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2011年3月31日 (木)

いろんなことの“その後”……。

 目眩の件ではいろんな方からご心配のメールやツイートをいただき、すみませんです。とくに同年代の人からは男女含めて、「自分も経験あり」という声が多かったんだけど、みんなそれぞれいろんなストレス抱えて生きてるんだろうなあと改めて感じました。まあ、加齢によるもの、もあるとは思うけどね。で、私のほうは、先日のブログの通り、耳鼻科的には問題なし、といわれました。続いて担当医(女史)から、念のために頭のMRI とっておきますか? といわれ、どうしようかと思ったけれど、まあほんとに念のためで、なんともなくてかえって安心するというケースがほとんど、ですけどね、というので、検査受けることにした。別の何かがあったら早期発見にもなるし、と思って。それで昨日、受けてきました。結果は来週。頭のMRI は初めてじゃなかったけど、今回はやたら騒音に感じて、ちょいと疲れたかな。いまのところ、目眩&吐き気は火曜日からは起こっていません。
 目眩のことは更年期の可能性もあるかなとも思ったりしているんだけど、ジャストタイミングというかなんというか、目眩がやってきた月曜日の午後は東大の加齢医学でホルモンの研究をしている先生への取材だった。とはいえ、テーマは高齢者とホルモンの関係についてで、エストロゲン(女性ホルモン)というよりはテストステロン(男性ホルモン)がメインだったので、自分に起こったことについて、直接的に参考になることは特になかったのだが。でも、なかなかおもしろい内容で。男性も女性も加齢による性ホルモンの現象がさまざまな老化現象だけでなく、老化関連疾患にもつながってくるということが改めてわかり、ホルモンって大事なのねえと、また思った次第。
 たまたま年末からこのかた、東大のいろんな分野の先生への取材が続いているんだけど、東大って、本郷の広い敷地の中に、もんのすごい古い建物と、近代的な新しい建物が混在している。で、今回おじゃました大学院医学系研究科の建物は圧倒的に前者で、中に入ったとたん、編集者のKさんが「地震、大丈夫かしら〜」とぽつり。たしかに。思わず取材中に大きな余震が来たら……、と、ちょっと考えるも、でもでも、建物は古くても、中にいる人は日本最高の頭脳集団……頼むよ〜東大、って感じだった(わけわかんないけど)。  
 結局、取材中の余震はなく、しかし節電のために暖房もオフだったので、ものすごく寒かった。今は仕方ないとはいえ、あそこに1日いて研究している先生のことを考えると、冷え込みがきつそうで大変だなあ。知り合いに阪大で仕事している人がいるんだけど、節電や計画停電によって実験難民になった東大の人たちが阪大に遠征してきて実験を続けているのだとか。たしかに、部分的にも停電になったら続けられない実験もあるんだろうな。国立大学の連携?
 というわけで、計画停電のその後の話だが(強引)、このところは全域で回避が続いている。ただ、これまで同じグループが実施されてもうちのエリアはいまだに1度も停電したことがないのは何故なんだろう。心の準備をしていても、いつも空振り。ありがたいことだとは思うけれども。
 それから、先週末に掲載誌が続いて届いた。1冊は香港取材の記事が出ている「セオリー」(講談社)。もう1冊は、秋に本創刊される予定の「素晴らしい一日」(ポプラ社)の創刊前特別号。香港取材では、香港の美術王と呼ばれる億万長者のアートコレクター、ロバート・チャンさんにインタビューした。「素晴らしい一日」では、エッセイストの安藤和津さんにインタビュー。安藤さんは取材が1月末、香港取材は2月の下旬。時間の経過だけじゃなくて、遠い遠い昔のことのように思えてしまうよ……。

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「素晴らしい一日」は予防医学を柱とする健康雑誌。「セオリー」は中国特集。


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2011年3月29日 (火)

