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2015年10月 3日 (土)

感劇話その238 増上寺薪能

感劇は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。)
 9月は結局、1日も更新できず、10月になってしまった。今年も残すところ3ヶ月足らず……超特急っすね。カンゲキ話は8月に7月分まで振り返ったところでまた停滞していますが、89月分はひとまずおいといて、今日は本日行ってきたばかりの増上寺薪能のお話を。
 もう何年も前に、「サライ」という雑誌で日本各地にある能舞台と公演を紹介する記事を書いたことがあって、中尊寺の能舞台とか、宮島の厳島神社の海上の能舞台とか、取材に行ったことがあった。その中で、芝の増上寺に江戸時代からある薪能のことも取り上げたのだけれど、取材の時期が秋ではなかったこともあり、薪能については担当者への取材と資料をもとに原稿をまとめるに留まっていた。それが、時を経て今年はご縁あって本物を観に行ける機会を得て、ついに薪能デビューとなったのでありました。
 法要が始まった午後5時半頃にはまだまだ明るかった空も、火入れの6時頃にはすっかり暮れてきて、最初の演目は『杜若』。正直、お能は私にはまだまだ難解なのだけれど、今日は杜若の精の面がとても美しく見えて、それはそれで惹き付けられました。装束の豪華さにも。続く狂言『昆布売』には、山本東次郎さんが大名役でご登場。たった一人で出かけた大名が、太刀持ちをしてくれる人を探していると、若狭の小浜からきた昆布売に遭遇。昆布を全部買い上げると言って、彼に太刀持ちを引き受けてもらおうとする……。二人のやりとりが飄々として味わい深く、滑稽で、何度も爆笑。やっぱり狂言はほっとします。最後は能『小鍛冶』。稲荷台明神が狐の精霊に姿を変えて、小鍛冶・宗近とともに槌で打って剣を鍛えるシーンは、お能の割には“動”の要素が多い感じで見入ってしまう。というわけで、お能で一度も寝落ちしなかったのは、私には珍しかったといえます。

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