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2010年6月28日 (月)

感劇話その144 “その後”があってさらによくわかった『新版歌祭文』__文楽5月公演

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 先月の文楽公演のことをすっかり書き忘れていた。先月は、大夫さんの取材&撮影もあって、個人的に公演を観に行くほかにも仕事で国立劇場に行って、撮影のためにさらに舞台を観たりして、大夫の取材原稿にも5月公演のことを少し書いたりしたもんだから、ブログのほうにも5月公演のカンゲキ話を書いたつもりになっていたようなところがあったのかもしれない。
 今回は、なんといっても第二部の『新版歌祭文』がよかった。この話はいつも“野崎村の段”ばかりがとりあげられるのだが、今回は、その後の“油屋の段”と“蔵場の段”まで上演され、野崎村の“その後”のお染と久松の心中までの経緯がとてもよくわかった。そうか、その後はこういう展開だったのね、と、物語の全体の流れがしっかり理解できました。“野崎村の段”でも、いつもはカットされていたおみつの年老いた母(重い病気で床についている)が登場することで、おみつの悲劇がさらに強調されていたし。見応えのある段だけをフィーチャーして上演するのもいいが、こんなふうに全体をじっくり見せてくれると、登場人物の気持ちの変化とか、その話の内容をより深く理解できておもしろいと思う。住大夫の語りが病弱な老母の哀れさや弱々しさをよく伝えていた。第二部はこれに景事(音楽的な小品のこと)の『団子売』。
 第一部は『祇園祭礼信仰記』の“金閣寺の段”、“瓜先鼠の段”、『碁太平記白石噺』、そして『連獅子』の3本。『祇園……』は昨年観た歌舞伎の『金閣寺』のオリジナルの話で、このときに初めて“人形振り”(文楽から歌舞伎に移行した演目のなかで、俳優が人形の動きを真似て演じること)なるものを観たという、個人的に思い出の演目。昨年の歌舞伎では、大悪党の松永大膳を吉右衛門が演じていたが、大悪党ぶりでは今回の人形よりも吉右衛門のほうが生々しくて、勝っていたかも……。
『碁太平記……』は、吉原で遊女をしている姉を探しに奥州から出てくる娘、おのぶが中心となって展開する話だが、姉である花魁・宮城野と対面する際のおのぶの奥州なまりが、華やかな遊郭の中にあってほのぼのとした雰囲気を醸し出している。『連獅子』は、歌舞伎のそれと違って、子供の獅子を谷底に突き落としたりするところや、文字通り毛を振り立てて頭を回すところなどは、とてもダイナミックに、アクロバティックに、人形ならではの迫力を見せていた。

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上左より、『祇園......』の雪姫、『碁太平記......』の宮城野、そして下は『新版歌祭文』のおみつ(プログラムやチラシより)

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