« 平和すぎる文化の日 | トップページ | 2016年、申年。 »

2015年11月 4日 (水)

感劇話その242 9月文楽公演

感劇は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。)

 文楽の記事もそろそろ校了に近づきそうなので、今のうちに9月の文楽公演のメモを。今回は第一部、第二部をプライベートで観劇したうえに、取材のための撮影にも一度、立ち会った(第二部)ので、国立劇場には計3回通ったことになる。第一部は『面売り(めんうり)』、『鎌倉三代記(かまくらさんだいき)』、そして『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』。『伊勢音頭……』はたぶん初めてだったと思う。名刀「青江下坂」の魅力というか魔力にとりつかれたように次々と人を斬っていく福岡貢の姿を見ながら、歌舞伎の勘三郎さんの『籠釣瓶』を思い出していた。
 第二部は『妹背山婦女庭訓』。これ、ここ数年でもちょくちょく上演されている。といっても、吉野川をはさんだ美しい桜の舞台の中で、二つの家の不仲とその息子、娘の悲劇を描く前半はしばらくご無沙汰で、どちらかというと後半(四段目〜)が多く上演されている印象だ。蘇我入鹿の討伐へと向かう求女(男性の名前です)と、彼をとりまく橘姫と杉酒屋の娘、お三輪との恋のつばぜり合い。愛する男を姫にとられまいと必死に抵抗してみるものの、嫉妬に狂った女の生き血が入鹿を倒す大切なアイテムになると聞き、最後は喜んで我が身を犠牲にするお三輪ちゃんは何度観てもかわいそう。今回も、勘十郎さんのお三輪ちゃん、ほんとに必死さが伝わってくるようでした。橘姫も結局は犠牲になって、求女はしっかり使命を果たして生き残る......いつもの不条理感、なんだかなー。でも、この悲劇が文楽。

92a

表紙は妹背山婦女庭訓。お三輪ちゃんは命が消える瞬間に近づくほどに大人っぽく見えてくるような気がする。

« 平和すぎる文化の日 | トップページ | 2016年、申年。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 感劇話その242 9月文楽公演:

« 平和すぎる文化の日 | トップページ | 2016年、申年。 »