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2006年12月31日 (日)

納めのあとで……。

 今年の仕事は27日までと勝手に決めていたけれど、案の定、ものゴトは思い通りには運ばない。なんだかんだで原稿書き作業は28日まで続き、年明けに出す対談原稿のテープおこし読み&確認を29日午前中で終え、そこで仕事納め。と思ったところにアテス編集部からやはり年明け10日締め切りのインタビュー原稿のレイアウトが上がったという連絡がきて、メールとファクスがガーーーッと流れてきて確認にちょっと時間を割く。とまあそんなこんなで、29日午後早い時間に今年の仕事納めとなった。
 そ・し・た・ら、30日朝から掃除機かけまくったりしたところで熱が出て、風邪っぽい様子になってきてしまった。28日から左目も真っ赤に充血して2日間治らなかったのだが、例年のように、仕事が一段落する頃になんだかんだとカラダの不具合が出てくる始末……。結局、ゆうべは夕飯の後、薬を飲んで速攻で寝た。予定していた片付け等々ほとんどできぬまま。まあ、毎年こんな調子なんだけどね。今朝は少し熱は治まっているので、このまま治ってくれたらいいが。
 というわけで、今年の反省もろくにできぬまま、いつものような年末になってしまいました。今日の夕方からは夫の実家の秋田へ行って、年越しです。なので数日、更新はできませんが、今年もこのブログをのぞいてくださったみなさん、ほんとにありがとうございました。どうぞよいお年を。


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今年もシメはこの元気な顔で!

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2006年12月28日 (木)

まだまだ続いていた・忘年会な日々

 25日は仕事先の制作会社の部長さんを囲んで会食。ふぐをいただいた。にこごりに始まり、刺身、唐揚げ、お鍋、そして雑炊。美味しかったし、お腹超いっぱい。

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これは鍋。仲居さんが取り分けてくれる。




 2軒目は部長さん行きつけの六本木のスコッチバー。夜景のきれいなそのお店は30年以上続いているとかで、六本木では穴場的な落ち着ける場所だった。
 26日(火)は昼、夜ともに会食。昼は編集者Bと二人で広尾の「たじま」に。野菜料理が豊富な蕎麦コースを堪能。

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にんじんの白和え、青菜のおひたし、くみ上げ湯葉などなど、野菜の前菜がたくさん出てきて嬉しい。メインは野菜のかき揚げか野菜の焚き合わせからチョイス。もちろん蕎麦も美味しい。

 夜は愛パン家の渡邉さんと1年ぶりくらいに会って、二人忘年会。大好きな中目黒の「いなか」でご飯。渡邉さんはとてもスリムなのにとてもよく食べる。この日もたくさん食べた後、シメに和牛のカツの卵とじとご飯と味噌汁をペロリで、デザートもぺロリ。相変わらずあっぱれだ。でもカツ卵とじ、私も2、3切れいただいたけど美味!

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これもまた美味い野菜の煮物。




 27日(水)は編集者Sと「マダムキコ」で。二人とも仕事が長引いて当初の予定より1時間遅れでスタートしたが、おいしいワインとお料理で徐々に心がほぐされて、終わる頃にはちょうどいいほろ酔い気分に。

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これはサラダ仕立ての鯖のグリエ♡。下に隠れている辛み大根と合わせて食べる。



 てな感じで、連日いろんな人と会って、今年の反省やら思い出話やらをしながら1年を振り返っているわけなんだけど、楽しいんだけどさすがに3日も続くと身体は疲れる。特に火曜日は1日中台風のような雨に打たれたこともあって、帰り着くなり爆睡だった。そして、さすがに今日はあっさりお茶漬けでいいや、なんて思っていたのに、夕飯が近づくとまた食欲が出て、唐揚げ食べてしまった……このままお正月休みに突入して、さらに食っちゃ寝していたら、かなりやばい。
 そうそう、嵐の日、渡邉さんから「今年、牧野さんにとって、いちばんよかったことはなに?」と、あまりにもストレートに聞かれ、さすがに言葉に詰まってしまった、ということもあった……そういえば、なんだろう。渡邉さんにとってのいちばんは、弟さんに子供が生まれたことなんだって。私は……うーん、と、火曜日以来ずっと考えている。

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2006年12月24日 (日)

