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2007年12月31日 (月)

しめはやっぱりこの顔で。

しめはやっぱりこの顔で。
来年も鋭くいきます、って何をだ。27、28、昨日と懲りずに続いた忘年会。昨日以外はメンツが同世代で、飲めなくなったとかまだ白髪染めてないのとか老眼でメニューが見えん、とかいい合いながら飲んでました。やれやれ。ではでは、よいお年を。

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2007年12月27日 (木)

感劇話その60 モンゴルの青い青い空が心に残る野田地図「キル」

 今年最後の感劇話は、先週観に行った野田地図「キル」。10年ぶりの再演ということだが、初演を観ていないのでなにもかもが新鮮。オープニング、薄い布がするすると流れてモンゴルの空を映し出す。その美しさに目を奪われる。勝村政信、高田聖子、小林勝也ら達者な役者に混じって妻夫木聡と広末涼子は予想ガイにがんばっていた。ブッキー(妻夫木)は最初、声の掠れが気になったけれど、中盤からしっかり盛り返していたし。ヒロスエとブッキーのきれいさとかわいさは、やっぱり秀逸。それから、高橋恵子の美しさと堂々たる演技も圧巻だった。オープニング直後、勝村や高田聖子らともみ合いになって、あの美しい高橋恵子の顔がぐちゃぐちゃにつぶされそうになったときには思わず「あっ!」と会場中が息を飲んだり……。
 切ると着る、そしてkill、制服と征服……同音でさまざまに違う意味の言葉を繰り返しながら、抗えない親子の宿命、戦い、暴力などのテーマを織り込んで展開するストーリーにぐんぐん引き込まれた。ラストに広がるモンゴルの空の青さがまた美しくて感動的。1枚の布が、空になり川になり、ときに人を包み込んだりと、さまざまに変化する。そんな舞台美術も素晴らしかった。そうそう、市川しんぺーの演技も印象に残った。できればもう1回観たいなあと思うんだけど、チケット入手はもうほとんど無理そう。

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衣装はひびのこづえ。羊毛→絹→麻、と、話の流れにあわせて巧みに変化する。

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2007年12月26日 (水)

ギャラリー訪問

 打ち合わせでギャラリストの小山登美夫さんにお会いするため、清澄白河にある小山登美夫ギャラリーに行ってきた。小山さんを待つ間に、ギャラリーを拝見。いまデンマークで最も活躍しているアーティストの一人とされるタル・アールの作品が展示されている。カラフルでポップなんだけど、ただ陽気、とだけはいえないような独特の雰囲気を持つペインティングはなかなかに見応えがあった。現代アートでしかも抽象芸術となるとほとんどわからない私だが、彼の作品には何かしら感じるものがあった気がする。FRPで作られた巨大なマシュマロマンにもたくさんのペインティングが施されていて迫力満点。考えてみたら美術作品に触れるのは10月のMoMA以来で、最近は劇場通いがほとんどだったんだけど、ギャラリーや展覧会にも来年はもっともっといきたいなあと、しみじみ思ってしまった。

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2007年12月25日 (火)

10年矢の如し。

 リニューアル創刊したランティエ最新号で、野村萬斎さんのインタビュー記事を書いている。舞台はちょくちょく拝見しているが、仕事でお会いするのは約10年ぶり。お互い30代だったのが、今はともに40代。ひとまわりもふたまわりも、何倍も大きくなられた萬斎さんに接することができたのは嬉しいことだった。スケジュールが押して、インタビュー時間がやや削られてしまったのは残念だったが、まあそういうのも取材にはつきもので。
 今回のインタビューの中で、中島敦の「名人伝」に出てくる、“射之射。不射の射”(しゃのしゃ。ふしゃのしゃ)という言葉についての話が出てきたのだが、これはなかなか印象深かった。弓の名人のところに老人が現れて、「弓を使って射るのは“射之射”であって、誰にでもできるという。そしてその老人は、何も使わず睨んだだけで鳥を射落とす。これが“不射之射”、つまり射ずして射る、ということであり、萬斎さんは狂言道もそれと似ているところがあるのだといっていた。
 次にまた取材できるのも10年後くらいなのかなあ……。10年後の萬斎さんというと、狂言師としては50代は円熟期の始まりというか、狂言道をさらにひたすら進み続けてますます芸に磨きをかけている時期なんだろうなあ。かたや10年後の私はといえば、50代も後半。まだこの仕事をしているんだろうか……。とにかく、このところ年々、時間の経つのが加速度的に速くなっているから、これからの10年なんて、きっとあっという間なんだろうなあ……。

