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2007年6月26日 (火)

気持ちが届く

 先週のブログで書いたように、少し前に地元の新聞の取材を受けた。その記事が先週金曜日の夕刊に掲載されたら、見たよといって数年ぶりに連絡をくれた友達がけっこういて、改めて新聞の影響力というか、けっこうみんな読んでいるものなんだなあということを痛感した次第です。当然だけど、雑誌と比べて発行部数はケタ違いだし、見たい見たくないに関わらずとっている人はひととおりその記事を見るわけ、だもんね。だから、記事を書く立場としては、それが世の中に出るということにあたって、(あたりまえだけど)とりわけ事実関係にはより慎重かつ厳正でいなければならないんだろうと思う。新聞記者さんもたいへんなお仕事だ。もちろん、こう書いたのは雑誌がいい加減だという意味ではぜんぜんなくて、繰り返しになるけど新聞は誰が読むのかわからないような(少なくとも雑誌は、その雑誌が好きだとか、その記事が読みたいなどの理由で買ってくださる人が読むわけだけど)、それだけ老若男女たくさんの人が読んで、影響力も大きいものだということを再確認した、というわけです。
 で、久しぶりに連絡をくれた田舎の友達のなかには手紙を書いてくれた人もいて、それが昨日今日と続けて届いたんだけど、これだけメールが普及した時代に手書きのお手紙をもらえるというのは、とても嬉しいものだなあということも、改めて感じた。ハサミで封を切って、折り畳んだ便せんを開いて手書きの文字を目で追う。ほんの数分間だけど、その相手の顔とか、一緒に過ごした過去の時間なんかがほわほわと頭に浮かんできて、それからいま、母として妻として毎日がんばっているのであろう彼女たちの姿も想像されてきたりして、なんともいえないあたたかい、いい気分になる。
 そういえば先週も一通手紙が届いたのだった。それは父からで、父の日のプレゼントのお礼だった。父はものすごい筆無精で、これまでもほとんど手紙をもらったことはないので、その手紙が、いまお世話になっているケアマネージャーさんや母から勧められて書いたものであることは明らかなのだが、それでも嬉しいものだった。相変わらずというか前よりもっとヘタになった字が不規則に並ぶ、数行の短い文章だったけど、その数行を書くために父が費やした時間を思うと、やはりありがたかった。
 手書きの手紙って、しみじみしてやっぱりいいものだ。夏も近づいてきたことだし、忙しい忙しいばかりいっていないで、暑中見舞い代わりに誰かにのんびり手紙を書いてみようかな。

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2007年6月25日 (月)

愛すべき妖怪たち

 先週、志の輔の落語で怪談話を聞いたせいか、ふと心に火がついて、土日に荒俣宏さんの「帝都幻談」(今年の春に発行されたもの)をつらつらと読み返してみた。

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江戸に現れた魔物たちとの戦いを描いた壮大なからくりの物語で、荒俣ワールドと水木しげるさんのイラストとで妖怪パワー炸裂。

 先日の志の輔の言葉を借りるなら、いま世の中で起こっている数々の事件の中心にいる現実世界の妖怪たちのほうがはるかに恐ろしい、ということになるんだけど、この話に出てくる江戸の妖怪たちは(アテルイとか、ツキノイとか、生首でさえも)コワいんだけど、でもどこか憎めないキャラクターばかりで、読み応えあり。
 そういえば少し前に、調布の商店街で鬼太郎の像が盗まれたり、子泣きじじいの像が壊されたりしたことがあったけど、あの犯人はつかまったのだろうか。あのときテレビで話していた水木センセイのコメントがもう最高で、
たしか、「(犯人に)なにか恐ろしいことが起こらないか心配」とかいっていたと思ったけど、水木センセイがそう話すとまじでコワいからすごい。それにしても、現実世界のほうがよっぽどおどろおどろしくて怖い、というのも、なんだかなー、だ。
 話は全然違うけど、今日、数ヶ月ぶりに妹と会って食事したら、ヘアスタイルがえびちゃん風になっていたのに驚いた。「デジパーだよ」だって。デジパー(=デジタルパーマ)とは、乾くとカールが浮き立つ形状記憶パーマなんだと。40代にも浸透しているえびちゃん。別の意味で、恐るべし。

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2007年6月24日 (日)