続・忘年会な日々&有終の美

 今日は、なじみの渋谷のロックバー“G”の忘年会。お店のスタッフと一緒に常連客が内々でやっていて、ここ十年以上は毎年、競馬の有馬記念の日に開催している。今年はお店が創業35周年の記念の年でもあったんだけど、参加者のほうも、お客さん暦35年の人から私みたいな20数年の中堅組も数人、いちばん新参の人でも5年〜10年組、みたいな感じでやっているので、忘年会の平均年齢は毎年上がる一方なのだ。ははは。そのうちお店の作りをバリアフリーにしたほうがいいんじゃないの、なんていうジョーダンも出るくらいで(地下の店なので、階段を使うから)。でも、ジョーダンじゃなかったりして。ははは。
 有馬記念の日にやっているのはそれなりに意図があって、会は2時頃から始まり、有馬記念のレースの前にビンゴゲームをして、上がった人から順番に、商品と好きな馬券を選ぶ。忘年会が始まる前にスタッフが馬連とか枠連とかいろいろ取り混ぜて100円馬券をたくさん買ってくるのだ。で、自分が選んだ馬券を握りしめて、レースの実況放送を聞く(ラジオだけど)というもの。まあ、お遊びなので当たっても当たらなくてもワイワイやっているんだけど。当然、その前から飲んでるし。
 そして、ディープインパクトは見事に勝った。自分では家のPATで単勝と馬連を数枚買っていたが、2着を間違えたので(ポップロック、よく考えたら名前で買っていたかもしれなかったなあ……)、結果はマイナスだったけど、でもそんなことより、ディープがしっかり走って1着になって、安全に終わったのがなにより嬉しかった。家に帰って録画していたレースを見たけど、本当に速かったねえ、ディープ。最後の直線は、他の馬の足運びがワンテンポスローモーションに感じられるくらいで、見ていて鳥肌が立ってしまった。中山にいた人には本当に飛んでいるように見えたのかなあ。有終の美という言葉がこんなにもふさわしいケースって、なかなかないと思う。こんなに感動を与えてくれる馬は、もうしばらく出てこないのかもな……。とにかくディープ、がんばったねえ! ありがとう、って感じの嬉しい日でした。

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これは私がゲームで選んだハズレ馬券

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2006年12月23日 (土)

忘年会な日々

 忘年会シーズンだ。ご多分にもれず私も、21日(木)、22日(金)と続いた。木曜日は某誌のスタッフ忘年会。場所は築地の韓国料理やさん。当然、焼き肉がメインで、いろんなお肉がお皿に並んで出てきた。

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たとえばある皿はこんな感じで。ほかにもいろんなのが。




 お店は木造の一軒家で、この日の会場はその3階の畳の部屋。入るときに、店員さんからNG3か条を言い渡された。その1、一気飲み禁止(階段が急なので飲み過ぎて酔っぱらうと、階段をおりるときに転げ落ちる危険あり)、その2、飛び跳ね禁止(家が古くて床が抜け落ちる危険あり)、その3、大声禁止(すぐ隣りが民家なので苦情がくる)。まあ、学生の飲み会じゃないし、みんな大人だからだいじょぶですよ、って感じで始まったわけだけれど、そんな家なので、換気もこれまた最高で、もう部屋じゅう煙がもくもくもく。最初に上着などはビニール袋に入れるので難を逃れたが、髪の毛と身体がか〜なり、ハンパじゃなく焼き肉臭くなって、帰りの電車、いつになく周りの人の視線が気になった。なにしろこの時期、遅い時間の電車も混んでるし。でもお肉とチゲ鍋はうまかったけど。
 金曜日はいま取材と撮影を続けている書道家さんの書道教室の忘年会で、場所は表参道のレストラン。これは半分仕事みたいな感じで参加したのだが、会場で先生が大きな紙に書くパフォーマンスもあったりして。

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こんな感じで。生徒さんたちの撮影攻勢もすごかった。




 この日は久々に4〜5センチのヒールのパンプスを履いていたのだが(私にしては珍しい)、混み合う表参道の駅のホームで男の人が電車に駆け込み乗車しようとしていきなりぶつかってきて、よろけた私が横にいたおじさんの足を踏んでしまったらしく、おじさんエライ痛がっていた。スミマセンと誤ったけれど、おじさんも状況がわかってたみたいで私には何も言わず、ぶつかってきた男性の後ろ姿をはげしく睨みつけていた。よっぽど痛かったんだろうなあ。4〜5センチとはいえ細いヒールで踏まれたんだからさ。お姉さんがたの8センチとかのピンヒールで踏まれたりしたら、きっともう血が出ちゃうくらい痛いんだろうなあ……でもそっちは意外と嬉しかったりして。って、それは趣味が違うか。とにかく、あのおじさんには災難だった。なにしろこの時期、ホームも混んでるし。帰りの電車なんてもう、終電2、3本前だけど朝のラッシュ並みのおしくらまんじゅう。なにかといろいろタイヘンな忘年会シーズンなのだ。

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2006年12月20日 (水)

