といえばそうなんだろうけど、いくら人形でもけっこうぎょっとしてしまうこともあって……。今回だと、親の切腹をいたいけな子供が手伝ったりする場面があるんだけど、それはやっぱりげげげーって感じだった。文楽ってたまにえらく大胆になるんだよね、人形だけに。
 このお話の光秀は、恐ろしいまでに剛強で(風貌からしてすごみあり)、血も涙もない反逆者って感じなんだけど、自分の母親と息子が死にそうになったときに、ついに情をゆさぶられて大泣きするシーンがある。それまでかなり冷徹な感じに描かれているだけに、その大泣きの場面は光秀の人間らしさが出てきて、とても見応えがある。それにしても、テレビドラマに出てくる光秀って、どれもけっこうやさしくてスマートでナイーブなイメージに描かれている感じがするんだけど(役者もそんな感じの人が多いし)、本当はこんなに荒々しい強面な感じだったのだろうか。真実はいったいどうなんだろう。

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文楽の光秀はこんな感じなのです。額の傷は信長に命じられた森蘭丸によってつけられたもの。吉良でも旗本退屈男でもありません。

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2007年5月29日 (火)

感劇話その40 お腹にどっしり、の太棹に酔う

 今日は1日原稿準備のテープおこしやら、の日だったんだけど、なんだかダレてしまってほとんど進まず、だった。なので、またまたたまってしまった今月の感劇話を消化していくことに(って、仕事しろよ)。
 今月は文楽東京公演の月だったが、文楽公演が始まる前に、文楽三味線の鶴澤清治さんの公演に行ってきた。NHKエンタープライズの主催で、「本物の芸に酔う」をテーマに企画した「芸の真髄シリーズ」の第一回目、ということだそうだが、“感劇”仲間のカヨちゃんに誘われて。
 もともと私が文楽にハマったのは人形の美しさに魅せられたからで、今も公演でまず注目するのは人形とか、人形遣いの人たちだ。でも、だんだん見ていくうちにつれ、三味線や義太夫にも少しずつ関心が出てきて、3年前からは人間国宝の鶴澤寛治さんの会に足を運ぶようになった。そこで素浄瑠璃(人形が登場しない三味線と太夫だけの浄瑠璃)なんかを少しずつ聞くようにもなっているんだけど、文楽で使われる太棹三味線のずっしりとした響きは、なかなかに心地いいものだ。太棹というのは、常磐津や清元(中棹)、長唄(細棹)で使われる三味線よりも棹の部分がぐんと太い三味線のことですね。今回は、三味線は清治さんをメインに、太夫には住大夫や綱大夫、咲大夫、嶋大夫という重鎮がそろい踏み、人形が出る演目も一つあって、そこには蓑助さん、というすごいラインナップということで(第一回目だからNHKも気合いを入れたのだろうかね)、楽しみに出かけたのだった。
 人形の出ない素浄瑠璃というのは、慣れた人でないとなかなか言葉が聞き取り辛くて意味がわかりにくいものだと思うんだけれど、幸い演目が以前に見たことのある「壇浦兜軍紀」の阿古屋琴責の段だったので、なんとか映像が頭に浮かんだ。というか、それよりも、やっぱり太棹のずんずんお腹に響く音色や力強い撥(ばち)さばきが、クラプトンのストラトキャスターのそれとはまたひと味違って心躍るような感じにさせられて、聴き入ってしまった。荒々しいだけでなく、ときに桃の薄皮をそっと剥くようなやさしい、まろやかな音色にもなる変幻自在な太棹の演奏が、日頃使っていない感覚を覚醒させられるようで気持ちいい。創作浄瑠璃として、山川静夫氏の原作に清治さんが構成、作曲した「弥七の死」も上演されたが、これがなかなか、異色ながら私には想像以上にしっくりと受け入れられた。切なくて、よいお話だったと思う。これまでの文楽公演では特に清治さんだけを注目したことがなかったのだが、今後はもっとじっくり床(太夫と三味線が座る場所)も見なきゃ、と思った次第でありました。

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チラシです。弦楽器の人って、酷使してるはずなのに指は意外と細くてきれいな人が多い、というのが私の持論。

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2007年5月 5日 (土)

感劇話その39 飲んべえは倍楽しめた狂言2曲

 書けてなかった話その5。先月末は万作萬斎の狂言にも行ってきたのであった。それは連休イブの27日。先月はたまたま落語も狂言も行く予定にしていて、いつもはこんなに続くことはないのだが、まさかこんなに仕事が重なるとは思っていなかったので、結果的にはかなりハードなスケジュールになってしまったわけで。でも、前にも書いたけど仕事が立て込んできたせいで楽しみにしていた舞台を断念するのはやっぱりイヤだし、そんなことしたらますます“う〜、もうやってられんっ!”と、仕事にも悪影響が出そうなマイナスの気を抱え込んでしまいそうだったので、意地になったように公演に行きまくった次第でございました。結果、仕事のストレスを劇場に行って解消していたようなところもあったりして。
 さて、「野村万作萬斎 狂言の現在2007」。場所は関内ホールで、たしか昨年もこの近辺で同じような会を観た記憶がある。というのも、最初に萬斎さんがステージに出てきて軽くトーク(狂言の概略とか、その日の演目の解説)をするのだが、このスタイルを去年もたしかに体験していると思ったからだ。うん、間違いなく2006も来ている。
 今回の演目は「舟渡聟(ふなわたしむこ)」と「千鳥」。どちらもお酒に関わる話。「舟渡聟」の船頭(万作お父さん)の酒好きぶりがもう最高で、耳が痛いというかよくわかるというか、とにかく笑える、苦笑しちゃう。おいしそうにお酒を飲み干したあとの万作さんの顔は、なんとなく赤らんでいるようにも見えてくるからすごい。女房を演じる万作さんの弟、万之介さんも台詞はそんなに多くないが、いつもの飄々とした味わいたっぷり。「千鳥」はあの手この手でお酒を持ち去ろうとする太郎冠者のお調子者ぶりが楽しい。萬斎さんの軽妙さが印象的。酒屋役の石田幸雄さんとの息もぴったりという感じで、万作ファミリーはいつもながらゆったり安心した気分で楽しめる。
*今日になってやっとインタビューのテープおこし4本が終了。明日もずっと家に居られるのでこの調子でがんばろう。