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左は表紙。目ヂカラの萬斎さん。

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2007年12月24日 (月)

25年前〜30年前〜そして40年前

 先週、同級生数人と忘年会をした。待ち合わせまでちょっと時間があったので、表参道で途中下車し、クリスマスツリーを見ようと母校へぶらり。昔から11月末にキャンパス内のクリスマスツリーの点火祭があり、しばらくクリスマスイルミネーションが見られるのだ。卒業以来、前の通りから何度か見ることはあったけれど、久しくちゃんと見ていなかったので今年はと。

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1本だけのシンプルなイルミネーションだけど、なかなかきれい。



 キャンパス内の様子は四半世紀前とかなり変わってきているけれど、この木とその周りの様子はぜんぜん変わっていない。ちょっとなつかしい気分になった。
 中目黒へ移動してキコへ。高校の同級生5人でわいわい。高校時代もはや30年前なんだけど、相変わらずぐちゃぐちゃ話して飲めるのは楽しい、と集まる度に思えるのは幸せかなと思う。シャンパーニュで乾杯し、白を飲んだ後、今回は私からのクリスマスプレゼントで1967年のブルゴーニュをみんなに味見してもらった。5〜6年前、時々行く酒屋さんでたまたま入ったとかいうのを「こんなの、なかなか出ないし、お買い得よ」と勧められ(私がブルゴーニュ好きだと知っているので)、1万円ちょっとで買ったものだったのだが、ずっと知り合いのレストランのセラーに保管してもらっていて、いつ開けたらいいのか、タイミングを逸したまま数年が過ぎていた。67年というのはワインの当たり年でもなんでもないみたいだし、果たして美味しいのか、もうぜんぜんダメなのか、どっちかわからないというシロモノだった。でもまあ、そういうのもワインの楽しみだし、まずかったらまずかったで、それはそれで笑い話にもなるかな、というくらいの感じだったんだけど。前に、キコさんが67年生まれだということを知り、いつもいつもお世話になっているので、そんならここで開けてキコさんにも生まれ年のワインを飲んでもらおうかということになって、この日に持ち込んだというわけなのだった。
 コルクを抜いてもらう時間はちょっとだけキンチョー。でも心配をよそに、ぜんぜん崩れたりせず、きれいに抜けた。みんなで再び乾杯。で、お味は、まあ普通だった。特にまずいとか、酢になっているわけでもなく、いわゆるほんとに普通のブルゴーニュの味。とびきりおいし〜い! ということもなかったけれど、40年という時間を過ごしてこれならまあまあか、という感じで、それなりによかったかも。
 そんな感じで、いろんな時間旅行をした夜でありました。

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(左)ラベルの糊付け方? に時代を感じる......。(右)すみません、酔ってますね。

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2007年12月23日 (日)