白川先生の漢字歴

 夕方から校正等で六本木のデザイナーのところへ。その帰り、バスを待つ間にバス停前のabc(青山ブックセンター)に入ったところで白川静先生の漢字歴(来年のカレンダー)をみつけ、速購入。
 漢字研究者の第一人者である白川静先生が亡くなられたのは10月30日だった。96歳だった。まだまだまだ元気でおられるはずだと思っていたのでショックであり、残念だった。白川先生にお会いしたのは98年の秋。もう8年も前になるが、そんなに昔とは思えない。文藝春秋のpeople というインタビューページで、“なじみの本屋”についてのお話をうかがった。このときで88歳だったわけだが、矍鑠としておられて、お話もとてもおもしろくて楽しかった。梨をごちそうしてくださったやさしい奥様のことも忘れられない。このときは、店のご主人と40年以上おつきあいがあるという古書店に先生をお連れして撮影したのだが、長年注文して本を届けてもらっているのにもかかわらず、先生ご自身が実際にお店に足を運んだのはこのときが初めてだということで、「思いがけずいい機会を与えてくれて、ありがとう」と感謝のお言葉までいただいてしまい、かえって恐縮してしまったのを覚えている。ご冥福をお祈りします。
 で、そのときは“なじみの本屋”というテーマで5人の方にインタビューしたのだったが、それを思い出して、驚いた。ほかにインタビューしたのは、演出家であり作家の久世光彦さんと、作家の米原万里さん……お二人とも、今年亡くなられている……。少なからずだけれど、ご縁のあった大先輩の方々が相次いで亡くなられているのはほんとうに残念としかいいようがない。この特集でほかにインタビューした方は、俳優の児玉清さんと、成毛真さん(当時のマイクロソフト株式会社社長)。このお二人には、白川先生たちの分までずっとずっと長生きしていただきたいと思いました。

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カレンダーの表紙(部分)

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2006年12月18日 (月)

感劇話その25 知盛を見ながら考えた。

 先週書きそびれてしまったのだが、文楽12月公演に行ってきた。今月は初心者向け文楽教室も開催されているので本公演は夜の部のみ。「義経千本桜」から堀川御所の段、伏見稲荷の段と、渡海屋・大物浦の段、の3段。渡海屋・大物浦の段といえば、私の机の前の壁には、吉田玉男師匠の遣う中納言知盛の写真が飾られている。何年か前の文楽カレンダーの1ページなんだけど。義経との戦いに破れた末、大きな碇を背負って海に身を投じようとする平知盛の姿だ。3年前の9月の東京公演で、実際に玉男師匠が知盛を遣うのも観たことがある。
 12月公演は、玉男師匠が亡くなられてから最初の国立劇場での公演だった。「義経千本桜」と聞いて、おそらく知盛を遣うのは玉男師匠の一番弟子の吉田玉女さんだろうと思っていたが、やはりそうだった。玉女さんの遣う知盛の後ろに、何度も玉男さんの姿を感じながら見た。玉女さんの知盛の勇壮な雰囲気もすばらしかった。白糸縅(しらいとおどし)の鎧に身を固めた知盛の人形の総重量は30キロ近いとのことだが、玉女さんの腕に食い込んでいたのは単なる重量だけの重みではないんだろうな……そんなことを思いながら観てた。
 荒海に漕ぎ出して岩に上り、巨大な碇を背負いながら、頭からゆっくりと落ちて行く知盛。最後は『犬神家の一族』みたいに両足が逆さになって開いて、ついにその足も海に沈んで行く。その様子を目で負っているうちに涙が出てきてしまった。玉男さん、やっぱりもういないんだなあ……。3年前にはこのクライマックスの雄大な場面も全部やり遂げられて、みんなの目を釘付けにしていたのに。玉男師匠のいない舞台の淋しさを、これからまだしばらくは感じるんだろうなあ。なんか今回は、そんなことをいろいろ感じてしまいました。でも、玉男師匠がいなくなったからもう文楽は観ないよ、なんてことはぜったいにないけどね。

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今回のプログラム(左)と、知盛を遣う玉男さん(カレンダーの写真)

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2006年12月17日 (日)