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パンフの裏面にいつも語句解説が付いているのがありがたい。

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2007年5月 4日 (金)

感劇話その38 志の輔絶好調な感じ

 書けてなかった話その4。昨日に引き続き落語の話で、先月21日も志の輔らくごに行ってきましたという話。
 志の輔は「五貫裁き」と「御神酒徳利」。相変わらず存分に楽しませてくれるし、おもしろい。とくに「御神酒徳利」。ひょんなことから奥さんにそそのかされてそろばん占いの名士になってしまう番頭の善六さんのとぼけっぷりというかあたふたぶり(?)がじつに愉快。この日は高座の前にテレビの収録で仲良しの昇太と3時間も対談してきたとかで、話疲れているといいながらも、始まればよどみない。アンド、少し前に雑誌の対談で、長年の憧れの井上陽水と会ったときの話を熱く語る様子もなんかほほえましまったし。あ、そうそう「御神酒徳利」のマクラは税務署の話だったんだけど、以前、税務署の人に家に来られたときのエピソードで、私も十数年前に同じような経験をしているので、「そうそうそう!」って感じでじつにリアリティがあって、ほんとおかしかった。
 とまあそんな調子で、マクラ(本題に入る前置き)から本題の噺から、志の輔がしゃべっている時間はとにかくすべてが落語か? といってもいいんじゃないかと思えるような楽しい話芸の時間だなあって感じだった。そして今回も松元ヒロさんの「今日のニュース」。期待通りにおかしくて、ほっぺたの筋肉が痛くなりました。
*今日は午後から銀座へ。和光のイベントで行なわれる玉三郎さんと篠山紀信さんの対談を某誌で掲載することになり、その取材。雑誌掲載は数日前に急にバタバタと決まった話だったので、セッティング等々、関係者はみんなタイヘンだったみたいだけど、なんとか無事に終了した。会場には玉三郎ファンの熱気がムンムンで圧倒された。それにしても銀座はすごい人だった。その後、カメラマンさんとの打ち合わせで六本木へ。これがまたミッドタウンのすぐそばなので、ここでもえらい人に揉まれて、な〜んかかなり人疲れ。

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2007年5月 3日 (木)

感劇話その37 熱演90分の「子別れ」通し

 なんだかんだ忙しくても寄席や劇場にはすべり込んでました。苦労してとったチケットを仕事のせいでフイにしてしまうのは悔しいし、忙しいときこそお楽しみも必要なわけで。ということで、書けてなかった話その3は、花緑さんの「子別れ」通し。
 この日はまじで行けないだろうなと半ばあきらめていた。京都日帰り仕事の後、夕方6時過ぎから目黒で打ち合わせも入っていた。それが長引いたら完全に間に合わない。場所は上野の鈴本演芸場。ところが、予想ガイに打ち合わせが早く終了、さらに花緑さんの高座がトリで7時40分からだったので、速攻で目黒から山手線で上野まで移動。なんと15分前には到着できた。ほんとにラッキーだった(付いた時はこぶ平改め正蔵が話していた)。
 「子別れ」という噺は本来は上中下の三部構成(上・強飯の女郎買い、中・子別れ、下・子は鎹)だが、全部通しでやると90分以上ということで、最近は中と下とか、下だけやる人が多いらしい。私も以前、たしか志の輔の噺で中と下を聞いたことがあるけど、もともとそんな長編だったとは知らなかったし、当然、通しで聞くのも初めて。
 内容は、吉原遊びが過ぎて女房子供と別れた大工の熊五郎がその後、改心して真面目に働くようになり、やがて別れた子供と出会ってまた夫婦が元の鞘に治まる、という噺。さすがに90分以上、熱演(熱弁?)の花緑さんだったが、私的には上の部分はやっぱりなくてもいいのかなあと思った。でも、中から下はぐんぐんと聞かせるようになってきて、最後にはおじさん客の中にも涙したり、ずるずるしている人多数で、しっかり感動させて終わった感じで、すごくよかったと思う。花緑さんの挑戦に拍手、だった。
 それから、じつは鈴本は初めてだったんだけど、ここの雰囲気もよかった。座席にはパタンと倒せるミニテーブルが付いていて、そこにお茶やお菓子やお寿司なんか広げて、合間につまんだりできるし、缶ビール飲んでる人もいたし。私も京都土産のおたべを出してきて、お茶と一緒につまんだりしたけど。こうやってなんか食べたり飲んだりしながらのんびり楽しむというのが昔ながらの寄席の楽しさなんだよなあと、嬉しくなった。午後、時間のあるときに数時間のんびり来たいなあと思いましたです。
*今日は一日テープ起こしがんばるつもりが、午後からチャンピオンズリーグのミランvsマンUをついつい見てしまった。前半のカカはじめミランの勢いがすごかった。Cロナウドは全然仕事させてもらえなかったね。ガットゥーゾのがぶりつきもすごい。