感劇話その59 国立劇場 それぞれの忠臣蔵

 今月は歌舞伎でも国立劇場に行ってきた。カメラマンKさんにお誘いいただいて。時節柄の忠臣蔵。しかし、大石内蔵助や浅野内匠頭というメインどころの人たちではなく、脇の人たちにスポットを当てた演目が3本。忠臣蔵に関わる人々の人間模様を描いている。
 中山安兵衛が堀部彌兵衛の養子となるまでを描いた「堀部彌兵衛」、赤穂浪士と華々しく戦った吉良方の侍、清水一角の討ち入り直前までの様子を描いた「清水一角」、そして、吉良邸の隣りに屋敷を構える大名・松浦鎮信の討ち入り当日を描いた「松浦の太鼓」。吉右衛門が堀部彌兵衛と松浦鎮信を好演。とくに松浦鎮信は、赤穂浪士の討ち入りを心待ちにし、仇討ち成功の報せに小躍りして喜ぶちょっとコミカルな大名を楽しく演じていた。ただ、どうしてだか、白塗りをしていかにもお殿様みたいにふぉっふぉっと笑うときの表情とか声が、心の中で何度打ち消しても江守徹に見えてきて仕方なかったんだけど……(吉右衛門さんごめんなさい)。なんだかホームドラマを観ているような、すごくわかりやすくて気楽に楽しめた3本。いつもいつも壮大なものばかりじゃなくて、こんな歌舞伎もたまにはいいなと思った。

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(チラシを分割して撮影)。中村歌昇、中村歌六さんらも2役ずつ好演。

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2007年12月22日 (土)

感劇話その58 丁寧でさらによくわかる“野崎村”の悲劇

 今月の文楽公演は、初心者のための鑑賞教室が入っていたので本公演のみ鑑賞。演目は「信州川中島合戦」(大河ドラマの影響か)と、「新版歌祭文」。「新版……」はご存知“野崎村の段”が有名で、ちょくちょく上演されているので、正直、またかという感もあったのだが、いつものような“野崎村の段”のみの上演ではなく、その発端となる“座摩社の段”もあって、これは初めてだった。
 ふたを開けてみると、じつは“座摩社”は昭和59年以来の上演らしく、“野崎村の段”も、これまで省略されていた部分(=おみつの目の見えない母親が登場してくるあたり)もていねいに描かれていて、全体の話の流れがよりよくわかった。目の見えない母親がおみつの祝言を喜ぶシーンにはじんとさせられる。今回、おみつは吉田清之助さん。これまで、蓑助さん、文雀さん、紋寿さん、勘十郎さんと、いろんな人のおみつを観てきたが、一見おなじ動きをしているようでもほんとに人ぞれぞれで人形の雰囲気も違って感じられるのでおもしろい。今回、勘十郎さんは小悪党の小助を遣っていたが、さすがに達者で話を盛り上げている。山伏の吉田勘緑さんも痛快だった。もう何度となく観ている演目でも観るたびに新しい楽しみ方ができるものだなあと、つくづく思った。

Nec_0427Nec_0426純情な田舎娘おみつ(右)と都会のお嬢様、お染は丁稚久松をめぐる恋のライバル。おみつが高くかかげているのはフライパンではなくて(そんなわけないし)、鏡。戸口のそばに立つお染の様子をそれとなくチェックしている様子。

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2007年12月21日 (金)