蛍、滝、猫、そしてヒト

 「ランティエ」最新号(8月号)が送られてきた。「写真道楽 夏を撮る」という特集を担当して、その道一筋とか、その道にハマっている写真家の方々が語る撮影指南をまとめている。たとえば、蛍にハマって蛍の写真を撮り続けている人とか、滝の写真をライフワークにしている人とかにお会いして、なんでハマっているのかという醍醐味についての話や、読者に向けての撮影指南をしてもらっている企画である。駅、花、川、列車、里山など、それだけを専門にひたすら撮り続けているような人が、たくさんいるんだなあということに改めてびっくりしたけど、私が担当したのは、蛍と滝と猫と人(肖像写真)の4ジャンル。
 特に蛍と滝の写真家さんは、日頃はカメラマンとして他の写真も撮りつつ、それぞれのテーマをライフワークとして撮り続けている、という人だった。蛍の人はシーズンになると休みをほとんど全部蛍撮影に当てて全国を回っているし、滝の人に至っては、嵐や台風の時にこそもっとも野生らしい滝を撮れるということで、わざわざそういうときに山奥へ出かけて行ったりしている。そののめり込み度がほんとに熱いのだ。
 私なんかは日々の仕事に追われているばっかりなので、そういう、これだというテーマに出逢ってそこにのめり込んでいる人の話を聞くと、すごいなあ、大したもんだなあという尊敬と憧れの気持ちでいっぱいになるのである。私も、がんばらなあきまへんなー。

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雑誌はもう夏、なんですよねー。

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2007年6月23日 (土)

ダーリンは東北人その8 ゆるキャラ日本一なのだ。

 先週末、夫が法事の打ち合わせ等々で実家に帰っていた。それでお土産に、スギッチの携帯ストラップを買ってきてくれた。

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スギッチは今年秋田で開催される国体のマスコット・モチーフ(秋田は杉っこが有名だからでしょう)。手には聖火を掲げております。


 なぜ買ってきてくれたのかというと、私がこのスギッチのファン、だからだ。なんかかわいい。でも、大きなスギッチは(中に人が入るのだが)むちゃくちゃゆる〜いキャラで、たしか去年あたり、テレビチャンピオンのゆるキャラ選手権で日本一になったのである。たしか最後は北海道のゆるキャラと相撲で戦ったはず……。とにかく、ゆるキャラ日本一なのだ。去年から秋田空港にはこのスギッチ(かわいいほう)が設置されている。
 しかし、私の携帯にはすでに、去年妹が買ってきてくれた博多名物めんたいこの携帯ストラップがついているのである。

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義弟の実家が博多なもんで。でも、これも充分ゆるキャラですと。



 仕方ないので(うそだよん)めんたいこの隣りにスギッチも設置した。携帯でも北と南がせめぎあっている。ほんとは大分のゆるキャラをつけたいところなのだが、来年の大分国体のマスコットであるめじろん(大分の県鳥がめじろなもんで)のストラップがあるかどうかまだ知らないし、私の好きな「かぼたん」(大分の特産品のかぼすをキャラクター化したもの)にはいまいち気に入るストラップがないのだ。つまり、いまいちひゅるひゅるというか。ま、そういうところこそがゆるキャラらしさ、ともいえるんだろうけどね。素敵なゆるキャラのかぼたんを切望している私である。

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2007年6月22日 (金)

