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2007年12月21日 (金)

感劇話その57 アヴァンギャルドな野老(ところ)。野村狂言座

 先日、宝生能楽堂の野村狂言座公演にいってきた。野村家の公演にはいろんな種類があるのだが(“万之介狂言の会”とか、“野村万作萬斎狂言の現在”とか……)、この野村狂言座はいつも宝生能楽堂で行なわれているようだ。ちなみに、万之介狂言の会はいつも国立能楽堂。
 今回は、萬斎さんは小舞「景清」のみだった。裕基くんも一人で小舞「海道下り」を舞っていて、お正月に観た「靭猿」のときよりまたさらに背が伸びている感じで、姿勢もぴしりと決まっていた。先日の萬斎さんのインタビューで、裕基くんがいま伸び盛りだという話を聞いたばかりだったので、なおさら注目してしまった。
 狂言は「蝸牛」「杭か人か」「野老」の3本。圧巻は「野老」だった。野老と書いて「ところ」と読む。これはヤマイモの仲間のことらしいのだが、旅の僧の前に野老の亡霊が姿を現して、自分が土の中から掘り起こされて調理される様子を地獄の苦しみにたとえて謡い舞う、というお話。
「そもそも 山深く棲みし野老を 鋤鍬もって掘り起こされて 三途の川にてふりそそがれて 地獄の釜に投げ入れられて くらくらと煮ゆるところを 御慈悲深き釈尊に救い上げられ たまたま苦患のひまかなと 思えば包丁小刀追っ取りのべて 髭をむしられ皮をたくられ もられし茶の子の数々……」と、淡々と謡う野老がかわいそうでおかしい。そして、野老役の万作さんの頭上には、なんとヤマイモの形のオブジェというか冠が……。解説によると、野老の霊が現れて自分の最期を語り、やがては成仏するという設定は、能のテーマである「草木国土悉皆成仏(心がないものまで成仏できるという教え)」のパロディということだそうだが、ヤマイモの霊が現れて、しかもヤマイモの冠被っているなんて、ある意味かなり斬新でアヴァンギャルドじゃん?と、600年続く狂言のおもしろさ、奥深さを痛感したのだった。

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パンフです。

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