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2010年1月31日 (日)

『ライ麦畑……』を読み返す……。

 金曜日、落語会から帰宅して夕刊を見たら、サリンジャーの訃報が出ていて衝撃を受けた。正直、まだ生きておられたのかという驚きもあったのだが、91歳、老衰だそうだ。半世紀もの間、公の場に姿を見せることもなくひっそりと暮らしていたというから、私のように、生きておられたのかと驚く人は他にもいるかもしれない。
 思わず本棚の中から『ライ麦畑でつかまえて』を取り出す。野崎孝訳で1975年6月の第31刷発行、とある。高校生のときに(何年生だったか忘れたが)買って読み、読書感想文を書いて提出した。正直、今となっては細かいあらすじをほとんど忘れてしまっているのだけれど、初めて読んだ当時はなんだか感動した覚えがある。でも感想文にいったいどんなことを書いたのやら。そんな高校生、今考えてみると自分としてはすごく嫌な感じだ。きっと、本当は大して何もわかっていないのに知ったかぶりのことを書いたのではないだろうか……。でもなんだか自分にとって大切な本であったことは確かで、大学に進学して東京に出てくるときも、この本は一緒に持ってきた。『フラニーとゾーイ』や『ナインストーリー』や、なぜか『限りなく透明に近いブルー』と一緒に。
 たしか20代に再度、読み返したことがあったのだけれど、やっぱり細かい内容は思い出せない。数年前に村上春樹の新訳版を夫が買ってきていたけれど、そっちもまだ読んでいない。だからというわけでもないが、いま改めて読み返してみようかな、と思って、本棚の奥から引っ張り出してきた。まだ数ページだけれど、今読むと、ジャガーがどんなクルマのことなのかとか、とてもよくわかる。サリンジャーがマンハッタン生まれだったということも、ああそうなのか、と思う。高校生の頃はそんなことをいちいちぜんぜん知らないままに読んでいたからね。というわけで、いま、読み返し中です。サリンジャー氏のご冥福をお祈りいたします。

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ビニルカバーもついたまま......遠藤周作さんが「もっともイキのよい文学」と、帯の文章を書いている。

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2010年1月30日 (土)

力をつける……、

 大学を出て最初に勤めた出版社の同僚女子4人で、ここ数年、毎年1月に集まって鍋会をしている。今年もご連絡がきてそれぞれの日程を調整、本日決行となった。場所はいつも、テレビのディレクター(フリー)をしているNちゃんのマンションと決まっている。メンバーはほかにデザイナーのRちゃん、エディター・ライターのSさん、そして私。会社を辞めてからはそれぞれの道に進み、今は全員フリーランスで働いている。そして私を除いて3人は独身(結婚経験なし)である。
 今年のお目当ては、Nちゃんの実家からお裾分けされたお年賀のすき焼き用の牛肉を使ったすき焼き。某すき焼きの名店のお肉と割り下がセットになったものを贅沢にいただく。プラスそれぞれ好きなものを持ち込むので、私もデザートに「レピドール」のタルト・ポンムを買い、現場で根菜じゃこサラダを作ったりした。
 テーブルに出されたお肉が想像以上に立派で豪華なのに一同ビックリ。こんなにいいお肉、初めてかも〜と狂喜乱舞しつつかみしめる。やわらかくて超うまし。ありがたや、ありがたや。全員マスコミでお仕事しているので、このメンバーもご多分に漏れずそれぞれ仕事の環境は年々厳しくなってきている。すき焼きをつつきながら、誰からともなくグチが口をついて……「やっぱりこうなってくると、実家で親と同居の○ちゃんは家賃もいらないし、収入減ってもそんなに切実じゃないんじゃない?」「いや、その親が病気になって介護が切実なのよ〜」「うちも最近、親がさあ……」「私なんか家賃は値下がらないのに仕事は減るしで、もう死活問題」「とりあえずご主人がいる人はいいわよね〜」……などなど、勝手なことを言い合って大変さの比べっこ。それもそのうち「景気の悪い話ばっかりしてても仕方ないからガンガン食べて元気になろう!」みたいなことになり……買ったばかりの『THIS IS IT』のブルーレイのBGVもどこへやらで、グチと笑いが入り乱れて今年も大いに盛り上がったのでありました。不況に加えてやっぱりこの歳になると、それぞれ何かしら抱えていることはあるものだ。
 それにしても、肉食べて精をつける、とはよくいったもので、食べたらほんとにエネルギーがガンガン充填されそうな、立派なお肉なのでありました。感謝、感謝。一緒に机を並べて仕事をしていた時期は2〜3年のことなのに、四半世紀近く経った今もたまに会って言いたいことが言い合える仲というのは、ちょっと不思議? でも悪くない。みんな社会に出て一年目とかだったから、仕事の現場や社会人として生きていくことの大変さみたいなことに初めてぶち当たって、それを一緒に体験した、ということもあるのだろうし、ある意味、中学や高校の同級生と近いような感覚なのかもしれない。来年もまた4人とも元気でお鍋をつつきたいものです。

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The 肉〜! という感じのお肉だった......。

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2010年1月29日 (金)

感劇話その130 これを聞かないと1月が終わらない。志の輔らくごin PARCO2010 

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 毎年恒例のお正月のパルコの志の輔。なんだかんだもう4年くらいは続けて聞いているだろうか。今年は終演日まで残すところあと2日と迫った今日、行ってきた。
 1席目『身代わりポン太』。新作だった。舞台は富山県のある村という設定。地域活性化の切り札として進行中だった「たぬきの里プロジェクト」が事業仕分けで凍結となってしまい、シンボルとして建設中だった“たぬきのぽんぽこタワー”が下半身まで建設されたところで工事が打ち切りに……。おろおろと途方に暮れる村長のところに救世主(?)の掃除係のおばあさんが現われて……。
 昨年の事業仕分けの見学の記憶もまだ新しいところにタイムリーなお噺で、凍結でこんなふうに大騒ぎになっている自治体もけっこうあるんだろうかなあと思いつつ、しかし大笑いできて、ほほえましい気分で終わる。昨今の世相を反映しつつ、政治家の抱えるしがらみなんかもぷっと笑えるギャグにして楽しい新作を作ってしまう志の輔師匠。小気味良く鮮やかなインパクトのお噺でスタート。
 2席目『踊るファックス2010』。落語仲間のかよちゃんが、前々からおもしろいおもしろいと言っていて、私はまだなぜか一度も聞いたことがなかった噺だったが、ついにここで。2010というから、細かいところ(寅年ならではのコメントなど)は今年版なんだろうけど、大筋は変わっていないようで。間違って送られて来たFAXから巻き起こるドタバタコメディ。吉田薬局の店主であるお父さんと、FAXを間違えて送ってきた“まみこ”とのFAXバトルがエスカレートしていく様子がちょー愉快。息子とお母さんの言葉もとぼけていて、こんな家族がほんとにいたら楽しいよなあという感じで。落ちも効いているし。こ〜んなお噺だったのね。たしかに、“これ明らかに間違いだよね”と思うような留守電メッセージが入っていたり、ファクスが送られてくることって、時々ある。たしかメールでも前にそういうの、あったなぁ。間違って送った方が悪いんだから放っておこう、というときもあるけれど、内容によってはこの吉田家のような対応をすることもあったりするし、で、そういうときの相手の態度もさまざまだったりして……笑いながらもなんかいろんなことを考えさせられる噺だった。1枚のFAXからこんな噺が展開していくなんて、志の輔師匠、やっぱりすごいわ。
 3席目『中村仲蔵』。一人の歌舞伎役者が(役者のランクの)最下級から名題にまで上り詰めていく過程とともに、『仮名手本忠臣蔵』5段目に登場する斧定九郎の扮装や役どころが今のようなスタイルになったエピソードが語られる。歌舞伎で何度か見ているあの定久郎のキャラクターが初代中村仲蔵によって、こんなふうにして編み出されたものだとは知らなかった。
 師匠と血縁関係も何もなく、実力で名題の地位を手にする仲蔵。しかし、周囲のやっかみやいじめによって、名題としての初舞台で振り当てられたのが、斧定九郎という、はっきりいってぜんぜん大したことのない役だった。でも、自分を名題に推挙してくれた5世団十郎の顔をつぶさないためにも、これまでにない定九郎を演じようと決意する仲蔵。そして生まれる“白塗りの手脚と顔で、黒紋付に裾はしょり”という定九郎の扮装。仲蔵が演じる前までは、定九郎はもっと山賊のようなむさい出で立ちだった。一人の浪人との出会いをきっかけに起きる仲蔵のひらめきと創意工夫によって、登場から10分もすれば撃たれて殺されてしまうサエナイ悪人の定九郎が、華のある色悪的なキャラに生まれ変わって大当たり。それは仲蔵の出世作となり、その後、若手花形役者の役どころとして定着していったのだという。
 もとは三遊亭円生の噺だそうだ。パルコの舞台には歌舞伎座のような花道はないが、花道の登場幕がさーっと開くときの鉄の音や拍子木の音が効果的に使われ、忠臣蔵5段目の舞台が頭の中に生き生きと描き出される。歌舞伎の忠臣蔵を知らない人にも臨場感たっぷりに引き込まれる展開だと思う。仲蔵を演じる志の輔も、ときに見栄を切ったりしながら歌舞伎風に演じたりしつつ、しかしちゃんと落語として展開させていく。そしてじんと目頭を熱くさせるクライマックス。一人の役者が成長してく過程を描くシリアス一辺倒な人間ドラマかと思いきや、芝居を観に来ていた客が後で感想を語るあたりなんかは可笑しさいっぱいだし、1時間を越す長い噺もぜんぜんあきさせることなく、最後までぐいぐいと心を引っ張っていく。まさに志の輔の真骨頂という感じだった。あー、今年もこうやって落語の人たちに心をほぐしてもらうのかなあと、また次の高座が楽しみになってくるのでありました。

