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2007年5月30日 (水)

感劇話その41 光秀メインの「太功記」

 昨日ダレた分、今日はピッチを上げて、本日予定分の原稿をほぼ書き上げた。なので今日も感劇話の続きを。
 今月の文楽公演は、通し狂言の「絵本太功記」だった。一部から二部まで通しで上演するのは14年ぶりとのこと。この演目は、いわゆる“太閤記”ではなく“太功記”という題名になっているように、秀吉が主人公の話ではなく、明智光秀をメインに設定を変えたもので、本能寺の変に至る事件の発端となる6月1日から、13日の光秀の死までを1日1段として描かれたものだ。
 私自身、これまで何度か観ているが、それはいずれも後半の数段のみで、通しで観るのは初めて。前半にまたまた文楽らしい不条理な死が描かれていて、初めてだけにけっこうそれは衝撃だった。時代物につきものの義理とか自己犠牲がやっぱり満載なのだが、生身の人間が演じたらかなり残虐になってしまうであろう場面も、人形だから描けるということがあって、それが文楽ならではの部分といえばそうなんだろうけど、いくら人形でもけっこうぎょっとしてしまうこともあって……。今回だと、親の切腹をいたいけな子供が手伝ったりする場面があるんだけど、それはやっぱりげげげーって感じだった。文楽ってたまにえらく大胆になるんだよね、人形だけに。
 このお話の光秀は、恐ろしいまでに剛強で(風貌からしてすごみあり)、血も涙もない反逆者って感じなんだけど、自分の母親と息子が死にそうになったときに、ついに情をゆさぶられて大泣きするシーンがある。それまでかなり冷徹な感じに描かれているだけに、その大泣きの場面は光秀の人間らしさが出てきて、とても見応えがある。それにしても、テレビドラマに出てくる光秀って、どれもけっこうやさしくてスマートでナイーブなイメージに描かれている感じがするんだけど(役者もそんな感じの人が多いし)、本当はこんなに荒々しい強面な感じだったのだろうか。真実はいったいどうなんだろう。

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文楽の光秀はこんな感じなのです。額の傷は信長に命じられた森蘭丸によってつけられたもの。吉良でも旗本退屈男でもありません。

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