感劇話その57 アヴァンギャルドな野老(ところ)。野村狂言座

 先日、宝生能楽堂の野村狂言座公演にいってきた。野村家の公演にはいろんな種類があるのだが(“万之介狂言の会”とか、“野村万作萬斎狂言の現在”とか……)、この野村狂言座はいつも宝生能楽堂で行なわれているようだ。ちなみに、万之介狂言の会はいつも国立能楽堂。
 今回は、萬斎さんは小舞「景清」のみだった。裕基くんも一人で小舞「海道下り」を舞っていて、お正月に観た「靭猿」のときよりまたさらに背が伸びている感じで、姿勢もぴしりと決まっていた。先日の萬斎さんのインタビューで、裕基くんがいま伸び盛りだという話を聞いたばかりだったので、なおさら注目してしまった。
 狂言は「蝸牛」「杭か人か」「野老」の3本。圧巻は「野老」だった。野老と書いて「ところ」と読む。これはヤマイモの仲間のことらしいのだが、旅の僧の前に野老の亡霊が姿を現して、自分が土の中から掘り起こされて調理される様子を地獄の苦しみにたとえて謡い舞う、というお話。
「そもそも 山深く棲みし野老を 鋤鍬もって掘り起こされて 三途の川にてふりそそがれて 地獄の釜に投げ入れられて くらくらと煮ゆるところを 御慈悲深き釈尊に救い上げられ たまたま苦患のひまかなと 思えば包丁小刀追っ取りのべて 髭をむしられ皮をたくられ もられし茶の子の数々……」と、淡々と謡う野老がかわいそうでおかしい。そして、野老役の万作さんの頭上には、なんとヤマイモの形のオブジェというか冠が……。解説によると、野老の霊が現れて自分の最期を語り、やがては成仏するという設定は、能のテーマである「草木国土悉皆成仏(心がないものまで成仏できるという教え)」のパロディということだそうだが、ヤマイモの霊が現れて、しかもヤマイモの冠被っているなんて、ある意味かなり斬新でアヴァンギャルドじゃん?と、600年続く狂言のおもしろさ、奥深さを痛感したのだった。

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パンフです。

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2007年12月20日 (木)

宴たけなわ

 忘年会シーズンである。手帳をながめると、原稿締め切り日の前後数日間をのぞいて、なんだかんだ飲み会が入っているのがわかる。ひさびさに会う人の場合はわかるのだが、いつもちょくちょくご飯食べている友達とも、師走だから忘年会やろっか、とかいって飲み会をやっているのだから世話がない。要は忘年会にかこつけて飲みたい、ということで、なんだかんだいって、のんべと食いしん坊の友達が多いということなのだろう。類は友を呼ぶ、なのだ。ということで、のんべと食いしん坊の師走20日間をざっくり振り返る。
 7日(金)は編集者Bと会食。今年の春にオープンしたという渋谷の日本料理のお店「食幹」へ。

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 これは味噌につけていただく生野菜。料理長はなだ万や吉兆で修業された人だとか。いかやまぐろのお造りも美味しかった。




 8日(土)は神保町の某編集部で夜から色校正。終わって9時過ぎから、事件記者のM氏と、文楽公演中のTさんYさんらと会食。近くの炉端焼きダイニングの「ベコ主任」へ。七輪でえいひれや牛タンを炙ったりする。メニューにきりたんぼ鍋やいぶりがっこがあったので思わず「秋田の方ですか?」と店長さんに聞くと、料理人さんが秋田出身とのことだった。店を出たらいつもの電車は既になく、別のルートも終電ぎりぎり。発車のベルが鳴り響くホームに全速力でダッシュし、文字通り最後の一人として駆け込んだところ、しばらくしたらものすごく気持ちが悪くなってきてしまったので途中の原宿駅で下車。飲んだ後に全力疾走したのでアルコールが一気に回ってしまったのだろう。反省しても後の祭り。ひさびさに吐くのかなと思っていたが、駅のホームで冷たい風に当たっているうちに調子が戻り、結局、原宿からタクシーに乗って帰った。ちょっと反省。
 11日(火)はデザイナーのWちゃんと編集者Oさん、Sさんと会食。西麻布の「ブルスタ」へ。骨までほろほろと柔らかい絶品のさんまのコンフィに舌鼓を打ち、2軒目にWちゃん行きつけの中目黒の「バードソングカフェ」へ。60年代70年代のアメリカの曲を中心にかけてくれるお店で、かなり好きなタイプ。なんか、素敵な曲をたくさんかけてもらって、すごく楽しかったのは覚えているんだけど、どんな曲だったのか、曲名の詳細が思い出せない。キャロル・キングやウォーレン・ジボンの話をしたのは覚えているんだけど……ただの酔っぱらいなり(嘆)。
 13日(木)は妹と自由ヶ丘の「山久」で野菜料理と蕎麦をぬる燗で。自分が以前ほど飲めなくなったせいか、妹の飲みっぷりにあきれながらも感心する今日この頃なり。
 14日(金)は国立劇場で文楽公演を鑑賞したのち、急に決まってカメラマンKさんと世田谷の「大松寿司」へ。ご家族でやっているアットホームなお寿司屋さん。美味しい魚とぬる燗を堪能。このところ、日本酒はぬる燗と決めている。Kさんはアレルギーでダメとのことだったが、私は美味しい鯖もいただいた。やや胃の疲れが気になってくる時期だったが、早い時間からさくっと食べて飲み、9時過ぎには正しく解散したので翌日がラクだった。
 17日(月)は編集者MMさんと、麻布の「ヴィナム」へ。ここは数年前にO編集長に教えてもらった炭火焼中心のフレンチで、以後、気に入って何度か使わせてもらっている。この日も柿と蕪とブリア・サヴァランのサラダから始め、下仁田ネギや豚の炭火焼を。酒豪のMMさんが珍しくそうでもなかったのでこちらもグラスでワインを数杯。ま、週の始めだしね。
 こうして昨日の締め切りまでは酒断ち(って、2日だけど)。というわけで、また明日から忘年会シーズン第二部が始まるのであった。いまんとこ、終電駆け込みの夜以外は飲んだ末の醜態をさらしていないので、この調子で乗り切りたい。