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チラシ(左)と、本日の演目。

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2010年1月28日 (木)

コミュニケーションツールとしての……、

 久しぶりに1日家から一歩も出ずに、インターネットで調べものしたりメールでやり取りしたり、ちょっと前にもらっていたメールに返信したり、のんびり読書したりと、黙々と平和な日を過ごす。ずっとマックに張り付いているから、いただいたメールにもすぐに返信したりして、相手に驚かれつつそのまま半ばチャット状態になってやりとりしたりと、それはそれでおかしかった。
 しかし、メールはある意味では便利でおもしろいんだけど、コミュニケーション能力というか、意思の疎通ということで考えると最近ちょっと疑問に思うこともあったりする。というのも、メールに書かれている文章、文体、表現ではいまいち真意が伝わらず、結局は電話で相手の声を聞き、お互いの言葉を直に伝え合って初めてすっきり、しっくり伝わり合う、ということがあるからだ。仲間うちのおしゃべりとしてプライベートなことをやりとりする分にはほとんど問題ないと思うのだけれど、仕事となると、やっぱり最終的には電話で直接、のほうが、かえって話が早かったりすることもある。だから、もちろん時間を選ばないというメリットもあるんだけど、なんでもかんでもメールでというのも、ちょっと考えものかなあと改めて思う今日この頃なのであります。

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ランチとしての鰯丼......。

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2010年1月27日 (水)

オフィスの暖房、家の暖房、お店の暖房

 制作会社で午後から3時間近く打ち合わせ。会議室が異様に暖房がききすぎていて、ほっぺは真っ赤なりんごちゃん、コーヒー飲みつつも喉はカラカラで、最後の方には頭もぼあぼあしてきた。中にいる大半の人が暑がっていた(と思っていた)けど、終了間際に編集長が声を上げてやっと温度調節。あれで快適な人も少しはいたということなのだろうか? というより、まあそんなに我慢できなくはない、という感じだったのかな……。オフィスのエアコンの温度設定って悩ましいんだろうね。夏にはネクタイしている男性に合わせてギンギンに冷やすと、女子はたいてい寒すぎて膝掛けや靴下がないとダメだし、冬は冬でガンガンにあっためられたら、Tシャツ姿で仕事している人もいたりして。いまだに地球にぜんぜんやさしくない環境のオフィスは多い気がする。私なんかはガンガンに暑いよりは多少寒々しいほうが好きだし、夏の冷え過ぎはぜったいに嫌だけど、いろんな人がいるからね。
 今年の冬は暖冬という予報に反してかなり冷え込んでいる日もあるけれど、それでもこの真冬の時期で我が家はファンヒーターの設定温度が16度〜18度くらいで充分あったかくなるから(昨シーズンまでは冷え込んだ日には20度以上の設定もちょくちょくだったのに)、これも地球全体があったまっていることの証し? といえるのかしら。
 しかし、打ち合わせを終えて、編集者Bと入った中目黒の蕎麦屋さんは、お店が広いせいもあるのか、まだ人が1組しか入ってなかったせいもあるのか、がらんと薄ら寒かった。電車を降りて数分歩いて、相変わらず喉がちょっと乾いていたから生ビール、と思っていたが、コートを脱いで座ったとたんになんだかひゅるるっと寒くなり、予定変更してひとまずぬる燗と、季節野菜のあったかいお浸しを注文。あの涼しさでは冷たいお蕎麦をいただく気にはちょっとなれないかな、と思った。公共の場の温度管理って、なかなかむずかしいもんだ

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2010年1月26日 (火)

追悼 バスに乗る猫のキャスパー君

 歯医者に行くべく支度をしながら流していたテレビのワイドショーで、毎日バスに乗ることで有名だったイギリスの猫、キャスパー君が、数日前に死んでしまったことを報せていて、びっくりした。しかもひき逃げ事故というから大ショック……。キャスパー君は毎日、自宅の近くにあるバス停から決まって10時55分発の3番のバスに乗り込み、1時間ほどのんびりバスに揺られて戻ってくる。4年間くらい毎日同じバスに乗っていて、地元紙でもニュースになっていた。
 以前、このニュースを知ったとき、なんとまあ素敵な猫ちゃんと、町の人たちもいるものだと思って感激した。後部座席でよく丸くなって寝ていたり、他の乗客の脚にじゃれつくこともあるが、それでトラブルになったことは一度もないらしい。路線バスの運転手さんも心得ていて、降りる停留所でまだキャスパーが寝ていたら起こしてあげたりしたんだって。さらにはバス会社も“この無賃乗車の客に対してよく面倒を見るように会社から運転手に申し送りが行われていた”そうで。なんて幸せな猫ちゃんだ。飼い主さんは当初、キャスパーが毎日1時間ほど姿が見えなくなるけど、どこで何をしているのかさっぱりわからなかったようで、ある日バスの運転手さんから、バスに乗って街を回っていると教えてもらったらしい。飼い主さんいわく、「キャスパーは人間が大好きなので、バス停で待っている人達についていってしまったのかもしれないし、私もそのバス停からバスに乗ったことがあるから、それを見て何をしているのだろうと好奇心を持ったのかも知れません」ということなのだそうで。
 キャスパー君は2002年に保護施設から引き取られた猫ちゃんだった。自由の精神の持ち主でちょくちょく姿が見えなくなるので、映画に出てくる漫画の幽霊のキャラクターからとった名前をつけられた。4年間で2万マイル以上バスの旅を楽しんだというキャスパー。12歳だった。事故に遭った日もバスに乗ろうと出かけていたのかな……バス会社は「非常にショックで悲しんでいる」とコメントし、スポークスマンは声明で「今は天国で探検を楽しみ、ほかの猫たちにも自分の冒険談を語っていることだろう」と述べたそうだ。とても悲しいけど、キャスパー君、天国でやすらかに。ありし日のキャスパー君の映像はこちら

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2010年1月25日 (月)

元気な女性(ひと)たち……、

 ニューヨーク在住で、一時帰国しているアーティストMさんとランチ。今回の帰国のメインの目的は、春に日本で個展をやるのでその準備、ということらしい。OL生活から一念発起して絵を描くために単身NYに渡ったMさん。それから今年で9年になる。今は絵画と彫刻をメインに制作を続けている。そんな人だからとことん前向きだし、バイタリティに溢れている。昨年のヨーロッパ旅行のときの話を聞いたり(もちろん一人旅)、制作中の新作の彫刻の写真を見せてもらったりしていると、そっかー、と私の心の中にぷすぷすとくすぶっている意欲の小さな種火のようなものにまで風が吹き込まれて、火がちょっと大きくなっていくような、そんな気分にさせられてしまう、不思議なパワーをもった人だ。
 先週会ったフォトグラファーのK子さんといい、今日のMさんといい、どうしてNYで暮らす日本の女性たちはこんなに元気満々なんだろう、と改めて思わされる。あ、ロンドンにいるKさんもそうだった。生まれた国を出て、別の国でバリバリがんばっている。といっても、がんばりすぎずにちゃんとがんばっている、といったほうがいいかもしれない。適度にゆるい部分もあって。だから大好きなんだと思う。尊敬もしているし、彼女たちとの会話は心地よく、そして会うたびに元気をもらえる。たぶん、いまの自分はいろんな人から次々に刺激を受ける時期、なのかもしれないな……。

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2010年1月24日 (日)

疲れか、副作用か??