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いつも思うけどこの似顔絵、似てますね。先週も、近場で柳家さん生さんの落語会があり、ゲストが花緑さんだったので行ってきた。このときは、雷が縁を取り持つお花と半七のなれそめ話「宮戸川」をさらりと。

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2007年5月 2日 (水)

春の展覧会いろいろ

 書けてなかった話その2。先月行ったいくつかの展覧会。

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イラストレーター安藤俊彦さんの絵画展。以前、雑誌の挿絵をお願いしたことがある。お宅の最寄り駅はうちから電車で5分の場所にもかかわらず、なかなかお目にかかれないが。


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水中写真家高砂淳二さんの写真展。高砂さんは私がダイビングと旅の専門誌の仕事をしていた頃、2人で島の取材に行ったこともある古いお友達。今回はオリンパスのカメラで撮った作品を集めたものだったので、なつかしい写真もあった。相変わらずサカナの表情がかわいい。

 最終日になんとかすべり込んだが、会場でひさびさに高砂くんご本人とも会えて、しばし立ち話。写真と同様、ほのぼの系の雰囲気も相変わらずそうだった。売れっ子で忙しいはずなのになぁ。

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犬だけのアート展。ドッグアートエクス。32人のアーティストが絵画やイラストや立体もので犬を表現している。世田谷ものづくり学校で開催されていた。もと同じ編プロに属していたイラストレーターの石橋富士子さんが参加していたので行ってきた。

 富士子とは以前、同じアパートの3階と4階に住んでいて、一緒にニューヨーク旅行もした。館内撮影がNGだったので残念ながら富士子の作品をお見せすることはできないが、いつもの「たんぽ」の手法と貼り絵と絵による、富士子らしい華やかな犬の絵が2点あった。
 仕事がら、イラストレーターや写真家の知り合いが多くて、個展などのご案内をちょくちょくいただくわけだが、私は時間が許す限りできるだけ足を運ぶようにしている。作品展とか個展というのは、自分と同じくフリーで仕事をしている彼らの活動の披露の場であるわけだし、忙しくてしばらくごぶさたしていても、ああ最近はこんなのを描いてるんだなとか、こんなところに行って撮ってきたんだなとか、ああ、がんばってるんだな〜とか、いろんなことを考えながら鑑賞して、彼らの近況を知ったり、いい刺激をもらったりする。それってある意味、落語を聞きにいったり観劇するのと同じで、エンターテインメントに触れるってことなんだよな〜と思う。なかにはバタバタしている時期で結局行けなかったというものもあるんだけど、基本は「行く」なので、関係者の皆さんには懲りずにご案内いただけると嬉しいです。
*今日は表参道での打ち合わせののち、デザイナーとの打ち合わせで六本木へ。表参道から地下鉄で隣りの乃木坂へ行って歩くことにして、乃木坂駅で降りて、はっと後悔した。乃木坂から六本木までは東京ミッドタウンの前を通らなくちゃいけないのだ......後の祭り。案の定すごい人だかりでまっすぐ歩けなかった。今日はまだ連休の谷間なのに。

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2007年4月15日 (日)

感劇話その36 斬新な演出と役者粒揃いの「写楽考」 

 週末に見てきた舞台「写楽考」の感想を。故・矢作静一氏の名作を演出の鈴木勝秀氏が一部の台詞や役をカットしてスピード感増す作品に構成したんだそうだ。残念ながらオリジナルの舞台を観ていないのでその違いはわからないのだが、見応えのある舞台だった。和太鼓と横笛を使った斬新な演出や美術が効果的で、役者も演技派というか、達者な人揃い。写楽の堤真一と歌麿の長塚圭史の、動と静、のような対照的な雰囲気もよく出ていたと思う。期待以上にいいなと思ったのは、お加代役のキムラ緑子とお米役の七瀬なつみの女優陣。とくに緑子さんの奔放さにはひきつけられた。新聞の劇評ではあまりよく書かれてなかったけれど、私は好きでした、緑子さんのお加代。
 最後に写楽が処刑されて舞台が暗転、その後、一転して30年くらい後の桜の花咲くおだやかな農村風景の中に、長生きをしている十返舎一九と写楽の娘、お春が出てくる。お芝居的には写楽が死ぬところで終わったほうがよくて、ここは蛇足じゃないかなあと思ったりもしたのだが、熱く太く短く燃焼して生きた写楽と対照的に、のんびりと長生きを謳歌する十返舎一九を出すことで、観ている人におだやかな救いの気持ちを持たせる効果もあるのかなあ、などと編集者Sと話しながらワイン飲んで帰った。堤真一は、やっぱりはまり役だったなあ。

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会場は堤ファンらしき女性でいっぱいでした。

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2007年3月21日 (水)

