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2007年8月31日 (金)

会議のうちに8月終わり。

 なんだかんだでもう週末。お腹の調子も徐々に平常運行に戻りつつあると同時に、仕事もゆったりムードから少しずつ加速がついてきた今日この頃だ。あっという間に金曜日まできてしまった。
27(月) 朝10時から打ち合わせ、その後、編集会議で昼過ぎまで。9時台の通勤列車が思いがけずまだかなりのラッシュだったので、現場に到着するまでにかなり消耗。
28(火) 7時過ぎの電車に乗り、品川から8時過ぎのこだまに乗って熱海で下車、いつもの湯河原の取材へ。7時過ぎの女性専用車両はさすがにまだややゆったりしたものだった。湯河原ではみっちり2時間以上撮影をして、14時過ぎには品川へ戻ってきた。もう一件取材を入れられる感じで、朝早いとやはり1日が有効に使えるなと思ったけれど、3時過ぎに帰宅したときに、ふと家を出て8時間以上経っていることに気がついて、もう約1日分はちゃんと働いたんだなと思い、夜まで新聞呼んだり、仮眠したりした。
29(水) 12時から編集会議。のち、15時から腎臓周辺の超音波検査で病院へ。結果はどこも異常なし。ひとまず安心。夜は沿線の業界仲間&熱狂的サポーターたちに誘われて、等々力で川崎フロンターレ対名古屋グランパス戦を観戦。川崎市民魂に火がつくかどうだろうかと思ったけど、まずまず楽しめた。中村ケンゴのタオルでも買おうかと思ったけど、売り切れいていた。武蔵小杉で生ホッピーを飲んで解散。ホッピーは何年ぶりか。その店には生ホッピー、アンド黒生ホッピーというものまであって驚いた。その日のメンバーである熱い人たちがまた飲み好きで、とにかく熱いのよ一緒にいると。世の中にはおもしろい人たちがいっぱいいるもんだなと思います。
30(木) 朝9時から会議で東銀座へ。8時台の女性専用車両は超極混み。表参道からは銀座線を避けて、比較的すいていると思われる千代田線に乗り換えたら、なんと常磐線の車両故障かなにかのトラブルで時間調整のために各駅で5分ずつくらい停車する始末。おかげで、余裕で出たのに会議に10分遅刻。散々な朝であった。我が身のくじ運の悪さを再認識した。午後からはお芝居を1本観て、夜は友達と会食。
 ……てな具合に、今週は毎日毎日会議が続く日々でした。いまは企画をあれこれとまとめている時期なので仕方なし。今日はなんだか疲れが出て1日中うだうだ。来週取材で会う人の資料本を買いに行かなきゃいけなかったのだが、いったんソファに横になったらカラダが動かなかった。
気がつけば8月も今日で終わり。酷暑の8月だったけど、ここ2日はけっこう涼しくなって夢のように過ごし易い。このまま涼しくなってくれたらいいんだけどな。
大声につくつくほうしと鳴いて居る 子規

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2007年8月26日 (日)