 午後から取材。約2時間半のインタビュー。今日から数ヶ月間、月に1〜2度、同じ人にお会いして話を聞き、それを本にまとめることになる。第一回目の本日のお仕事はまずまず順調に進んだが、終わって編集者と打ち合わせをして電車に乗ったら、なんだかどっと疲れが出てしまった。考えてみたらこないだの水曜日からなんだかんだ毎日違う場所で人に会っていたから、疲れがたまってきたのだろうか。そうはいっても昨日はオフで観劇&ご飯してリフレッシュしているはずなのに。楽しいことでも何かしら外で受けている刺激が、ときにプラスのストレスからマイナスのストレスに転じる、ようなこともあったりするのだろうか。
 とりあえずまっすぐ帰宅してちゃっちゃと夕飯を作って食べたらいきなり爆睡モードになり、気がついたら日付が変わりそうな時間。もしかしたら、いま飲んでいる抗生物質の副作用もあるのかもしれない(もちろん、効果もしっかり出てきているけど)。副作用を調べてみると、だるさとかむくみ(いやーん!)とかあったし……明日もまた外で人に会うので、今日はこのままお風呂に入ってとっとと寝ることにします。

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2010年1月23日 (土)

感劇話その129 宝塚歌劇de『カサブランカ』

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 久しぶりに宝塚歌劇を観劇。あの映画の名作『カサブランカ』を世界で初めてミュージカル化したという話題作で、宙組の新トップコンビ、大空祐飛、野々すみ花のお披露目公演だった。今回の観劇の発起人(?)である熱狂的ヅカファンのKちゃんをはじめ、宝塚に関わりの深い出版社の編集者BとデザイナーY、そして私という珍しい編成で出かけた。正直、予想以上によかった。おもしろかった。もちろん、ボギー&バーグマンの映画と比べるものではないが、リックを演じる大空祐飛の凛々しさは魅力たっぷりだし、おなじみの曲「AS TIME GOES BY」や「君の瞳に乾杯」といった名台詞が効果的に使われて映画の記憶を甦らせながら胸がきゅんとなるシーンもありつつ、回り舞台を生かした場面転換やセピア色の映像の背景など、独自の演出もすばらしくて、とても見応えのある舞台だった。そうそう、サム役の萬あきらさんもすごくよい雰囲気で、安定感があった。彼女は本公演で卒業だそうです。それにしても、トップとしてのお披露目公演でこの作品に巡りあうとは、大空さんはとても運がいい、というか、何かをもっている人なのかも。宝塚版『カサブランカ』はひょっとしたら『ベルばら』以来のヒットになるかも? なんて思ってしまうくらい満足な気分で劇場を後にした。
 それから遅いランチをとるべく、宝塚劇場近くのタイ・レストランへ。女子4人で明るいうちからのんびりとワインをいただきながらつまむタイ料理がこれまたうまし。ハーブの味がしっかり効いた、私の好きな味のタイ料理だった。楽しい観劇と、その後のおいしいご飯という理想の流れで、久々に幸せな週末気分をかみしめたのでありました。

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プログラム。関西(宝塚大劇場)で先に行なわれたときのものと、デザインや中の写真が微妙に違っているので、大劇場でも見てきたというKちゃんのと比べてみたらなかなかおもしろかった。

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2010年1月22日 (金)

初めての美味しさ2つ♡

 ロンドン在住の友人、Kさんが仕事で日本にきているので、表参道でランチ。東京で唯一だというチェコ料理店「カフェano」に行ってきた。ジャガイモをつかった“チェコ風お好み焼き”といわれる「ブランボラーク」を食べた。ブランボラークは、すりおろしたジャガイモに粉や卵や牛乳を加えて焼いたもの。外はカリカリ、中はもっちりの素朴な家庭料理といったところで、すりおろしたにんにくが入っているので、おやつというよりはおかずな感じ。チキン・ブランボラークとかソーセージ・ブランボラークとか数種類あり、チキンは中に鶏肉がはさまれていて、タルタルソースでいただく。なんか、なつかしくてほっとするような美味しさだ。写真を撮りそびれたので、ご興味のある方はこちらをご参照ください。
 Kさんの話では、イギリスは今年、大寒波に見舞われていて、雪のために空港が閉鎖になったりもしているらしい。そういえば、数日前の新聞の1面に、グレートブリテン島)が一面真っ白な雪で覆われている様子をNASAの地球観測衛星が撮影した写真が出ていたことを思い出す。あれはじつにきれいな写真だったけど、実際にそこに暮らす人にとってみたらけっこう深刻らしい。ロンドンでもマイナス10度くらいになる日があるとかで、20年以上現地に暮らす彼女も、「こんなの初めて〜」と驚いていた。そういえば、1月は海外在住の人が日本に帰国するケースが多いのか、2日前はニューヨーク在住のK子さんに会ったし、来週にはもう一人、ニューヨーク在住でこっちに来ている友達に会うことになっている。
 Kさんと別れて神楽坂へ移動し、編集者MMさんと打ち合わせ。甘味処の「紀の善」で。何度も前を通っているにもかかわらず、一度も入ったことがなかったお店だった。MMさんのおすすめで抹茶ババロアをいただく。ちょーうまかった。抹茶のほろ苦さ、あんこの品の良い甘さ……もう、はなまる。久々に感激の和スイーツ♡で、思わず夫に抹茶ババロアと、あんずあんみつをお土産に。店頭で買うこともできるのでした。あんずが大好きな夫は、あんこのおいしさと合わせて予想以上の喜び様だった。

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「紀の善」の抹茶ババロア。生クリームもあっさりめ。

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2010年1月21日 (木)

病院ダブルヘッダー

 2、3日前から奥歯だかその歯茎だかが痛みだしたので午後から歯医者へ。本当は昨日行きたかったのだが、休診日だったので。原因の一つは親知らずが押してきていることかも、といわれる……そうだった、他の3本は既に20代のときに取り去っていたのだが、1本だけ、うまくいけば一生動かないかも、といわれて残しておいた親知らずが1本あったんだ……それが今頃になって〜? とにかく、先生によればその奥歯のところだけ、まるで脱臼でもしたかのようにハレているというので、痛いはずだわ……。とりあえずは炎症を抑えてから、それから次の処置を考えようということで抗生物質と痛み止めをもらい、続きは来週頭となった。
 そして夕方にはわらびの診察で動物病院へ。いつもの療法食をもらうついでに、最近よく食べているわりには体重がちょっと減ってきているのが気になったので診てもらうことにした。甲状腺の病気かな、とか、そろそろボケも出てきたのかな、とか、いろいろと気になる。まあ、元気なようでも超後期高齢には変わりない。これから何があってもおかしくないのかも。
 というわけで、1日に病院2軒も行ってしまった。帰り着くと既に夜……会食の予定があったが、相手から「仕事が片付かない」との連絡がきて、午前中のうちに延期にしていたのだった。なんだかけっこう疲れたので、延期してもらって結果的に幸いだった。それにしても、長年眠っていた最後の親知らずが今頃になって動き出してきているのだとしたら……改めて、人間のカラダってすごいなあと思ってしまう。おそるべし。そして、考えるとなんだか憂鬱。

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2010年1月20日 (水)