ぐるぐるぐる……。

 昨日の朝、布団の中でふとしたことで首を急に振ったら、直後に天井がぐるぐる回り始めたのでまた地震かと思ったら、回っていたのは自分だけで、すごい目眩だということが判明(@ 。@)。その後すごい吐き気に襲われてトイレに駆け込む、という状態がしばらく続いたが、1時間くらいで治まり、聞こえにくいとか耳鳴りの症状はなかったので、メニエールではなさそうで、地震酔いがひどくなったのか〜、と。なんとか持ち直し、午後から取材だったので出かけ、夕方帰宅。なんかひどく疲れて夕飯食べてそのまま爆睡。今朝は目眩も吐き気もなかったが、念のために耳鼻科へ行ってみた。標準語音聴力検査や平衡機能検査をして、耳鼻科的には特に問題ないとのことだった。更年期障害にも目眩や吐き気があるから、そっちなのかもしれない……。どっちにしろ、震災以来のいろんなストレスはあるでしょうね、といわれて帰ってきた。それにしても、あんなに見事にぐるぐる回った目眩は初めて。まさに、としまえんのハイドロポリスのCMだった。
 聞けば、スピッツの草野くんも急性ストレス障害で倒れたのだとか。震災で大きな揺れを経験し、その後の余震やテレビで見る被災地の被害状況、原発の問題などで常に不安を抱えながら夜もなかなか眠れず、過度のストレスがかかっている人は、いまたくさんいるんじゃないかと思う。症状の出方はそれぞれ人によっても違うだろうけども。そんな自分とちゃんと向き合って、治していくしかない。私はけっこう気分転換できているほうだと思うんだけどな……。とにかく日本列島、いろんな意味でお大事に、だ。
 ところで、耳鼻科に行ったのはもう十何年ぶりだか、だったのだが、今回改めて診察台の周りを見てびっくり。細いカールしたハサミのような器具とか、鈎とか、鉗子とか、なんだか歯医者さん並みに細かい金属の医療器具がずらりと並んでいて、ちょっとぞっとしてしまいました。トラウマ……。

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2011年3月26日 (土)

忘れかけてた卒業……。

 昨日の夕方、約1ヵ月ぶりに整形外科に行った。なんだかんだわりと普通には歩けるようになっていたので、忙しさにかまけてなかなか行けないままだったところに震災→計画停電となったことで病院がやっている時間も読めず、さらに行くのが延び延びになってしまっていたのだった。前回行ったときにはまだ「もういいですよ」と、きっぱりなお言葉をいただけなかったので、なんとなく気にもなっており、実際、歩けないほどの痛みではないものの、患部の周りにちょっと痛みがあったりもするので、やっぱり最後の最後までちゃんと診てもらったほうがいいのかなあと思ったりして。
 診察室に入っていつものように靴下を脱いで足をみせる。「普通に歩けているなら、もう大丈夫ですね」といわれたので、「でも、このへんがちょっと痛むんですけど……」と、患部のちょっと上のあたりをなでなですると、「うーん、骨が折れていたのはここ(もっと足首のそば)だからね〜」とドクター。それからの説明を自分なりに理解したところでは、患部をかばって周りの筋肉や何かに力がかかっていたことの後遺症みたいなもの、だということで、毎日激しく痛むのでなければ大丈夫、とのことだった。「またなんかあったら来てください」というお言葉で、一応、卒業、お役御免ということのようで。だんなにメールしたら、「よかったな。でも長かったな」。たしかに。12月の頭からだから約4ヵ月か……。でもま、この約1ヵ月はおまけ、のようなものだし。だんなにもいろいろとお世話かけました。ありがとう。でも、まだ今日も周りの痛みがあるから、また来週、念のためにちょっとみてもらおうかしら、なーんて

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2011年3月25日 (金)

