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2011年1月30日 (日)

おめでとうザック・ジャパン!!!!!

 いやあ、寝不足だわい……までも、嬉しい寝不足。ザック・ジャパン、アジア杯優勝おめでとう! かなりじりじりした試合だったけれど、不動明王川島の驚異的な守りと長友のスタミナ&走り&絶妙なセンタリング、それに、なにより全員で戦って勝ち取ったカップ。素晴らしいです〜! そしてザックの采配もすごい。監督と選手たちがそれぞれ信頼し合ってすごくまとまっている感じなのが大きいんだろうなあ。オーストラリアもベテランが多いのに最後まで怖かったし、強かった。でも今日の勝ちっぷりはバッチリだし、韓国&オーストラリアを倒しての優勝は、価値があると思う。個人の技術もあるけれど、一体感とか、あきらめない心とか、今大会は、ほんとにこれまでとはひと味もふた味も違うジャパンの強さを見せてもらって、見ていておもしろかった。改めて、ありがとうザック・ジャパン! これからも楽しみだよ。
 さて、香川選手が日本に帰国。昨日夕方のニュースで見た感じでは、しっかり固定がされていて、サンダルが履き辛い感じに足が大きくなっていたから、前日のドイツのときはまだ本格的な固定はしていなかったんだね。にしても、車椅子に乗っている姿はちょっと痛々しかった。手術もするというから、かなりの骨折なんだろうな……ほんとに、しっかり治してほしいです。また香川のゴールが見たい。でも、ニッポンが優勝して、香川選手も嬉しかっただろうな。もちろん、松井選手も。長友の手の中で10番のユニフォームも一緒にピッチで揺れていたのを見たときは、ほんとによかったと嬉しい気持ちがさらに増してきた。あ、それから連日絶叫しまくってた松木さんにもお疲れさま、だね。
 神経が高ぶっていたのか、試合中継のテレビ(BS)が終わった後、布団に入ってもぜんぜん、5時くらいまで眠れなかったので、まじでかなり睡眠が……。しかし今日は仕事もがんばらなければいけないので、さっさとテープおこし始めます。

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2011年1月28日 (金)

香川選手がドイツに……。

 昨日は久々に自分でも驚くほどの集中力で対談原稿約9000w を一気に仕上げ、深夜一時半に編集者にメール。やっぱり徐々に追い込まれないと火がつかないタイプなのかしら……。
 ドイツに戻った香川の松葉杖姿はかわいそうだった。自分がついこないだまで松葉杖ユーザーだった身ゆえ、思わずいろいろ凝視してしまった。骨折のほうの足は普通のソックスにサンダル履きみたいだったけど腫れはそんなにひどくないようにも見えた。固定がシンプルなのかな。あたしなんかいつもの自分サイズのサンダルはとても履けないくらいの大きさになっていたけど。それから、患部の足をやや前に出すように伸ばして動いていたけど、私は血が下がっていかないように膝を折り曲げて足をあげておくように言われた。香川の骨折は一番端っこの側面の細長い骨で、私は足首の前というか甲の部分の平たい骨だったから、患部や骨折の状態によってもいろいろ対処が違うんだろうな……なーんてことをほんの1、2分間のニュース映像を追っかけながらあれこれと考えてしまった。スポーツ選手にとってケガとの戦いは避けては通れないものかもしれない。焦らずにじっくりしっかり治してほしい、と、一ファンとして思う。スポーツ選手じゃないけど、これって自分にも言い聞かせている言葉だったりして。香川選手の分までがんばれニッポン!


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2011年1月27日 (木)

やば……、でもがんばれ!!

 香川が骨折で決勝戦には出られない。がーん。でも、そんなことで簡単に下を向く暇はないくらい、今のザック・ジャパンの粒はそろっている(と思いたい)。松井もいないしなあ……なんてネガティブ思考はいけません。ホンディーもいる、長谷部もいる、遠藤もいる、長友もいる、前田もいる、岡崎もいる、マヤもいる、ウッチーもいる、イワマサもいる、今野もいる、イノハもホソガイも、不動明王もいる、とにかくがんばってくれニッポン! と思っている自分はサッカー観戦の寝不足をひきずってか、昨日はほとんど仕事がはかどらず、まったく口ほどにもないやつなので、今日はまじで追い上げがんばります。お尻に火がつく前に。

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2011年1月26日 (水)

すごいぞニッポン!