強気な人々

 先日、某誌の取材で苦情・クレーム対応アドバイザーの関根眞一さんにお話をうかがった。関根さんはその肩書き通り、クレーム対応のエキスパートで、某百貨店のお客様相談室長を長年務められた経験をもとに、苦情の実態やその対応の仕方などを紹介する本を数冊出されている。いまは独立されて、執筆や講演等で全国を飛び回っているそうだ。
 関根さんの取材の前に彼の著書を数冊読み、さらにいままた、原稿を書く前に最新作(今月末発行予定)のゲラを読んでいるところなのだが、どれもすごく興味深い話であると同時に、読んでいると気持ちがなんだか重くなってくるのも事実。というのも、どの本にも関根さんが実際に対応されたクレームの実態が書かれているのだが、正統な苦情ももちろんあるものの、詐欺師やいわゆるクレーマーはともかく、一般のお客さんの中に、いかに強気で理不尽な苦情や要求をいってくる人がたくさんいるのか、ということに驚かされるから、なのである。
 十年前にその百貨店で買ったシャツに穴があいたから直してほしい、とか、3日前に買った花が枯れてきたのはおかしい、とか、2年前に買った毛皮のコートを昨日洋服ダンスから出したら虫食いだらけになっていた、とか、初めて買ってみた魚に、これまで経験したことのない匂いがしたので、腐っていると怒って電話してきたり(もちろんこれは腐っていたのではなく、その魚独特の臭みがあった、というのが真実ですが)……などなど、あらゆることを買った店側の責任として苦情をいい放ってくる人々が、ほんとうにたくさんいる、らしい。読んでいて、えー、なにもそこまで……、と思うようなことを執拗にアピールして謝罪(ときには迷惑料)を要求してくる人たちが、現実にたくさんいる、らしいのだ。
 そういうことを知って、お客様相談室という仕事の過酷さを痛感すると同時に、苦情をいう人たちのことを考えると、どうしてそこまで強気になれるんだろうか、と、なんだか暗澹たる気持ちになってしまう私である。そういえば、百貨店のお客さんに限らず、学校の教師に理不尽なクレームをつけてくる親が多いというのも最近よく耳にするけど。いつからそういう強気な人たちが増えてきたのか。なんだか不思議な世の中になってきている気がしてくる……。とはいえ、関根さんの本はいろんな意味で興味深い内容です。ご興味ある方はお試しあれ。

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このほかには「となりのクレーマー」など。どれも考えさせられます。月末には新刊も出る予定。

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2007年6月21日 (木)

感劇話その45 ちょっと早いけど怪談話

 4月以来の志の輔落語だった。会場は新宿の明治安田生命ビル。丸ノ内線を降りて地下通路を歩いていると、和菓子屋さんがあったのでそこでおまんじゅうとあゆ(あん、ぎゅうひ入り)を買った(始める前につまもうかと思って。でも、結局その時間はなかったんだけど……)。そしたら最初の、志の輔のお弟子さんの噺が「饅頭恐い」だった。ぷち偶然? 志の輔の1席目は「千両みかん」。偶然にも数日前、夜中にふと目が覚めて眠れなくなってテレビをつけたら落語をやっていて、それが志の輔の「千両みかん」だった(去年の落語会のだったみたいだけど、マクラにピアノマンの話をしていたので)……なんか不思議な偶然。松元ヒロさんの「今日のニュース」は相変わらずの好調で、笑いが途絶えなかった。でも、大リーグニュースがなかったのは個人的には残念だったけど。
 そして志の輔の2席目は怪談話「江島屋騒動」。考えてみたら志の輔の怪談話は初めてだった。怪談話といっても、今は日々現実で起こっているニュースのほうがよっぽど恐いので…….とマクラで話していたように、ほんとにそんなに背筋がぞくぞくするような内容ではなかったが、でも、間のとりかたがうまいというか、会場がしーーんとするときが数回あって、これで恐さが強調されている気がした。
 江島屋という江戸の古着屋が、着物をちゃんと縫わずに糊で貼付けるイカモノを作り続けることでコストを下げてずいぶんと儲けていたが、そのイカモノのせいで若い娘が命を落としてしまい、その母親が江島屋をのろい殺そうとしている、という話なんだけど、牛ひき肉偽装問題が連日報道されている時だけに、考えさせられる噺でもあった。マクラでこのことも話題にしていたから、志の輔側にもそういう意図が、ちょっとはあったのかもしれない。それから、本来は8月とかにやる怪談話を6月に取り上げたことについても、温暖化で日本もどんどん熱帯になっていくんじゃないかという、これも1席目のマクラで話していた話題と関連づけていたのかも。最後に「そのうち、3月頃に怪談話するようになるかもしれませんねえ」なんていって笑っていたから、そんな意図もあったのかもなあ、なんて思いながら電車に揺られて帰宅。

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人だかりで、やや遠くからしか撮れなかったけど......。

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2007年6月20日 (水)