前を向いていくぜよ。

 大寒だというのに18度とか19度くらいまで上がったらしく、なまあったかい日だった。それでも日が落ちたら寒くなるかと思っていつものコートを着て出かけたら、帰りの電車の中で暑苦しくて往生した。そこそこ混んでいる車内で厚手のコートをたたんで手に持って立っているのはけっこうしんどいものなので、けっきょく着たままだったのだ……。
 ニューヨークからフォトグラファーのK子さんが来ていて、銀座でお茶。お目にかかるのは昨年の春先以来だったかな。今回もこちらの出版社数社に顔を出したそうで、当然のように昨今の出版界の話になる。K子さんによれば、ニューヨークの出版不況もかなりのものらしく、どんどん雑誌が休刊になっているそうなのだが、彼女自身はもともと日本からの仕事しか受けていないし、もともとたくさん儲かるような仕事をしているわけじゃないから不況は特に関係ない、と至って涼やかであった。さらには、もうかなり以前から紙媒体には期待はできないからweb媒体の仕事でもっとお金を稼げるようなシステムを全体で作っていくべきだと考えていて、自分なりにはかなり実践もしているのに(たとえばweb写真集などを制作したり……)ぜんぜん周りが変わってこないというようなことを嘆きつつ、でもやれることをどんどんやっていくしかないので、と、またきっぱり涼やかな表情で話された。
 Web媒体への期待度の高さをしっかりアピールできるのは、彼女がやはり30代半ばだからだろうか。ひと回り以上世代が上の私たちになると、そうなんだよねーとは思いつつ、もちろん否定はしないけれど、あくまで「(自分がやる)お仕事として」ということで考えると、いまいちweb媒体というものにそんなにはシンパシーを感じられない自分がいる……というのが正直なところ、だったりして……。でも、それは彼女のいうように、いま紙媒体にいる人がwebへと移行してちゃんとみんなが仕事として成り立つようなシステムが確立されれば、それはあり、なのかもしれないけど、そんなことありかなぁ……うーん、とにかく今は出版界のカタチが大きく変わっていこうとしているときなのだ、ということは間違いなくて、その中でいまの自分がどうするか、何をしたいのか、なのだ。でもなんか、彼女のあの前向きな“キッパリさ”に改めて敬服させられたことは確かで、たしかに、後ろ向きになっていても何も始まらないのだから、前を向いていくしかないのだなと思った次第で……。なんかいつもK子さんにあうとこんな気持ちにさせられている気がします、私……。

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2010年1月19日 (火)

とりあえずの危機は脱出……?

 Jリーグの各チームが選手補強などを整えて新体制で始動するなか、クラブの存続自体が危ぶまれていたJ2の大分トリニータに、Jリーグからの2・5億の追加融資が決定。どうにか首がつながったようだ。まあ、ほっとした。応援するクラブチームが消滅してしまうなんて、やっぱりあってほしくないことだもの。とはいえ、何もかもこれからだろう。借金を返済しない限り、J1への復帰はない。というよりもチームの存続が危うい。1日も早くJ1復帰、ということよりも、まずはJリーグに存続し続けるチーム、ということを目指していくべきではないだろうか。多くの選手が移籍してしまって(どうやら高松は残ったみたいだけど)、総入れ替えに近い、ほとんど新しい体制だろうから、戦力も未知数、というか、これまでよりは明らかに落ちるのは否めないだろうし。とにかく、それでもチームがなくなってしまうよりはぜんぜんいい。クラブが存続していくこと。そのために私個人も自分なりにできることを考えないと……。

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2010年1月18日 (月)

小林繁さんのこと

 巨人と阪神でエースとして活躍した小林繁さんの急逝には驚いた。まだ57歳。イケメンで、スレンダーな体つきから繰り出されるサイドスローの変化球が印象的な投手だった。今季は日ハムの1軍投手コーチに就任したばかりだったという。
 私たちの年代にとって、あの「空白の一日」からつながる江川との突然の交換トレードは衝撃的な事件だったし、今もよく覚えている。江川と小林の突然のトレード発表は79年の1月末。大学受験の真っ最中だった時期だ……。だから2007年にその二人が日本酒のCMで本音で初共演しているのを見たときは、新たな衝撃だった。へぇ〜、あれ以来、二人の接点はぜんぜんなかったんだ……ということにも驚いた。あのCMは、江川事件のことを知らない年代の人が見たら、とくになんということもない、ただおじさん二人が飲んで和やかに話しているというCMなんだろうけど、事件のことを知っている年代の人には強いインパクトを与えてしみじみさせるCMだったと思う。
 昨夜のスポーツニュースで、トレード発表のときだか、阪神の入団のときだかに会見している小林さんの映像を見て、改めて驚いた。「犠牲になったという意識はありません」「向こうに行ってからの仕事で判断していただきたい」「同情は買いたくない」と、毅然と話す姿がじつに立派で潔く、ものすごく大人な感じがしたんだけど、そのとき小林さんは26歳なのだ。すごい、あの落ち着き用というか、渋さというか、時代が時代だから髪型なんかも今の20代に比べるとかなりおじさんスタイルではあるけれど、それにしても、ものすごい大人。その7年後に26歳になった自分の“26歳のとき”と比べても、同じ社会人ではあってもぜんぜん違う、あの小林繁さんは正真正銘の一人前、ちゃんとした本物の大人であった。そして移籍一年目のこの年、小林さんは22勝を挙げて自身初の最多勝利投手となり、2度目の沢村賞を獲得。22勝のうち8勝が巨人戦で、対巨人は無傷。すごい。かっこよすぎる。ドラマでもこうはいかない。江戸や明治の頃に比べて、今の日本人は幼くなったといわれているが、ほんの30年前の昭和の時代でも、ちゃんとした大人はもっと多かったのである……。小林繁さんのご冥福をお祈りいたします。

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2010年1月17日 (日)

「ラグジュアリー」という名のファッション展

 東京都現代未美術館に「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展を見に行く。今日が最終日で、またまた駆け込み……。「ラグジュアリー(=贅沢)な服」が意味するものは、視覚的に豪華な服であったり、身につけたときに特別な感覚、先進的な満足を得られる服であったり。豊かさの現れとしての「ラグジュアリー」に対する考え方の変遷を、各時代の服とともに考えてみるという企画。 
 最初のスペースは「着飾ることは自分の力を示すこと」と「削ぎ落とすことは飾ること」をテーマに、16世紀末のエリザベス1世時代のボディス(胴着)から近代までの服が並ぶ。18世紀、マリー・アントワネットが生きた時代のロココ調の豪華なドレスの緻密な刺繍や金糸銀糸をふんだんに使った装飾は、言葉を失うほどのきらびやかさ。玉虫厨子(たまむしのずし)さながらに、玉虫のあの光り輝く緑の羽をびっしりと刺繍に用いたインド製のドレスは2点で5000匹もの玉虫が使用されているという……毛皮だけでなく、美しいものはなんでも使いたいという人間の欲望も見てとれる。20世紀になると、シャネルやヴィオネのシンプルで機能的な美しいドレスをはじめ、リキテンシュタインのイラストを取り入れたドレスや、モンドリアンのアートをドレスにしたサンローランの作品も登場。つい最近のものでは、ファーとタータンチェックを組み合わせたルイ・ヴィトン(マーク・ジェイコブス)のコートもあった。
 次の「ひとつだけの服」のスペースには、メゾン・マルタン・マルジェラの手仕事による一点もの。潰した王冠、カットしたレコード盤、タイル、櫛、ひもなどさまざまな素材をたくさんつなぎあわせて作り上げたドレスが制作時間を明記されて並ぶ。王冠のドレスや櫛のドレス、どれも見事に服になっている。50 時間、46時間など、一着の服を手仕事で作り上げていく時間も贅沢さの要素なのだと感じさせられる。最後のスペースは「冒険する精神」として、建築家、妹島和世がデザインする空間にコム・デ・ギャルソンの服が点在する。ここも楽しかった。ときに着用の仕方がわからないほどオリジナリティに溢れた川久保玲の作品は、服もアートであることや、服を着ることのわくわく感を改めて感じさせてくれるし、ファンの一人としては、80年代から現在までのギャルソンの代表作が一堂に会しているのはとても興味深かった。このところの大不況でなんとなく自分でも消費を控えるモードになっていたが、久しぶりに新しい春の服を一枚買いたくなってきたような、そんな気分になって会場を後にしたのでありました。

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パンフより。写真右端が妹島和世による空間デザイン

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2010年1月16日 (土)

寒中お見舞い

 年末年始はずっとおだやかな晴天でぽかぽかだったのに、今週の大寒波襲来。冷え込んでますなあ。でも、こんな関東より九州(沖縄を除く)の方がずっと冷えているようで。そして、こんな一番の冷え込みウイークにちょうどファッション・フェアで沖縄からやってきたヨーカンご一行様。さすがにかなりまいっていた。「寒いなんてもんじゃないさ〜、東北の人たちが寒くて口が開かない理由がよ〜くわかったさ〜」と、まさに閉口していた。たしかに、東北人の夫から、「東北は寒すぎて口を開かないから、会話も略した短い言葉になる」みたいな話を何度も聞いたことがある。たとえば青森の一部(津軽地方)の人とか秋田の人は「どさ」「ゆさ」で会話が成り立つ(「どこさ行ぐの?」「湯さ行ぐどご」の省略形)みたいに。でも、この寒波も来週半ばには一転、春のような陽気になるというんだけど、それもどうなんだか。カラダがまいってしまいそう。
 猫はあったかいところをみつける天才で、冬場はわらびも布団の中に入ってくるし、ヒーターの前から離れなかったりしている。あんまりヒーターの間近にいすぎて、毛が焦げないかといつも心配しているほどだ。冷え込んだ今週は、朝いちばんのわらびの「ヒーターつけて」コールで何度も叩き起こされた……。

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あったかいな〜、(顔、近すぎ!)





