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2010年1月17日 (日)

「ラグジュアリー」という名のファッション展

 東京都現代未美術館に「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展を見に行く。今日が最終日で、またまた駆け込み……。「ラグジュアリー(=贅沢)な服」が意味するものは、視覚的に豪華な服であったり、身につけたときに特別な感覚、先進的な満足を得られる服であったり。豊かさの現れとしての「ラグジュアリー」に対する考え方の変遷を、各時代の服とともに考えてみるという企画。 
 最初のスペースは「着飾ることは自分の力を示すこと」と「削ぎ落とすことは飾ること」をテーマに、16世紀末のエリザベス1世時代のボディス(胴着)から近代までの服が並ぶ。18世紀、マリー・アントワネットが生きた時代のロココ調の豪華なドレスの緻密な刺繍や金糸銀糸をふんだんに使った装飾は、言葉を失うほどのきらびやかさ。玉虫厨子(たまむしのずし)さながらに、玉虫のあの光り輝く緑の羽をびっしりと刺繍に用いたインド製のドレスは2点で5000匹もの玉虫が使用されているという……毛皮だけでなく、美しいものはなんでも使いたいという人間の欲望も見てとれる。20世紀になると、シャネルやヴィオネのシンプルで機能的な美しいドレスをはじめ、リキテンシュタインのイラストを取り入れたドレスや、モンドリアンのアートをドレスにしたサンローランの作品も登場。つい最近のものでは、ファーとタータンチェックを組み合わせたルイ・ヴィトン(マーク・ジェイコブス)のコートもあった。
 次の「ひとつだけの服」のスペースには、メゾン・マルタン・マルジェラの手仕事による一点もの。潰した王冠、カットしたレコード盤、タイル、櫛、ひもなどさまざまな素材をたくさんつなぎあわせて作り上げたドレスが制作時間を明記されて並ぶ。王冠のドレスや櫛のドレス、どれも見事に服になっている。50 時間、46時間など、一着の服を手仕事で作り上げていく時間も贅沢さの要素なのだと感じさせられる。最後のスペースは「冒険する精神」として、建築家、妹島和世がデザインする空間にコム・デ・ギャルソンの服が点在する。ここも楽しかった。ときに着用の仕方がわからないほどオリジナリティに溢れた川久保玲の作品は、服もアートであることや、服を着ることのわくわく感を改めて感じさせてくれるし、ファンの一人としては、80年代から現在までのギャルソンの代表作が一堂に会しているのはとても興味深かった。このところの大不況でなんとなく自分でも消費を控えるモードになっていたが、久しぶりに新しい春の服を一枚買いたくなってきたような、そんな気分になって会場を後にしたのでありました。

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パンフより。写真右端が妹島和世による空間デザイン

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