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2010年12月31日 (金)

来年も元気で!

 午前中に窓拭きをなんとか終わらせ、バタバタと昼ご飯を食べてからキッチンの掃除、主にガスレンジ周りと換気扇周りの油汚れをごしごし落とし、それなりに納得して3時頃からはおせち料理にとりかかる。といってもお煮しめと紅白なますと菊花かぶ、くらいだけど。まあ今年もなんとかまずまず平和に終わりそうだ。年末に近づいて、口腔外科と整形外科に立て続けにお世話になってしまい、普通に健康でいられることのありがたさをしみじみと噛み締めた年の瀬でもありました。来年はなるべく病院のお世話にはならないようにしたいものだと思いつつ。
 西日本や東北では荒れ気味のお天気のようだが、こちら関東は穏やかで風もなく、窓拭きもらくらくはかどった。富士山はほんのり綿毛のような雲の帽子を被りつつ、夕焼けの中でくっきりしたシルエットになっていました。明日は初日の出が見られるのかなぁ。来年もみんなが元気で、平和でありますように。

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今年一年、ありがとう! 来年もまたよろしくお願いします。

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2010年12月30日 (木)

カウントダウン……、

 はー、今年もあと24時間余り……。いつものことながら、クリスマス終わるとあっという間に年越しか。今日はしゃかりきに年賀状書きをやって、ひととおり終了。年賀状、毎年かなり押し迫ってからバタバタと書いているのだが、まだやめてしまおうという気にはならない。面倒くさいという気持ちにならないのは、やっぱり子供の頃からの習慣として身体にしみついているから、なのだろうか。とにかくこれで、“年末にやること”の一つはクリア。大掃除、これは足がこんな状況なので、明日、窓拭きをするくらいかな……今年はそんなところで掃除の神様に許してもらおう。実際、この1ヶ月は掃除も炊事も洗濯もほとんど夫がやってくれたので本当に助かっているし、キッチンなんかは私がやるよりも夫がキープしたほうが、シンクなんてすごいきれいに磨き上げられているし……(^O^)。窓拭きが終わると、あとはつらつら、おせちを少し作るくらい。そんなふうにして、今年も暮れていくことになりそうだ。

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2010年12月28日 (火)

病院のち女子会

 今年最後の病院。今週の木曜日で骨折から4週間になるが、明日から年明け5日まで病院がお休みに入るので、今日レントゲンを撮った。骨はきれいに戻っているとのことだった。というわけで、念のために松葉杖1本はキープしつつも、今後は杖なしで固定の足だけで歩行していってよい、とのこと。年始に病院に行くまでに、杖なしで、添え木をはずして包帯のみの歩行→包帯もすべてはずして歩行、みたいな段階を踏みながら少しずつ普通の状態に戻していく練習をしておくことになった。実際、家の中ではもう杖なしで歩けるが、外に出ると距離が延びるし、人混みやらいろいろとまだ不安な要素もあるので松葉杖と一緒に出るようにしている。
 そういえば、こないだ手首の近くを骨折した私の担当の先生は、今日はギブスではなく添え木と包帯の固定になっていた。ギブスだと、折れていない部分の手首の出っ張った骨が当たって痛いから嫌なんだって。ギブスじゃなくて大丈夫なんですか〜、としつこく聞いたら、要は動かさなければいいので、大丈夫です、とこのと。まあ、骨折治療のプロなわけだし、若いから治りも早いんだろうから、こちらが心配することではないんだけどね。で、先生に、お酒を飲むと患部の周りがじんじんするんですけど、といったら、それは血の巡りがよくなったことで周りの筋肉とか神経が痛むような感じになるのかもしれないけど、骨はもうきれいについているので、お酒は普通に飲んでも患部に影響はありません、とのことでございました。ふーん、そうなのね……。
 ということで、夜は今年最後の女子会。夜のお出かけなので松葉杖と一緒に。3人で集まる予定が、一人が急遽風邪に倒れて2人会になった。飲酒が実質解禁になったとはいえ、やっぱり本日もワイン2、3杯でとどめておいた(結果、これまでのように足がじんじんしてくることはなかったのでちょっと安心)。その分、食べて喋って気晴らし。今年もこのメンツ(ぶーふーうー)でよく飲み、喋りましたなぁ。帰りの電車は混み合ってたら怖いなと心配したが、そろそろ東京の人口も減り始めているのか、思いのほかすいていて、途中からは優先席があいたので迷わず座って帰った。思えば、松葉杖歩行の今の自分はまさに優先席に堂々と座れる人なんだなあと、再確認。

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三軒茶屋のモロッコ料理屋さん「ダールロワゾー」でモロカンサラダと、ほたてと冬野菜のタジンなど......。

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2010年12月27日 (月)