 サッカー日韓戦のコーフンでそのままオーストラリア対ウズベキスタン戦も見てしまったので寝不足なり。でも韓国戦は、よう勝った。PKを2つもとめた川島には思わず川口の魂が乗り移っていたんじゃないかと思ってしまったが、すごかった。まさに動く不動明王、って感じだ。延長戦終了間際に追いつかれてしまったのは痛恨の極みだった。監督がイタリア人でも、日本人にはカテナチオは無理なのかー、ってガックリきちゃったけど、その嫌なムードを、1本目に決めた本田と1本目をとめた川島がすっかり吹き飛ばしてくれた感じで、あんなイケイケムードのPK戦は初めてだったかも。これまでリードされては追いつくというじりじりした試合の連続で勝ち上がってきただけに、決勝でもその粘り強さ、力強さを大いに発揮してもらいたいです。がんばれニッポン!! 試合中の厳しい表情とはうってかわって試合後にあったかい笑顔で選手に接するザックもかっこよいぞ♡。
 さあ今日は1日原稿書き。まず対談原稿からまとめます。ニッポン代表のしぶとさを見習ってがんばろー。

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2011年1月24日 (月)

気がつけば、ちょっとぱつぱつになってきている……。

 昨日のブログに書きそびれたけど、カタール戦の日本代表の活躍ぶりには大拍手だった。なんというか、リードされてもあきらめず、最後まで負けない気持ちを持っていたような、しぶとさ、たのもしさみたいなものをすごい感じた。明日の韓国戦が楽しみだわー。
 しかし、はたと気がついたらちょっと仕事がタイトなことになってきている。先週の月曜日の対談まとめの原稿締め切りが今週末。さらに今日、別の雑誌の仕事でインタビューを1件。その締め切りもほぼ同じ時期だ。今日の人は60 代のエッセイストで、お話も上手でわかりやすいので、さまざまな興味深い話題が飛び出して、内容はもう盛りだくさんだった。加えて、目黒の会社の仕事で雑誌の台割案と構成案みたいなものを明日までに出さなければいけない。今日のインタビューはテープおこしからだし、それと対談まとめの原稿、この2本は明日からしっかり計画的に進めていかないと、締め切り守れなくなってしまいそうなので、今夜がんばって台割と構成案を仕上げてしまうとしよう。ということで、これからしばらくエクセルの人になります。

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2011年1月23日 (日)

バタバタと週末も終わる……。

 金曜日。A誌の2本目のインタビュー原稿を午後に仕上げて送り、夕方からは目黒の制作会社にて打ち合わせで、夜はそのまま会食。私の大学の先輩でもありライターの先輩でもあり、今は作家になられたT子さんと、制作会社の女性社長のOさんと3人でタイ料理。T子さんとOさんはもともと古い知り合いで、十数年前にOさんに私を紹介してくださったのがTさん、という関係だ。T子さんとは知り合って約20年になるが、お会いしたのはじつに8年ぶりくらい。50歳、50半ば、アラ還という、端から見たら貫禄たっぷりのかしまし娘だが、話している内容はじつに他愛のないことばかりでわいわいがやがやと、まさに女子会。T 子さんが「年末の総集編で初めてテレビドラマ『仁』を見て、それ以来大沢たかおにハマっちゃった。『龍馬伝』の高杉晋作もよかったわよね〜♡」といえば、Oさんも「私も改めて福山のカッコ良さにハマって毎週見ちゃってたのよ」と、少女のように目を輝かせながら話す二人。以前、親友のBから、歳をとって恋愛はできなくても、それに代わる“ときめけるもの”があることが、美容と健康にもつながるんだわよ、みたいな話をされたことがあった。韓流にハマるとかは、まさにそうだもんね。お二人とも「といって、コンサートまで追っかけていこう、てとこまではいかないんだけど、もうテレビにはかじりつき状態なのよね」といっていたけど、まさにこれもそういう“ときめき”になるんだろうなと思った。Bは宝塚に熱中組だし。はて私のそれは、何なんだろ……。
 土曜日。沖縄のラーメンやさんをたたんで東京に戻ってきていた友達の元ちゃんが、渋谷に新たにラーメンやさんを出すことになり、試食会をするというので行ってきた。沖縄の時と、調達できる食材が違ってくるみたいだけど、魚介系のスープがあいかわらずおいしい。本格的にオープンしたらまたこのブログで正式にご紹介します。試食会のあと、目黒の制作会社にちらと打ち合わせにいったら、あっという間に夕方で、だんなと自由ヶ丘で待ち合わせて一杯飲んで帰宅。
 日曜日の本日は、髪を切りに行ってきた。先月いく予定がだめになり、かなり伸びて重たくなっていたので、短くしてすごい軽くなった。そう、今日は革靴にもトライしてみた。骨折前からすると50日以上ぶりの革靴。といってもローファーだけど。寒さもあって、久しぶりの革の冷たさと硬さが最初は身にしみたけど、心配したほど足も疲れなかった。こうやってまた一つずつ日常が戻ってきている。けど、時間もどんどんすごい早さで経過しているんだな、これが。

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昨日届いた松木さんの野菜。今年も箱いっぱいサイズのターツァイがきた。

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2011年1月20日 (木)

