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2010年7月30日 (金)

感劇話その148 野田地図『ザ・キャラクター』@東京芸術劇場  

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 昨日、野田地図『ザ・キャラクター』を見てきた。行く前は、古田新太に宮沢りえがどんなふうにからむのか、が楽しみだった。あらかじめオウムの事件をモチーフにしている芝居だということはわかっていたが、あまりのストレートさに(とくに後半〜クライマックス)正直、驚いた。この時期にここまでオウム事件をストレートに描く野田さんの意図はどこにあるんだろう、と、同行した蝶子と帰り道に話したりもしたのだが、私たちの頭で考えられるのは、単純に事件を風化させたくないということなんだろうか……ということくらいだった。
 題材が題材、しかも実際に起こっている事実であるだけに、見終わったときの行き場のない、救い用のない気持ちや重苦しさがけっこう大きかった。たとえばこれまでに見た『ロープ』も『キル』も『パイパー』も、野田さんが人間の暴力性や憎しみの心に深く斬り込んでいる感じだったけれど、見終わったときには一筋の希望の光が見えている感じがして、素直に感動できたのだが、今回はそうはいかなかった。拍手はしたけれど、それは役者たちの演技の迫力とか、そういうものに対してであって、お話に対してブラボー!と感動の拍手を送るような気分ではなかった。とはいえ、クライマックスに向かって、なんだかわからないけれど、怖さとかどきどきするような気持ちが高まって舞台により引き込まれていったのは事実。
 宮沢りえは相変わらず凛としてよかった。今回も、もう1ヵ月以上公演を続けてきているわけだから、声がかすれ気味だったけれど、それでも力強くてよかった。お話がお話だけに今回はりえちゃんのかわいらしさがにじみ出るような部分はなかったけれど。それから、チョウソンハと美波にはひき付けられた。恥ずかしながら今回の舞台を見るまでこの二人のことを知らなかったのだが、誰これ? すごい、と素直に思った。あとで、チョウソンハは北区つかこうへい劇団の一員だったことを知って、なるほど〜と納得。美波は美しくて激しくて、きらきらしていた。銀粉蝶さんも相変わらずうまい。橋爪功は『パイパー』のときはそんなに感じなかったのだが、今回は改めて、本当にうまい役者さんだなあと思った。あのよれよれ感とか、本当に物忘れがひどいのか演技なのかわからないと思わせてしまうようなところが圧巻。そう、それから池内博之も、声は通るし、迫真の演技。藤井隆も想像以上で、最近、気になっている田中哲司もよかった。
 古田新太は役柄が役柄だけに(教祖様だし)、まじなのか軽くいい加減なのか、つかみどころのない感じでわけがわからなかった。でも、逆にそれがあのキャラクターの怖さにつながっているのかな……。“書道教室で友達を殺してしまった弟の姉”という宮沢りえの役は、最後に「誰の目にも見えていなかった」といわれていたから、じつは既にこの世にはいない役だったのかも。途中からギリシャ神話がお話に絡んでくるのだが、私は詳しくないので、知っている人に比べたらそのことによる「そうか〜」という気づきがなかったかもしれない。
 今回は書道教室が舞台なので漢字が大事な役割を占めるモチーフとなっていた。それだけに、「弟」の「俤(おもかげ)」、「夢」は「儚(はかない)」とか、「姿」の中に「次の女」がいるとか、「魂胆」の中には「鬼」がいる、とか、「幻」と「幼さ」など、野田さんの言葉遊びは相変わらず絶妙で、しかもそれが筆文字で次々と描かれる、という演出はとてもおもしろかった。半紙や巨大な白い紙が効果的な背景となり、そこに筆文字や、映像が写し出されるという手法も斬新だったと思う。

201007291833000

ホール脇の壁のポスター

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