ここにきて忘年会その1

 昨日はなじみのバーの忘年会だった。骨折してほとんどの忘年会をキャンセルさせてもらったが、なんとかちょっとの外出はできるようになってきたし、これはもう20年以上出ている会で、介助役の夫とも一緒に行けるからなにかと安心だし、なにより出席者も遠い親戚のような長いつき合いの顔なじみばかりなので、今季初の忘年会参加となった次第。といってもお酒はビールの小瓶1本半と、芋焼酎ウーロン割を1杯半、にとどめておきました。お酒を飲むと血の巡りがよくなるのか、患部周辺がじんじんしてくるので、まだたくさんは飲めない。ところが、バイクに乗ったり酔っぱらったりして何度も転倒&骨折を経験している飲み仲間&骨折センパイのI兄弟さんは、「むしろお酒を飲んだほうが、血の巡りがよくなって骨の患部にそれだけ血が行き渡るから、骨がくっつきやすくなるんだ」などといっていたけど、ほんとーなのか……。まあとりあえず、今はがんがん飲みたい気持ちでもないので、ほどほどにしておきます。
 でもやっぱり、気のおけない仲間と会ってわいわいやるのは楽しかった。考えてみたらずっと家にいて、(メールのやりとりはともかく)ほとんどは夫と猫としか会話してなかったわけだから、久々にいろんな人たちとふれあうことで、いい刺激をもらえた気がする。
 昼過ぎから始まった忘年会は今年も盛り上がり、夕方にお開き。帰り着いて、『坂の上の雲』の2部最終回を見る。広瀬、死んでしまった……。失敗に終わった旅順港閉塞作戦で、広瀬も戦死。来年の第3部は秋山好古率いる騎兵隊の活躍とか、日本海海戦での真之の作戦によるバルチック艦隊撃破など、日本軍の巻き返し〜勝利が描かれるのかな。それにしても、広瀬のキャラクターや子規の生き方が、いわゆる“戦争もの”に留まらない叙情的なふくらみのようなものをストーリーに加えていたような気がするので、二人がいなくなった第3部がどんな描かれ方になるのか、そういう興味もわいてくる。にしても、1年先とは……じらせるよねえ。また第3部の始まる前に第2部の再放送見て復習、って感じなんだろうね。
 なんだかんだ昨日から全日本フィギュアも見てしまった。浅田真央がしっかり一発勝負の舞台でジャンプを決めて復活という、ほんとに嘘のようなホントの劇的ストーリーになった。ジャンプ改造中のスランプというヤマを見事に越えた真央ちゃんのこれからが楽しみだ。にしても、まずショートで真央ちゃんが今季初めてジャンプを決めたときの会場全体の喜び様にはびっくり。待ってました! 的な感じで、なんだか国民全体で浅田真央の不調を案じ、復帰を心待ちにしていた、といってもまんざら言い過ぎでもないような気がしてくる喝采&熱狂ぶりだった。それから、ショートプログラムでは、ジュニア世代の人たちが次々とジャンプを決めて、のびのびときれいな滑りを披露するのにも驚き、次から次と新しい有望な選手たちが出てきて、つくづく日本のフィギュアはほんとうに層が厚くなったんだなあと痛感した。なんたって私たちが子供の頃は、オリンピックに出る女子選手といったら渡辺絵美ちゃん、くらいだったもんね……今は昔。

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2010年12月25日 (土)

鶏のもも焼き

 今年のクリスマスはちょー久々に鶏のもも焼きを食べた。子供の頃はクリスマスといえばその、足の骨の根元のところにアルミホイルを巻いているやつ、そのもも焼きを食べていたような記憶がある。大人になってからはそんなでもなかったが、今年は骨折した数日後に、毎週やってくる食材宅配サービスに注文しておいた。レンジであっためるだけでオッケー牧場の鶏もも焼き。今年のクリスマスは外には出られないだろうし、シャカシャカ動いて料理できるようになっているかどうかも読めないなと、思ったりしたので、とりあえず。
 なんかなつかしい味だった。お醤油とみりんとお酒をまぜたタレにつけておいて焼く、昔ながらの照り焼きタイプのもも焼き。見た目はけっこう大きいなと思ったけど、ぺろりと食べてしまった。クリスマスチキンとかっていう名前よりも、やっぱり鶏のもも焼きというほうがしっくりくるような、そんな素朴な味だった。今年は表参道のイルミネーションも、母校のクリスマスツリーも見に行けないけど、もも焼きを食べて、子供の頃のクリスマスのことを思い出した。今夜はついにワインも2杯、「解禁」……。

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メリー・クリスマス!(これは先月、恵比寿ガーデンプレイスで撮ったツリー)

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2010年12月23日 (木)

取材に行った。

 青空の高速をすいすい走って本郷の東大の近くでインタビュー取材。最初、2週間くらい前にお話をいただいたときには取材日が月末になりそうだということだけしかわからず、私がこんな状態であることを告げると、じゃあ日程が出たら改めて考えましょうかといわれ、今日ということが確定したのが3〜4日前。「少しは歩けるようになっているのであれば、お宅から往復タクシー使ってくださってかまわないのでお願いします」、という今どきちょー太っ腹な編集部さん。え、ほんとに大丈夫なんですか? と思わず念押し再確認。だって、多摩川越えた我が家から本郷だと片道早くても40〜50分で、おそらくタクシー料金は8000円〜9000円といったところだろう。出版社はたいていどこもちょー経費節減のこのご時世なのに、ほんとにいいのだろうか……申し訳ないというのかありがたいというのか……よおし、がんばらなくちゃ、って感じです。とりあえずインタビューは無事に終了。原稿アップは年明けなので、テープおこしを年内にやっておくのが理想かな。
 ところで、ここ数日、家の近所までは数回歩いてみたりしていたが、さすがに今日は仕事で他の人と一緒に行動していると、松葉杖と固定の足による歩行はスピードが遅いことを思い知った。インタビューが終わって外で撮影をするのにちょっと移動したとき、自分一人だけ遅れてると悪いなと思って、つい気持ちが焦ってしまった。でも、歩けば歩くほど距離ができていく。当然、まだ普通の身体じゃないのだから仕方ないし、あわてちゃいけないこともわかっているんだけど......ちょっと気にしてしまった......。
 それはそうと、今日は1日きれいな富士山がはっきり見えた。朝には真っ白で、仕事が終わって帰り着いて玄関から見たときは、夕方になっても雲一つない空で見事な黄金色のシルエットになっていた。こんなに1日中富士山がくっきりと見える日って、なかなかない。それだけ空がクリアだったということだよね。