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あ、っそ。今日も飲んで来るわけね、と厳しい顔で送り出されます。

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2007年12月19日 (水)

師走まっただ中

 なんと、師走ももう3分の2が過ぎてしまったではないか。忘年会やらが続いて夜にブログに向かうことができないままで数日が過ぎたなあと思っていたら、今年最後の原稿の締め切りが迫ってきて、さらに書けぬまま数日。で、ようやくさっきその原稿を出し終えて、久々にブログ更新をしているというわけです。しかし、公私ともに連日私の何倍も忙しいO編集長は毎日毎日まめにブログを更新しているというのに、私……。やっぱり性格の違いなんだろうなあ。ま、私はそろりそろりとまいろう……。
 この10日余りを手帳で見てみると、なんだかんだと仕事したり飲んだり劇場行ったりしている。おいおいまた書いていこうと思いますが、こんなふうにバタバタしながら毎日が過ぎていくのが、師走らしいといえばそうなのかもしれないなあ。暖冬かと思っていたら今週はぐっと冷え込んできて、月曜日の朝、大分の農家さんから届いた里芋で味噌汁を作ったらえらいうまかった。里芋の汁がおいしくなると、冬だなあと感じる。今頃は、母校の大学キャンパスの樅の木のクリスマスイルミネーションがきれいな時期だ。明日あたり、ぶらりと見に行ってみようかな……。

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冬の定位置その1はファンヒーターの前。焦げないかと心配。

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2007年12月 5日 (水)

