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2015年8月17日 (月)

感劇話その229 5月の文楽公演のこと 二代目吉田玉男襲名披露

感劇は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。)

 お盆休みに何十年ぶりかで会った高校時代の同級生から、ときどき私の感劇話を読んでくれているという話を聞いて、恥ずかしいやらありがたいやら申し訳ないやらの気持ちになり、ここんとこまた停滞してしまったことを反省した次第でございました。せめて今年の後半は、そこそこまめに続くようにがんばります。
 というわけで、5月の文楽東京公演の思い出から。
 この公演は4月の大阪に続き、人形遣いの二代目吉田玉男襲名披露でお祝いムード一色だった。二代目玉男さんがまだ玉女さんのお名前だった今年の1月末に取材したときには、正直まだあまり実感がわかなかったものだが、さすがに口上で舞台に上がったお姿を目にしたときは、私の中にもなんだかじんと迫ってくるものがあった。さらに、二代目玉男さんを長年見守り続けてきた太夫の嶋大夫さんや三味線の寛治さんのお話を聞いているうちに、思わず胸が熱くなってきてしまったものだ。
 第一部の『一谷嫰軍記(いちのたにふたばぐんき)』では、玉男さんが遣う熊谷直実と、和生さんが遣う妻の相模、そして勘十郎さんが遣う藤の局という、3人の息のあったやりとりが目を引いた。和生さんと勘十郎さんが昭和42年、玉男さんが翌年の43年に入門ということで、ほぼ同僚のように修業を積んで切磋琢磨してきた3人が、それぞれ今の文楽を牽引する立場で活躍している。相模が舞台の前方にぐっと迫ってきて、熊谷と藤の局がその後ろで左右に別れて立ち、3人の配置がぴたっときまったときは新鮮な驚きで、会場内も大拍手に包まれた。
 第二部の『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』では、帯屋の長右衛門を使っていた玉男さん。この話は20以上も歳の離れたお半と長右衛門の心中話。町人の長右衛門は、第一部の熊谷のような勇壮な武者とはまったく違う役どころだ。二代目玉男さんには、今後、このタイプの主役もどんどん増えていくことになるんだろうと思うけれど、初代の玉男さんのようなしっとりした立役となるのか、それとも新たなイメージの立役を見せてくれるのか、この先々の舞台がとても楽しみだ。ところで、余談ですが、『桂川……』の長右衛門がじつはその昔、心中をしようとしたが相手だけが亡くなり、自分は逃げて生き残ったという過去を背負っている人物だったということを恥ずかしながら今回、初めて知り、お半と長右衛門という年の差カップルの心中はそういう因果と絡めたものだったのだということを改めて認識したのでありました。

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