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2010年12月22日 (水)

缶ビールと、広瀬武夫……、

 昨夜、骨折以来初めて缶ビール1本(350ml)を飲んだら、すぐに赤くなってちょっとびっくり。ずっと飲んでいなかったのでキレイキレイになっている肝臓に沁みたのかな。それ以上飲みたい気持ちにもならなかったので、1本でやめにしておいた。夜中、固定している患部の周辺があついようなだるいような痛いような感じになってきて、もぞもぞして2時間くらい眠れなかった。固定の足を使って歩く回数が増えてきたからなのか、お酒を飲んだことが原因で血の巡りがよくなったのか、わかんないけど、とりあえずいきなり歩きすぎるのは控えるようにして、お酒ももう少し控えておこうと思った。
 ところで、眠れなかったので水を飲みに起きたら、夫が『坂の上の雲』(録画)を見ていた。一度見ていたのに、再確認したいことがあったみたいだ。『坂の上の雲』、2年目もしっかり見ている。岩崎弥太郎から子規に豹変した香川照之の演技もさることながら、広瀬武夫(藤本隆宏)がいい。広瀬は豊後の竹田出身(今の大分県竹田市)。ロシア人女性との恋は美しく悲しく、胸を打たれるし、秋山との会話などでは大分弁もきっちり正しく使われている感じがする。大分県民カミングアウトの私としては、広瀬がロシアの社交界の仲間たちとお別れ会をしたときに、友人の作曲した曲を披露するといって、滝廉太郎の『荒城の月』が流れたときは、もう思わず涙があふれてジーン……。今の時代はどうかわからないけど、私たちのときは大分県民なら小学校の音楽の授業で必ず歌ったはずの『荒城の月』。昨日、私の様子を見に近所まで来てくれた中学の同級生ふーも、「あそこは泣けた」といっていた。あのシーンに反応した大分の人たちは少なくないのではないだろうか。そんな広瀬とも次回でさよならかと思うと、とても淋しい私なのであった。

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2010年12月21日 (火)

こんなことってあるんだ……、

 昨日は次の企画の構成案と台割作りでエクセルと格闘し、1日しゃかりきに働いた。そうしたら、日曜夜の夜更かしのせいもあってか、どっと疲れて10時過ぎにはもう爆睡。思えば、最近は“安静”という名の怠惰な日々が続いているから、久々に8時間以上働いたりして身体がついていけなかったのかしら……。
 そして今日は病院の日。いつものようにマイクロ波を当ててあっためた。終わるといつも担当のお兄ちゃん先生(たぶん20代)が来て固定をつけてくれるんだけど、なんと、今日は彼の左手にギブスが! 日曜日に手首近くを骨折したらしい。サッカーをやっている最中にコケて、左手をついたらそこに体重がかかったとかで、しっかりギブス……私より重症じゃん。右手じゃないからまだよかったけど、左手のギブスの先から出ている指がなんか痛々しく、包帯を巻いてくれる手元もおぼつかなくて思わず私が介助しちゃったよ……。「いやー、身体の一部が動かせないって不便ですよね〜」って、先生、しっかり痛感したみたい。「あたしがいうのもなんですけど、先生、お大事に」って言ってきた。まるで落語みたい。そんな私は今週の木曜日で骨折から3週間。そろそろ松葉杖なしで、固定の足だけで歩き始める練習をしていいみたいです。

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2010年12月19日 (日)

初めてのおでかけ……。

 今日は骨折以来初めて病院以外の場所におでかけした。しかも、初めての2足歩行(with松葉杖一本)で。といっても、直線距離で200 メートルくらいの近所のカフェだけど。でも、今の私にとっては十分な“遠出”。それこそ、小走りしたら30秒もかからない距離を歩くのに何分かかったんだろう。固定した足に少しずつ体重をかけるようにして一歩一歩。行きも帰りも痛みはなかったけれど、久々に、長距離を歩いて筋肉や神経がびっくりしたのか、夜になったら膝下から患部にかけて少しじんじんしてきた。今のところはこれがマックスというところなのかな。ま、徐々に慣らしていこう。
 今夜の「情熱大陸」は柳家三三さんだった。そういえば9月以来、高座もごぶさたしているが、11月にあんな大ネタ(「島衛沖津白浪」を三夜で語る企画。明治時代に残された文章の記録しかないネタらしい……)に挑戦していたとは……あいかわらずチャレンジしてますなぁ。来年も目が離せません。それと、カラオケボックスでネタの練習していたのにもびっくり。でも、考えてみたらカラオケボックスって意外と集中できそうでいいかもね。長いソファに一人で正座していたのはちょっとおもしろかったけど。ずっと以前、某若手作家さんをインタビューするのにお宅の近くにうかがったとき、「このへんは気のきいた喫茶店もなくて、いちばん集中してお話しできる場所がここなんですよ」と、近所のカラオケボックスに連れて行かれたことがあったっけ……。たしかに、個室だからカラオケ以外にも用途はいろいろありそう、ではある。