感劇話その35 じっくり聞かす「猿後家」「山崎屋」

 夜から志の輔らくごを聞きに新宿へ。今日は志の八が1席、志の輔が2席で、あいだに松元ヒロさん。ヒロさん今日も「今日のニュース」快調で、ほっぺた筋肉のとてもいい運動になりました。
 志の輔は「猿後家」と「山崎家」。ともに初めて聞く話だったが、どちらもじっくり聞かす感じで、特に「山崎屋」は1時間以上の長い噺。なんか気合いが入っているなあと感じていたら、幕が下りた後に志の輔が解説してくれて、今日のバージョンは「よかちょろ」と「山崎屋」をくっつけた噺だそうで、それを最初にやったのが、師匠の談志だという。そして、「じつは今日は、師匠がいらっしゃってくださってまして……」と、談志を紹介した。談志師匠はいちばん後ろの席で聞いていたのだった。それから談志も高座に上がって、師弟が座布団を並べて挨拶した、というわけで。談志は「猿後家」も「山崎屋」も“よくやっていた”と志の輔を褒めていた。今夜の気合いにはそういう理由があったのかなあと、勝手に納得しました。しかしやっぱり、志の輔、楽しいです。初心者の私がいうのもなんですが、うまいなあと思うのだ。「猿後家」に入る前の話が、旭山動物園の話で、(自分も旭山のファンなだけに)これもまた笑えた。ヒロさんもめちゃくちゃ楽しい。

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2007年3月10日 (土)

邂逅

 昨日は歌舞伎鑑賞の後、次の予定までちょっとあいたので銀座へ。ちょうど見たい展覧会が2つあったので。一つは銀座松屋で開催されている「演劇のポスター展」。K2の長友啓典さんと黒田征太郎さんが長年デザインを手がけている演劇のポスターが展示されている。80年代〜90年代に街角で見かけたポスターもいくつかあってなつかしかった。ポスターでも意外と覚えているものである。やはりイラストやデザインの力なんだろうな。
 もう一つは、銀座桜ショップで昨日から始まった「初めて見るジョージ ナカシマ」展。日系二世の家具デザイナー、ジョージ・ナカシマが残したデザイン図面の中からこれまで日本では作られていないものを中心に製作された家具が数展、展示されている。アフリカ産の木を使った奥行き2m以上ありそうな大きな一枚板のダイニングテーブルなど、木の声を聞いて製作するナカシマならではの世界を久々に鑑賞。
 会場で思いがけず、桜製作所会長の永見眞一さんと、息子さんの宏介さんに再会。桜製作所は世界で唯一、ナカシマのライセンス家具を製作している工房で、お二人にお会いするのは2年前に「pen」のナカシマ特集の取材で高松の桜製作所へ行ったとき以来だった。80歳を過ぎた会長さんは相変わらず、というかますますお元気そうで、以前と変わらぬにこにこした笑顔で新作の説明をしてくださった(ほんとに会長の笑顔は魅力的で、見ているこちらまでほっこりとあたたかい気持ちになる)。ナカシマの家具と家具作りを愛する会長の福々しい笑顔にお会いできたことは、思いがけない素敵なプレゼントをもらったみたいに嬉しい出来事だった。どうぞ、いつまでもそのままお元気でいてください。

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80年代の「椿説・丹下左膳」のポスター(ポストカードより)

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2007年3月 9日 (金)

感劇話その34 小劇場歌舞伎の奥深さ

 坂東玉三郎さんが出演される国立劇場の歌舞伎公演初日を観に行ってきた。ひさびさの歌舞伎。で、場所は、小劇場。いつも文楽公演で通っている劇場だ。国立劇場での歌舞伎公演はたいてい大劇場でやっているので、花道もない小劇場でどんな歌舞伎になるのだろうかと興味津々。しかも、脚本は国立劇場が募集した歌舞伎脚本の入選作品。つまり新作歌舞伎ということで、さらに興味は深まる。
 物語は奈良の当麻(たいま)寺に伝わる中将姫伝説をもとにした「蓮絲恋慕曼荼羅(はちすのいとこいのまんだら)」で、中将姫をイメージした主役の初瀬姫を玉三郎さんが演じた。やはり小劇場ということで、スペクタクルで派手な演出はいっさいなく、色パネルを用いるだけで場面の設定を変えるというシンプルな舞台装置は歌舞伎では斬新だった。しかし物足りなさを感じることはなく、こじんまりした小劇場なりの空間を生かした味わい深さがあったし、ドロドロした人間の心の闇を描きながら最後には魂が浄化されていくという物語にとてもよくマッチしていたと思う。
 衣装(十二単風)はもちろん、装置の和の色の深い美しさにも目を奪われたけど、やっぱり玉三郎さんが美しい。美しくて清らかで、タメイキが出ますわ。歌舞伎ということで、やはり文楽公演に比べると、和服を着慣れた感じの女性客が多かったのも印象的だった。なんかいい感じ。私もかねてより浴衣か着物を着て文楽公演に行きたいと常々思っているのだが、まだぜんぜん実現せずなもんで。

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チラシより。右が玉三郎さん。

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2007年2月28日 (水)