ハクチョウと、石拾いと、5番の男プジョル

 朝、9時に家を出て、三茶でカメラマンKさんの車に拾ってもらい、秩父方面へ出発。今日も来年に本を出す予定の書道家さんの撮影。当初、長瀞の河原を目指す予定だったが、手前の深谷市あたりの荒川の川縁でいいロケーションの場所を発見、そこで撮影敢行。心配していたお天気も、空が明るくなってきて快調に進んだ。河原で書道家さんに書を書いてもらったのだが、ちょっとしたしかけがあって、私と編集者は河原の石拾いを決行。川で石を拾うなんて、小学生のとき以来のような気がしたけど、これがけっこう楽しかった。童心に帰る、というやつですか。よく見ると、いろんな色、いろんな模様の石がある。どこかのお家の玄関にありそうな、“立派な石”に似た感じのものもゴロゴロあった。ただ石ころを捜すだけなんだけど、すごく無心になれて、予想ガイに癒される感じで、疲れた大人にはなかなかオススメかもですよ、石拾い。
 撮影場所に辿り着く前の下流では、なんと白鳥の飛来地を発見。10月下旬から3月くらいまで見られるらしい。こんな東京の近くにも白鳥の飛来地があったなんて、ちょっと感激した。それにここの白鳥たち、人にも慣れているのか、ぜんぜん逃げないし、かわいい。ちょっと白鳥好きの私には、思いがけないサプライズだった。
 撮影も無事終了し、夜は新横浜でトヨタカップの決勝戦を観戦。インテルナシオナルのアレッシャンドレが後半途中で交代したのは残念だったけれど、バルセロナのロナウジーニョとデコの華麗なプレーにはまじで感激。特にロナウジーニョがボールに触れたらまばたきしちゃいけないんだってことを身を以て実感。目にも留まらぬ早業、とかって、ああいうことなのかもしれないなと。
 インテルナシオナルの優勝は大方の予想とは違ったかもしれないけれど、あの人たちほんとによく攻めていたし、ブラジルにはロナウジーニョとかデコの弟分みたいな選手がほんとーにたくさんひしめきあっているんだな〜という、層の厚さみたいなものを痛感させられた。しかし、今日の私のMVPはロナウジーニョでもデコでもなく、バルサのプジョルだ。この人、ほんとによく守って、いっつも的確な位置でボールを見事にクリアしている。この5番の背中の大活躍を、後半、何度も何度も目の当たりにした。そんなプジョルが一瞬、速攻を捉え逃した直後に、インテルの値千金の1点が入ったのだ。残念だったなあ。しかし、頼れる5番、プジョル。すっかりファンになりました。座席の近くにインテルのサポーターの一団がいて、その熱い応援にも感激したけど。彼らは今夜は1週間早いクリスマスプレゼントももらって、きっと朝までお祭り騒ぎだろうな……。とまあ、なんだか中身の濃い1日だったのでありました。

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荒川のハクチョウさんたち。川の水もすごくきれいなところだった。

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2006年12月16日 (土)

盲腸いまむかし

 今週月曜日に友人が入院した。胃の痛みを訴えて病院に行ったら、検査して盲腸だということがわかって入院になり、手術するという。盲腸なら切れば大丈夫だと思っていたが、よくよく聞くと、放っておいたら数日で腹膜炎を起こす危険があるくらいまでこじれた盲腸だったようで、手術にも時間がかかったようだった。おまけに中に石もあったようで……腎臓&尿管結石経験者の私としては、盲腸(虫垂)にも石ってできるものなのね、とびっくりだった。手術日に続いて金曜夜にも様子を観に行ったら、点滴はつなげていたものの、わりと普通に歩けていて、食事も今日から普通食になったといっていた。ということで一安心。
 盲腸といえば、私もたしか高校2年の3学期頃に慢性盲腸を切って入院したことがあったのを思い出した。そのときの傷はまだパーセント(%)みたいな印でおへその右脇に残っているけど、その友達の場合はレーザーメスを使う手術で、糸も自然と溶けるタイプらしい。きっと跡もほとんど残らないんだろう。約30年も違うのだから、医学も目覚ましく進歩しているから当然である。それに最近では、虫垂炎でも開腹手術じゃなくて腹腔鏡による手術が多くなっているらしい。それだと傷口も1センチくらいとかでほんとに小さくてすむから、若い子だったら昔みたいに“ビキニが着られなくなっちゃう〜”と心配することもないだろうし……すごいもんだ、医学の進歩。
 あと、私の頃は盲腸といえども手術前に下のヘアとかお腹の産毛とかを看護婦さんからきれいに剃られて、思春期の身の上としては女性同士とはいえかなり恥ずかしかったものだけれど、今回の友人はぜんぜん剃られなかったんだと。お腹の産毛もだよ……レーザーメスだと関係ないのだろうか……。その友人とは30年以上の付きあいで、私の盲腸手術のときのこともよく知っているもんだから、こっちから聞きもしないのに「私はジョリジョリ(と、カミソリを研ぐ真似)はなかったよ〜ん♪」と、得意顔されてしまった。なんだよ〜、ずる〜い……やっぱりすごいんだ、医学の進歩って。

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2006年12月14日 (木)

渋谷の交差点

 午後から書道家さんの本のための撮影第何段目、か、わすれたけど、とにかく撮影。渋谷駅のハチ公そばの有名なスクランブル交差点で、人ごみの中を何度も行ったり来たりしながら撮影した。年の瀬だからか、関係ないのか、あいかわらず渋谷駅周辺はものすごい人・ひと・人。仕事でもなければ日頃はなるべく近寄らないようにしている場所だ。そして、さすが渋谷という場所柄なのか、何をやっていてもぜんぜん、誰も気にしない。雑踏の中で書道家さんに即興で書を書いてもらったり、スクランブル交差点のど真ん中あたりを歩いてもらったりして、カメラマンがカメラを抱えてパシャパシャやっていても、ほとんどの人は立ち止まったり、注目したりしない。まあ、撮影するほうとしてはそのほうがありがたいのですが。
 無事に終了後、解散し、私用で渋谷郵便局へ。ハチ公の反対側にある宮益坂に向かって横断歩道を渡り、坂道を上る。用事を済ませた後、郵便局から反対側の歩道へと横断歩道を渡り、薬局で買い物。その後、坂を降りてガード下の横断歩道を渡って再び渋谷駅に戻り、東横のれん街で少し買い物をしていったん家に帰宅。そして夕方から六本木のデザイナー事務所でチェックがあったので外出。少し時間があったので、来年の手帳のレフィルをまだ買っていなかったことを思い出し、またまた渋谷に寄って百貨店でレフィルを購入。そこからまたガード下の横断歩道を越えて、渋谷駅の反対側の、かつての映画館があったビル側のロータリーのタクシー乗り場まで移動。そして六本木へ。……と、今日は渋谷駅周辺の横断歩道を何度も何度も、たくさん行ったり来たりして、駅の周りをグルグルグルグルと移動したのだった。ハチ公そばのスクランブル交差点を筆頭に、どの道も人であふれていた。
 しかしハチ公前広場も私が学生だった頃からするとかなり様変わりしたね。昔はあそこに小さな池があって(噴水があったかどうかは忘れたけど)、学園祭の日の夜はそこまで行列してねり歩き、最後にその池に誰かが落とされたりしていたんだけど。いつの頃からかその池はなくなって、いまはハチ公の像の前には古い電車が置かれている。