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歩いて一休みにお茶。練習には手頃な距離かも......。

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2010年12月17日 (金)

いよいよ冬も本番……、

 今朝はこの冬で一番冷え込んだようだ。昨日よりもさらに、布団からなかな出られなかったもの。昨日は大分でも初雪が降ったそうだが、実家に聞いてみたら、冷え込んだけれど家の辺りは雪は降らなかったらしい。いよいよ冬本番かな……考えてみたら今年もあと二週間なんだもんね。家と病院の往復だけで、クリスマスイルミネーションも忘年会も、なんかひとごと。いわゆる年の瀬らしい匂いのほとんどない毎日を過ごしているので、唯一、底冷えする感じや水道の水の冷たさに、冬の深まりを実感しているようなところがある。
 今朝はバナナとオーガニックのドライプルーンをヨーグルトであえたものに、蜂蜜をかけて食べた。先の八ヶ岳の取材の際にいただいた、Tさんの自家製蜂蜜。これがとても濃厚でおいしいの。甘いんだけどくどい甘さじゃなくて、なんか身体に入ると細胞が元気になるような。去年は熊が出てきて食べられてしまったけど、っておっしゃっていたっけ……。思えば、取材した日はちょうど3週間前で運良くあたたかい日だったけれど、この寒さだと八ヶ岳はもうすっかり雪になっているんだろうな……。

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2010年12月16日 (木)

一歩一歩……。

 骨折から今日で2週間。わりと順調に回復しているようで、腫れも1日1日とひいている。そういえば、先日出した象のような足の写真に驚いてご心配のメールをくれた人も何人かいたのだが、あれはたしかに、カメラのアングルもあるのだけれど、患部の腫れよりも、足首周りの“むくみ”のほうが強調されていたようです。こないだまでは足の裏から膝下までL字型の添え木と包帯で固定されていたので、血の巡りが悪く、患部自体の腫れもさることながら、ふくらはぎから足首周りがぱんぱんにむくんでいたので、その様子もばっちり写真に収まっていた、というわけで。その後、足の裏だけの固定になって包帯も足首あたりまでになったので、おかげさまでふくらはぎあたりは徐々にかつての大きさに戻り、足首も徐々に、それなりのくびれが回復しつつあります。ということで、ご安心ください。いろいろとご心配おかけしてすみません……m(_ _)m。でも、ちょっと前まで足の指も全部腫れていたというか、むくんでいて、腫れなのかむくみなのかよくわかんないんだけど、とにかく、固定が軽減されたらあちこち徐々に縮まってきているようです。
 さて、話は戻って、ここ数日は患部を押されても痛みはほとんどないので、今日からは固定したままの左足に少しずつ体重をかけるようにして歩いてみることになった。たかが2週間、されど2週間で、その間ずっと左足で踏みしめていないので最初は緊張したし、ちょっと怖かったが、徐々に慣れてきたというか、足が思い出してきたというか。でも、早く治したいばかりにこの時期に焦りずぎて無理をすると、またぶり返したり、別のケガを負ったりする恐れもあるので慎重にしなくてはいけない。ここは焦らず、じっくりゆっくり、少しずつやっていかねば。夫からも「いきなり無理するな」といわれたし。高3の秋に足首を剥離骨折して1ヵ月のギブスがとれた直後に、学校へ行って、調子にのって廊下を小走りしたりしていたら、国語のT先生から「治りかけが一番大事なんだから自重せんといかん」と諌められたことがあった。あのときの先生の言葉、今もちゃんと覚えている。だから今回も、少しずつ、少しずつ、一歩一歩いこう。

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膝掛けの上に乗ってきて、すぐに眠り始めた......。

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2010年12月15日 (水)

すごいもんだ……、

 先日入稿した原稿の校正が出たので、午前中から昼過ぎまでは校正作業。取材した相手には元原の段階で送ってチェックしてもらっていたので、先方からの赤字の戻しを含めて校正紙に書き込み、編集部にファクス。今日のお仕事はこれにて終了。
 ここ数日で、奥歯を抜いた後の穴ぼこが徐々にふさがってきて、舌で触れるようになってきた。抜いた直後は、腫れていて口を開け辛いこともあり、穴があいている感じが怖くて舌をそのへんに動かすのもためらわれたのだが。同級生で言語療法士をしているGちゃん(仕事がら、口の中のことにもとても詳しい)によれば「耳や唇やおへそのピアスの穴もそのままにしておくと塞がるからね、それとおんなじ」とのことで。たしかに私も昔、ピアスを開けたときに、3ヵ月使わないと穴は自然に塞がります、っていわれたなあと思い出し、人間の身体ってすごいなあと、また改めて思った次第で。足の骨折だって、ただ固定して動かさないようにしているだけで、あとはあっためたり、ご飯を食べて栄養を送っているだけで、骨が自然にくっつこうとしていくわけだから、すごいもんだ……。
 しかし、最近は骨折直後の数日に比べて食欲も出てきたうえに口の中も通常モードに近づいてくると、ハシモト先輩が言っていたとおり、食べ過ぎによる体重増加に注意しなければいけないわけで……なんといっても運動量は少ないからねえ。ご用心ご用心……。

