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2007年12月22日 (土)

感劇話その58 丁寧でさらによくわかる“野崎村”の悲劇

 今月の文楽公演は、初心者のための鑑賞教室が入っていたので本公演のみ鑑賞。演目は「信州川中島合戦」(大河ドラマの影響か)と、「新版歌祭文」。「新版……」はご存知“野崎村の段”が有名で、ちょくちょく上演されているので、正直、またかという感もあったのだが、いつものような“野崎村の段”のみの上演ではなく、その発端となる“座摩社の段”もあって、これは初めてだった。
 ふたを開けてみると、じつは“座摩社”は昭和59年以来の上演らしく、“野崎村の段”も、これまで省略されていた部分(=おみつの目の見えない母親が登場してくるあたり)もていねいに描かれていて、全体の話の流れがよりよくわかった。目の見えない母親がおみつの祝言を喜ぶシーンにはじんとさせられる。今回、おみつは吉田清之助さん。これまで、蓑助さん、文雀さん、紋寿さん、勘十郎さんと、いろんな人のおみつを観てきたが、一見おなじ動きをしているようでもほんとに人ぞれぞれで人形の雰囲気も違って感じられるのでおもしろい。今回、勘十郎さんは小悪党の小助を遣っていたが、さすがに達者で話を盛り上げている。山伏の吉田勘緑さんも痛快だった。もう何度となく観ている演目でも観るたびに新しい楽しみ方ができるものだなあと、つくづく思った。

Nec_0427Nec_0426純情な田舎娘おみつ(右)と都会のお嬢様、お染は丁稚久松をめぐる恋のライバル。おみつが高くかかげているのはフライパンではなくて(そんなわけないし)、鏡。戸口のそばに立つお染の様子をそれとなくチェックしている様子。

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