ある冬の日の午後のつぶやき

 おっともう木曜日……。今週は、出かける仕事は月曜日に対談取材があったのと、金曜日夕方から打ち合わせが入っているだけで、あとは基本原稿書き。年末に取材した脳科学者さんの原稿は昨夜完成。2本目のテープおこしも終わり、今日はその原稿。火曜日はなんとなくダレていたけど、昨日からはターボかけて追い上げてまっす〜。
 先日の横澤さんに続いて、俳優の細川俊之さん、そしてプロデューサーの和田勉さんと、昭和の時代からテレビや舞台を盛り上げてきた人たちが次々と亡くなっている。細川さんはニヒルで気だるい二枚目だけれど、私は『ムー一族』のチンピラ役みたいな、外見とギャップのある三枚目をやるときの細川さんの、なんともいえないとおかしさのある雰囲気が好きだった。和田さんは最初はガハハの強烈なキャラクターで敏腕プロデューサーなんだなあと思っていたくらいだったけど、あとになって向田邦子の『阿修羅のごとく』を手がけた人だったということを知って、やられた〜と思ってそれからちょっと見方が変わった。昨日か一昨日、テレビのワイドショーで、和田さんが妻のワダエミさんとの関係を「僕たちは夫婦ではなく、WHO WHOです」といったというエピソードを紹介していた。味わい深い言葉だなあと。
 月曜日の対談のメンバーは作家のKさんとエッセイストのYさん。Yさんにお会いするのは90年代の初め頃に一度インタビューをさせていただいて以来だった。当時40代だったYさん。私から見たら、すごいかわいらしくてかっこいい40代だったけれど、その印象は、彼女が60代になった現在も、変わっていなかったなあ……私はどんな60代になっているんだろうか。60代お二人の、いわば人生の第二ステージの生き方みたいなテーマの対談だったんだけど、このテープおこしは速記の方がやってくださるのですっごい助かる。そろそろそれもあがってきそうなので、昨夜テープおこしを終えた2本目のインタビューの原稿のピッチをあげないと。てことで、そろそろ仕事に戻ります。今日も風もなく日差しはあったかい午後の窓際デスクより。

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2011年1月16日 (日)

感劇話その158 にぎわい座で初生志! 生志の「にぎわい日和」

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 昨日は今年のにぎわい座初詣で。ひとりブタこと生志さんの落語会だった。そう、一昨日、昨日と落語会の連ちゃんしてしまったわけで。“カンゲキ”解禁していきなりの連ちゃんだったので、謹慎? の反動かと思われるかもしれないが、ほんとーに偶然、たまたまつながっただけなわけで。
 最初にごあいさつ兼ねて生志師匠が登場。お正月っぽく福々しくていい感じ♡。しかし、あいかわらずマクラはキョーレツで、笑い&苦笑い&うなづき。挨拶代わりという感じで前座噺(っていう言い方もあるのね、知らんかった)の『寿限無』を披露して退席。『寿限無』。「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょの……」という、言葉遊びや早口言葉として知られるおなじみの噺だ。いつも前座さんがこれをはじめると、ああ、じゅげむかと思って早口言葉ショーをただなんとなく聞いているだけの感じなんだけど、生志のはなんか、お話になっていてわかりやすくて、初めてちゃんとじゅげむを理解したような気がした。これってけっこうすごいことじゃないかと。前座噺とはいっても奥が深いものなんだわと、ちょっと開眼した気分になった。続いてご登場の立川三四楼さん、初めてだったけど、なんか独特の空気感漂う人だった。最初の似顔絵?ダジャレの印象が強くて、落語はどんなだったか、あんまり思い出せない(すみません)。続いて生志が登場して『看板の一(ピン)』。私はこのご隠居の親分のキャラクター、けっこう好きなタイプだ。その渋さ、かっこよさを真似てみたがる若者のおとぼけぶりも、ある意味、予定調和なんだけれどもついつい笑ってしまう。
 仲入り後はゲストの太田ももこさんの浪曲で『壺坂霊験記』。女性の浪曲をちゃんと生で聴いたのは初めてだったけど、引き込まれちゃった。『壺坂……』は文楽の演目でもおなじみの夫婦愛をテーマにしたお話だけど、浪曲で語られると、声の迫力のせいか、よけいドラマチックに感じられた。ももこさんの新鮮さもあいまって、心に響いてきて感じ。そして最後に生志の『二番煎じ』。寒い夜、番屋の中であったかーいしし鍋の肉をほおばるときのシアワセな表情がすごく伝わってきて、思わずお腹が……。してはいけないこと、みつかっちゃったら大変、みたいなことをこっそりみんなでやってしまうときのスリリングな楽しさ、ってあるんだよねー。そんな、やんちゃな旦那たちの顔が目に浮かぶようで、楽しかった。
 という感じで、なんか盛りだくさんな落語会だった。マクラでツイッターに関するコメントがあったけど、まさに、という感じでしたなあ。

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今年も元気な笑いをいただきます。

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2011年1月15日 (土)