感劇話その47 女は強し、男は……

 愛媛から夕方に戻りました。今年の内子座は、時代物の「妹背山婦女庭訓」と世話物の「新版歌祭文」、それぞれ有名な段をピックアップしていたわけだけれど、奇しくもどちらも三角関係に焦点を当てた内容であった。観客にもわかりやすい題材だったのか、客席の反応もよかったし、歓声も多かったように思う。時代考証や人物関係の把握がけっこうややこしい時代物とは違って、ワイドショーを見ているような気分で、若者も、じいちゃんばあちゃんも気軽に単純に楽しめるという感じかな。といっても、どちらも悲劇なんだけど。
 それにしても、「妹背山」のお三輪といい、「新版歌祭文」のおみつといい、女性の意志の強さが目立つ二本立てであった(この感劇話でも前に書いたかと思うけど)。それに比べて三角関係の中心にいる男性たち、「妹背山」の求馬や「新版……」の久松は身勝手というか、とくに久松なんてかなり優柔不断。まあ、文楽の悲恋ものとか心中ものというのは往々にして、ビジュアルはイケメンにもかかわらず性格ははっきりしないとか頼りないという、ココロはぜんぜんイケてない男が出てきて、これがまた何故だかとてもいい女にモテてしまう、というところから話が展開していく作りが多いんだけどね。
 私だったら、最終的に久松と結ばれるお染めさんより、自ら思いを断ち切るおみつのほうがいいな、とか、いやいや、あれは理想で実際にはあそこまではできないよ〜、とか、終わってからも観た人たちがあれこれ話ができたりする。身分的に不遇な状況に置かれていた江戸の女性たちは、芝居小屋の舞台の上で自分の生き方を自分でしっかり選びとろうとするおみつやお三輪に賞賛の拍手をおくっていたのかもしれないな。そして、身分制度はなくなった今の時代にも共感できるものがちゃんとあるわけだから、恋愛や人間関係のなにかしらの普遍的なテーマがそこにはしっかり描かれているということなんだろうなあ。だからこそ名作として何百年も愛されているわけで。いつの時代もやっぱり女は強しで、男は……?

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2007年8月25日 (土)

3年目の内子座ー6

3年目の内子座ー6
というわけで、今年も楽しかった。そして暑かった。毎年感じることだが、いろんな意味でお客さんと舞台の距離がぐっと近い。それが魅力だ。夜は松山のお寿司屋さん「すみもと」と、これもいつものコース。

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3年目の内子座ー5

3年目の内子座ー5
なかでも野崎村は寛治さんに津駒大夫、嶋大夫に清介、清丈さんと、豪華なラインナップでじっくり聞かせる。席が2列目の床のすぐ脇だったので臨場感もたっぷりだった。客席全体が熱気むんむん(まじ暑い)。

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3年目の内子座ー4

3年目の内子座ー4
今回の演目は「妹背山婦女庭訓」の道行恋お環(みちゆきこいのおだまき)と金殿の段、「新版歌祭文」の野崎村の段。いずれも有名な演目で何度も観ているが、配役が変わるとその都度違った味わい方ができるものだ。

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3年目の内子座ー3

3年目の内子座ー3
ホームでぱくつくじゃこ天、うまし。

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3年目の内子座ー2

3年目の内子座ー2
揚げたてのじゃこ天。まだお腹に自信がないので今年は1枚。冷えた缶ビールも買ってホームでかじる。昼ご飯。

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3年目の内子座ー1

3年目の内子座ー1
今年も来てます。松山も暑い。今年もやっぱりスタートはじゃこ天から。松山駅の改札脇の、このお店でゲット。去年はおばちゃんだったけど、今年はおじさんが接客してました。

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2007年8月23日 (木)

いまさらながら……

 昨日の東京は37度だったんだって......バテたはずだよ(酷)。甲子園も昨日で終わり。佐賀北が逆転満塁ホームランで優勝したらしい。準々決勝だったか、見てて勢いのあるチームだなと思ってたんだけど、公立高校なんだそうだ。あっぱれなり。それにしても、甲子園を何試合か観ながら、今年は阿久悠さんはいないんだなあと何度となく思った。阿久さんなら昨日の決勝戦をどんな言葉で語るのだろうか。数年前に一度だけインタビューさせていただいたことがある。テーマは歌でも甲子園でもなく、鉄道の旅についてだった。阿久さんは鉄道好きでもあった。休刊してしまった「オブラ」の取材だった。
 故郷から夜行列車で東京に出てきたときの話に始まり、豪華寝台列車の旅の話まで。インタビュー中の話し言葉なのにまるで一編の詩を聞いているような、なんてまあ素敵な表現をするんだろうなあと、話を聞きながら何度も感動したことを思い出す。阿久悠さんは私にとって、お目にかかる機会を与えてくれたことを神様に感謝している何人かのうちの一人である。子供の頃から阿久さんの作詞した歌をいくつ歌ってきただろう。追悼番組でその数々を聞くたびに、いまさらながらその偉大さを思い知る今日この頃だ。