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すぐにごろりん





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午前中のひなたぼっこも大好き





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元気で〜す。

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2010年1月15日 (金)

戦利品……?

 昨日は自重して飲む量を控えめにしたせいか、今朝は目覚めも普通。昨日はウォーキングも再開できたから、まずまずの日だった。この調子で今日も、と思っていたが、また夕方から出る用があったので、洗濯したりなんだかんだしていたらすぐに支度しなきゃいけない時間になってしまって、歩けず。でも、絶対毎日やらなくちゃ、みたいに思いすぎていても、できなかったときの失望感が大きくなるだけだから、あまり自分をがんじがらめにしないように、課すことはせず気楽に構えていこうと思っているのでありました。都合よすぎ? まあ、いいでしょ。無理のないのがいちばんだし。それなりにゆるゆるとしているほうが続くのではないかなあと、思うので。
 ウォーキングのコースはいくつかあって、川沿いコースにしたときは、帰りに豆腐屋さんに立ち寄ることがある。午後遅めに厚揚げや油揚げができてくるので、できたての厚揚げを買って帰って、軽くあぶってネギとかつおぶしとおろし生姜にお醤油をちょっとかけて食べると、とってもおいしい。厚揚げを買うときに、店のおじさんから「煮るの? 焼くの?」といつも聞かれるのだが、調理法によって厚揚げが違うのか、今度聞いてみようと思っている。昨日も川沿いコースだったのだが、畑のそばに臨時の野菜の販売所が出ていて、今まで見たことないなあと思っていたら、昨年末から週に2回出している、とのことだった。どれもみずみずしくて美味しそうだったけど、荷物が重くなると歩き辛いので、間引き大根とネギをゲット。今朝は大根の葉っぱをじゃくじゃく切ってごま油で炒め、炊きたてのご飯にかけて食べた。こんなふうに、ウォーキングにはささやかな戦利品の楽しみというのもあったりします。

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桜の木に堅い小さな蕾がたくさんついている。

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2010年1月14日 (木)

亦楽しからずや

 夕方までにコラム原稿の一部直したものを送り、夜は九州から同級生のH君が出張で来ているということで、中学時代、高校時代の同級生十数人で集まって食事。私はH君とは高校が同じなのだが、中学は別の学校だった。今日はH君と同じ中学校出身で、高校は別のところに行ったという同級生もたくさん集まっていたので、高校だけがH君と同じ私を含む数人にとっては、初めてお目にかかる同郷の同級生がたくさん居て、いつもの同窓会とはひと味違う、新鮮な気分だった。でもみんなおんなじアラフィー♪。とはいえ、このH君は昨年から地元の高校(有名進学校)の教頭先生をしているのだが、見た目は高校時代からぜっんぜん変わらない、俳優の篠田三郎似の(いや、もっと若い)永遠の青年、みたいな、とても今年50歳には見えない、イケてる教頭先生なのだ。「こんな先生が教頭先生で、毎朝校門のところに立っていたら、ぜったい毎日学校行くのが楽しくてしょうがないわよね〜」と、かつて女子高校生だったアラフィーの女子たちも太鼓判を押すくらいの若さなのだ。なーんて、ちょっと誉めすぎましたかしら。
 でもなんだかんだいっても、同窓会でいつも思うことなんだけど、みんな大して変わっていないのだ。H君はかなり際立っている例だとしても、他のみんなもほとんど昔のまんまで、小学生や中学生や、高校生の頃のまんま。もちろん厳密には大人になっているんだから、みんなそれなりにちゃんと大人の顔にはなっているんだけれど、その大人の顔の中に、面影というのか、子供時代の顔がちゃんと見える。だから、全然変わっていないと思うんじゃないのかな……と、最近私は思っている。まあ端から見たら、完璧に中年の集団なんだと思うんだけど、中ではそんなことをそれぞれ言い合いながらワイワイ飲んでいるというのもまた同窓会の楽しさだと思うのであります。

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2010年1月13日 (水)

今年初の……、

 昨夜、歌舞伎の後でカメラマンKさんとお寿司屋さんで新年会。ふるまわれたヒレ酒を飲み過ぎたせいか、朝、目が覚めたらやや気持ち悪く、カラダはどんより重たい……今年初のやや二日酔いかも、という状態だった。ちょうど暇だし、外はさぶいし、で、家の中でゴロゴロ。たまっていた新聞を読み、録りためていた番組を見ながら1日を過ごす。それにしても、やっぱりお酒が弱くなったと感じる。昔からウィスキーに比べると日本酒は翌日に響きやすいのだが、お燗していたからそんなでもないと思ったんだけど……でもヒレはコリコリ美味しかったな。お粥を食べていたら夕方には体調も戻り、夕飯は冷蔵庫にある野菜をことことポトフにしたり、鶏肉のコンフィを作ったりしながらまったりした。メリハリというか、原稿出して一段落した時期だから、こういうのもありか。にしても、お酒の量はマジで考えながら飲まないといけないかなあ……。最近、自分の周りにも、飲んだら翌日、胃腸はなんともなくても飲んだときのことをなんにも覚えてない、とかいってる同世代の仲間が増えてきているから、そういうのはなるべく避けたいもんだしねぇ……。

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浅草歌舞伎で買ってきた焼豆大福。歌舞伎座に行ったときも必ず買う。焼けた皮の香りが芳ばしく、お餅もずっとやわらかい。劇場でもつまむし、夫も好物なのでお土産にも買っている。

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2010年1月12日 (火)