感劇話その162 こんなときだからこそ笑って……。__三越落語会

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 前回の感劇話は宝塚公演で、それをアップしたのが3月7日。その週末の金曜日に大震災があって、そこから世の中はガラリと変わってしまった。自粛&節電モードで駅や街の灯が消え、人通りも少なくてまるで戒厳令下のような感じ。そして、たくさんの舞台やコンサートが中止・延期になった。とても楽しみにしていた明日の杉本文楽も中止になってしまった。私の友達が参加する予定だったさくら祭りも中止になった。電力消費や安全のことを考慮して開催できないものも、もちろんあると思われる。だけど、ただ横並び的にすべてのイベントを中止にするのはどうなんだろうか。経済を回したり、みんなを元気にする意味ではちゃんとやってほしいという気もする。自粛、とか、いまやっても人が集まらない、というのもあるのかもしれないけど……うーん。
 ……みたいなことを、いろんなイベント中止の情報をきくたびに考える今日この頃なんだけど、そんななか、昨夜は中止されず予定通りに開催された三越落語会に行ってきた。日本橋三越本館内にある三越劇場。現場に着くまで、ひょっとしたら急きょ中止になったりして……みたいな不安もちょっとはあったが、着いてみたら、ほんとに開催されてるんで、ほっ。
 始めに主催者側から、この開催を決定するまでにさまざまな意見があり、熟慮に熟慮を重ねた上での開催である、ということ、そして万が一、開催中に大きな揺れが来たときの対応の仕方の説明、そして会場に募金箱を設置していること、などの丁寧な説明。とても納得。ありがたい。
 いよいよ落語会の幕が開き、三之助、彦いち、市馬、花緑、志の輔、という豪華なラインナップ。♪笑った笑った♪。久々にお顔の筋肉がよ〜くほぐれた。彦いちの「初天神」は軽快で独創的。花緑ちゃんの「権助提灯」は痛快で、旦那と妻とお妾さんの言葉にちょっとした艶っぽさも感じられ。そして志の輔の「抜け雀」、久々に聞いたけどやっぱりおもしろいわ〜。絵師の親子の人としての器の大きさみたいなものとか、宿屋の主人の慌てぶりはアダモちゃんみたいだし。そして私の大好きな台詞、宿屋の主人に対して絵師がいう言葉、「早く別れなさい。あれ(宿屋の女房)は女ではない。鉋(かんな)だ。人の命を削る鉋……」久々に聞けました♡。
 正直、今日は久々に声を上げて笑った。顔の筋肉がよじれた。笑って笑って、笑うことで身体に元気がわいてくるような感じがした。いま、笑ったり、何かに感動することがそんなに不謹慎なことなんだろうか。笑って感動して元気になれることもあると思う。こんなときだからこそ、笑える元気な心を持っていることも大切なんじゃないだろうか。放射能の飛散が気になりつつも(?)、行ってきてよかった。

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2011年3月22日 (火)

計画停電な日々その5〜ちょっと遅めの3時休憩になってしまったけど……。

 昨日の午後からようやっと原稿書き作業に着手。資料の読み込みを進めて、まずは何も考えずにさくさくできる単純作業のデータ打ち込みから。それもひととおり終わったので、いま3時のコーヒータイムでほっと一息。このあとはいよいよ本文書き進めていかないと。しっかり頭を原稿書きモードにして、集中集中。
 それにしても、昨日も日中は暖房入れず、膝掛けぐるぐるに厚手のソックスはいて作業していたんだけど、今朝は冷え込んだのか、昨日と同じようにしていたら、ちょっと寒気がしてくしゃみ連発。思わず中に着ていたTシャツをヒートテック風のババシャツに着替えて、一応おさまった。節電を実践していても、それで風邪ひいて仕事ができなくなってしまっては、何のことなんだかわけわかんなくなってしまう。だから家作業でも油断せずに、ババシャツ、ヒートテック、温もりインナー(MUJI版のヒートテックみたいな薄いババシャツ)欠かさず着用しなければ、と思いを新たにするのであった。ちなみに今日はスウェットパンツの下に江頭2:50みたいな黒いレギンスをはき、厚手のソックスも着用、膝掛けはいわずもがな、という完璧装備。いくらなんでも着過ぎだろ、と、暑がりな人からはいわれそうだけど、一応、九州生まれの九州育ちだし、風邪予防も兼ねて、ってことでお許しを。
 そして、今日は予定通り計画停電が全域で行なわれるとしたら、18時20分から22時の間。今日こそくるかしら。
 それにしても、福島や茨城産の農産物、水産物に対する風評被害が一気に拡大しそうなのがとても気にかかる。政府は相変わらず「ただちに健康には影響ない」というのであれば、問題となる数値などをはっきりと示して、安全なものは安全とはっきりアピールしてあげてほしい。そうじゃないと、地震や津波の被害からやっと立ち直ろうとしている農家の人たちや漁師さんたちのエネルギーを根こそぎ奪ってしまうことになりかねない。早く、なんとかしてほしい。福島の原発は福島の人たちに電力を供給していたんじゃなくて、私たち関東の人間のための電力を発電してくれていたんだから。副島産というだけで拒絶するのはやめてほしい。
 そういえば、土曜日にロンドンから友達が帰ってきたんだけど、ブリティッシュ・エアウェイズの東京便が急きょすべて香港経由になって、家まで帰り着くのに24時間もかかってしまったらしい。香港経由の本当の理由はフライトクルーの確保が困難になったことだそうで(誰も成田へ飛びたくない、んだそうで)、ロンドンから乗り込んだクルーが香港ですべて入れ替わり、19人のうちイギリス人はチーフパーサーだけで、あとの18人は全部日本人、だったそうだ。ただ、通常のルートである福島上空が今は飛行不可能になっているために、ルート変更をしたことで、よけいに時間がかかった、ということも原因の一つらしいけど。やれやれ……国内外ともに安全・安心をアピールできるのは、いつになるんだろう……。