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2006年12月13日 (水)

対談原稿とピリ辛クッパ

 数時間睡眠の後で怒濤の勢いでキーボードを叩きまくり、夕方6時半には4500字の対談原稿を編集者に送った(なんとか間に合った〜)。お腹もすき、やはりハイになっているのでそのままの勢いでまな板に向かい、ささっと夕飯を作る。買い物に出る気力はなかったが、冷蔵庫に大根と豚肉があったので、ネギやニンニクも刻んで松木さん(静岡で有機農業をやっていらっしゃる農業家)のレシピ本にある“牛肉と大根のピリ辛クッパ”の豚肉版を作ってみたら、これが思いがけず激うまで嬉しかった。食べ終わってほっと一息した8時半頃、さっき送った対談原稿の担当編集者(麗しのN女史)から電話。原稿を増やしてほしいという。
 対談原稿は対談の内容をそのまま全部書いているわけではなく、あらかじめ決められている文字量に合わせるために編集したりするので、採用しないエピソードも毎回いくつか出てくるのだが、今回もそれがあった。N女史によれば、原稿かなり増やしてもいいので、落とした一つのエピソードもやっぱり盛り込んでほしいとのこと。ご飯食べ終わって、この3日間の寝不足と疲れが一気に睡魔となって身体中を駆け巡り始めていた時間帯だっただけに、冬の稲妻みたいな感じの電話だったが(意味不明、しかもたとえが古い……)、重い身体をひきずりながらちょっと濃いめのコーヒー入れて、加筆作業。でも楽しい対談原稿だし、わりとスムーズにできて10時には原稿送った。
 その後またしばらく頭が冴えていて眠れず、ソファでやっとうとうとしてきた11時半頃、夫が帰宅。激うまと自画自賛のクッパを出したら、“辛いねえ〜”とだけ。クッパはご飯と一緒に食べるものだから、ご飯にかけるかクッパの中にご飯を入れて食べてほしかったんだけど、夫はべつべつに食べているからそりゃ、やや辛めかも。ピリ辛クッパだしさ……。でも、疲れていた私の身体には塩分アンド辛みやや強めな味が、今日はよりおいしく感じられたのかもね。まあそんなふうな1日でした。

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ドミノ倒し

 気がつけば水曜朝である。いま4時前。おお、シカゴの曲に「25 or 6 to4」っつーのがあったなあ。まさに……。週明け早々、想定ガーイのことが連発して作業に追われている。そのおかげで月曜日にやるはずだった原稿書きができず、火曜日は夕方まで予定通りの撮影があったのでまた夜まで原稿が書けず、アーンド、プライベートでも親友が入院したりして、いろんなことがドミノ倒し状態。締め切りまで余裕あると思っていた対談原稿にまだ1行もとりかかれず……締め切り、今日。ははは。できるだろうか……重なるときはいろんなことが重なるもので。Help〜! 昨日も3時間くらいしか寝ていないので、こんなこと書いてないでとっとと寝ればいいんだけど、頭が冴えててすぐには眠れないのだす。ははは。

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2006年12月 9日 (土)