感劇話その33 蓑助さんのお三輪に見惚れて……

 かなりしつこかった風邪の余波か、朝から頭痛と吐き気に襲われて病院へ行く。これまでも風邪引いて薬を1週間くらい飲み続けて治ってきた頃に胃がおかしくなることがあったけれど、そういったものなのか、どうなのか。頭痛はやっぱり風邪からきているのかもしれないけど、そうじゃないかもしれないからよくわからん。とにかく、シャキッと体調が治りきらないので気が重い。夜になってなんとか落ち着いてきたけど。
 落ち込んでいても仕方ないので、気分転換に先週行った文楽公演の感想でも。3部は「妹背山婦女庭訓」。大化の改新を舞台にしながら、様式や価値観はすべて江戸時代のものとして書かれた壮大なストーリーだが、今回はその中から後半の、お三輪と求馬の悲恋と蘇我入鹿誅伐を描いた段が上演された。造り酒屋の娘、お三輪が身分違いの相手と知らずに求馬に恋をしたばかりに起こる悲劇と、それが皮肉なことに入鹿誅伐を企てる求馬の役に立つ、という悲しくて、またまた不条理な話。自分の恋に勇気を持ってけなげに必至に突き進むお三輪の一途さや気丈さを、蓑助さんが丁寧に情感たっぷりに演じていて引き込まれる。さらに、官女たちにいじめられ、なぶられた挙句の果てに怒りと嫉妬で逆上したときのお三輪のすさまじい変貌ぶりがまたおそろしくて、圧倒されっぱなし。蓑助さん、ほんとにすごい。
 にしても、そんなお三輪が、疑着(嫉妬)の相のある女の生血を注いだ笛が入鹿退治の役に立つからという理由であっさりと殺されてしまうなんて、何回聞いても不条理すぎる。お話とはいえ、よくこんな内容を思いつくものだよねえ。最後には自分の死が求馬の役に立つと知って喜びながら死んでいくお三輪さん、悲しすぎる。この段を観たのはたしか二度目なんだけど、今回は前回以上になんだか悲しかった。
 それから、官女たちのお三輪に対する陰湿なイジメぶりも、何度観ても本当に、憎々しい。あんまりひどくて笑っちゃうくらいなんだけど。女の陰湿ないじめっぷりは「加々見山旧錦絵」の草履打ちなんかでも出てくるが、いつの時代にもあるんだな〜と思って背筋がぞぞっとしてしまいます、はい。

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こんなふうにいじめるんだよ〜(パンフより)。

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2007年2月26日 (月)

感劇話その32 下北沢で平浩二とフランク永井

 木曜日から一応、社会復帰はしたものの、完全には風邪が抜けきらず、不愉快な日々が続いている。咳がまだ出るのだ。これがけっこう不快……。とはいえ、熱は下がり、食欲もあるから(食欲は寝込んでいたときもあった、ははは)活動はしている。そこへもってきてついに冬らしい寒さが到来して、外は冷え込みが厳しいときている。なので、とりあえず無理しすぎないように、という感じです。昨日は原稿書きもあったので1日ひきこもり。先日荒俣宏さんにおうかがいした新刊本の話をまとめて夜に編集者にメール。約4000字なり。夕飯後はこないだ湯河原に出かけたときの対談原稿のラフにとりかかり、適当なところでやめて就寝。今日の昼前から続きをやって、4時前に編集者にメール。約9000字なり。座ったままでできる原稿書きをやっているぶんにはそんなに苦痛はない。
 だけど、じつは週末に文楽と落語を聞きにちょっと外出したのだが、そうすると、駅の階段ではぁはぁいったり、落語聞いてる最中に咳が出てきて周りを気にしたりして、そういうのはけっこう辛い。そういう意味ではまだ厳密には100回復とはいえないんだと思う。それにしても、なんとなく、風邪の治りも遅くなっているみたいで、これも歳のせいなのかと思うとなんだかなあって感じで、やれやれだ……。
 落語は、土曜日に昇太の会に行ってきた。厳密には、“春風亭昇太プロデュース下北沢演芸祭”の、昇太の日だった。先週は志の輔も行く予定だったのに風邪で泣く泣く断念したから、昇太までも断念はできないわ、と、気合いを入れて行ってきた。下北沢の「劇」小劇場。初めての昇太に心わくわく。オープニング、昇太はシルバーのタキシード姿で平浩二の「バスストップ」をフルコーラス熱唱した。風邪も飛ぶかというくらい笑い転げてしまった。演芸祭だから、落語だけじゃなくていろんなお楽しみがあるというわけですね。にしても、たしか昇太は私より1、2こ年上。独身。「バスストップ」は私らには楽しいけれど、20代の若い子たちにはわかるんだろうか。まあ歌を知らなくても、歌ってる昇太を見ればおもしろくて笑えるとは思うんだけど。やっぱり平浩二のバスストップを知っているのといないのとでは、楽しさが何倍も違うような気が、したんだけど、そんなことない、か? さらに昇太の弟弟子さんはフランク永井を熱唱していた……。とにかく、私(とカヨちゃん)は笑い転げて、楽しんだ公演だった。フランク永井世代ではないけど。昇太は最後にはブルーグラスの演奏まで披露してくれた。国本武春さんが出てきたり、ポカスカジャンが出てきたりと、いろいろてんこ盛りだった。昇太って、なんか不思議。

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2007年2月17日 (土)

