« 重ねていく時間の厚み | トップページ | 感劇話その41 光秀メインの「太功記」 »

2007年5月29日 (火)

感劇話その40 お腹にどっしり、の太棹に酔う

 今日は1日原稿準備のテープおこしやら、の日だったんだけど、なんだかダレてしまってほとんど進まず、だった。なので、またまたたまってしまった今月の感劇話を消化していくことに(って、仕事しろよ)。
 今月は文楽東京公演の月だったが、文楽公演が始まる前に、文楽三味線の鶴澤清治さんの公演に行ってきた。NHKエンタープライズの主催で、「本物の芸に酔う」をテーマに企画した「芸の真髄シリーズ」の第一回目、ということだそうだが、“感劇”仲間のカヨちゃんに誘われて。
 もともと私が文楽にハマったのは人形の美しさに魅せられたからで、今も公演でまず注目するのは人形とか、人形遣いの人たちだ。でも、だんだん見ていくうちにつれ、三味線や義太夫にも少しずつ関心が出てきて、3年前からは人間国宝の鶴澤寛治さんの会に足を運ぶようになった。そこで素浄瑠璃(人形が登場しない三味線と太夫だけの浄瑠璃)なんかを少しずつ聞くようにもなっているんだけど、文楽で使われる太棹三味線のずっしりとした響きは、なかなかに心地いいものだ。太棹というのは、常磐津や清元(中棹)、長唄(細棹)で使われる三味線よりも棹の部分がぐんと太い三味線のことですね。今回は、三味線は清治さんをメインに、太夫には住大夫や綱大夫、咲大夫、嶋大夫という重鎮がそろい踏み、人形が出る演目も一つあって、そこには蓑助さん、というすごいラインナップということで(第一回目だからNHKも気合いを入れたのだろうかね)、楽しみに出かけたのだった。
 人形の出ない素浄瑠璃というのは、慣れた人でないとなかなか言葉が聞き取り辛くて意味がわかりにくいものだと思うんだけれど、幸い演目が以前に見たことのある「壇浦兜軍紀」の阿古屋琴責の段だったので、なんとか映像が頭に浮かんだ。というか、それよりも、やっぱり太棹のずんずんお腹に響く音色や力強い撥(ばち)さばきが、クラプトンのストラトキャスターのそれとはまたひと味違って心躍るような感じにさせられて、聴き入ってしまった。荒々しいだけでなく、ときに桃の薄皮をそっと剥くようなやさしい、まろやかな音色にもなる変幻自在な太棹の演奏が、日頃使っていない感覚を覚醒させられるようで気持ちいい。創作浄瑠璃として、山川静夫氏の原作に清治さんが構成、作曲した「弥七の死」も上演されたが、これがなかなか、異色ながら私には想像以上にしっくりと受け入れられた。切なくて、よいお話だったと思う。これまでの文楽公演では特に清治さんだけを注目したことがなかったのだが、今後はもっとじっくり床(太夫と三味線が座る場所)も見なきゃ、と思った次第でありました。

Nec_0106_2


チラシです。弦楽器の人って、酷使してるはずなのに指は意外と細くてきれいな人が多い、というのが私の持論。

« 重ねていく時間の厚み | トップページ | 感劇話その41 光秀メインの「太功記」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 感劇話その40 お腹にどっしり、の太棹に酔う:

« 重ねていく時間の厚み | トップページ | 感劇話その41 光秀メインの「太功記」 »