わらび病院へ

 年の一度のワクチン摂取のためにわらびを病院へ連れて行った。駒沢公園のそばにあるその動物病院は、私が目黒区民だった頃、わらびを飼い始めてすぐの頃からお世話になっているところ。だからもう15年のおつきあいになる。今回は院長先生にはお会いできなかった(となりの診察室から声だけ聞こえてきた)が、若い先生男女お二人にお世話になった。
 わらび自身は病院にはいい思い出がないのか(注射やら避妊手術やら、怪我したときにしか行かないからね)苦手なようで、いつも病院へ連れて行くときにわらびを入れるケージがあるのだが、毎年、家でそれを棚の上から降ろした段階で、もうどこかに逃げてしまう。今日もそうだった。いやがるわらびをケージに入れるのにまずひと苦労。病院について、診察室に通され、そこでわらびをケージから出すのにまたひと苦労。足を広げて必至でケージの中にぶんばったり、ツメでなんとか内部にすがりついたりして、なかなか出てこない。あんまりひどいときはお医者さんといっしょに診察台の上でケージを逆さにして、無理矢理落としたこともあるくらいだが、今日はそこまですることはなく、多少の抵抗を試みられたけれど、引っ張りだした。
 診察台の上にあげられると、観念しつつも怖いのか、小刻みに震えながら待っている。「だいじょうぶだよ」と声をかけてなでても、ずっと震えている。そんなとき、ワラビの肉球は汗をかいて濡れている。内弁慶で小心者。かわいそうだなと思うけど、注射は必要だから仕方がない。前は嫌がって嫌がって、台から何度も降りようとしたこともあったが、今年はおとなしいほうだった。歳を取ってきたせいだろうか。
 体重を量り、触診で内蔵に異常がないか調べてもらい、注射をしておしまい。帰りの車内では声も出さずじっとおとなしくしていた。わらびの年に一度の試練の日はこうして終わる。帰ったら、疲れたのか爆睡していた。もう高齢なので腎臓が徐々に弱ってきているだろうことは仕方がないようで(水をよく飲む)、でも今のところよく食べてよくおしっこもうんちも出ているので特に心配はないようだ。ほっと一安心。

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最近の爆睡ショット

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2006年12月 8日 (金)

もっと野菜プリーズ。

 ジョンの命日に話題の『LOVE』でも買おうかと思ったけれど、結局、CDショップには立ち寄れず、午後築地で数時間を編集作業に費やす。夜は編集者Sと自由ヶ丘のダイニング居酒屋風の店でご飯。急に会食になり、9時過ぎに自由ヶ丘の店を数軒回ったがいずれも満席。しばらく放浪しながら、辿り着いたのがその和食屋さんだった。カウンターがかろうじて2席あいていた。最近できたばかりのお店のようで、有名人の名前でお祝いの花なんかも飾られていた。
 ああ、やっと夕飯にありつける〜と、喜んだのも束の間、メニューは魚や肉中心の一品料理が主体なのだが、わたしたち的には野菜メニューが少ないのが気になった。野菜メニューはといえば、サラダ系の生野菜か、ナスの煮浸しくらい。歳のせいというのと嗜好と両方なのだが、たとえばお浸しとか温野菜の煮物とか、火の通った野菜を何か、たくさん食べたかった。肉や野菜はもうちょっとでいいの。そんなに安い感じの店じゃないから、学生らしきお客さんは見かけないのに、メニューはけっこう若者指向なのかなあと思った。たしかに、私たち世代の男性で野菜をあんまり食べない人ってけっこういるけど……。せめて青菜のお浸しとか、ごま和えでもおいていただければもっといいなと思うのに……って、こんなわがままおばさん客、嫌がられること必至だよね(もちろん、口に出していったわけじゃありませんが)。

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2006年12月 7日 (木)

速攻読みの人

 午前中に宅急便で10ページ分くらいのゲラが届き、午後イチまでに校正をすませる。思いがけず早く終わったので、たまった新聞を読んだりしながら数時間を過ごす。
 このブログサースのサーバが5日から3日間もメンテナンスをしていて、数日更新ができなかった。今日の夕方4時過ぎ頃にやっと開通したので、書いたのに更新できなくて貯まっていた2日分のブログを夜までにアップ。その数時間後、帰宅した夫に「夕方メールが来て、猫のおしっこタイヘンでしたね! といわれたんだよ。なんで知ってんだ?! と思ったけど、あんたがまた書いたわけね……」といわれた。はい、その通り。そんな連絡をよこすのは案の定、近所に住む某大手出版社の編集者Tグッチであった。彼は私のブログを読んで、何か思ったことがあるとすぐにメールや電話をしてくるのだ。
 それにしても、アップしてから1〜2時間しか経っていないはず、にもかかわらず、その短い時間の中でしっかり速攻で読まれているとは……つーか、アップしたらすぐに誰でも見ることができるんだから、あたりまえといえばあたりまえだし、見る側にとっては、それが数分前にアップされたものか半日前にアップされたものかなんて関係ないわけなんだけど、でもなんとなく、“え〜、もう読まれちゃったの!?”と、びっくりしてしまった。雑誌の仕事だと取材して原稿書いて入稿して、そこから2週間とか1ヶ月くらいの時を経て、発行されて人の眼に触れるわけだけど、それと比べると、やっぱりインターネットってすごいもんだなあと、改めて思ったりしたわけである。 
 まあそんなわけで、ここでたびたび私のネタにされている夫とわらびには、申し訳ない感じもするけど、いつも心の中で手を合わせているからお許しくださ〜い、って感じなのだ。あ、家族だけじゃなくて、今日のTグッチをはじめ、私の周りにいて、ちょくちょくこのブログに登場してくる人たちもそうだよね、ちゃんと感謝していますよ、まじで。みなさんのおかげでこのブログが成り立っているのです。ん? ちょっと大げさか?