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2007年8月22日 (水)

熱中行軍

 午前10時過ぎからの会議を皮切りに、東銀座→築地→銀座→表参道→原宿と、移動の一日。まず、朝、自宅から駅までの約3分の道のりで空からの容赦ない熱線に閉口する。会議が終わって昼、東銀座から築地への移動。一駅なので歩いたらや〜っぱりしんどい。一緒に移動する仲間も心なしかうなだれている。ランチして築地から銀座への移動も、腹ごなしに歩くかなと思って歩いたらや〜っぱりきつかった。すさまじい熱線地獄。なにも考えたくない。ただ足を進めるという感じ。銀座の打ち合わせ先に着いたときには顔は紅潮しているし汗はどんどん出てくるし、やっぱカラダによくなさそうであった。築地から歩いてきたと言ったら「今の時期、それはチャレンジャーだよ〜」と、半ば呆れられました。たしかに……。
 銀座終了後、18時からの表参道での打ち合わせまで時間が余ったのでいつものクリニックへ立ち寄り、先日の下痢と嘔吐のことを報告すると、感冒性胃腸炎だったのではといわれた。まだ胃は本調子とはいえないので薬を少しもらう。その後、打ち合わせ場所のカフェへ。この頃には日も落ちて少しだけ風が出てきていた。カフェのガラスケースに並ぶケーキに混じって、グレープフルーツのゼリーがとっても涼しげに見えたので注文。美味かった。
 19時からは原宿でワークショップ『アースワーカー』に参加。プランニングディレクターの西村佳哲さんが聞き手となって、COOKPAD代表取締役の佐野陽光さんのお話を聞く。世界を混ざり気のないスカッとした笑顔でいっぱいにするという目的のために、“料理を楽しくする”ということを中心に据えて日本最大の料理レシピサイトCOOKPADを運営している佐野さんのお話、なかなかにユニークで聞き応えがあった。
 終わってみれば21時過ぎ。暑いときにはタイ料理じゃ、と若者スタッフとタイ飯を食べて帰る。自分はちょっとしか食べられなくても、頼んだ料理を若者たちがしっかり食べて片付けれくれるのでありがたい。暑く長い1日はこうして終了。駅から家までの帰り道、風は少し涼しくなってきていた。
(おまけ)
妹夫婦が今日から台湾へ旅行している。エアは中華航空。とりあえず無事に台北には着いたようだが、帰りも中華航空……一応、ちょっと心配。

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2007年8月21日 (火)

週末、友達とー2

週末、友達とー2
酷暑に戻った日曜日、MMさんと白洲さんと会ってお茶。青山ヨックモックは数年ぶりだったが、相変わらず混んでいた。日曜だしね。白洲さんからお見舞いにとお花をいただいた。バラと、りんどう・・・もう秋の花が。

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週末、友達とー1

週末、友達とー1
幼なじみの恭子ちゃんが上京。キコにいく。私はまだたくさんは食べられなかったけれど、恭子ちゃんがキコを気に入ってくれたので目的達成。由布院の劇団に所属している彼女から、お土産にもらった摘み草せんべい。

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2007年8月20日 (月)

社会復帰

 先週末からちょっとした打ち合わせは出ていたが、おおむね暇だった時期も昨日で終わり、いよいよ今日から本格的に社会復帰となった。しかし今日は朝から会議のダブルヘッダー。暑さに加えて、長時間になると頭の集中力も限界となり、最後のほうはけっこうまったりしてしまった。
 お昼を間にはさんでのダブルヘッダーだったが、ランチ中、スタッフのみんなが私のお腹を気遣ってくれるのでやたら申し訳なかった。たしかにただいぶ普通のものを食べられるようにはなっているが、量はいつもの半分くらいしか食べられない(胃の働きがまだ万全じゃないようだ)。そして脂っこいものはだめ。私がいなければお店も他の選択肢があっただろうなと思うと、ありがたいと思うと同時に、周囲に気を遣わせている自分がちょっと情けない。早く治さんとなあ……。
 ランチ前からときどき携帯で高校野球速報をチェックしていたが、地元の楊志館高校は同じ九州勢の長崎日大に破れ、ベスト4進出はならなかったようだ。残念。うちの実家のご近所のお母さんたちはさぞかしがっかりしていることだろう。でもよくがんばった。お疲れさま。