また一年

 わらびの誕生日がきた。16歳。人間でいえば百歳近いのではないかと思われる。去年の誕生日から無事にまた一年が過ぎた。さすがに寝ている時間が増えてきているけれど、たまに取り憑かれたようにうなりながら疾走しまくるときもあるし、気に入らないと夫の顔や私の足にかみつくこともあるし、しっかり元気。最近は、ベランダにちょくちょくやってくるちゅん太(すずめのことです)を窓から見つめていることも多い。わらびは鳥が大好きなのだ。前に住んでた目黒区の家でも、出窓からいつも外の鳥を見ていたし。でも、ちゅん太の鳴き声が聞こえてから忍び足でそおっと窓に近づいた頃に、タッチの差でちゅん太が飛び発っていることが多くて、間が悪いのもいつものごとく、だけど。
 今日は大好きなチーズでお祝いした。また一年、元気に過ごしてほしいなあ。

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(左)最近、暑いので畳の上でうだってます......。(右)ちゅん太を観察中。(わらびファンの方のために、今日は2カットお届けしました)

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2007年6月19日 (火)

感劇話その44 古都の夜空に響く素浄瑠璃

 梅雨入りしているはずなのになんでこうも暑いのか。しかも湿度が高い(これは梅雨入りしているからか?)。湿気に弱い私には不快な暑さが続く。なるべくエアコンは使わないようにしたいのだが(まだ6月だし)、夕飯の準備をしていたらあまりに暑いのでついに除湿を入れてしまった。こんな夜はせめて気分だけでも心地よくなりたいので、ちょっと前に聞きに行った素浄瑠璃の感劇話を(って、要はこれも書きそびれていたんですけど)。
 文楽三味線の鶴澤寛治さん(人間国宝です)の会に入っていることは前にも書いたが、毎年行なわれている公演が、今年は奈良の興福寺で行なわれた。週末でもあったし、十代の頃から久しく行っていない奈良にも行きたかったので、行ってきた。
 開演は17時だったが、自由席なので早めに行くことにして1時間くらい前に興福寺に入った。

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境内に入るとすぐに鹿のお出迎え。角にも産毛が生えていることを発見。同行者の編集者Sは鹿せんべいを買ったおかげで鹿軍団の一斉襲撃を受けた。





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五重塔。会場はここからさらに奥へ進んだ本坊でした。早く行ったおかげで一番前に座ることができた。



 本坊のお座敷で、素浄瑠璃が始まった。三味線は寛治さんとお孫さんの寛太郎さん、太夫は竹本津駒大夫、といういつものメンバーだ。普段の劇場なら太夫や三味線は客席より一段高い場所(床と呼ばれる専用の場所とか、ステージの上とか)で演奏するのだが、今回はお座敷なので、高さはお客さんと同じ畳の上、しかも目の前(1mくらいしか離れていない)で太夫の語りや三味線の演奏が繰り広げられるという、予想していなかった最高のシチュエーションだった〜。半分開けた窓の外からほわほわと弱い風が吹いてきて、徐々に夜の帳が落ちてくるなか、べんべんと鳴り響く太棹三味線の音色や太夫の声の迫力はもちろん、寛治さんの撥さばきや太夫の足が痙攣している様子まで間近に見えて(たぶんお腹から力一杯声を出すので、足が痙攣することもままあるのだと思う)、ライブの醍醐味満載というか、感動が身体に響き渡って最後は鳥肌立ちました。
 演目は「近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)」。思いがけず人を斬ってしまった伝兵衛と、恋仲の遊女お俊。この二人を逃がす手引きをお俊の母と兄(猿回し)が手助けしてあげるという話だが、初めての演目だったし、素浄瑠璃なので開演前に床本をちゃんと読んで予習。最初はちょっと自分で話が飲み込めてなかったところがあったが、徐々に太夫の巧みな語り分けで本当に目の前に映像が浮かぶようになって、目が見えない母が最後に二人を見送るシーンでは思わず涙が。ほんと、いいもの聞かしてもらったわ〜、という感じで、Sと二人で大感激。公演後は寛治さんたちや興福寺の貫主さんを囲んで、お客さん全員でお弁当を食べて解散。思えばこの日の奈良も蒸し暑かったし、休憩時間に縁側に座ってたら蚊に刺されたりもしたんだけど、そんなことは全然おかまいなしの、とてもいい夜でした。

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チラシや床本など。

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2007年6月18日 (月)