感劇話その31 玉手御前の恋は真か偽りか

 週末にバタバタと、文楽公演二部の「摂州合邦辻」を観てきた。今回上演されたのは、クライマックス部分の「万代池の段」と「合邦庵室の段」。この話の内容を超カンタンに説明すると、ある年老いた大名の後妻となった若い女性(=玉手御前)が、先妻の息子(=自分と同年代である俊徳丸)に恋をしかけてしまう、というもので、しかしじつは玉手御前が俊徳丸を好きになってしまった本当の理由は、御家騒動で殺されそうになっている俊徳丸の命を助けんがためのお芝居で、話の最後にその真実が明らかにされる……というもの。息子・俊徳丸に迫る玉手御前の恋狂いの様子はなかなかに迫力もので、遣っているのは人間国宝の吉田文雀さんなんだけど、こんなに激しく情念たっぷりに女性(の人形)を遣う文雀さんを初めて観たので感慨深かった。いつもはたいてい、気品と貫禄あふれる武家の妻、みたいな役所しか拝見していなかったので。
 玉手の父親である合邦道心は、娘の不始末というか醜態というか奇行に怒り心頭になっていて、今頃はきっとお城で成敗されているに違いないが、もしも目の前に現れたら我が娘でもこの手で成敗してやる、と、息巻いているのだが、それに対して、いくら不始末とはいえ娘をかばいたいと思う母親のほうの言葉がおもしろい。「女子は誰れしもある習ひ、二十そこらの色盛り、年寄った佐衛門様より、美しいお若衆様なら、惚れいでなんとするものぞ……。」と娘を哀れむ。つまり、二十歳そこらの女盛りなら、夫とはいえ年老いた殿様よりも、若くて美しい息子に惚れるのもわからなくはない。むしろ、惚れないでどうする、みたいな感じなのだ。女性心理が出てますねえ。
 結局、俊徳丸の命を救いつつ御家騒動を首尾よくおさめるために、玉手御前は自らの命を犠牲にするんだけど、玉手の俊徳丸への恋は、本当にお芝居なのか、それとも本当は真実だったのか、そのあたりは未だに役者や研究者の間でも解釈がわかれているところらしいのだが、うーーん、どうなんだろうね。考えてみるほどにおもしろい。ところで、蜷川幸雄氏の有名な作品「身毒丸」は、一部この「摂州合邦辻」をもとにしているという話もあるけど、残念ながら見逃している。いまさらながら、15歳の藤原達也の身毒丸を観られなかったのは残念だ……。
 この冬にしてはやや冷えてきたこの週末、今日の夕飯はコトコト煮込むおでんにした。大根は先週に引き続きまた米の研ぎ汁で炊いたせいか、柔らかく煮えて、けっこうイケてました。こんにゃくはもう一息、だったが……。

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プログラムより。死を覚悟して鬼気迫る玉手御前の様子。

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2007年2月13日 (火)

感劇話その30 袖萩と、秋吉敏子さん

 昨夜ソファで2時間近くうたた寝してしまったせいか、今朝起きたら喉が痛くて熱っぽいので風邪薬を飲む。しかし今月は文楽東京公演の月♪。今回は「奥州安達原」、摂州合邦辻」、「妹背川婦女庭訓」の3部構成。今日は第一部を大学時代の友達デコさんと観た。「奥州安達原」は人間関係がかなり入り組んだ複雑な話だが、袖萩という盲目の女性とその娘お君との、一途な母子の情の深さを感じさせるシーンでは純粋に胸を打たれる。特に、娘さんをもつデコさんには私よりも迫るものがあったようだった。袖萩を遣うのは桐竹紋寿さん。「絵本太閤記」の光秀の母、皐月、「夏祭浪花鑑」のお辰など、凛と美しく意志の強い女性を遣うとすごくいい感じになるなあと思う。今回の袖萩も。
 今日はある意味、ダブルヘッダーで、夜は秋吉敏子さんのソロピアノコンサートへ。神奈川県立音楽堂という場所がまた渋くて、こじんまりしてなかなかよかった。日本人として初めてアメリカ・ジャズ最高峰のジャズマスターを受賞した秋吉さんが、敗戦後に中国から引き上げ、ジャズピアニストとしての演奏をスタートさせた場所は、大分県別府の駐留軍キャンプ「つるみダンスホール」だった。演奏の合間の話に当時のエピソードも少し出てきたが、大分という共通項があるというだけで、世界的アーティストの秋吉さんがなぜか身近に感じられて嬉しい気分になる単純な私。生で演奏を聴くのは初めてだったが、ものすごいパワフルで、ピアノソロとは思えない複雑な音色が響き渡って、終始圧倒されっぱなしだった。70代後半という年齢がまるで信じられない切れのいいエネルギッシュな演奏。キラキラのスパンコールのジャケットに、シルバー(おそらく)のピンヒールで軽快に歩く秋吉さん、むちゃくちゃカッコいい。いつもライブの最後に演奏するという「ヒロシマ そして終焉(しゅうえん)から」の最終楽章「ホープ」は静かに心に沁みた。いい時間を過ごさせてもらってかなり満足でした。
 文楽のちジャズ、なんか中身の濃い1日だったけど、気持ちよい濃さでした。


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秋吉さん。お話はけっこうお茶目でますます素敵な女性でした。

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2007年2月 3日 (土)