感劇話その128 新春浅草歌舞伎2010

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 お正月恒例の浅草歌舞伎。今年は浅草で歌舞伎が復活して30年目なんだそうで。先週、第一部を、そして今日、第二部を見てきた。演目は、第一部が『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』、『元禄忠臣蔵』、『忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)』、第二部は『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』、『猿翁十種の内 悪太郎』。
 『正札……』は曽我五郎と小林朝比奈という二人の引き合い(引っ張り合い)がユニークな舞踊。草摺とは鎧の下に付いている防具のことで、これを引き合って力競べをする様子が踊りになっている。お話としては、父の敵に対面するために駆け出そうとする五郎を朝比奈が必至で留めようとして引き合いになるわけだが、そういう緊迫感というよりは、滑稽さがあって華やかで、見て楽しい舞踊になっている。五郎の亀治郎と朝比奈の勘太郎の息も合っている。『元禄忠臣蔵』は同じ忠臣蔵での話でも『仮名手本忠臣蔵』と違ってあんまり(私は)馴染みがないので新鮮。赤穂浪士の一人である富森助右衛門(亀治郎)とその妹お喜世(七之助)、後に六代将軍家宣となる徳川綱豊(愛之助)などが出てきて、御浜御殿(現在の浜離宮)を舞台に話が展開する。七之助が美しい。亀治郎はなんだかやっぱり安心して見ていられる。愛之助はやがて将軍となるイケメンの殿様で、吉良の身代わりとして能の『望月』の装束に身を包んで現れるところは清々しい美しさがあった。
 『忍夜……』は勘太郎、七之助の兄弟がそれぞれ大宅太郎光国、滝夜叉姫となって踊りや立ち回りを見せる。これも初めてだったが、江戸後期に初演された古典の名作らしい。滝夜叉姫は平将門の娘でガマの妖術使いなので、妖術を使うシーンではスペクタクルな舞踊もあり、セットが動いて屋根の上のシーンになったり、巨大なガマが現われたりと、ダイナミックな見せ場もある。派手だし、外連味のある演出、歌舞伎らしい歌舞伎、という感じでとても楽しめた。ガマが舞台の中心に出て来て立ち回るシーンは、昨年秋に歌舞伎座で見た『蜘蛛の拍子舞』の蜘蛛を思い出した。今回のガマはあの蜘蛛のように見栄を切ることはなかったが、けっこう活躍していた。
 『奥州安達原』は文楽でもおなじみの演目。豪族の安倍貞任、宗任兄弟が、源義家に復讐を挑む話を主軸に、復讐劇に巻き込まれる家族の悲劇などが描かれる。目の見えない母、袖萩(勘太郎)に娘のお君(上手な子役ちゃんだった)が雪の中で自分の着物を脱いで掛けてあげるシーンは文楽でも泣かせるところだけど、今回も不覚にもほろり。袖萩の母、浜夕役の歌女之丞さんもよかった。袖萩の夫である安倍貞任(勘太郎が二役)が桂中納言という勅使に化けて登場するシーンがあり、正体がバレると衣冠束帯の姿から着物を脱いで本性を現す「ぶっ返り」という演出があるのだが、ここは見応えがある。何層にもなった着物を一枚ずつ、筍の皮を剥ぐように脱いでいくと、その着物がリバーシブルになっていて(たぶん)、脱ぎながらド派手な安倍貞任の装束が完成するという(なかなか文章ではうまく伝えられませんが、見るとすぐわかる)もので、スムーズに変わっていくのをキメるのはなかなか大変そうな演出だ。
 『悪太郎』は狂言を舞踊化したもので、澤瀉家の家の芸。亀治郎の悪太郎は大酒飲みで、酔って千鳥足ながらもテンポよく踊る様子は、ジャッキー・チェンの『酔拳』を思わせるようでもあり、笑いに溢れた楽しい演目。第二部はお席が花道のすぐ脇という絶好の位置で、役者の走る衣擦れの音を間近に聞き、悪太郎が振り回す長刀が目の前に迫ってくる感じで、臨場感もたっぷりに堪能させていただきました。

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プログラムの表紙と裏表紙。今回は出演者の写真が羽子板になっている。私も中で一部、取材原稿を書かせていただきました。


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これまでの浅草歌舞伎のポスターが一挙公開されているのもおもしろい。

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2010年1月11日 (月)

今年最初の原稿を出す。

 まずは昨日、途中まで書いた"わらびの手術入院話(18年前)"の続き。去勢手術が一転、避妊手術となり、日帰りからお泊まりになって、手術されたわらび。「明日の夕方にお迎えに来てください」といわれて私は帰宅。ところが翌朝8時過ぎに、電話がなった。出ると動物病院からだった。「お迎えは夕方と言ったんですけど、わらびちゃんが鳴きわめいてうるさくて、他の入院の犬猫ちゃんたちに刺激を与えるといけないので、できればすぐに来ていただけませんか?!」……電話の向こうからわらびの叫び声がこだましていた。やれやれ、初めての入院&手術でびびっているのか。もともと気が強い性格で、飛行機に乗せて実家に連れて帰ったときも、空港の荷物引き渡し場所で、うなり声がすると思ったら案の定、わらびだったということは、よくあったのだが、そうですか、病院でも……ひょっとして問題児? 他の猫ちゃんたちに迷惑かけちゃいかんよね。 
 その日はお昼前から打ち合わせが入っていたのだが、編集者に謝って時間の変更をお願いして、あわてて病院へ向かったのだった。病院に着くと、奥の病室でまだわらびは叫んでいた。そして、患部を舐めないように、靴下に4カ所(手脚を出せるように)穴を開けたようなチョッキみたいなものを着せられたわらびが、わめきながら獣医さんに抱っこされて現われた。よっぽど怖かったのか。それとも、「いったいあたしに何をしたのよ!!」とでも言いながら怒っていたのか。やれやれと思いながら、なんだか情けない気持ちになって、わらびのケージを抱えながらとぼとぼ帰った。そんなわらびの気の強さは今もぜんぜん衰えていない。
 さて、今日のうちに今年最初の原稿を編集者にメールした。結局、なんだかんだ1日作業になったので、今日はウォーキングに行けずじまい。サボり癖がつかないように気をつけないと。でも、明日はかなり冷えて、雨か雪になるという予報もあるし……やばいかなぁ。

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昨日は夕方歩いたんだけど、5時過ぎでもうこんなに暗めになっていた。

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2010年1月10日 (日)

入院騒動記

 妹夫婦が飼っている猫(名前はモカラ、8ヵ月のオス)が、昨日から去勢手術で病院に1泊。今朝、妹たちがお迎えに行った帰りの車の中、自分専用のバッグの中で大量におしっこをしてしまってえらい騒ぎになったらしい。幸い、被害はバッグだけで新車の車内はギリギリ大丈夫だったとか。医者に聞いてみると、入院中は一度もおしっこをしなかったらしく、きっとモカラは初めての外泊、しかも手術ということで緊張しまくっていたのが、迎えに来てもらってほっと安心したということなのだろう。かわいそうに。家に帰っておしっこまみれの身体を洗ってもらったら妹の膝の上で泥のように爆睡したそうだ。怪獣モカラの異名を持つ彼は、日頃は傍若無人でやんちゃであらゆるものを噛みまくって元気いっぱいなのだが、さすがに今回は初めての外泊&病院で、しかもオスじゃなくなっちゃう手術されちゃってるわけだから(はっきりした自覚はないんだろうけど)、なにがなんだかワケわかんない展開に、ビビりまくっていたんだろう。しかし、昨日とは違う自分になっていることに、そのうち徐々に気づいていくんだろうか。そして、あの凶暴、いや、やんちゃな性格は、オカマちゃんになったら変わるのだろうか。わらびは避妊手術をした後も、性格には大して変わりがなかったように記憶しているけどね。

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安心して爆睡するモカラ。既に4キロとデカい。




 手術といえば、じつはわらびは最初もらってきたときから数ヶ月はオスだと思い込んでいたから、オスにしては患部の発育状況がちょっと遅いみたいだなあとは思いつつも、去勢手術のつもりで病院に連れて行った時、先生から「ありゃ、この子、女の子ちゃんだった、じゃ、避妊手術ですね」とあっさり手術方針がチェンジされ、去勢手術だったら半日で帰れるところをいきなりそのままお泊まりになった、ということがあった。猫は小さいうちは雄雌の区別がつきにくいものも多く、家に生後3ヵ月でわらびがやってきた直後から見てもらっていたその先生も、オスだと私が最初に言ったこともあって(オス猫ということでもらってきたという経緯があったので)、さっと見てオスだと思っていたようなのだが、さすがに手術の時期になるとオスじゃないことがはっきりわかるので、そこで改めてカルテも書き換え、最初に性別を間違えたおわびにといって治療代をちょっとおまけしてくれたりしたのだった。
 そのとき私が感じたのは、去勢手術と思って病院に連れて行ったときは大して深く考えていなかったのに、じつはメスで、避妊手術でお腹を切るといわれたとたんにわらびがすごーくかわいそうに思えてきた、ということだった。そして、わらびごめんよ〜、という気持ちに浸りながら家路に着いたのだった。やっぱりジェンダーに対する意識は強いのか、オスの去勢については感情移入ができないのに、メスの避妊手術、卵巣や子宮をとられちゃう、ということについてはものすごく心が反応して、飼い主の勝手な都合でこんな運命を強いられているわらびに申し訳ないという気持ちでいっぱいになったのだ。このときの話をするたびに、夫や妹の夫には“なんだそりゃ!”と、ムカつかれるのだけど。でも、そういうことなのである。
 このわらびの避妊手術入院の話は翌日、ちょっとしたオチがあるのだが、長くなるので続きは明日にでも。かくしてわらびは純粋なメスとはいえないカラダになり、今日まで18年余り、元気に生きている。モカラも今日からオカマちゃん人生(猫生)が始まったわけだけど、元気に長生きしてほしいものである。