相手の気持ちを知る。

 午後から東京女子大学の広瀬弘忠教授に取材。渋谷から井の頭線で吉祥寺へ行き、そこから大学へはタクシーで数分。かつて吉祥寺→池ノ上と、沿線の二カ所に住んだ経験のある私にとっては、井の頭線はいつ乗ってもどこかなつかしい路線。豊かな緑の中に建築家アントニン・レーモンド設計の素敵な建物が点在する東京女子大のキャンパスも、とてもいい雰囲気だった。ゆったりした時間が流れていて、ひさびさに、大学のキャンパスってやっぱりいいなあ、とか思ったりした。
 帰宅して、地元大分の新聞社の女性記者にメール。数週間前に取材を受けていて、その内容に関していくつか確認のメールが来ていたので、それに対する返信を送った。県外で生活している地元出身者にふるさとの思い出を語ってもらうという連載企画らしいんだけど、ちょっとしたご縁から話が回ってきて、今回取材されることになってしまったのだった。
 そう、インタビューを受けたのだ。いつも人にインタビューしている自分が、まさか誰かにインタビューされる日がくるとは思いもしなかったので、なんか妙〜な感じだったし、自分のことを話すというのはこんなに難しいものかと、つくづく思い知りました。自分で自分のことがよくわかっていないのだということも痛感したし(小さい頃のことって、急に聞かれてもすらすらとは出てこないものです……)。そんな感じで、インタビューされる側の気持ちが少し(かなり)わかったような気がした。取材する側のこちらが、ふんふんなるほど〜、と思うようなお話をしていただけることが、どんなに貴重でありがたいことか、ということがよくわかったというか、つまり、今回の取材で自分が話したことがどんだけとりとめなくて、つまんない内容だったかが、よくわかったのだった……やれやれ。
 まあでも、取材される相手側の気持ちに少しでも近づくことができたことは、今後のためにもいい経験だったと思いました。偶然にも今回の女性記者は高校の後輩(といってもずーっと年下だけどね)だったんだけど、取材中に私が、「どうして今のお仕事をやるようになったんですか〜?」とか、ついつい逆取材したりしたので(これはもうなんか、クセですね。人と話しているとつい取材モードみたいになるというのは……)、彼女にとっては取材のし辛い相手だったかもなあ、と、ちょっと反省も。てなわけで、そのうち夕刊に出るみたいなので、地元の人はよかったら見てみてください。

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2007年6月17日 (日)

感劇話その43 たっぷり堪能、「三人吉三」

 渋谷・コクーン歌舞伎の「三人吉三」を観てきた。河竹黙阿弥作。3人の吉三を中心にした複雑な人間関係が織りなす金と欲、因果のしがらみ、不条理、そして義理人情の世界を描いた、まさに歌舞伎らしさ満載といった感じのストーリー。シアターコクーンならではの串田和美さんの演出と、勘三郎、福助、橋之助、そして笹野高史といった、コクーン組ともいっていい豪華な役者陣を楽しみに出かけた。
 まず最初に本物の犬(わんこ)が舞台をタッタッタと横切るのにびっくり。脇目もふらずちゃんとまっすぐ走っているわんこ、お利口さんすぎでかわいい。観て行くうちに、最初に犬を殺してしまったり(この犬はもちろん作り物)、畜生道の話が出たりと、犬がキーワードの一つなのかなということがわかる。それにしてもこのわんこ、後半にも1回、タッタッタと出てきたのだけど、ほんとに名演技だった。
 圧巻はやはり最後の3人の立ち回りシーンだろう。奥行きのあるコクーンの舞台を生かして白一色の世界を作り上げ(柵も白、捕り手役も全員が白い装束)、その中で激しく立ち回る和尚吉三(勘三郎)とお坊吉三(橋之助)とお嬢吉三(福助)。勘三郎の見得はするどくて背筋がぞくぞくしてくるほど。切れのいい橋之助と、いつもは美しい福助さんがすごく激しい立ち回りを見せるのも迫力たっぷり。最後に大量に降り積もる雪のシーン、流れる椎名りんごの曲(これも意外にあっていた)。当然、平場のお客さんも雪をいっぱい被る。「夏祭浪花鑑」のとき、私も平場で泥を被ったわぁ……。
 笹野高史も観る度にいい感じだ。殺されるシーンではやはり「夏祭……」の壮絶な泥まみれの殺しのシーンを彷彿とさせる感じがあった。因果の大もとを作った張本人であり、和尚吉三の父であるこの伝吉の役は、初演の2001年では違う役者さんが演じたらしいが、笹野さんも適役だろう。それから亀蔵さん、この人のコミカルさは抜群である。
 見栄を切ったり、立ち回りをやったり、歌舞伎のお約束もちゃんと見せながら、新しい試みに挑戦し続けている串田さんの演出はほんとうに見応えがあっていつも楽しい。役者の演技も演出も、いろいろとしっかり堪能させてくれる舞台だった。