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2006年12月 6日 (水)

フレンチな夜

 ゲラが出る予定時間が遅れたので日中は久々にゴロゴロ。二日酔いではないが、前日のアルコールがなかなか抜けきらない感じでカラダが重かった。夜は某誌編集部の編集者Aさんのご紹介で、青山の某フレンチレストランのオーナーシェフとお食事会。このシェフは私たちと同世代にして都内に3件の店をもち、著書も数冊あるし、食器もご自分で作ったりするなど、多彩な才能を発揮されている方である。彼のお店の料理は伝統的なフランス料理で、いわゆるヌーベル・キュイジーヌがほとんどのいまのフランス料理界にあって、けっこう珍しいほうかもしれない。
 中にちょっとフォアグラの入った野菜のテリーヌにライム風味のジュレがついた前菜、オマールやホタテ、アラ(魚)、ムール貝などのビスク(ビスクとは甲殻類や野菜などをつぶしてつくる濃厚なボタージュみたいなものですね)、そして鯛のポワレ(表面に薄くスライスしたジャガイモがうろこ状に並んでいて、それがカリカリに焼かれていて美味)、デセールはりんごのカリカリ焼き、と、久しぶりに正統派フレンチをいただいた。もちろん、どれもと〜ってもおいしゅうございました。それにワインはコルトン・シャルルマーニュ♡。でも、悲しいかな、やはり本格派フレンチは、いまの私の胃にはちょっと重たかったかも、と帰りの電車の中で思ったりしたけど。でもでも、シアワセでした♡。
 編集者Aさんは帰国子女で、フランス語がペラペラ。シェフはもちろんペラペラ。Aさんがフランス人のベテランのメートル・ド・テルと話を始めると、私だけ一人、ぽけっとみとれてしまうのだった。Aさんがいつにも増して素敵に見える。フランス語ってやっぱりおされだよね〜。いいなあ……。テーブルの上はもちろん、空気もフレンチなひとときでありました。

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2006年12月 5日 (火)

事件な日

 朝から一大事であった。わらび(猫・15歳)がトイレの外におしっこしてしまったのだ(汚い話ですみません)。わらびのトイレは洗面所のすみに置いてあるのだが、出勤前に夫がみつけて大声をあげた。夫は気づかずにおねしょ(?)を踏んでしまったといって半狂乱(彼には朝から災難である。でも申し訳ないがあんまりあわててたので笑っちゃった)。見れば、トイレの外におしっこしていて、床が濡れている。なんでー!! と、「ホームアローン」のカルキン少年のように絶叫し(例えが古すぎ)、大慌てで床を何度も拭き拭きし、リセッシュを念入りにシュッシュし、雑巾やらをすぐにまとめて洗う。猫を飼っている人はご存知だが、猫のおしっこはかなり臭いのです。だから、すぐに処置をしないと匂いがしみついて大変なことになる。うちのトイレのネコ砂は、カタログハウスご推薦のかなり消臭効果の高いものを使っているから日頃はほとんどにおわないのだが、外にされてしまっては論外である。
 ひととおり片付けたあと、でもなんでー!? とわらびに詰問しても、当然答えは返ってこない。こんなことは初めてだった。でも、トイレの中を見て原因がほぼ判明した。わらびはトイレの中でもよくおしっこする場所が決まっていて(好きな位置があるようなのだ)、たいてい向かって右隅のほうにするのだが、そこが既にかたまっていた(つまり、前のおしっこがそのままかたまっている状態。重ねて汚い話ですみません)。いつもはそこがふさがっていると、身体の位置を変えて別の空間で対応するのだが(左隅とか、手前とか)、そのへんも既にかたまった痕跡が……。つまり、私と夫が掃除し忘れて、わらびのトイレの場所がふさがってしまっていた、というわけなのである。たぶん、きっとそのせいだ。悩みに悩んで、でもがまんできずに外にしちゃった、ということなんだろう。悪いのはこちらのほうであった。わらび、ごめん。ボケちゃったのか、とか思ってしまってごめんよ〜。今後はもっともっとこまめにトイレ掃除します、と猛省した。それにしても、朝からドタバタで、疲れた……。
 そして、次なる事件は夕方に起こった。夜は、軽井沢取材で部屋の鍵をなくしたといって大騒ぎした例のお騒がせ編集者Sとジャズのライブを聴きに行くことになっていた。“日頃いろいろとご迷惑をかけているお詫びにご招待させてくれ”と、Sがいうので“珍しいこともあるもんだ”と思って楽しみにしていた。それが……。夕方電話がきて「財布を落としてしまった。キャッシュカードもクレジットカードも健康保険証も免許証もなにもかにも入っている。印鑑と通帳持って銀行に行くにも、もう窓口が閉まっていてお金をおろせない。手元に数百円しかないからライブには行けない。申し訳ない」という。彼女の話を要約すると、昨夜は車で帰ってきて、そのままのバッグをいま開けて気がついたので、たぶん駐車場から家までのマンションの敷地内に落としたんだろう、とのこと。敷地内なのにもかかわらず拾ってくれたマンションの住人が誰も届けてくれないのがショックだ、とかなんとか、ワケのわからんことを言っている。よく捜したのかなあ。やれやれ(まあ、毎度のことだけど)。しかし、なんでこの人の周りはいつも事件が起こるのか。事件を呼び寄せる磁気でも持っていたりして。
 結局、彼女は数百円分残っていたパスネットを使って地下鉄で会社に行って数時間仕事をし、その後は、私が以前Sに立て替えてもらっていた狂言のチケット代7000円を返金することにして会って一緒に食事した。なんというか……もう年内には何も起こりませんように。