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なんだよ、気持ちよく寝ているのに......、とでも言いたそうな。写真嫌いは相変わらず。

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2010年1月 9日 (土)

もつ鍋de新年会

 世の中、今日から三連休のよう。もとより自分はカレンダーとは無関係の仕事なので、締め切り前や取材のある日なら土日も祭日も仕事するし、原稿を出し終えて暇になったら平日でも休日、というサイクル(?)は今のところ変化なしだ。今回は連休明けに出す原稿があるので、今日はまあほどほど、明日と明後日はけっこう仕事、という感じだろうか。
 というわけで今夜は妹夫婦と新年会も兼ねてもつ鍋屋さんに行ってきた。

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左が点火前。右がぐつぐつ煮立ってきたところ。




 もつ鍋はたまに無性に食べたくなるお鍋の一つだ。九州人でも大分県人の私はこんな鍋があることは大人になるまで知らず、90年代前半のもつ鍋ブームで初めて知ったのだが、博多生まれの義弟(妹のだんな)や大学時代を博多で過ごした妹は、学生の頃(80年代前半)からよく食べたそうで、“昔はすんごい安くて汚いお店で、でも美味しいもつ鍋を食べていた経験があるから、こんなにきれいな広いお店で一人前千円以上もするもつ鍋を食べているのは、美味しいけど、いまだにいまいち釈然としない……”というようなことを、もつ鍋屋にいくたびに話している。たしかに。ホルモン系を出す焼き肉屋さんも、80年代終わり頃はすごい安くて、店の環境も、煙もうもうで、コートに匂いが移らないようにゴミ出し用の袋に入れたり、コート専用のビニールに入れて壁に掛けたりしてたもんなぁ。そう考えると、ホルモン・ブームといわれる今ではお店の造りもこじゃれてきれいなところが増えて、換気もばっちりで、そういう部分も含めてお値段は昔より高くなっていたりして。
 まあしかし、もつ鍋は第一次ブームが去ってから、よくまたブーム再来となったもんだ。これも、お値段お手頃で、美容や健康にも効果あり、というホルモン・ブームのおかげなんだろう。そのおかげでお店も増えて、比較的近所でもちょっと探せばそれなりにお店がみつかって、こうやって気軽に食べに行けるわけだから。でも欲をいえば、私の一番のお気に入りのもつ鍋屋さんは、中目黒の「鳥小屋」。ここはいまや、いつ行っても満員で予約もなかなかとれない人気店になってしまっているから、もうしばらくごぶさたなんだけど。今年こそは……。今夜は結局、野菜を追加で一人前おかわりし、最後にちゃんぽん麺を入れて、4人ともお腹くっちい状態でフィニッシュ。今日のお店は気前良くスープを継ぎ足してくれました。お店によっては継ぎ足しをしてくれないところもあるようで。

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2010年1月 8日 (金)

80円切手がない……、

 12月の仕事の請求書を書き、封筒に入れて発送しようと切手を探したら、80円切手をきらしていることに気がついた。手持ちの中に80円切手が一枚もない。50円切手やなぜか100円切手や収入印紙はそこそこあるのに。葉書は年賀状も含めてたまに出したりするから50円切手はなんだかんだストックがあるが、考えてみたら80円切手がないってことは、手紙というものをもう滅多に出さなくなったってことなんだなあと思った。私らの仕事は出版社の仕事の場合は請求書は不要だが、出版社以外の仕事(企業誌とか広告関係とか、制作会社や企業から受けている仕事の類)では、請求書を送ることが多いので、ここ数年、80円切手はもっぱら請求書発送のために使っているというのが現状である。以前は手紙も時々書いていたから、50円切手と80円切手は常にけっこうストックがあったものだが、携帯電話やメールがこれだけ普通になると、ほんとに手紙というものを書かなくなったものだと、改めて痛感してしまったのでありました。でもたまに手紙を書くというのも、なかなかいいもので。切手を買うのを機に、今年は久しぶりに誰かに手紙を書いてみようかしら……。

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2010年1月 7日 (木)

閉山前……?

 昨夜は落語会に一緒に行った編集者Nさんと、落語の後、アイリッシュパブで一杯飲んで帰った。ギネス生、久しぶりで乾いた喉に心地よかった。がしかし、落語の感想を除いて話は心地よくないことばかり。出版不況が底なし沼状態で、私たちフリーだけでなく、雑誌に所属している編集者さんたちも人ごとではない状態なんだとか。「いつ雑誌がなくなるかもわからないし、もう閉山前の炭坑という感じの心境なのよ〜!」と叫ぶNさん。思えば、年も1つ違いで、知り合ってもう20年近い編集者さんだけれど、「雑誌がなくなる時代がくるなんて、昔は考えもしなかったわよねー、まったく……」と、二人でタメイキつきながらパクつくフィッシュ&チップス……いかんいかん。やれやれ。まあとにかく、いずこも大変なのである。
 あるファッション誌はかつて9億あった広告収入が2億にまで落ち込んでいるともいうし、数日前には「NAVI」休刊の記事、今日は今日で、「タイム」が東京支局を閉鎖、という記事。業界にまつわる話題は寂しいものばっかりで、雑誌が大好きで、雑誌作りが好きでこの業界で仕事をしてきた身としては、ほんとにひゅるひゅるな事態になっている。雑誌は、特に情報誌の類はきっとそのうちほとんどがなくなってしまうんだろうなと思う。残るのはムック的な保存版的要素のもの、くらいか。そういえば昨日、某誌から”数年前に書いた特集記事を書籍にするので、二次利用のお知らせを”、という連絡がきていたけど、最近はそういうのも多い気がする。なるべく制作費をかけずに以前の記事を掘り起こして再利用するというか……。まあ、今回の件はたしかにおもしろい特集だったと思うからいいんだけど。とにかく全体的に、勢いがありませんね、いまや雑誌は。出版業界は、というか特に雑誌の業界はこれから、どんなカタチかはわからないけどカタチが変わっていくだろうと思われるので、はてさてそこで自分はどうするのか、である。今年は残りの人生も含めて、自分がどう生きていくか、どう生きていきたいのか、を大げさじゃなく考える年になりそうだなあと思っている今日この頃であります。

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2010年1月 6日 (水)

感劇話その127 初笑いで初『明烏』

(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。) 

 今年の初笑いは、楽太郎、たい平、三三の三人会。場所は池袋の東京芸術劇場で、ここで落語を聞くのは初めてだ。開口一番は、小朝の三番弟子という春風亭ぽっぽさんで『たらちね』。これは、言葉使いが漢語調でどうにも硬くて丁寧すぎるお嫁さんをもらった八つあんと、そのお嫁さんとのちぐはぐな会話のやりとりが笑える噺で、お嫁さんが自分の名前の由来について延々述べるところがあるんだけど、そこが長くて漢語調だから、舌を噛みそうな感じで話すのがえらく大変そうなのだが、ぽっぽちゃんは言葉も聞き取りやすく、勢いがあってなかなかよかった。今のところ女流の噺家さんで私がいちばんいいと思うのは柳亭こみち姐さんなんだけど、若手のこはるや、このぽっぽもがんばっているなあという感じで好感触だ。
 続いて、たい平は『宿屋の冨』。これは初めて聞く噺だったが、なけなしの1分を使って買った富札が当たる男の噺で、当選番号を何度も何度も見て照合する様子にリアリティーがあって(たぶん、宝くじの当たりを発見するときってこういう感じなんだろうなあと思う)笑えた。
 仲入り後に三三で『締め込み』。これはもう三三さんお得意という感じで、安心して聞いていられる。今日はいちだんと滑らかに、走り飛ばしていた気がした。まくしたてる亭主と、さらに喋りにターボがかかったような勢いで喋りたおす女房、息もつかせぬ感じがいい。お風呂かお酒か、どっちが先かを聞きまくるおかみさんの言い方も笑えるし。三三さん、絶好調という感じだった。そして最後に楽太郎登場で、『明烏』。生の楽太郎を、しかも落語を聞いたのは初めて。そして『明烏』も。いつ、誰でこの噺を(生で)聞くのかしらと思っていたが、まさか楽太郎師匠になるとは思いませんでしたねぇ。さすがに年の功というのか、札付きの遊び人の源兵衛さんや多助さんの感じも堂に入っていてよかったし、かたや堅物の若旦那、時次郎も雰囲気がよく出ていた。この人が数ヶ月後には円楽になるのかぁと思うと、それはそれでちょっと不思議な気もしたけれど。でも、予想以上に楽しませていただきました。ということで、初笑いは充実していて満足気分なり。