掲載誌

 「和楽」(小学館)2月号にて、「学び」特集の中で、俳優の滝田栄さん、女優の三田寛子さんのインタビューを書いてます。歯茎の手術の翌日に腫れた顔で八ヶ岳に行ってお話をうかがった滝田さん。翌週、その抜糸の数時間後にお会いした三田さん。その翌日の転倒→骨折→入稿、と、なんだかんだあわただしかった中でのお仕事で(すべて自己責任やけど)、いろんな意味で印象深い。滝田さんの仏像彫刻の工房と仏像たち、三田さんのかな書などに向き合うと、身体の不具合を抱えている中でも心がすっきりして、ほっこりしてくるようだった。滝田さんにいただいた自家製の蜂蜜はすっごく美味しくて、自宅療養中の間、たびたび美味しいジンジャーティーを作らせてもらいました。教えてくれたハシモト先輩も、ありがとね。

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いくつになっても「学び」はできるという興味深いお話がいっぱいです。

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2011年1月14日 (金)

感劇話その157 今年も“感劇”幕開け。初笑いは志の輔らくご!

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 骨折して以来、12月は予定していた文楽も落語もすべてキャンセルして他の人に行ってもらったので、ひと月以上ぶりの“カンゲキ”。記念すべき再開第一弾&今年の第一回目が志の輔らくごなんて、今年はなんかいいことありそうな……♪。そうだ、歯茎の治療、骨折と昨年末に痛い思いが続いたので、歩けるようになったら厄落としをしなくちゃと思っていたんだった。どこに行けばいいかしら……。
 それはさておき、今年も志の輔らくごin PARCOは一ヵ月完売御礼のようで、今年はご年配のご夫婦連れがけっこう目についた気がした。エレベーターもロビーも常に人がぎっしりなので、まだリハビリ中の私はスニーカー履きの足で慎重に人混みの中を動き、けっして誰かを追い越したりせずに、移動はゆっくり。でも、久しぶりのカンゲキに心はぴょんぴょん踊っていた。
 1席目は『だくだく』。引っ越し先の長屋の壁に白い紙を貼り、そこに、隣りに住む絵師に頼んで家財道具一式などを描いてもらった男。その晩、その家に近眼で乱視の泥棒が入ってきて……。原作は江戸時代に書かれたもののようだけれど、すごくバーチャルリアリティーな噺だ。以前、別の噺家さんで聞いたことがあるが、どうして『だくだく』というタイトルなのかと思って調べてみたら、もともとの古典落語では、「血がだくだくと出たつもり……」というサゲ(落ち)になっているから、らしい。志の輔の噺はサゲがちょいとまた違っていて、この「血がだくだくと……」は出てこない。
 2席目は『ガラガラ』。これは志の輔の新作。以前にも聞いたことがあるが、商店街の福引きのガラガラに、不手際から1等賞の世界一周旅行が7本も入ってしまい、それに気づいた商店街のスタッフが右往左往するドタバタ話。追いつめられた商店街の会長の“凄み”の増し方は以前にも増して、可笑しさ爆発。こういう町の人々の日常のちょっとした滑稽話をやらせると、志の輔はほんとにうまくてすごくて、もう笑いっぱなしになっちゃう。
 仲入り後は、今年の新作と思われる『大河への道』。伊能忠敬を題材にした大河ドラマの企画をたてる千葉県職員(主任と部下)と、若きシナリオライターの話。主任と部下のやりとりは、名作『歓喜の歌』を思わせる、おとぼけだけどほっこり系という感じ。志の輔は以前、千葉県の伊能忠敬記念館で見た伊能による日本地図の正確さに感動し、今年、長崎を訪れた際にもシーボルト記念館にある伊能の地図を見に行くなど、伊能忠敬という人に長年強い興味をもっているようだった。シーボルト記念館での話は、去年の落語会でもマクラで聞いていた内容だったが、そこからこんな新作につながっていたとは……。志の輔の探究心、創作力、改めてすごいなあと感激してしまう。サゲはちょっと洒落ていて、落語の後にバックスクリーンに映し出される伊能の地図と現在の日本地図が重なるシーンでは、思わずジーンとしてしまった。今年は落語以外の試みは映像中心で、文字がイラストになっていくスタイルは、ほっこり、かわいかった。