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2007年8月17日 (金)

元気をもらう

 この夏もいつかは終わる。この暑さもいつかは終わる。この石もいつかは出る。そう自分に言い聞かせながら過ごす毎日。しかしこの酷暑はいったいいつまで続くのやら。日本はもう亜熱帯じゃ……。
 今朝はお粥から普通のご飯を少し食べられるようになったが、まだ体調はイマイチなので熱波を避け、なるべく家の中で(エアコンは28〜29度の除湿&扇風機)おとなしくしている。それにしても、せっかく先週〜今週は暇な時期だったのに、そいうときを狙い撃ちしたように一気にカラダが悪くなるのはなんなんだろうか......予定していたことがなにもできない(部屋の片付けとか)。やれやれ……。
 ソファに横になって高校野球を観る。ちょうど、地元大分の楊志館高校が出ていた。実家のすぐ下にあり、家にいつも野球部の練習の声やバットの快音が聞こえてくる高校である。私立の高校で昔は別の名前だったが、知らない間に名前も変わって野球の強豪校になっているようである。発出場なのに今日勝てばベスト8。ご近所というか町内というか、親風にいえば隣保藩(果たして、この言葉がわかる人って、どれくらいいるんだろうか……)なので、実家近辺ではこの快進撃に大盛り上がりのようだ。地元にいる幼稚園から高校まで一緒の幼なじみのTッチに電話。ひょっとして選手の中に同級生の息子さんとかいたりしいないのかと聞いたが、それはなかった。Tッチの家はうちよりさらに楊志館の目の前なので、やはりお母さんは熱狂しているらしいが。
 そんな楊志館、先制されたが6回に一気に6点を挙げて逆点。終盤3点差まで迫られたが苦しいところでうまく守りきって勝利。ベスト8に進出しちゃった。地元の球児たちの快進撃に、バテてる内蔵もちょっと元気をもらえそうになった昼下がりだった。次もがんばれ〜!

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2007年8月16日 (木)

親子ともども(続き)

親子ともども(続き)
診察終わったらもう我が者顔。ただ、やはり年なので腎臓が悪くなってるかもといわれて少し心配。親子ともども腎臓は要注意ですな。その母は午後から体調崩して下痢と嘔吐で惨々。夏バテか、はたまた石を出すために水を飲み過ぎたせいか......とにかくあれ以来、内蔵がいまいちうまく機能してないのかも......。

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親子ともども

親子ともども
最近ワラビの耳の中から黒い耳あかが出てくるので、昨日は病院へいった。診断の結果、外耳炎と判明。塗り薬をもらう。これは診察台に乗せられてこわばっている様子。何度きてもやっぱり病院は苦手なんだねぇ......。

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2007年8月14日 (火)

危機管理?

 昨日の朝、先週末に送られてきたゲラ校正をファクスで送ったのだが、編集者が集中して見たのが夕方だったようで、妖怪大冒険を観ている最中に編集者から問い合わせの電話がかかってきた。でも、ゲラも家においてあるし、ましてや資料も持ち併せていないので答えられずしばし立ち往生。記述の出展についての確認だったのだが、何冊もの資料から引用しているのでいまいち正確な書名が思い出せず。結局、夜になって家から電話したけれど、その前に編集者も書名を判明してくれていたようだった。
 こんなふうに、ゲラ戻しの日には原稿を入れたときにはぜんぜん来なかったような問い合わせがいきなり来たりするものだ。用意周到な人なら外出する時も資料やゲラを全部持ち歩く人もいる、のかもしれないが、いかんせん大量だし、必ずしも連絡が来るというわけでもないから、その“もしも”のためにどれだけ備えるか、は個人差があるところだろうと思う。私の知り合いには一人だけいる。ゲラ戻しや校了の日には何があるかわからないから、終わるまでは一切外出しないという人が一人だけいる。たしかに、外に出る用事が何もなければそれもいいだろうけど。あるいは、外出するなら資料全部持って出ろ、か? うーーん。こういうこともライターには危機管理の一部、ということになるんだろうかね……。