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2011年3月20日 (日)

計画停電な日々その4

 昨夜の東京消防庁ハイパーレスキュー隊の会見は、じつに明確だった。現場の隊員の士気の高さや責任感、統率のとれたチーム力が、ありありと伝わってきた。説明の仕方も的確でわかりやすく、組織としてのハイパーレスキュー隊の質の高さを感じさせるものだった。そして、これまで何度も危険で困難な現場で戦ってきた、百戦錬磨の精鋭部隊の隊長が、家族のことを思って思わず見せた涙に、今回の任務の厳しさがいかばかりであったかを感じずにはいられない。ほんとうにご苦労様でした、ありがとうございました、と心の中で何度もリピートした。被災地で救助や復興支援を続けている自衛隊の人たち、警察・消防の人たち、医療スタッフ、ボランティアの人たち、そして原発の現場で復旧作業をしている東電の人たち、ほんとうに頭が下がる。くれぐれもご無事で、と思う。
 それにしても、命をかけ、真実を語る人のメッセージは、その表情や言葉からありありと、しっかりと伝わってくるのだということを改めて感じさせられた。地震以来、妖しさや不信感をどうしてもぬぐい去れない会見を何度も見続けていただけに、今回のハイパーレスキュー隊の人たちの会見は、みなさんの無事のご帰還に手をあわせるとともに、心に光が射す思いだった。
 今週、ジャーナリストの友人が石巻に入るとのことで、金曜日の夜、数人で集まって、被災地の人に届けてほしい物資や彼のための乾電池やホカロンなどを妻に託した。地震から1週間以上が過ぎたとはいえ、今日は9日目にして救出された人もいるし、それは明るいニュースだけれども、まだまだ予測のつかない過酷な状況が続いているところも多いのではないかと思う。くれぐれも気をつけて、よい仕事をしてきてください、と切に思う。
 といいつつ、私自身は今日も仕事に向かう気になれず(日一日と締め切りは迫る……)、午後から夫と二人で友達がやっている渋谷のラーメン屋さん(「アートマサシヤ」)にラーメンを食べに行き、帰り道に池尻大橋でちょっといいパン屋さんをみつけてパンを買い、じつにささやかではあるけれども、経済を回すのに貢献させてもらった1日でありました。明日から、明日こそ原稿書き、進めるぞー。そして、今日も引き続き計画停電は見送られた。

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パン屋さんは池尻大橋の駅のすぐそば









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今回買ったものは生地がもちもちしているのが多かった。

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2011年3月19日 (土)

計画停電な日々その3

 今日は計画停電が見送られた。やっぱり、23区の大企業とかが休みだと、だいぶ節電できるということなんだろうね。
 大きな余震はもとより、それ以外のときもずっと揺れているような感じがするなあと思っていたら、大先輩くろねこさんのブログを見て、私も「地震酔い」なんだということが判明。ほんとに、いつも揺れているような感覚がある。脳に、揺れている感覚が情報として残っているせい、らしい。それで目眩や吐き気を催す人もいるみたいだけど、私はそれはないので、まだ軽度なほうみたい。
 でも、正直、あれ以来気持ちも不安定なままで、原稿書かなきゃと思って気持ちをそこに集中させようと思っても、なかなかできない。資料を読み込もうと思っても、なんか心が別のところにあるような感じで、落ち着かない。この3連休は集中して原稿書き進めようと思っていたけど、今日はほとんど仕事にならなかった。でも、少しずつ、やる気集中させていかんとなー。
 仙台で被災した同級生に、ネットで得た現地の生活情報(百貨店や飲食店の営業情報とか)をメールしたら、今日から山形の実家に戻っているとのことで、こんなメールが来たので、その一部をここで紹介します。