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今年もぴょんぴょん跳ねて、冴えてます。

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“骨休め”の先は……、

 昨日は夕方から病院へ。骨折から6週目だった。前回とおなじ、パットみたいなのを足に巻きつける温熱治療と、レーザーを患部周辺に当てるのをやった。普通の歩行や階段の上りに関しては特に痛みもなく、ゆっくりではあるが問題なくできるが、階段の下りの足運びが、やはりいまいち出来辛い、と伝えると、骨折先生からは、無理しすぎないことは大前提だけど、ちょっと痛くても我慢して下り歩行をしていったほうが、まったくしないでいるよりは治りが早いと思います、とのお告げ。階段の下りは、まさに骨折の要因となった動きなのであるからして、内面のどこかで避けようとする気持ちが足運びを悪くしていることもあったりするんだろうか……てなことも思ってみたりするが、精神的な話はともかく、しばらく固定していたことで、左足首周りの筋肉や関節を使っていなかったことが、痛みや動き辛さの原因のようなので、今後は生活の中で少しずつ練習というか、慣らして治していくしかない、ようではある。来週の通院日までに自分なりにそれをやって、その結果次第でリハビリメニュー(というほど大それたものではないが)をまた考える、というようなお達しでした。また、何もしていないときも神経痛のような痛みが患部周辺にあるのだが、寒さによる冷えも関係しているのかもしれないかな。まあとにかく、松葉杖がとれるまでが約1ヵ月で、人によっては「すごい早いよね」と驚かれるくらい、ありがたいことに順調に回復してきているとは思いつつも、ちょっとのヒビとはいえそんなに簡単に、一足飛びによくなるわけでもないのだろうから、焦らずに、じっくりゆっくり治していくようにしたいと思っている(あれ、こんなフレーズ前にも書いたかも?)。
 この1ヵ月ちょっとの間、適度な“骨休め”をしていたわけだけれど、治りかけのこの時期に無理をして、二次被害? なんてことになってもいけないので、仕事の仕方もまだしばらくは少し考えながらやっていったほうがいいかもしれない……とにかく、「仕事への支障や周りへの迷惑も最少限にすませること」を心がけて、ちょっとずつ社会復帰をしていきたいと思っています。コケた日以来、今日までに友人からいただいたあったかい助言の数々を受けて到達した自分なりの思いをまとめると、以上のような感じです。貴重な、嬉しい言葉をくださったみなさん、ほんとにありがとうございます。

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2011年1月13日 (木)

タイガーマスクのこと……、

 タイガーマスク運動というか、伊達直人運動が全国に広がっている。一昨日、一緒に飲んだ夫婦は、今年年男の旦那(40代、ね)のほうは、もちろんアニメの「タイガーマスク」のことを知っていたけど、私と同じ子年の奥さん、といっても私より一回り下だけど、のほうは、アニメの「タイガーマスク」を見たことがなかったらしい。「巨人の星」とかは再放送で見たりしてるけど、ということだった。考えてみたら、タイガーマスクって、プロレスファンにとっての今のタイガーマスクは知られていても、昔のあのテレビアニメを知っている人は、だいたい40代半ば以上、とかに限られてくるのかもしれない。だから、「伊達直人」という名前で施設にプレゼントがあった、というニュースを聞いたときに、「ああ〜、そっか!」とすぐに反応する人は、たいてい40代以上、といっていいのかも。だから、もしも施設のスタッフが若い20代のお姉さんとかだったりしたら、本名が伊達直人さんという人が贈ってくれたのね〜、と思うこともあったかもしれない。
 ところで、その飲み会のときにテレビアニメの「タイガーマスク」の話になって、何十年ぶりかでその歌を思い出した私。私はどちらかというと、主題歌よりも、エンディングのテーマ曲のほうが印象深く覚えている。いかにもヒーローを謳い上げている主題歌に比べて、エンディングテーマは、暗く、メランコリックなバラードソングなのだ。「強ければそれでいいんだ。力さえあればいいんだ。ひねくれて星をにらんだ僕なのさ。ああ、だけど、そんな僕でもあの子らは慕ってくれる。それだから みんなの幸せ祈るのさ……」という歌詞も、メロディラインも物悲しい。にしても、主題歌もエンディングの方も、何十年も歌ってなくても覚えているものなのね〜、と改めてびっくりしたけど。なつかしくなって思わずネットで調べてみたら、タイトルが『みなしごのバラード』だっていうのを知って、またびっくり! 今朝のテレビで、児童養護施設の人が「わがままを承知でいわせていただくと、できることならランドセルよりも現金の方がありがたい」といっていたのにもちょっと考えさせられたけど、恥ずかしながら、今回のことで、国内にあんなにたくさんの児童養護施設があることを知ったという人は私の他にもいるんじゃないだろうか。個人の善意はもちろんすばらしいことだし、タイガーマスク運動は久しぶりに心があったかくなるニュースだけれど、国の予算をもっとこういう施設に回すとかして、公的に福祉を充実させることはできないのだろうか、とも思うのでありました。 

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2011年1月12日 (水)