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入り口のポスター。3枚のうちの1枚。

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2007年6月16日 (土)

感劇話その42 back to the 5月の感劇

 感劇話も書きそびれていたのがあるので、先月のものをまとめます。

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五月大歌舞伎。新橋演舞場でした。カメラマンKさんにお誘いいただいて。お席も前から5列目。



 夜の部だったので、「妹背山婦女庭訓」と、吉右衛門さんの「隅田川続俤(法界坊)」。「妹背山……」は文楽でもよく観ているが、なんといっても福助さんのお三輪の美しさにほれぼれ。吉右衛門さんの法界坊はもうさすがに役者! って感じで楽しめた。

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劇団青い鳥の「天使たちの誘惑」。このアートディレクションは長友啓典さんです。



 今回はけっこう大人数で、ファンタジックな演出もあった。だが相変わらずの“同世代を生きてる”感が満ち満ちで、最後はやっぱりぐっときてしまう。終了後にお客さんが目頭を押さえながら「母と妹のことやられるともうダメなんだよね……」といっていたけど、まさに。

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開演前に、近くのガレットの店で軽く食べて飲んだ。




 ライターのMMちゃんと編集者Sと3人で、シードル2本。テラス席だったし、土曜の昼下がりでなかなかいい気持ちになり、公演中眠らないか不安だったけど、大丈夫だった。

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2007年6月15日 (金)

back to the 最近のお仕事

 しばらくバタバタだったので書けませんでしたが、最近送られてきた掲載誌です。

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「和楽」7月号。いつもの玉三郎さんの対談。今回のお相手は、太鼓奏者の林英哲さん。





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「pen」(6月1日発売号)は江戸デザイン学の特集。「ランティエ」7月号(5月末発売)では、玉三郎さんと篠山紀信さんの対談記事を。



 「pen」では女優緒川たまきさんにインタビューした浮世絵(美人画)の魅力について、とか、現代の琳派と称される画家、KOKINさんのインタビュー記事ほか、けっこうやりました。「ランティエ」は、このほど発売された玉三郎さんの写真集について、撮影した篠山さんと玉三郎さんが銀座和光のイベントで行なったトークショーを構成したもの。これは連休中の取材だった……はあ、はるか昔。こんな調子で今年ももう半分が過ぎようとしています。

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2007年6月14日 (木)