「今日は山形に帰って束の間の休息中です。
山形でも物資不足(もっとも買いだめや買い占めですが。)が起こっていて、午前中に買い物に行ったらバーゲン並みの混乱でした。
自分も目の前に品物があると、良からぬ心が手を伸ばさせるのを実感して、家内と反省したところです。人間はそういう生き物なのでしょう。
昨晩仙台からバスで帰ってきたのですが、山形の最初のバス停で県庁職員がバスに乗ってきて、「今晩の臨時宿泊所が必要な方はいませんか。」と声をかけてくれました。夜10時を過ぎたバスです。私は自分が山形県民であることを誇らしく思いました。
今日の午前中に買い物をしていた時、レジで家内の後ろに並んでいた老婆が、ぽつりと、自分の息子が仙台で老人を助けて津波にながされ、先日仙台に行って体をきれいにして柩に入れたのだと言ったそうです。
みんな、今は泣けないのです。
悲しくても目の前の現実は泣いている余裕をくれません。
本当の復興は、こういう人たちが心から涙をながせた後に始まる気がしてきました。
僕の心には、今、「木蓮」がいつも響いています。」

 本当の復興が始まる日まで、本当の復興が訪れる日まで、とにかくいまは、それぞれが日々自分にできることをやっていくしかないのだなと、また改めて思う。でも、高校野球はいいとして、セ・リーグはほんとに今月中に開幕する気なんかいな……。

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2011年3月18日 (金)

計画停電な日々その2

 昨日は約1週間ぶりで仕事場へ行ってきた。駅からの道程にコンビニが3軒。うちの懐中電灯の予備の電池がなくて、近所はどこも売り切れなので、ダメ元で今日のコンビニものぞいてみたら、乾電池の棚は見事にすっからかん。おにぎりやお惣菜はたんまりあるのに、パンとカップラーメンはすっからかん。冷蔵庫に入れなくても保存がきくから、だろうか。何日立てこもる気なんだか、まったく。ミネラルウォーターとティッシュは、「お一人様一本(一箱)まででお願いします」の貼り紙。なんだか寂しい気分になった。
 仕事場に行ったら、いま使わせてもらっているマイ・デスクの上で、卓上時計と卓上カレンダー(いずれもこの会社のもの)がひっくり返って、カレンダーはケースが割れて卓上が不可能になっていた。たぶん地震のときにひっくり返ったまんまの状態でそのまま放置されていたんだと思う。いつもお茶をいれてくれる女子があたたかいコーヒーの入ったカップを持ってきてくれて、「あ、すみません、ここそのままになってましたね!倒れた本とかは戻したんですけど」といって、二人で、それにしても大変だったね〜といいながら笑い合った。来週は原稿書きになるので家にこもって作業することにし、資料を箱に詰めて宅配に出す。集荷にきたお兄ちゃんに、「ガソリンが不足しているので、予定通りに着かない可能性もありますが」といわれたけど、今朝ちゃんと届いたよ。こんなときにありがとうです。
 我が家の川崎市高津区は第4グループで昨日は夜6時20分〜10時までの時間帯で最大3時間の停電予定だったので、停電する前に帰り着けるようにと、仕事場を5時に出たら、政府から“大規模停電の可能性高し”、のお達しがあって計画停電該当エリア以外の人たちもいっせいに会社から退散、になってしまったので、電車は朝の山手線のような寿司詰め状態。食パンがつぶれた、と誰かが言っていたけど、さもありなん、という感じだった。6時前に帰り着いて、心の準備をしていたけど、結局、うちのエリアは今回も停電にならなかった。
 そうそうもう1件、毎週お願いしている食材宅配サービスの車が、今日の午前中、いつも通りの時間にちゃんとやってきたので、「ガソリン大丈夫なんですか?」と配達員のお兄ちゃんに聞いたら、「うちは大半のトラックが天然ガスなんで、大丈夫なんス!」と元気にいっていた。ほぉ〜。

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2011年3月16日 (水)