ちょっとずつ、社会復帰……。

 昨日はスニーカー履きで神田までインタビュー取材に行ってきた。まだ走ることは無理だし、階段の下りもちょっと痛くて怖いので、先に左足を降ろし、同じ段に右足を降ろす、というように1段ずつ両足をそろえるようにして降りていかないといけない状態ではあるものの、なんとか外での仕事もこなせることを確認できた。その後、夕方からは紀尾井町の某編集部にて打ち合わせ。ちょっとずつ社会復帰ができている、ということか。そういえば、朝、編集者Mさんから電話あり。「ブログ見たけど、吉祥寺まで飲みに行けるようになったんだから、仕事できるよね」と、再来週のインタビューの依頼。はい、ありがとうございます。来週は対談まとめも1本入ったので、昨日までの取材の原稿含め、これから月末まではシャカシャカと計画的に進めていかねば、と思っている。
 そうそう、昨日のちょっとシアワセなお話。まだのろのろカメ歩きなので、思わぬところで時間がかかるやも知れず、早めに家を出たので、神田に予定より30分近くも早く到着。時間つぶしに駅近くのコーヒー館に入った。カウンターの隅に座り、ブラジルサントスを注文。白いシャツのお兄さんが慣れた手つきでいれてくれたコーヒー、うまかった。半分くらい飲んだところでちょっとお化粧室へ行くために席を離れ、戻ってきてみたらなんと、コーヒーカップに蓋が……。中座している間に残りのコーヒーが冷めないようにお店の人が被せてくれていたのだ。はっとびっくりしたと同時に、心もぽっとあったかくなった出来事、でした。

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席に戻ってみたら、左のコーヒーカップに右のような蓋が......。

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2011年1月10日 (月)

ラジオを聴きながら……、

 昨日のザック・ジャパンのヨルダン戦は辛くも引き分け。でも、初めてちゃんとそのプレーを見た吉田選手には、なんか力強さを感じた(単にでっかいから迫力があるのだろうか? でも、それだけじゃないような……。いろんな意味で、目立っておられましたが)。次もがんばれ。
 それにしても、今日は冷え込んだ1日だった。この冬いちばん? ベランダのハイビスカスとパパイヤの鉢植も冷えた空気の中でなんとかがんばっている。今夜も同じくらい冷え込みそうなので、いよいよ家の中にいれてあげようか、とも思うのだけれども、朝になればたっぷり太陽の光が当たるわけだし、これまでけっこうしぶとくがんばってきているから、案外この一夜もがんばってくれるかもしれない、と思ったりもしているのも事実で……。
 ジャーナリストをしている友人が午後からNHK のラジオ番組に生出演するというので、久々にラジオをチューニング。AMなんて、実家に帰れば母がよく聞いているけど、私は聞いてもFMばかりなので、なんか音声の感じがなつかしい雰囲気だった。番組は引きこもりについて考えるもので、その名も「ひきこもっちゃダメですか?」。長年ひきこもっている人たちの生の声も聞けたりして、約2時間というたっぷりのプログラムはなかなか興味深いものだった。それと、ラジオといってもいつものノンストップ・ミュージックのスタイルではない番組を流しながら寒中見舞いのハガキを書いたり、アイロンがけをしたりする時間も、けっこう心地よかった。考えてみたら、たまに遅くなってタクシーで帰宅するときに、車内で「ラジオ深夜便」が流れていると、けっこう心地よく聞いたりしているんだけど、あれもNHKラジオ第一だ。
 今日はあまりの寒さに結局外には出て行かなかったにもかかわらず、患部の左足がわりと痛かった。筋肉がまだ硬かったり、神経の痛みだったりするんだろうけど、冷え込んだことも原因なのかな、とも思ったり。明日は取材で神田まで出かけるので、そんなに寒くないといいんだけどな……。 
 元テレビプロデューサーの横澤彪さんが亡くなられた。ネットで連載されていたテレビ番組ウォッチングのコラムを私もちょくちょく見ていて、ピリッと鋭いコメントをされたりするのをいつも楽しみに読ませてもらっていたので、残念だ。ご冥福をお祈りします。

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友達の奈良みやげ。神鹿、ちょーかわいくて食べるのがもったいない♡。上から黒糖、抹茶、しょうが味。

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2011年1月 9日 (日)

スニーカー歩行

 固定が包帯だけになり、その包帯も巻き付ける量(長さ)が半分になって、足がだいぶスリムになってきたので、今日はスニーカーを履いて近所のカフェまで歩いてみた。ずっと足がふくれていてサンダルしか履けるものがなかった生活から、また一歩前進というか、小さなチェンジ。“骨折先生”によれば、スニーカーを履く場合は土踏まずの部分を保護するような中敷きをプラスした方がいいとのことだったので(足への負担を軽減するために)、こないだ病院からの帰りにスポーツショップでそれらしいものを購入。中がフラットめのスニーカーのほうにセットしておいた。今日はわりとクッション性のある別のウォーキングシューズを履いて歩いてみたので、明日はそっちの中敷き入りのほうにしてみようか。少しずつ、カメでいいので前に進めていけたら、と思う。
 なんだかんだで取材のテープおこしをようやっと仕上げた。なんだかんだで気が緩んで中断したりしていたので、今日は気合いを入れて追い上げ。明後日、もう一人を取材して、締め切りは20日頃のようなので、この連休明けからは仕事モードでちゃっちゃと片付けていかないと。お正月〜この3連休も明けたら、いよいよ本格的に再始動、となれるのかな……。
 

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2011年1月 8日 (土)