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2010年12月14日 (火)

スリム軽量化……、

 患部の腫れも徐々にひいてきて、内出血の赤紫色も少し枯れたような色に。回復ぶりは順調なようで、今日は固定が新しいものに代わった。それまでは足の裏から膝下までの添え木(副木ともいう)と包帯で固定していたのが、今日からは足の裏部分だけになり、ぐっとスリム軽量化。足の裏にメッシュ状の板のような素材を当て、足裏の曲線に合わせて型をとり、それを固めると、硬い靴の中敷きのようなものができあがる。土踏まずの部分が他よりも厚めになっているこの中敷きのようなものと包帯で固定する。患部は足首のちょっと前の骨らしく(どうやら立方骨とか外側楔状骨のあたりみたい……)、足首を動かしても痛みはないので、足首の固定はいらなくなったようだ。念のために足首部分には包帯が巻かれているが、ふくらはぎと足首が解放されただけでもずいぶんとラクになった。
 就寝時も、これまでは左足をちょっと高くする姿勢を保つようにしていたので寝返りが打てず、朝方になると背中や腰がちょっと痛かったりしていたが、もう寝返りも打てるし。寝返りって大事なんだなあと、改めて思った。松葉杖はまだとれないけれど、結局、ギブスはしないままでいいみたいだ。この調子でがんばろー。
 そういえば今日は赤穂浪士討ち入りの日。忠臣蔵は文楽、歌舞伎ほかのお芝居でも何度となく見ているが、今年の初めに志の輔の落語で『中村仲蔵』を聞いて以来、改めて『仮名手本忠臣蔵』の斧定九郎を見てみたいと思うのだが、まだ文楽でもその機会がない。意識していないときは、あ、また忠臣蔵だ、と思うくらいわりとよくやっている感じがするんだけど、いざ見たい、と思ってみると、なかなかやらないのね、みたいなカンカクになるから、不思議なものというのか、身勝手というのか……。それに、長いお話なので、いざ『仮名手本忠臣蔵』をやるとなっても、定久郎の出る段をやるかどうか、という問題もあるし……とりあえず、次の機会を楽しみに。

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2010年12月13日 (月)

今日は原稿を書いた。

 今日は原稿を1本書いて送った。季刊誌に連載している短いコラム原稿だ。締め切りは1月頭だけれど、テーマも既に決まっていたし、時間もあるのでちゃっちゃとやってしまった。ちょっとすっきりした。あとは今週中に構成案を出すものがあって、先週末から資料をとりよせて、つらつら読んだりしている。ウィーンの美術館に関するもので、アマゾンに注文したり、以前、東京の美術館で展覧会が催されたときの図録を関西から(取り扱っているところが関西だった)取り寄せたりして、数冊を確保。書店に直接見に行くことはできないが、インターネットで調べたり、高校の同級生でオーストリア在住のゆりちんや、東京のオーストリア政府観光局に問い合わせてみたりもした結果、もともと日本にはそのものズバリの資料が豊富にあるテーマではなさそうだということもわかったので、たぶんこれが、今できる最大限のことなんじゃないかと思う。
 とはいえ、根詰めて仕事という雰囲気でもなく、基本はうだうだ、じっとしている時間のほうが多い。昨日はコケる前に買っていた「Number」の欧州サッカー回顧録特集で大好きなジダンの記事をやっと読むことができた。あのジダンも、絶好調なときばかりじゃなくて、ユベントスに在籍していた頃、チームが2年連続で決勝で敗れたのはジダンが黒猫だからだと誹謗中傷されたこともあったんだって(黒猫は、フランス語で疫病神の意味らしい)。私がまだジダンを知る前、フランス・ワールドカップの前の頃の話だ。自分はがんばっているのにそんなこといわれて、辛かっただろうなあ……どんな人もうまくいくときばかりじゃないんだよねえ……私もがんばらなくちゃ、って飛躍し過ぎですが。

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足首周りがまだ腫れている(お見苦しくてすみません)。患部をお湯であっためていると、今日もまた飲みにきた......猫舌は大丈夫なのか。

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2010年12月12日 (日)

癒し系……、

 昨日は2月文楽公演にいく予定の日だったが、行けるわけもなく、やはり代わりにいってくれる人を捜して行ってもらった。『本朝廿四孝』のこれまでに見たことのない前段部分だったので、見たかったのだが。まあまた次の機会を楽しみに。次の文楽東京公演は2月。そのときにはすっかりぴんぴんの健康体でいますように。
 当然といえば当然だが、家でソファーに座っている時間がやたら多くなっている。そのまま数分うたた寝したりして、ふと気がつくとわらびに顔を覗き込まれていることがある。わらびはわらびで、最近この人ずっと家にいるけど、どうしたのかなあとか、うるさく鳴いても追いかけてこないなあとか、思っているのだろうか……。重ねたクッションの上に乗せている左足とか、松葉杖とかを器用に避けて、ひょいと膝の上に乗ってくる。いつもながら、そんなわらびにとても癒されている。