計画停電な日々その1

 昨日は自宅で校了作業。計画停電が実施され、第4グループのうちのエリアは午前9時20 分から午後1時までの間で最大3時間の停電だったのだが、なぜか免れたおかげで、資料などをインターネットで確認することができた。夕方に赤字をfaxで編集部に送った。校了というのは雑誌の印刷前の最後のチェックのことなのだが、いまの時期に校了しても無事に雑誌が出るのかどうかちょっと気になり、編集者Aさんにたずねてみたら、「大丈夫、ちゃんと出るとのことです」とのことだった。
 別の出版社の某編集部などでは、製紙工場が岩手にあって津波の被害に遭ったので代替えの会社を捜しているとか、印刷所も停電が予想されるから機械を動かせないでいる、という話も聞いていて、いま雑誌作りの作業を進めていても、今後ほんとうに発行されるのかという不安がぬぐい去れない現場は多い。また、無事に雑誌を出したとしても、こんな時期に買って読んでくれる人がいるのか、という疑問もあったり……出版に携わる人たちも、先がまったく見えない人が多い。でも、とにかくいまは目の前の作業をやるしか……。いま私が関わっているもう一つの仕事は、予定通りなら夏前に出るものなんだけれど、編集部は「創刊日も変えないし、すべて予定通りにやる」といっている。だとするなら、私はその進行に沿って作業を進めるしか、ない。
 最初は、昼間なら停電になってもむしろ原稿書きに集中できていいかな、と思っていたけど、急に資料や確認したいことをインターネットで調べたくなっても、それはできないことに気がついたので、そのへんはちょっとめんどくさいかな、家での作業は。でもまあ、折り合いつけてやっていくしかありません。停電のない都内の制作会社のデスクで作業する方法もあるけど......。
 今日も、早朝と午後一から停電の予定時間があったのだけど、午前は免れ、午後は見送りになったようです(現在午後2時半)。
 それから、昨夜は富士宮で震度6強の地震もあった。うちのほうも先週の地震以来の少しビビる揺れ。東北の地震と直接の関係はあるのかどうか。富士宮といえば、野菜の松木さんは大丈夫かしらと思ったけれど、大丈夫だったようで安心。地震、原発、停電、買い占め……いろんな情報に毎日揺さぶられているような自分が嫌になってきた……。

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わらびには日々癒されてます......。

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2011年3月14日 (月)

1週間ぶりに更新しました。

 数日ぶりにブログを更新しています。いまは14日月曜日の午前です。いまこのブログにきてくださった方は、どこから見てくださっているのでしょうか。昨日、秋田県からアクセスしてくれた方がいたようです。秋田県は地震後、ずっと停電で土曜日の夜にやっと電気が通じたようなのに、そんな状況で見にきてくれたのかと思うと、申し訳ないやら、心苦しいやら。
 金曜日、家を出て地元の駅のホームから電車に乗る直前だった。上り電車がホームに滑り込んできたと思ったら、なんだかホームの床が波打つように揺れ出し、あ、地震だと思っているうちにどんどん揺れはひどくなり、ホームの天井がガタガタ揺れ、電車もホームに傾くように揺れてきて、もうどうしていいのかわからなかった。初めて経験する揺れの強さで、立ち往生するというのはああいうことだったのかと、後になって思いました。すごく長い時間に感じたし、揺れながら初めて怖いと思った。結局そのまま電車はとまってしまい、すぐに家に帰ったら、家の中はCDやら本やらが大散乱で、一部床が見えない。風邪気味で家にいただんなは揺れた時にトイレにいたらしく、出てきてその散乱ぶりに絶句したみたい。でも、それに比べて、食器棚が無事だったのは奇跡だったかもと思う。
 阪神大震災のとき、芦屋の友達の家の食器棚の扉が開いて、棚から食器が飛び出してぐちゃぐちゃに割れた写真を見たことがあったので、リビングのCDの様子を見た瞬間、キッチンは?! と焦ったのだけれど、寸でのところで食器は踏みとどまっていた。別の棚の上にあった大きいガラスの花瓶も、下に落ちてはいたけれど椅子が受け止めていて、水が流れ出ていただけ。だからガラス類の破損はゼロ。CDケースは全体のほんの一部、40枚くらいが壊れたくらいだった(CDは棚に並べているだけでも何百枚とあるので……。)でもベランダに出てみたら、ハイビスカスのテラコッタの鉢が倒れて見事に割れていた。でもそれくらいだった。
 夜までに夫と二人で片付けを終了。わらびは歳のせいか、地震のときはぽけっとしていただけだったけれど、二人が血相変えて片付けしていたのに少なからずびびったようだった。片付けて床面が見えてきたら、しゅりけんが突き刺さったみたいな傷がずらりと。おそらくCDケースの角が床板にぶつかったときのものだと思われ、たかがCDだけど、これが身体に向かって落ちてきていたらと思うとちょっとぞっとした。
 でも、そんなことは宮城や岩手や福島の被災地に比べたら、というかぜんぜんダメージのうちに入らない。テレビで被災地の映像を見る度に心がつぶれそうになる。私の仙台と盛岡の知り合いは無事だったけれど、盛岡はまだ電気が通っていないと聞く。秋田にいる義母や姪や親戚たちも無事だった。行方不明の方がどうか早くみつかりますように。一人でも多くの人が救助されますように。そして、地震や津波でなくなられた方のご冥福を心からお祈りします。
 都心で仕事をしていた私の妹とその夫は、それぞれ大崎と天王洲から大倉山の家まで歩いて帰った。近所のTグッチも紀尾井町から約18キロの道を3時間半かけて歩いて帰ってきた。彼と同じ会社にいる編集者のRさんやKさんも練馬まで歩いて帰ったそうだ。大学&仕事の大先輩のくろねこさんは、渋谷から青砥の自宅まで徒歩4時間だったとか。みんながいろんなかたちで今回の地震を肌で感じている。
 でもとりあえず無事であったことは素直に感謝したい。また大きな余震がくるかもしれないけど、とにかく今をしっかり生きていくしかない。
 今日から計画停電が始まっていて、うちのエリアは午後には停電。それにともなって電車もとまる。停電になったらマンションはたぶん水もとまる。昨夜からお風呂に水をためている。仕事は今日、上の人たちが今後のことを話し合う会議があるみたいなので、今日はとりあえず行かないことにした。でも、ギリギリ電車が動いているうちにわらびの療法食を買いに、病院の近くまで行っていこうと思います。帰りは一部徒歩になるかな。
 という感じで、でもとにかく私は無事でいます。今の自分に何ができるかと考えたら、とにかく節電と、義援金を送ることと、あとは自分の仕事が動くならそれをやっていくしかない、と思っています。そして、今日からは計画停電のレポートでも更新していこうかな?