感劇話その29 野田地図「ロープ」の衝撃

 先週、籠り生活が佳境に入る前に、楽しみにしていた野田地図の「ロープ」を観てきた。野田地図のお芝居は、一昨年の「走れメルス」以来。会場に入ると、開演前からずっと、私の好きなギルバート・オサリバンの曲が流れていた。『クレア』とか『ハピネス』とか……そして、『アローン・アゲイン』が流れてきてボリュームが大きくなったと思ったところで、芝居が始まった。この曲の“また一人になってしまった……”、みたいな歌詞の意味と、引き蘢りになってしまったノブナガという名のプロレスラーの心境と、なにかリンクさせているのかなあ……とか勝手な深読みしたりしながら観始めた。
 ノブナガに藤原竜也、タマシイ(未来からやってきて、プロレスのリングの下に住み着いているコロボックル)に宮沢りえ、ほか、渡辺えり子、橋本じゅん、宇梶剛士など豪華なキャスト。もちろん、野田秀樹もケーブルテレビのディレクターで恐妻家、という役で出ていて、恐い妻・渡辺えり子とのノミの夫婦ぶりは単純に笑えたけど。それよりもなによりも、野田地図の舞台は数回しか観ていないけど、あんなにメッセージ性の強い作品は初めてで、それがけっこう衝撃だった、というのが率直な感想だった。
 物語は、ロープに囲まれたプロレスのリングの内と外で繰り広げられる人間の暴力というものについて描かれている。プロレスの実況をするタマシイは、いつしかベトナム戦争の時代に行って戦時下の実況を始める。美しい宮沢りえの口から淡々とよどみなく実況される殺戮のシーンは悲惨さと残虐さを増して耳に飛び込んでくる。タマシイの生まれた未来、というのが未来ではなくて、じつはベトナムの「ミライ」という村だった、というのも衝撃だったけど。
 藤原竜也と宮沢りえのスリムなみずみずしい美しさが、暴力とは対極のところにあるもののようで、その二人が希望をつなぐ象徴的な役割につながっている。ロープはプロレスのリングを囲っているもの、だけでなく、私たちの住む人間社会を表しているもののようにも思える。ずっしり重くて、なかなか見応えがありました。そしてエンディングには、再び「アローン・アゲイン」が流れた。そういえば、この曲が出たのも(72年)ベトナム戦争の時代だったなとふと思った。
 この日はライター仲間のMYちゃんと一緒に観劇。MYちゃんは昼間にも青い鳥の舞台を観たらしく、芝居のハシゴだったそうで、それもすごそうで楽しそう。劇場を出ると、雨だった。シアターコクーンから徒歩数分の「こうぼう」でご飯を食べることにして、雨に打たれながら歩く道々、「マッキー(私のことです)も、昔、コロボックルとかいわれてた?」とMYちゃんに聞かれた。MYちゃんも背が低いのだ。小学生の頃(やっぱりベトナム戦争の頃だ)に、“コロボックル〜”とかいわれてからかわれたことがあるらしい。「いや、コロボックルはないけど、ピグモンはあるよ(笑)」と私。同じちびでもそれぞれいろんなからかい方をされているようで。「こうぼう」で、魚や牛すじ豆腐に舌鼓。鯵のたたきと大きなしめ鯖、うまかった。芝居と仕事の話で焼酎お湯割を2、3杯飲んで正しく解散。

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金子國義さんのイラストもインパクトありましたな。

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2007年1月28日 (日)

感劇話その28 志の輔のエネルギーに感服の至り

 渋谷パルコ劇場での志の輔の一ヵ月公演「志の輔らくごinPARCO 」は昨日か今日でようやっと千秋楽となったはずだ。「メルシーひな祭り」「歓喜の歌」「狂言長屋」というこれまでのパルコ公演ならではの人気作品3席を軸に、それぞれにほかの2席を加えた3席で1回を構成するという3種類のプログラムで行われていたんだけど……って、意味わかります? もうちょっと詳しくいうと、1回の公演で3席の落語をやり、その3席目が前述の「ひな祭り」か「歓喜」か「長屋」のどれかによってあらかじめ其の一、其のニ、其の三、というバージョンに分けられているんですね。で、残りの2つの演目はどうやら当日までに志の輔が選んでいたようで。つまり、一ヵ月間まったく同じ演目をやるのではなくて、大きく3タイプに分かれていた、という感じの公演だったのです。
 で、私は観劇仲間のかよちゃんと其のニと其の三を聞きに行ってきました(かよちゃんは其の一も行ってますが)。其のニは今月第二週に、そして数日前に其の三。というわけで、前置きが長くなったけど、今日は其の三のお話です。
 1席目は其のニと同じ「七福神の新年会」で、どうやらこの1席目は今月ずっと同じだったようだ。新年だからね。2席目は「しじみ売り」。これは講談を聞いているような感じもして、しみじみとよかった(けしてシャレているわけではありません)。しじみ売りをしながら病気の母と姉を支えている子供にねずみ小僧(次郎吉)が事情を聞くと、家族が病気になったのは、次郎吉が昔、恵んだ金が原因だったことがわかり、申し訳なく思った次郎吉が自首を決意するという人情噺。お腹を抱えて笑い転げる落語もいいけど、じっくり聞かせるこんな噺もいいものだ。
 そして3席目が「狂言長屋」。おもしろい話が書けなくて自殺しようとする狂言師を助けた長屋の面々が、自分たちがおもしろい話を考えてやるといってあーだこーだと言い出し、話ができたと思ったところで舞台が暗転、座布団がすーっと消えて高座が能舞台になり、現れたのは茂山千三郎さん、本物の狂言師。やがて志の輔も着替えて太郎冠者のような格好で現れて千三郎さんと二人で狂言が始まる。つまり、落語の中で狂言師が作った話を実際の狂言でやってしまうという、落語と狂言のコラボレーションになるのだ。
 茂山狂言もよく観にいっている自分としては、千三郎さんがいきなり現れたのにも歓喜だったけど、それにしても志の輔、すごい。ちゃんと狂言をやっている。そりゃあ本物の千三郎さんと比べるとそれは違うけれど、落語と狂言は喋りの速度とか間合いとか、もちろん発声も全然違うのに、ちゃんと自分のものにしている。ずっと立って喋るのも落語とは勝手が違うだろうに。すごいことだと思った。志の輔は文楽にも興味を持っていて文楽とのコラボもやっていて、一昨年私も下北沢本多劇場に観に行ったんだけど、あのときも、ちゃんとやっててすごいなあと思った。同じ伝統芸能でも全然違ってるんだなあとか、ある部分はつながってるんだなあ、みたいなことがわかって、それがまたおもしろい。そういう、志の輔の探究心というか、興味を持って挑む心というか、日本の伝統芸能をリスペクトして愛する心というか、そういうエネルギーやら、実際に忙しいなかでほんとに挑んじゃうエネルギーというか、そういうものに打たれた夜でした。また3時間近い公演だったけど、見応え聞き応え十分で、充実感あり。