忘れた頃に……。

 私はかなりの方向音痴だ。そのせいで、年に1回くらい取材に遅れてしまうことがある。それは往々にして、取材場所が初めて行く場所で、最寄りの駅から5分以上歩く場所にある場合。もちろん、事前に地図で場所を確かめて、道を頭に入れているつもりだ。でもそれが、駅を出た瞬間に、自分の進むべき方向がわからなくなってしまい、右往左往してしまう。そんなときに限って周りに交番もなければ、道をたずねる人も見当たらない。時間が迫ってあせってくるとますます状況が悪化する。頭の中が、“ここはどこ?”状態になるのだ。情けないのだが、そんなことがだいたい年に1回の割合で起こってしまう。今年は今日がそうだった。
 場所は飯田橋から徒歩5分とHPに書いてあった某ホテル。地下鉄から地上に上がった瞬間、どっちへ行けばいいのかわからなくなった。地上に出たら、ホテルの建物が視界に入るものだと思い込んでいたのもいけなかったんだけど……。それでも、インタビュー開始の時間までは20分あった。15分前が編集者とカメラマンとの集合時間になっていたので、駅から5分の場所だから予定通りに駅に着いたわけなんだけど、もう道がわからない。編集者に電話して聞いたけど、気持ちが焦ってきたのでますますぐるぐるし始める。駅のキオスクの人に道を聞いたら、3つ先の信号を左だといわれた。3つ先って……かなりあるじゃん。走ってかけつけ、ホテルに着いたのが取材開始3分前。やばいよ。取材相手が早めに来る人ならとっくに来ているだろう。本来、スタッフはその前には入っていなきゃいけないわけで。ところが、ここでさらなる失態を犯してしまった。ホテルの本館と新館を間違えたのだ。
 もう頭が焦っているので、いくべきは新館! だと思い込んでいる。しかし、取材場所は本館だった。新館の12階に行ってみたら、たずねるべき部屋がないのでもうパニックは頂点に。あわてて1階まで降りてラウンジにいるホテルの人に聞いたら、「その部屋番号は本館でございます」とのこと。えーっ、新館じゃなかったっけ!? と思って編集者の携帯に電話したら、「だから本館っていったじゃないですか」とのこと。再度エレベーターに乗って12階に上がる間、手帳を見たらちゃんと本館12階と書いている……だめですね〜焦ってくるともう自分で自分の思考回路がわからない。駆け込んだら2分の遅刻だった。すぐに謝罪。取材のお相手はとてもいい方で、「女性の方向音痴は仕方がないですからねえ」と笑って許してくださったのだが……大大反省である。駆け込んだせいもあって、インタビュー始めてからしばらく高市早苗並みに汗がとまらなかったけど、中には冷や汗も混じっていたのかも。取材終了後に再びお詫びして別れたんだけど、地図を見てしっかり行き方を把握しなかった自分が悪いのは明白だ。地上に出ればすぐにわかると、甘く考えていたのだから。忘れた頃にこういう失態を犯してしまう。危機管理能力ゼロである。ほんとに人間て、いくつになっても進歩しないものですねえ。

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2007年6月13日 (水)

季節到来

 茶封筒の郵便物は無事に回収されてポストに戻っていました。税理士さんからの連絡書類だったので、内容はわかってはいたんだけど、現時点では回収不可能な場所に入り込んでしまっていて、何年も先にこのマンションが建て替えになったときにがれきの中から発見されたりするようなことにならなくて、ほんとによかったス。
 今日は夕方から白洲千代子さんのジュエリー展をのぞきに銀座へ。

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案内状に出ていたこの作品、実物は予想ガイに大きかった。



 白洲さんとは約1年ぶりか。和服姿がお似合いだった。来週以降にまたお会いする約束をしてギャラリーを出た。梅雨入り前だからか、蒸し暑さに耐えられず、ギャラリーからほど近い場所にあるオーバカナルに逃げ込んだ。冷えたビール、と思ったが、夜からロケハンで飲まなきゃならなさそうだし、もうちょっと軽めな気分がいいかなと、パナシェを注文。

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レモンの酸味とビールの喉ごしが爽快だった。




 そろそろビールやソーダ割(ウィスキーの)が美味しくなる季節だ。

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2007年6月12日 (火)