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2011年3月 7日 (月)

感劇話その161 胸キュンの『ロミオとジュリエット』__宝塚雪組公演 

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 日曜日、宝塚雪組公演『ロミオとジュリエット』を観劇。宝塚マニア1人、マニアになろうとしている人1人、宝塚初めてが1人、そして永世中立国の私というメンバー。ロミオ役の音月桂さんはトップとなったお披露目公演だそうで。時々見せる笑顔がとても魅力的だった。とにかくロミオもジュリエット(ダブルキャストで昨日は舞羽美海さん)も、初々しさがすごくあって想像以上によかったというのが正直な感想。乳母役の沙央くらま、マキューシオの早霧せいな、ベンヴォーリオの未涼亜希といった、周りを固める人たちも自然でうまい。とくに、乳母がジュリエットのことを想う歌のところでは、涙をこらえきれなかった。周りもぐずぐず……花粉症なんだか涙なんだかは不明だけど。
 私の好きな小池修一郎さんの演出は、今回も空間を巧みにいかした動きのあるもので、星空の美しさも印象的。そして、ダンスだけで表現する「死」と「愛」の二人がとても効果的に使われていた。とくに、この舞台はもともとフランスのミュージカルを潤色したものなんだけれど、「愛」は、宝塚のオリジナルキャラクターだそうで。「愛」と「死」のかけひき、そして最後にはそれが一つになる美しいシーンなど、要所要所で象徴的だ。衣装はかなり独創的で凝っていて、ちょいパンクな感じもしたけど、違和感はなかった。ただ、舞踏会のジュリエットのミニのドレスはちょっと意味がわかんなかったけど……。群舞もまとまっていて迫力満点だし、全体的にすごく楽しめる舞台だった。なんといっても、今更ながら、いい意味での宝塚の少女漫画的楽しさを改めて噛み締めさせてもらった気がする。あの胸キュン、の感覚にはっとしてしまうというか……やばいやばい、永世中立国なのに。
 お席はセンターブロックの前から11列目ですごい見やすかったし、アフター観劇はマニアがさらにお一人参加して、ご飯食べた後、ヅカファンの憩いの場「ヅカバー・ミロワール」にも行ってしまった……永世中立国なのに。でもでも、楽しい夜でした。みなさんありがとー。

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2点はプログラムより。そして、その下はミロワール店内の一角......。

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2011年3月 5日 (土)