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我が家イチの長老なのに、いちばん元気

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2010年12月11日 (土)

松葉杖な日々……、

 コケてから10日目。松葉杖歩行の上達とともに、手のひらの下側部分が固く痛くなってきた。とはいえ、いくら二本あるとはいっても松葉杖の下の、地面や床に接する部分は直径5センチくらいしかないのでバランスを崩しそうになることも多い。下の部分が靴の大きさくらいあったら安定するのにな、とか思ってみたりするのだが、考えてみたら30数年前に初めて松葉杖を使ったときと比べると材質が木からステンレスになってずいぶん軽くなっているものの、デザインにほとんど変化がないということは、きっとこの形やバランスが一番理にかなっているんだろうなあと思う。あれこれ愚痴をいったところで意味もなく、自分がこの道具に慣れていくしかないのだ。今のところ松葉杖での外出は病院に行くときだけだが、マンションの廊下や病院が入っている建物内と病院内の動きに関してはだいぶスムーズになってきた。松葉杖でいると、タクシーの運転手さんも乗り降りの際に「ゆっくりでいいですからね〜」とあたたかい言葉をかけてくれたり、エレベーターで出会う人もゆっくり乗り込むのを嫌な顔をせずに待っていてくれたり、クリニックの待合室では席を譲ってくれる人がいたりと、人様の優しさが身に染みて感じられ、ありがとうございます、や、すみません、という言葉を何回も言っている自分にふと気がつく。もちろん、ぜんぜん違う態度の人もいるけれど。半径1キロ前後の狭い範囲内でも、じつにいろんな人がいるもんだなあとつくづく思う年の瀬なのでありました。

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2010年12月10日 (金)

ちょっとした“いいこと”と、改めて思ったこと……

 昨日はクリニックに行ってまたマイクロ波を当てた。家でもじんわりあっためるようにしている。洗面器にお湯を入れてその中に足をつけておくのもいいといわれたので、それもやっている。と、ときどきわらびがやってきて、そのお湯をぴちゃぴちゃと飲んでいく……わらびはお風呂の床の水とか舐めるのも好きだし……洗面器のお湯もきっと飲み物だと思っているんだろう。予想以上に回復の状態がいいですね、と若いお兄さん先生にいわれて、ちょっと気分が軽くなった。それから、昨日はクリニックのマンション入り口の段差も松葉杖で無事にクリア。家の洗面所の段差で何度か練習した成果だ。夫もほおー、と言っていて、ちょっと鼻高、だった。とっても小さな達成感だけど、今はそういうちょっとしたことでも気持ちを軽くしてくれる。
 この機会にと、録画したままため込んでしまっている番組を一つ一つ消化していくことにした。下手すると、録画したことを忘れて2年くらい前のドキュメンタリーとかも見ないまま残っていたりするので……。一昨日は、第二次大戦のときに硫黄島で戦死した男性が持っていた妻からの手紙をアメリカ兵が持ち帰り、つい最近まで大事に持っていたものを日本の妻に返したい、ということになって伝手をたどり、その手紙が60数年ぶりに妻の元に帰る、というドキュメントを見たが、手紙を持ち帰った米兵も、戦死した日本兵の妻も、この時期まで生きていたからこそそういうことが実現した訳で、お二人とも80歳を越えているし(日本人女性の方は80代後半)、元気で生きていてほんとうによかった、と思いつつ、戦争というものが引き起こす悲劇にはなかなか終わりの日はないのだなあという虚しさみたいなものをすごく感じてしまった。そしたら昨夜は『沖縄・最後の医介輔』というドラマを見て、またまた戦争のやりきれない爪痕と、沖縄の人々の終わりのない戦後の苦労みたいなものを、つくづく考えさせられた。簡単にはいかないだろうが、日本国民の一人として、やっぱり基地をはじめ沖縄の人々の負担はもっと減らされるべきだと、また思いを新たにしたのでありました。


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2010年12月 8日 (水)

行ったり来たり......、

 今日はジョンの命日。毎年この日になるといつも、表参道のかつての富士銀行の前でそのことを知った1980年12月 8日のシーンが頭に浮かんでくる。あれからもう30年……。今日は楽しみにしていた小三治の落語会だったけど、チケットを夫に譲って行ってもらった。松葉杖をつかむ手のひらの下の部分が痛くなってきた。旦那に家事をほとんどやってもらっているのでなんだか申し訳なく、留守の間に少しできることをと思って洗濯したものの、松葉杖歩行でバランスくずして滑りかけ、やっぱりなにもしないでひたすら安静にしておくのがいいのかなあと思って、ちょっと落ち込んだ。テンションが上がったり下がったり、日々行ったり来たりしている。ふと気がつけば、抜歯手術で腫れていた顔はすっかり元に戻っていました。

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2010年12月 7日 (火)

エクササイズ……?