隙間にストン

 今日、起こった珍事の話。夕飯の買い物をして帰宅し、1階のポストから新聞と郵便物を取り出し、小脇に抱えて右手に家の鍵を持ってエレベーターに乗った。我が家のある4階に到着してエレベーターの扉が開き、外に出ようと思った瞬間、手元から郵便物がほろりとこぼれ落ち、茶封筒が1通、あろうことかそのままエレベーターと建物の隙間に落ち込んでしまった……絶句というか、一瞬頭が白くなるというのはこういうことなんだなと思ったけど、しばらくぽかんと目線でそれを追いながらなにもできなかった。ただ、え? って感じ。
 数秒後、ハッと我に返ってどうしようかと思ったが、指も入るか入らないかの隙間、しかも、指が入っても届かない位置まで封筒は落ちたと思われる……があああん。どうしようどうしよう。まずは家に帰って荷物を置き、頭を落ち着かせてみて、現場検証に出かけてみた。うちのマンションのエレベーターは扉の一部がガラス張りになっていて外が見える。それでエレベーターに再度乗って1階まで降りる間、どこかに茶封筒がはさまっているか確認しようと思ったわけだ。そしたら……あった。4階と3階の中間地点くらいの位置、エレベーターを取り囲む鉄骨の柱のところに茶封筒が引っかかっていた。しかも裏側……よかったぁ。表面がこちらを向いていたら、エレベーターに乗る人全員に私の名前が発見されるわけで(私宛の郵便物であることは、ポストから取り出したときに確認している)、そんなことになったらもの笑いのタネである。ひとまず安心。って、そんなことだけ気にしてどうするって感じだが。
 とにかく位置は確認した。次に家に戻ってマンションの管理事務所に電話をして相談。すると、今日はもう無理だが明日には事務所の方からエレベーター会社に連絡をして、封筒を取ってもらって、それをうちのポストに入れておいてくれるとのことだった。助かった。お手数おかけして申し訳ありません、ときちんと誤って、とりあえずは落ち着いた。次に、夫に電話をして、帰って来るときエレベーターからおもしろいものが見れるよといって事情を説明したら、「うわ、ダッせ〜」とひとこと。そうだよ、ダサダサだよ、わかってるけど仕方ないじゃん、落ちたんだもん。
 明日、何時か知らないけどエレベーター会社さんがやってきて、封筒をとってくれる間、たぶん「点検中」とかになってエレベーターは動かなくなるわけで。マンションの皆さん、原因は私です。ご迷惑かけてごめんなさい。珍事というか、不祥事というか、不始末というか、情けない話でした。しっかし、こんなこともあるんですね。あんな狭い隙間に……すごいピンポイント。狙っても簡単には入らないよ、たぶん(自慢かよ)。そういえば、昔、地下鉄に乗り込もうとして電車とホームの隙間に靴を片方落とし、身体は車内に乗り込んだまま扉が閉まり、そのまま電車が出てしまったので片足素足のままで一駅乗って、再び前の駅に戻って駅員さんに靴を取っていただいたこともあったなあ。あんときはさすがに恥ずかしかった。微妙に(というかだいぶ)内容は違うけど、とにかく隙間にはご用心、なのだ。

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「それってただのヒンシュク者じゃん」という顔です......ほんとすみません。

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2007年6月11日 (月)

富士山に登ってきました。

 なーんて書きましたが、本物の富士山に登ったわけではなくて、富士塚の話。今日は将棋の渡辺明竜王にインタビューするので、千駄ヶ谷の日本将棋連盟東京本部へ行ってきた。といっても将棋についてのインタビューではなくて(将棋、わかんないし)、主なテーマはほかのことなんだけど。考えてみたら、これまでに谷川浩司さんとか佐藤康光さんにも取材したことがある。いずれももろに将棋の実践についての話じゃなくて、将棋についての話でも精神論とか、将棋にまつわる話みたいなことだが、棋士の方にお会いするたびに、ちょっと将棋もやってみようかなと思うのだが、結局、未だぜんぜん……。
 で、今回も将棋の話もちょっと交えつつ、将棋のことをわからない一般読者にもわかるようなテーマで渡辺竜王にお話をうかがってきたわけですが、
本題はここからで、その将棋連盟の東京本部の目の前に、鳩森神社という神社がある。取材前に、カメラマンN田さんから、「この神社には富士塚があるんですよね」という話を聞いたので、取材後に行ってみた、というわけである。昔はこのへんをウロウロしていた時期もあったのに、そんなことぜんぜん知らなかった……。富士塚というのは、富士山を信仰の対象にしている富士浅間信仰というのがあって、富士山に登ることを修業としているのだが、江戸時代の一般庶民には、なかなか実際の富士山に登ることはできなかったというわけで、それで各地にミニチュアの富士山を作り、そこに登ることで富士登山を疑似体験したという……その疑似施設が富士塚、というわけだ。
 たしかにうっそうおとした木の中に、ちょっとした小山がある。しかし登ってみると、五合目を過ぎたあたりから道がうねうねして狭くなってかなり傾斜が急になり、ヒールで登るとまじでかなり怖かった。周りに鎖が張ってあるのだがそれを持ったりしないときつい。バッグ持っているとなおきつかった。そうやって狭い頂上へ辿り着くと、おお、高い所へ来たなという感じになって、ちょっとした達成感が。江戸時代の人はこうやって、富士登山の気分を味わったんだなあとしみじみ……。頂上から見える景色も今とは別世界だろうしね。ちょっとした運動にもなるので、近くにお立ち寄りの際は、お試しくだされ。でもミュールやサンダルではアブナイかも。

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ちょっとわかり辛いかもしれないけど、富士塚です(左)。山の麓には池があって菖蒲がきれい。

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