ヴィジェ・ルブラン展のこと

 のんびり起きて洗濯して、ブランチして、午後からは、たまった経費精算を片付けて、請求書を2通書き、遅めのランチを食べて、お茶しながらテレビでJリーグ観戦……まあ、平和な土曜日。久しぶりかも。でも、このあとに確定申告が控えている……と考えると平和じゃないけど。そろそろ始めなきゃな。と、その前に、今週月曜日に内覧会に行ってきた「ヴィジェ・ルブラン展」のことを少し。
 冷たーい雨がそぼふる中、丸の内にできた三菱1号館美術館に行ってきた。ヴィジェ・ルブランはマリー・アントワネットのお抱え画家として、王妃の肖像画を何枚も描いた女性画家。ライターになってこれまで、ヴェルサイユやマリー・アントワネットについて何度か原稿を書いているけど、そのたびに資料としてルブランの描いたアントワネットの肖像画を何度、目にしてきたことか。実際にヴェルサイユ宮殿で見たことがあるのは「薔薇をもつマリー・アントワネット」や「マリー・アントワネットと子供たち」とか、だけど、今回はまた別のアントワネットの肖像画1枚と、ポリニャック公爵夫人の肖像画、そして、彼女の自画像など、まだ実物を見たことがないものがたくさん来ているので、すごく楽しみにしていた。
 今回はルブランの他にも18世紀フランスの女性画家たちの作品が紹介されていたが、やっぱりルブランは一つ、抜きん出ていると思った。ルブランの部屋に入った瞬間、空気が違うというか、やわらかいかわいいきれいな絵なのにすごく強い力が出ている感じで。どの作品も保存状態がとてもよくて、透き通るように美しい女性の白い肌、バラ色の頬、やさしい微笑みが、とても鮮やかに迫ってきて、唸ってしまった。今回、初めてみた「ヴォドルイユ伯爵」の肖像なんて、ちょーイケメンでやさしそうで、思わずうっとりでした。ルブランの自画像も、とても愛くるしい。見てみたい人は、国際フォーラムのそばのレンガの洋館、三菱一号館美術館へお出かけを。18世紀の美男美女がたくさんお待ちしてますよ。

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図録(右)とチラシ。図録の表紙はルブランの自画像。(5月8日まで)

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2011年3月 4日 (金)

台風のような強風の朝に思うこと……、

 もう3月も4日で金曜日じゃん。今週はずっと香港取材のテープおこし→原稿書きで固まっていた。昨夜、最後の原稿を送って気分的にはちょっと段落。香港で大富豪のおじいちゃん(美術蒐集家)のインタビューしてきたんだけど、原稿に書けたことも、書けなかったことも含めてなかなかおもしろい内容だった。考えさせられることもいろいろ。ほんとうに事実は小説よりも奇なりで、ドラマで。うちの親たちもそうだけど、日本でも中国でもやっぱりあの戦争の時代をくぐり抜けてきた世代の話は違うよね。相変わらず手前味噌で申し訳ないけど、アートに興味がない人でもけっこうおもしろく読める記事になったと思うので、ご興味のわいた方はよかったら見てくださいね。今月末(25日)に発売予定の「セオリー」(講談社)に書いています。
 それにしても、今回の香港で“日本は大丈夫か?”というフレーズを何度聞いたことか。主に経済の話だけれど。“今、日本は景気が悪いから……”と、枕詞のように連発されて。ま、事実だから、イエスというしかないんだけど。人間も経済もエネルギッシュでパワー全開の香港で、リビアの反政府デモのニュースとか見ながら、カメラマンのYさんと、「なんで日本は反政府デモとかやらないんだろうねえ」とか、「いまもしも、幕末の龍馬とか高杉晋作みたいな、気骨のある人が現われたら、ぜったいみんな支持しちゃうと思うんだけどね〜」みたいな話を中国茶注ぎながら何度となくしていたんだけど(いささか乱暴ですが)、帰ってきたら政治家は相変わらず国会でも政局争いみたいなことしかしていないし、携帯でカンニングした受験生の話が夜のニュースのトップになっているしで、もっと他にやることあるだろ、もっと他に伝えることあるだろ、ほんとうに日本は大丈夫なのかしらと思ってしまう今日この頃。
 ところで話は一気に変わるが、先月ここでご紹介した掲載誌「文芸春秋スペシャル」が、増刷かかったというお知らせをいただいた。この雑誌不況の折に増刷なんて、うれしい話じゃないか、とちょっといい話もあったので、付け加えておきます。

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