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公演のご案内チラシより。以前の「狂言長屋」の1コマ。

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2007年1月11日 (木)

感劇話その27 ママさんコーラスに涙する自分にオドロイた。

 去年まではなんとなくこの感劇話のくくりに落語を入れていなかったんだけど、今年からは落語も含めることにしました。なので、これまでの文楽、狂言、ストレートプレイ、歌舞伎などなどに落語も入れて、とにかく観たり聴きに行ったりした舞台全般についての感想を“感劇話”とすることに。
 で、今年の初笑いは“志の輔らくごin PARCO”。これは志の輔の新作落語披露の場として96年から毎年暮れにパルコ劇場で行われていたんだけど、今年はなんと年明けに1ヵ月もやるということで、内容も上旬、中旬、下旬で変わっていくらしい。今日は其の二(中旬バージョン)の初日だったようだ。「七福神の新年会」、「歓喜の歌」、「徂徠豆腐」の3席。「徂徠豆腐」は前にもどこかで聞いたが、私の大好きな話だったので嬉しかった。当然、その日その日で微妙に言葉も違ってたりするし。のちの荻生徂徠が豆腐をじつにおいしそうにほおばるシーンは何度聞いてもいい。家に帰って冷や奴にかぶりつきたくなる。
 「歓喜の歌」は、やはり人気の噺みたいだけど私は今回が初めてだった。大晦日に2組のママさんコーラスの発表会をダブルブッキングしてしまった公民館職員のドタバタぶりを描いた人情噺。最後にほろりとさせて、さらにオチの後、高座の後ろの幕が開くとそこには本物のママさんコーラス隊がいて、タキシード姿に早変わりした志の輔の指揮でベートーベンの第九の合唱が響き渡る。そこで不覚にも目から涙が落ちそうになる自分にびっくり。あ〜ん、やっぱり老化で涙腺、まじで弱ってきたよ…...と思いながらも、周りを見ると目頭を押さえる人や鼻をズーズーやっている人があっちにもこっちにも。これは老化だけでなく、志の輔の噺と演出の力なのだとナットクした。しかし、ママさんコーラスを聴いて泣く自分の姿を、いつ想像できただろうか。なかなか心憎い演出だったなり。

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今年も楽しませてもらいます。

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2007年1月 7日 (日)

感劇話その26 嬉し楽しほろり、の親子3代共演

 今年最初の舞台は国立能楽堂で。野村万作さんの「万作・狂言十八選」第一回公演を観てきた。素囃子の「養老」でなんとなく寿いだ気分になって、狂言は『二人袴』と『靭猿』。楽しくて、親子や師弟の情愛などが感じられて、ほのぼのあったかい気分になれる2演目だった。『二人袴』は聟とその父親のコミカルなドタバタのやりとりが愉快。これは去年、茂山狂言でも観たけれど、演出といっていいのかわからないが、やっぱり流派が違うと微妙に違うものだなあと、そんなことも興味深かった。
 『靭猿』では、野村家の親子3代共演という楽しみもあって引きつけられた。大名に万作さん、猿曳(さるひき)に萬斎さん、そして、子猿に萬斎さんの長男、裕基くん。もう七歳になった裕基くんは背も伸びてそろそろ子猿役も卒業かなという感じだったが、萬斎さんがすっかり“親”になっていたように感じられたのが印象深かった。大名の命令で子猿を殺さねばならなくなり、その因果を子猿に切々と説明する猿曳と、それに対してあどけなく稽古を続ける子猿のいじらしさに、不覚にも涙を誘われてしまう(ほとんど自身とわらびの状態に重ねて観ていた自分のことが後で考えるとけっこう笑えるけど)。最後は大名も一緒に子猿と遊んで楽しく華やかに終わるのがまたいい感じ。
 以前、野村萬斎さんにインタビューしたとき、小さい頃から父の万作さんにとても厳しく指導された話をいろいろ聞いたけれど、今ではその萬斎さんがかつての万作さんのように厳しく裕基くんに稽古をつけているんだろうなあ。そして万作さんはおじいちゃんとして、厳しい父親の態度にちょっとハラハラしながら孫のことをあたたかく見つめているんだろうなあ……そんなことを考えながら観た。
 てな感じで、初観劇はとてもいい気持ちでした。今年もできる限りたくさん舞台を観に出かけたいと思ってまーす。

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プログラムより。これは数年前の親子3代共演の『靭猿』。

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