感劇話その56 うまみが凝縮。花組芝居版「忠臣蔵」

 師走になると、舞台は忠臣蔵を扱った演目が増えてくる。もうこれは、日本の季節の行事みたいなものかもね。
 今日はカメラマンKさんにお誘いいただいて、花組芝居の「KANADEHON忠臣蔵」を観てきた。じつは花組芝居を観るのは初めてなのである。なぜだかこれまでなんとなく機会を逃していたのだが、ついに初体験。しかし、開演前にポスターを見て驚いた。11段全段通し、と書いてある。しかも上演時間は休憩を入れて2時間半。そんなこと可能なのか。「仮名手本忠臣蔵」は文楽でも歌舞伎でも何度か観ているが、全段通しということはほとんどない。たしか去年、文楽で全通しというものを観たと思うのだが、全通しといえども省かれている細かい段もあったし、それでも昼夜に分けてほぼ1日がかりという感じだったのに。いったいどんな構成なんだろう、と興味津々で幕が開く。
 痛快におもしろかった。ずっとテンションが落ちることなく、終わってみればほんとに2時間半。ちゃんと全段が入っていて、それでいて、思い切り飛ばしてるなあという印象を抱くところもなく。パンフによれば、歌舞伎よりも浄瑠璃の原文をもとにした脚本だということで、たしかに文楽の構成に似ていたので、私にはよりわかりやすかった。天河屋義平という商人の出てくる十段目なんて、文楽でも割愛されている部分なので、観たのは初めてだったし、全体の流れがよくわかる、すごくよく凝縮された「仮名手本忠臣蔵」という感じであった。効果的な音楽の使い方やダンスの取り入れ方も楽しくて、わー、もっと早く観ればよかったなあ花組芝居、という感じ。素直にしっかり楽しめた。これって、花組ワールドにすくなからず魅了されたということか。特筆すべきは植本潤さん演じる「おかる」。ほんとにきれいで可愛い。日本髪の鬘もすごくよく似合っていた。

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ポスター(部分)です。

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2007年12月 4日 (火)

ボーダー

 昨日のブデチゲ会の参加者は7人。40代が3人と、残るは20代後半〜30代前半、という構成だった。こういうメンツだと、必ず会話中にある種の境界線ができる。ジェネレーションギャップといってしまえばそうなのだが、何か一つのことを話したときに、それが通じる人と、さっぱり通じない人、との境界線だ。
 たとえば、新しく入った女性が「ひろこ」さんという名前で、どんな字を書くのと聞き、寛容の寛、といわれたとき、うちら40代は「ああ、林寛子」の寛、ですね、という。しかし残りの人たちには「林寛子」では通じない。せいぜい三田寛子だ。さらに、我々40代組の一人が「あみん復活したんだね」というと、20代30代組は「???」という感じで、「(ウガンダの)アミン大統領しか知りません」という具合だ。まあ、仕方ない。この手のグループになると、しょっちゅうこんな感じである。毎回毎回、あみんや南沙織を説明しなきゃならないのもめんどくさいのだが、まあ、仕方ない。
 しかし、40代組の中にも細かい線があって、四捨五入したら50の私とO編集長が「伊藤咲子が……」というと、四捨五入したら40のSさんが「すいません、さすがにそこは僕はアウトですー」というのである。ふー。まあ、仕方がない。伊藤咲子の歌、中学生の頃けっこう好きだったな。

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2007年12月 3日 (月)

師走鍋の先陣はブデチゲ

 原稿書きであくせくして、終わったー、と思ったら世の中は師走になっていた。やれやれ。意味もないのになんとなく気ぜわしくなる苦手な季節だ。
 こんなときに元気をつけるには韓国料理だー(?)と、仕事仲間で新大久保の韓国料理屋さんへ出陣。O編集長おすすめのお店で、ここではブデチゲを食べるべしという。ブデチゲ(プデチゲともいうようだ)とは、豆腐や野菜が入ったいわゆる普通のチゲ(辛い鍋)の中に、さらにソーセージやインスタントラーメンが入っている、ジャンクというか超家庭的というか安価というか、そんな鍋。ブデとは部隊のことで、朝鮮戦争後の物資不足の頃に米軍から流出したスパムやソーセージを使って鍋を作ったことからその名がついたものらしい。沖縄でスパムをちゃんぷるーに使うようになった経緯と似ているというか同じというか。
 で、このブデチゲ。ラーメンはシメに、というわけではなくて最初から入っているので、煮えたら早く食べないと、ぐつぐつ煮込まれてどんどんのびてしまうのだが、さすがにそんなに早くはさらえないし、なかなか難儀であった。味は普通のチゲ鍋と同じ。辛ラーメンの鍋版、みたいなものといってもいいかも。食べ終わったとき、みんな言葉も出ないくらいお腹いっぱいだった。

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ラーメンは下に隠れているが、最初からしっかり入っている。

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