吉祥寺まで遠征、の金曜日

 昨日の話。午前中、毎週とっている食材の宅配がいつもより1時間近くも早く来て、食材の仕分けが終わって下のポストに新聞を取りに行ったらそこで、うちにやって来るダスキンさんと遭遇。こちらもいつもより2時間近くも早いご登場で、立て続けのハプニングにあわあわしちゃった(@Д@;(と、文章にしてみると、別に大した話ではなくなりますが)。
 夕方からは友達夫婦3組で新年飲み会。吉祥寺に集合して老舗のやきとん屋さん「いせや」にはじまり、ハモニカ横丁のお店を2軒、と結局3軒もハシゴ。それでも11時すぎには正しく解散。とはいえ久しぶりにちゃんぽんしちゃったのでさすがに今朝はちょっと気持ち悪かった。せっかくしばらくきれいな肝臓をキープしていたので、ここで一気に雪崩になることなく、お酒は“ほどほど”にしていこうと思った次第。30年来の友達夫婦と、3、4年来の友達夫婦。半年に1回くらいずつの飲み会だけど、今回も楽しかった。それにしても、吉祥寺は初めて東京で一人暮らしを始めて2年間暮らした場所で、当時私が住んでいたアパートは駐車場になっていて既にないし、今の街に当時の面影を偲ばせるところはどんどん少なくなってきているのだが、ハモニカ横町もそうで、こじゃれた立ち飲みややバーのたぐいがたくさんできていた。私が住んでいた頃は、よくいわれるように狭い路地の両側にアメ横みたいにいろんなお店がひしめきあっていて、魚屋さんのちょっと生臭い匂いのすぐ隣りにアメ横の中田商店みたいなお店があって、ウェスタンブーツやワークブーツなんかを売っていたりしたものだが、今は同じように小さなお店が密集していても、そういう“ごちゃ混ぜ”な感じはなくなっていて、なんか整然と並んでいる感じがしたかな。でも、3軒目に行ったお店はコタツテーブルのある屋形船のような、ペントハウスのような3階の小部屋がある店で、アットホームな雰囲気がすごーく和めて、なんかおもしろかった。

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2011年1月 6日 (木)

松葉杖返上

 骨折から5週間目。今日はこれまでのマイクロ波ではなく、布のカバーのようなものを足に巻き付ける温熱治療と、レーザーを患部に当てる治療をした。その後、担当の“骨折先生”のチェックを受け、順調のようなので、念のために1本だけキープしていた松葉杖も返上することとなり、これで松葉杖はすべて返上。中敷きのような固定も外されて、包帯だけになった。中敷きのような固定を先生たちは「シール」と呼んでいるが、それも外れたことで、ようやくかなり身軽になった気分。ただ、地面を踏みしめる動きではほとんど痛みはないのだが、足の甲の部分の筋肉が、しばらく固定されて使っていなかったせいか固まっているようで、階段を下りる動きなどになると、左足を出そうとすると痛くて、できない。手で左足の指の付け根あたりを押すようにしながら、甲の部分の筋肉を伸ばすようなことをちょくちょくやっていったほうがいいといわれた。そして、骨に関してはしっかりくっついて治っているので、我慢できる痛みであれば階段の下りもトライしてみるようにしたほうがいい、とのことだった。そっかー。正直、今はちょっと気持ちの部分で怖さがあって、下りの動きを避けているところがあるので、ちょい痛くてもやってみたほうがいいんだな……でも、焦りは禁物なので、じっくり、少しずつでも改善するようにしていこうと思います。ちなみに、登りの動きに関しては、早くはないが問題なくできる。骨折先生の手首のほうは、より身軽そうな包帯の固定になっていたようだった……さっすが、若いから治りも早そうな感じ。
 これで1ヵ月余りの松葉杖生活から完全に卒業。松葉杖は病院からレンタルしていた恰好で、1日100円なので、初日に1万円払っておいたお金から100×36日=3600円をひいた分がおつりとして戻ってきた。2本でも1本でも1日100円というのが高いのか安いのか、わからないけど。ということで、とりあえず一段階(?)はクリアしました。これからは完治に向けてリハビリがんばります。

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2011年1月 5日 (水)