 今日は昼どきの約1時間の間に宅配やダスキンさんなど立て続けに4回もやってきて大わらわ。隔月でとっている水が届くのも今日だったし、重なるときは重なるもので。リビングと玄関の間を松葉杖で行ったり来たり。配送員さんが帰ってえっちらおっちらリビングに戻ってソファーに腰掛けたと思ったらまたピンポンがなって出動、と、まるでエクササイズ? ただでさえ通常より動くのに時間がかかる上にピンポンが鳴るとなんか気持ちが焦り気味になってしまって、いけない。あわては禁物。出ないという選択肢もあったが、できるかなと思って出てみたらまあできたので、その連続で。でも、さすがにぐったり疲れてしまった……。いつもきてくれる宅配のお姉さん(たふん20代)に松葉杖姿を驚かれ、えーっ、大丈夫ですかー? なんでこんなことになっちゃったの? フットサルで? って……なんでそういう質問をされるのか、わけわかりませんでした。


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2010年12月 6日 (月)

冷やした後はあっためる。

 土日で原稿をやり、日曜日の夜中に編集者にメール。骨折以来、夜は早く寝ているので日曜日夜は12時を過ぎても睡魔に襲われることなくそのまま原稿を仕上げることができた。出し終えてほっと一息。
 骨折から今日で5日目。“貞子”移動はフローリングの上だと膝頭が擦れて痛くなるし、病院に行くときには松葉杖を使わなきゃいけないので、やはりそれなりに松葉杖にも慣れておかなくちゃ、と、日曜日からは松葉杖の頻度を増やすことにした。すると、家の中の移動はまずまずなんとかこなせるようにはなってきた。でも、松葉杖を使うと、家の中のちょっとした段差とか、電気コードとか、道路の凸凹とかがとても怖いのを肌身で感じる。だから、公共施設のバリアフリーってほんとに大切なことだなあと改めてかみしめる今日この頃。家の中でも5センチくらいの段差は平気だが、10センチを超えるとちょっと松葉杖に身体を預けて乗り上げるのが、怖くてなかなかできない。うちは洗面所とお風呂のスペースの入り口が廊下から10センチ以上高くなっているので、ここを松葉杖で越えるのがまだうまくできず、そこから先の数歩は“貞子”になっているの現状だ。今、通っている整形外科もいわゆる街のクリニックでマンションみたいなビルの中に入っているので、エントランス部分が大理石で道路から10センチちょっとくらい高くなっている。これが今の私には松葉杖でとてもクリアできず、昨日も夫に抱えてもらってぴょいと乗り越えた……私みたいに松葉杖の人も多くやってくる整形外科なのに、この部分に関しては患者にぜんぜん優しくないかもしれない……と、ふと思ってしまう。でも、通院はしなくちゃいけないので、その入り口の段差をクリアする為に、昨夜から家の洗面所の段差でちょっと練習を始めた。でも、あせってやるとバランスを崩してこけてさらに大変なことになる恐れもあるので、あくまでも無理はせず、慎重に、と再三心に言い聞かせて。
 また、松葉杖だと両手がふさがるので、家に一人でいてご飯をチンして食べようと思っても、片手にお皿やボウルを持つと、松葉杖が片手しか持てないからテーブルまで運ぶことができない。そういうときは膝歩きでお皿を持って移動……と、まあほんの数メートルの距離とはいえ、一人のときはえっちらおっちらやってます。夫がいる時間は家事全般をほとんどやってもらっているので助かっておりますが。
 てなわけで、今日は二度目の病院。これまでは患部を冷やしていたが、これからはあっためて血の流れを良くして骨に栄養を行き渡らせるようにするんだそうで、マイクロ波を当てたりした。私はそれまでけっこう冷やしすぎていたようで、血行が悪くなって足にむくみがでていた……極端すぎたのかしら。まだ腫れとむくみがあるので固定は添え木と包帯のみで、ギブスにはならなかった。冷却から一転あっためることになり、数時間前までお世話になったアイシングバックや氷とはおさらば。今夜からはほこほこじんわりあたためるようにしています。お湯でじんわり温めるのもいいんだって。高3のときに足首を剥離骨折したときは、すぐにギブスになって、患部をビニル袋で包んで片足上げてシャワー浴びたりしていたけど、まだそうはならないみたいだ……。

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2010年12月 3日 (金)