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2007年8月13日 (月)

「石持ち」な日々

 先週火曜日に秋田から戻ってきて、水木と仕事復帰して連日会議。そして木曜の夜中に腎臓結石が再発して救急車で運ばれた。13〜14年前に初めて腎臓結石になって以来、救急車は2度目。4、5年前は痛くなって歩いて救急病院へ行ったので、合計3回目の発病である。私はどうも身体の中に結石ができやすいタイプのようで、いわゆる「石持ち」なのだ……。知っている人は知っている通り、腎臓結石の痛みはハンパじゃない。激痛というくらいでは足りない。とにかく痛い。よく、たとえ話で出産より痛いとか(出産の経験ないけど)、大人の男性でも転げ回るほど痛い、とかいわれるんだけど、ほんとーに痛い。もしも、これまで経験した中でナンバーワンの痛みは、と聞かれたら、迷うことなく私は腎臓結石の痛みと答える(二番目は親知らずを抜いた時の痛み)。
 今回は脇腹の激痛に襲われて救急車を呼んだんだけど(前回は背中)、もうたまらず車内で七転八倒。おまけに石が動くと吐き気にも襲われるのでかなり悲惨な状態だ。何故だか石はいつも夜中に動いて激痛を起こすのだが、悲しいことに泌尿器科の救急というのがほとんどないみたいで、今回も救急車に乗ってから、受け入れ先の病院を探すのに15分以上かかり(その間、ひたすら痛くて暴れる私と、その脇でなすすべもなく付き添う夫)、結局、近所の救急内科に運ばれ、激強い痛み止めの点滴を打たれてなんとか治まった次第。それにしても、結石の痛みが出るのは夜中が多いというのに、泌尿器科の救急が少ないなんて、この国はいったい「石持ち」の人たちにどうしろというのか。痛くなってもセデスなんかじゃとても治まらないあの痛み。一刻も早くあの痛みをとめてほしいのに……。ほんとに切実な問題です。
 翌金曜日に改めて泌尿器科で検査をし、石を発見。膀胱に近い場所まで来ているので自然排泄でいってみましょうと医者にいわれ、ひたすら水分をとりつつ安静にしている毎日。あと、また痛くなった時のために薬ももらっている。いやー、考えてみれば夏場に結石は起こり易いんだよね。暑くて大量の汗をかき、自分では水分を摂っているつもりでもその摂取量が追いつかないということが多いので。わかっていたはずなのに、まさに、忘れた頃にやってきた石……。今日から仕事も復帰して会議に出たけど、石はまだ出ていない……うっとおしい日々が続く。

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子供だけじゃない

子供だけじゃない
会議後わりと調子がよかったので二子玉川で「水木しげるの妖怪大冒険」を見てきた。水木サンの妖怪たち&全国各地の妖怪が勢揃い。予想通り親子連れで大盛況だが、大人もしっかり楽しめる奥深さで見応えありだった。さすが水木サン。

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2007年8月 8日 (水)

お留守番、お疲れさま。

お留守番、お疲れさま。
というわけで、昨夜戻ってきたわけで。4日間留守番担当大臣をしてくれたわらびさん、お疲れさまでした。年のせいか、最近は数日家を開けると帰ってきたときかなり甘ちゃんモードですが、今朝はこの通り平常運転に。

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盛岡名物(続き)

盛岡名物(続き)
私は「辛味別」で頼んで辛さを見ながら食べるのが好き。全部入れると激辛で死にます。辛好きの夫は私の分も全部入れるので、この通りスープは真っ赤に。盛岡にも血の池地獄があった・・・。