有言実行☆

 昨日の宣言(?)通り、今日は午前からテープおこしをシャカシャカ進めた。そして夕方には、旧年、撮影のために預かっていた作家さんの陶器を返却しに代々木上原まで。お預かりして撮影した直後に骨折生活に突入してしまい、宅急便で送るのは万が一のことがあったらと思うとためらわれたので、自分で返しに行けるようになるまで預からせてもらうことにしていたのだが、少しずつ外出できるようになると、大事なものだけになるべく早くお返ししたいと思い、本日おうかがいすることに。無事にお借りしたままの状態で返却できてほっとした♡。骨折以来、いろんな方々にご迷惑やご心配をおかけしているので、これからは徐々にこうしてベターになった姿をお見せしつつ、お礼とお詫び(ちょっと大げさだけど)のご挨拶をしながら気持ちのお返しをしていかないとな、と思う。こうして今日はひととおり仕事始めを実行できました。
 夜は女子会の新年会。代々木上原に行くといったら近くでセッティングしてくれた。身体に良い中華を堪能。いつもの“飲む”メンツだけれど、私は相変わらず飲んでも2、3杯までときめているので、帰りもラクだった。しかし帰りの電車はけっこう混んでいて、そうなると足が誰かとぶつかったりしないかと、まだちょい怖い。添え木と包帯de固定、の足をちょい引きずりつつ、ドアのそばの隅に身を寄せていたら、途中の駅から松葉杖の男子が乗ってきた。松葉杖が外れた今の私より、明らかに彼の方が容態は悪い。思わず隅の位置を譲ろうかと思ったが、けっこうしゃきしゃきした様子だったし(松葉杖さばきは明らかに数日前までの私よりも軽やか。なにしろ若者)、付き添いの人もしっかり隣りに密着していたので、これなら大丈夫かなと、結局、そのままにしていたら、同じ駅で降りた。ジモティーだったのね……。骨折以来、松葉杖姿の人にかなり目がいくようになっている。

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うまい中華とおしゃべりを満喫

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2011年1月 4日 (火)

スタートダッシュで……、

 今日から仕事始め、のつもりで年末のインタビューのテープおこしにとりかかった、のだが、結果的にはほとんど進まず。脱線ばかりして仕事にならなかった。休み癖がついたのか、なんか、頭も身体もまだぜんぜん仕事モードになれない感じ。やばい。明日こそしゃっきり切り替えて再発進しないと、だ。それから、いつもお米を買っている農家さんが毎年年末に自家製のお餅(のし餅)を送ってくれるんだけど、これがうまくって……これもやばい。そうでなくてもこの1ヵ月は運動量ががた落ちだから、イエローランプが点灯しっぱなし、なのだ……明日から何もかもシャキッとチェンジしてダッシュ、するぞー。

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2011年1月 3日 (月)

まずまず平和な三が日だった……。

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 おせちをつまんでちょっと飲んで、駅伝見たりと、ごくあたりまえの平和なお正月を過ごすことができました。この、ごくあたりまえ、がじつはいちばん幸せなのかも、などと思いつつ。足のほうは、年末に松葉杖はほぼ外れ、固定の足だけで、のろのろのカメ歩行して、ちょっとずつ外出もできるまでに回復してきました。まだスタスタとはいかないけれど、焦らずじっくり治していなかくちゃ、です。
 さて、今年のおせちの総括をちょっと。お煮染めは、思ったより材料が多くなったことで、だし汁、お醤油、みりん、にくらべて水を入れすぎたのか、味が全体的に薄くなってしまった。菊花かぶは大晦日に作った分はほぼ好評だったが、気をよくして元日に作ったのはやや酢がきつかったみたい。紅白なますは大晦日に作った分は味がちょい薄だったので、元旦にちょいと濃いめの甘酢を加えたら、こなれて2日にはけっこういい味に。てな具合で、全体的にはまあまあ、という感じだった。お煮染めは去年の方が味の濃さがよかったと思う。今年はなんだか機敏な動きができないのでいろんなことも“そこそこ”ですませ、調味料の分量を厳格に計ることもしなかったので……と、足のせいにしているわけではありませんが。ま、来年は“ベター”になるようにがんばろう。そして、2日には夫の実家の習慣にあわせて今年もとろろご飯を食べた。
 それから、今年は鹿児島のさつまあげ(鹿児島では“つけあげ”という)が初めておせちに加わった。鹿児島生まれの友達、みっちゃんがいつもお正月に地元から取り寄せていると聞き、練り物好きな私としては、今回便乗することにしたのだった。串木野名産のつけあげだったが、改めて、いわゆる魚の練り物でも、私たち大分ケンミンがいうところの“てんぷら”とは別モノだということを実感。お砂糖がわりと多めで甘め、そして全体的に食感もほわっと軽い印象の練り物、だ。昨夜遊びにきた妹夫婦にも出したら、博多出身の義弟は「たしかに、僕らがいうところの“まるてん”とはぜんぜん別の練り物ですね〜」といいながら、ぱくぱくと食べていた。まるてんとは、丸くて平たい形のてんぷら(練り物)のこと、だ。それから、つけあげの詰め合わせの中に入っていた「こが焼き」なるものも初体験。卵やお豆腐が入った甘い焼きかまぼこ、みたいなものなんだけど、おやつにしてもいいような練り物だった。去年知った“くろはんぺん”といい、まだまだ知らないものがたくさんあるなぁ……日本の練り物は奥が深いぞ。
 そんなこんなで今年も3日間終了。箱根駅伝では母校が最後の最後のデッドヒートの末にシード権を死守したのもあっぱれ、でありました。そんな極限状態の最中にコースを間違えちゃったにもかかわらず、すぐに追い上げてシード圏内に飛び込んだ国学院の選手もすごかったけど。包帯ぐるぐる巻きの足でテレビにかじりつき、駅伝男子たちの走りに元気を貰った年の初めでもありました。

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