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チラシと本日の演目。考えてみたら三三さん以外はみんな初めて生で聞いたのだった。

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2010年1月 5日 (火)

ウォーキング快調

 今日は約3キロ離れた百貨店の本屋までウォーキング。調子がよかったので帰りも歩いた。

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そういえば初詣もまだしていなかったので、途中で神社にもお参り。




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狛犬さんを下から撮ったらマンガっぽい表情になってしまった。





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二子新地駅の近くでみつけたトンカツ屋さん。店名に思わず笑ってしまった。





 帰り道、多摩川に架かる橋の上から、夕焼けになりそうな空の中に富士山がいぶし銀のような色のシルエットでくっきりと浮かび上がるシーンに遭遇。感動的な美しさだった。

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2010年1月 4日 (月)

仕事始め

 今日から少しずつ仕事にとりかかる。週末までに出すコラム原稿の準備を始めつつ、別の企画のデータ調べなど。3が日はマックに向かう時間を少なくしていたせいか、数日ぶりに何時間もはりついていたら、なんだか目や肩が疲れてきてしまった……やれやれ。これはカラダが仕事を拒絶しているということだろうか。
 年末にクリニックにいった際、「このまえ久しぶりにカンテツしたら、戻りが遅くて難儀した」と話したら、ドクター(同級生)から「しごくあたりまえのことだけど、僕たちの年頃になると、規則正しい食生活と睡眠、そして適度な運動、というのが本当に大切になってくるから。好き好んで無理はしていないとは思うけど、睡眠不足が続くと内蔵が健康でも他の部分が破壊されるというか、たとえば脳梗塞とかのリスクが増えるから気をつけて」というようなことをいわれ、なにも1回のカンテツでそこまでいわなくてもと思いながらゾゾっとしたのだけれど、ついに人生50年の大台に突入する身としては、健康管理にもこれまで以上に気を配りつつ、一年病気をせずにいい仕事ができればいいなあと思う、仕事始めの日なのでありました。 

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本日の顔。何度か机の後ろまでやってきて鳴く。相手をしてもらえなくて退屈だったのかな......。

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2010年1月 3日 (日)

再生の年……、

 今日もなんだかんだ箱根駅伝を見る。年末にできなかった窓ガラス拭きをしながら。とくに、母校の青学が8位でゴールし、41年ぶりのシード権獲得、という大健闘だったので後半はけっこうテレビに釘付け状態。8区か9区で一時、シード権ぎりぎりの10位になった時間帯もあったが、その後、見事に巻き返して最終的には8位でゴールのテープを切ったときは思わずバンザイしてしまった。もう四半世紀以上も前に卒業している学校でも、やはり気になるものである。思えば、去年は33年ぶりの出場で、22位で終わった往路では、襷がつながるかどうかというレベルで超ハラハラしながら、秋田からの帰りのこまちの中で、随時メールで状況を送ってもらいながらチェックしていたものだが、そこから1年でシード権内とは、すごい大躍進である。というか、自分の出身大学が箱根駅伝に毎年出るなんて、自分が現役の学生だった時代にはとても考えられなかったことなのだから、出るだけでもすごいと思ってしまう。青学は、去年、東都大学野球でついに2部降格をしてしまったので(こちらは私が学生の頃は、しょっちゅう入れ替え戦をしていたが、なんとか1部に踏みとどまっているという時代だった)、この陸上チームの健闘は明るいニュースといっていいのではなかろうか。
 それにしても、改めて考えてみるにつけ、去年は33年ぶりの箱根駅伝出場があり、出身高校の60年ぶりの甲子園出場もあったりと、ある意味「復活」の年だったのかもしれない。さすれば、今年のシード権獲得は、復活から飛躍して、「再生」ということになるのかも。だったら、他のいろんなことも再生の年になってくれたらいいなあと思う。
 今日は年の初めに久々のウォーキング“復活”で、約1時間、いい汗をかいた。そういえば、お餅も“復活”したのである。長い間、お正月のお餅は食べても1、2個だったのに、今年、いつもお米を送ってもらっている埼玉のOさんが、自家製の餅米を自宅でついたお餅を送ってくださり、これがものすごくおいしいので、お餅のおいしさに久々に目覚めてしまい、お雑煮だけでなく、ついつい焼いて、きなこまぶしたり、磯辺にしたりして。これでお腹の脂肪まで再生になってしまうと超やばすぎ、つーかもうかなり危険信号、ということもあって、おもむろにウォーキング復活。こっちは今年こそ継続していかなくちゃと思っているのであります。

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大きなのし餅状態で届いたものを、家でカット。

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2010年1月 2日 (土)

とろろご飯

 日本海側や九州までも寒波襲来で荒れているお天気らしいのに、関東は穏やかなお正月。今日も朝から風もなくぽかぽかで、午前中に洗濯をすませながら箱根駅伝を見たりして、まったり。ある意味、正しいお正月の過ごし方といえるかも。
 うちは夫が東北人で私が九州人なので、お正月の過ごし方も微妙に違っていて、それぞれの実家に帰ったときはその家のやり方に従って過ごす、というパタ―ンを続けている。たとえば私の実家では母が毎年きっちりおせちを作るので、元旦や2日くらいまでは、それをだらだらと食べながら過ごす。かたや夫の実家ではおせちはあまり作らず、なますと煮豆くらい。あとはそのときに食べたいものを作って食べる、というスタイル。そして、2日の朝は必ずとろろご飯を食べる。これは前にも書いたと思うけど、年末から食べて飲んで疲れている胃腸を癒すために、消化の良いものを食べる、ということらしい。
 今年はこちらで二人での年越しだったので、それぞれの折衷というか、元旦は(だいぶ略儀ではあったが)いわゆるおせち料理を食べ、今日の朝はしっかりとろろご飯を食べた。そう考えると、小さい頃からの習慣というのはおもしろいもので、なければないで過ごせるにもかかわらず、お正月だからちょっとおせちっぽいものも作っておくかな、とか、2日はとろろだから、大晦日までにヤマイモ買っておかないと、みたいになってしまうわけだ。ちなみに、とろろを作ったのは夫のほう。やはり長年食べているだけあって、私がやるよりも夫が作ったほうが、なんともおいしいとろろになるのだ。そして、とろろご飯になるといつも夫は2杯、3杯とご飯がすすむ。結果的にそれで胃をいたわることになっているのかどうか、いつも疑問に思う私なのです……たしかに美味しいんだけどね……。

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2010年1月 1日 (金)

平和な元日

 明けましておめでとうございます。今年は帰省の時期をずらしているので、何年ぶりかで家で迎えたお正月。大晦日は帰省している妹の家の猫のお世話に行き、数日分の買い物をして、帰って台所周りの掃除と正月の料理作りにけりをつけたら既に9時。そこからすき焼きつつきながら、スパークリング・ワインのロゼでのんびり紅白を見てまったりとした年の瀬。スーザン・ボイルさんの歌声は素敵だったけど、もっと感激したのはやっぱり矢沢の永ちゃんの登場でしたなぁ。アン・サリーさんの姿も見られてよかった。そばを食べて年が明けたらワインがじわじわときいてきて、お風呂に入ったらさらに疲れがどっと出てきてそのまま想定外に爆睡してしまった。
 明けて今日は、昨日つくっておいたお煮染め、紅白なます、菊花かぶ、鶏と大根のべっこう煮などなどを盛りつけて、昼から日本酒でまったりとした元日。冷蔵庫から出して盛りつけるだけでいいというのはやっぱりラクで、そもそもおせち料理は主婦がお正月くらいは休めるようにと、保存のきく料理を作ってお重に詰めたとの説もあるわけで、その意味を心から実感できたのでありました。しかし、昼から飲むとやっぱりききますねぇ〜という感じでそのままちょい昼寝の後、ごろりしたまま天皇杯をテレビで観戦と、なんとも平和な元日でございました。休み明けの体重増加が大いに気になるところではありますが。ま、とりあえず平和なのはいいことだ。

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こういものを食べるのもお正月くらいかなあと......(うちにはお重がないのでお皿に)。

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