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盛岡名物

盛岡名物
昨夜秋田から戻ってきましたが、盛岡で途中下車したのでその話を。またまた食道園にフラれて(定休日なり)またまた盛楼閣へ。ここのお肉と冷麺も美味しいんです。冷麺は辛味別(写真手前)にするのが私のおすすめ。

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2007年8月 7日 (火)

秋田名物ー5

秋田名物ー5
なすがっこ。茄子の漬物です。夏場のがっこの定番的存在? しょっぱすぎず、お酒もご飯も進みます。ここまでの3品はいずれも秋田は川反(かわばた)にある日本酒専門の居酒屋「蘇州」にて。

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秋田名物ー4

秋田名物ー4
じゅんさいの酢の物。蓮の葉っぱを小さくしたような形のじゅんさいは、ぬめりとしゃきっとした食感が美味。このじゅんさいは新鮮で緑色も鮮やかで、秋田県人の夫も絶賛。

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秋田名物ー3

秋田名物ー3
夏場の岩牡蠣はものすごくうまみとかミネラル分が凝縮されていて、か〜なり濃厚。牡蠣好きにはたまりませんな。しかしけっこうでかいので私には1個で十分。昨夜はぬるぬる燗の純米酒で。ドライな白ワインでも勿論。

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秋田名物ー2

秋田名物
秋田で出会ったものその2、なまはげも出てました。なまはげさんも竿燈まつりが観たくて、じっとしていられないんですねえ(ほんまかいな)。

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秋田名物ー1(続き)

秋田名物
こちらの看板は「ババヘラ」となってます。夫いわく、ババベラは秋田の昔ながらの言い方で、ババヘラは共通語にしたときの丁寧な言い方なんだそうで(ほんまかいな)。アイス(写真の左端にあるの、わかります?)もバラソルと同じツートンカラーなり。

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秋田名物ー1

秋田名物ー1
秋田を出発。盛岡経由で帰ります。秋田で出会ったものその1、ババベラアイス。赤と黄色のパラソルの下で女性が売ってます。竿燈まつりなど人が集まるところには必ず出動するそうで、昨日もたくさん出てました。

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2007年8月 6日 (月)

秋田にきてますー6

秋田にきてますー6
祭り好きのワケは、もしかしたら太鼓や笛の音色に弱いのかも。それぞれの竿燈にはこんなふうに太鼓と笛のお囃子隊がついていて、竿燈の演技中ずっと演奏している。女性もたくさん。明日の今頃はもう関東のお家なり。

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秋田にきてますー5

秋田にきてますー5
竿燈まつりは今日が最終日。秋田の人の嫁になって11年にして初めての竿燈。感激しました。やっぱり自分は祭りに血がわくタイプだと再確認。しかし、やはりすんごい人だった。

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秋田にきてますー4

秋田にきてますー4
畑にはアスパラも。夫が法事につなげてぷち夏休みをとったので、私もそれにあわせて明日までこちらに。先週は出発前までに原稿を出すので連日原稿書きと打ち合せ会議で超バタバタでしたが、今はそれも遠い昔。

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秋田にきてますー3

秋田にきてますー3
義母の畑のトマトが次々と色付いています。ミニトマトやイタリアのトマトのような長いのもあります。インゲン、ナス、キュウリも食べ頃。ごぼうもあるんですよー。

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秋田にきてますー2

秋田にきてますー2
土曜日の法事は義父の一周忌法要でした。家の庭には義父がこまめに手入れしていたノウゼンカヅラ(微妙に名前違うかも?)がこの夏もたくさん花を咲かせています。台風が去って以来、やや曇りの日が続いています。

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秋田にきてますー1

秋田にきてますー1
先週土曜日か法事だったので金曜夜の最終便で秋田入り。その日はフェーン現象で日中の最高気温が37度もあったらしく、夜も30度。台風が去り、30度は越えないまでも蒸し暑い日が続いてます。夏の花もたくさん。

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