走れない師走……、

 いまは金曜日の夕方6時過ぎ。ほぼ24時間前、夫と自由ヶ丘で待ち合わせの予定だったので家を出て、駅の階段で転倒。足首をくねったなと思いながら、なんとか電車に乗ったけど、変な音がしたし、すぐに痛みが激しくなってきたのでこりゃやばいと思って隣駅で降り、区の救急サービスセンターみたいなところに電話で問い合わせ、すぐ近くに7時までやっている整形外科があるというので、左脚を引きずりながら行って、受付。その頃には嫌な予感はほぼ確信に変わっていた。待合室にいる間、ふくれてくる左足首の周り。すぐにレントゲンとって、脚をマットみたいな曲がる添え木みたいなものと包帯で固定され、松葉杖を貸し出されて練習……。左足首の手前あたりを骨折(正確にはヒビというか、ちょっとズレたというか……自分でも気が動転していたので詳細は覚えていない)していた。松葉杖を使ったことはありますか? と先生。はい、でも30数年前なので、ほとんどの感覚は忘れている。高三の秋に、右か左かは忘れたが、やはり足首のあたりを剥離骨折して、1ヵ月ギブスで過ごしたことがあった。
 かけつけてくれた夫と一緒にタクシーで帰宅。少なくとも2日間は安静にして患部を冷やし続けるようにとのこと。翌日(今日)、新宿でインタビュー取材が入っていたけど、かなり無理そうなので編集者に連絡。急きょ別の方に行っていただくことになった。それから今まで、自宅でひたすら患部を氷水で冷やしつつ(正確には15分間冷やして10分間休む、の繰り返し)、合間にトイレに行ったりしている。パソコンメールは朝1度確認し、2度目はさっき。
 歯茎の傷が治ってきたと思ったら今度は骨折……。とことん情けないというか、あきれてしまうというか。自分の不始末で仕事に穴をあけたなんて初めてで、いきなり翌日の仕事をふられたライターさんには申し訳ないし、いろんな意味で昨夜は落ち込んだ……。しかしまあ、起こってしまったことは仕方がない。これも何かのメッセージなんだろうかと思って、今日からは気持ちを切り替えようとしてます。とりあえずは一昨日までに終えていた二人分のインタビュー原稿を進めないと。
 ……と、こんなふうに、いったん腰を落ち着けてしまえばメールもぱしぱし打てるので、家でできる作業はとりあえず普通にこなせる(足元は冷やしつつ)。ただ、こんなに狭い我が家でも、リビングからこの仕事部屋、キッチン、トイレなど、ちょっとした移動に時間がかかるのでそっちのほうがたいへん。家の中で、おぼつかない松葉杖だといろんなものにぶつかって、かえって危ない感じなので、四つん這いか匍匐前進か、膝歩きなどなどでのらりくらりと移動している。今朝も、仕事部屋に這って入っていたら、「貞子が来たかと思った……」と、夫に言われてしまいました。
 そんなわけで、走れない師走になってしまった。腫れが足首に移ったせいか(?)、歯茎のほうは順調に回復している様子で、わりとちゃんと食べられるようになった。ずっと冷やしているせいか、足の患部の痛みも今のところあんまりない。とりあえずは目先の入稿を片付けつつ、それ以外はこの週末は、安静にしていようと思っています。

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2010年12月 1日 (水)

そして抜糸……。

 昨日は物撮りする陶芸作品を預かりに代々木上原に行き、夜から白金で撮影。まだ頬の下側がちょっとふくれているので外出時にマスクは手放せない。撮影が8時半頃に終了し、編集者とカメラマンと食事して解散。抜歯した側(右側)ではまだものが噛めない(縫ってあるし……)ので、左側だけで噛む。会食の際はあんまり周りに気を遣わせたくないので左側だけでも本人は普通に噛んで食べているつもりなのだが、口もまだいまいち全開にはできないし、口唇ヘルペスは出ているしで、編集Nさん&カメラのNさんに気を遣わせてしまったかもしれない。結果、シェアできるお料理だったので助かった。鴨肉とか、やっぱりまだいまいちしっかり味わって食べることはできないので、私の分までカメラのNさんに食べてもらった。そのNさんとは先週金曜日に一緒に八ヶ岳に取材に行き、いちばん酷いときの顔を見られているので、「ずいぶんよくなりましたよね」と言ってくださったのはありがたかった……。それで、気をよくしてワインを、術後初めて2杯飲んでしまい、帰りにちょっと反省したのだが、傷口からの出血はなくて、ほっとした。実際、抜いた奥歯の手前の歯を磨こうとするとまだ出血があるので、患部に血の塊とかがあるのかもしれない(怖くて見られない……)。夫からは「油断して飲んだらまた腫れるぞ」と釘を刺されてしまいましたが……。
 そして今日、朝一で病院に行って抜糸。先週は抜歯で今日は抜糸。ドクターの話では、傷口はきれいに治っているとのこと。歯を磨くとちょっと出血が、と話すと、傷口に歯ブラシが触れるんだろうから仕方ありませんね。そのうち治まりますよ、とのこと。腫れましたか? お仕事大丈夫でしたか? と聞かれたので、かなり腫れました、と話すと、そうでしょうねえ、あれだけやれば……と、ドクター。あれだけやれば、って……。やっぱりかなり手こずらせた親知らずだったようで。
 午後からインタビューが一件あり、終わってすぐに直帰。家で次の取材の連絡を取り合ったりして、5時には本日のお仕事終了、にした。
 とにもかくにも、3カ所縫っていたところの抜糸をして、今年の初めに発覚した歯茎の炎症問題も、これでひとまず一件落着ということになったわけだ。考えてみれば長かった。下膨れも昨日よりはまたちょっと治まり、口も昨日よりは開けるようになった。まだ完全ではないけれど、少しずつだが日々確実に回復はしているようだ。抜糸をしてちょっと気持ちが軽くなったものの、まだ口の中がスッキリ、というわけでもない。実際、この1週間というもの、顔が腫れたりぼこぼこしていたり、口の中に違和感があると、なんだか考えることもいまいちしゃきっといかない感じだった。どこか1カ所でも身体に不具合があると、なんとなく全体にも影響を及ぼしてしまうんだなあということを、改めて感じているところです。

201012011937000
ソファで横になってうたた寝していたら、いつの間にか上にきていた。

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