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2006年12月 4日 (月)

セキララ?

 昼から築地の制作会社で作業。夕方に麻布でちょっとヘヴィな打ち合わせを1本すませて、渋谷に戻ったのが6時半過ぎ。夕飯の材料を買い、まっすぐ帰ればいいのに足が向いて数日ぶりに“G”へ。エビス(小瓶)1本とエズラのソーダ割2杯。帰ってから大根と水菜で味噌汁作り。スナップエンドウと、牡蠣も冷蔵庫に残っていたので一緒に入れたら、これがけっこう美味しかった。
 “G”で友達のマダムユウコに久しぶりに遭遇。ここ数年、“G”へ行くのは仕事が早く終わったとき、つまり早い時間帯にサクっとなので、昔ながらの“常連さん仲間”とばったり会うことはなかなかないのだが、マダムユウコも仕事帰りだという。彼女は“G”の自由ヶ丘店(もう今はありませんが)でバイトしていた子でもう10年以上前から知っているんだけど、いくつになった? と聞くと33だという。がぁーーん、さ、33? 20代だと思っていたこの子が……そら自分が中年になるはずだよ……って、いつもいつも昔から知っている年下の子に歳を聞いてはこんなこと思っているワタシ。成長なし。
 マダムユウコはけっこうこのブログをまめに見てくれている、ありがたい読者の一人でもある。だから数ヶ月ぶりに会ってもこちらの状況はかなり把握されている。で、「マキノさんのブログって赤裸々ですよねえ!」といわれた。赤裸々? かなり意外な言葉だった。赤裸々? けっこう強い言葉だ。あたしがここで何かを赤裸々に告白? たしかに嘘は書いていないが、ほんとの日記とは違うから(前にもこんなこと書いたかもしれないけど)、自分にとってはそんなに衝撃の告白? みたいなことはしているつもりはみじんもないのだが。日々のよしなしごとをただつらつらと書いているだけの、すもつくれん(大分弁です。ははは♪)このブログ。ユウコにとってこのブログのどんなところが赤裸々だというのだろうか。そのへんを聞いてみたいと思いつつ、3杯目を頼むともう帰って夕飯作れなくなっちゃうと思ったので、「そ〜お?」でやめにして、お金払って帰ってきた。今度会ったら聞いてみようっと。せきらら、セキララ、SEKILALA、Seki・Lala……。

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2006年12月 3日 (日)

思いがけずの紅葉日和

 師走になってはや3日が過ぎた。1日(金)は天気がいいので午前中に洗濯1回。その後、原稿書き。鬼怒川温泉で取材した書道家さんのインタビューやら取材原稿を仕上げ、夜には編集者に送信。
 2日(土)。午前中に松木さんの野菜が届く。ニンジン、大浦ゴボウ、太ネギ、里芋、ミニ白菜、水菜、レタス(フランスの種だそうな)、ルッコラ、マスタードリーフなどなど。レタス、ルッコラ、マスタードリーフはサラダに、白菜、水菜、ネギは鍋(しゃぶしゃぶ)にする。芸がなさすぎか〜とも思ったが、シンプルに野菜そのもののおいしさを味わえた。特に白菜と太ネギ、歯ごたえといい味わいといい激うま。ネギはフランスのポロネギのように太くて甘いのだ。
 夜になって、前日に送った原稿のうち一つのファイルが開けない、と編集者から連絡が来る。原稿を2ページ〜4ページずつに分けて3つのファイルにしてメールに添付した。どれもワード形式なので、そのうち一つだけが開けないというのは不思議な話なんだけど、試しにファイル名を変えて送ってみたら今度はだいじょうぶだった。原因がわかったようなわからんような。
 3日(日)。春に本を出す予定の若手書道家さんの撮影で、根津〜上野界隈をうろうろ。かなり寒かったけれど、天気もよく、ぶらり散策気分で楽しめた。特に、いずこも紅葉がけっこうな見頃だったのにびっくり。師走にこの状況というのは珍しいのだろうか。今年はなかなか急激に冷え込むことがなかったので紅葉が遅いのだろうという人もいたけど。いずれにしても、思いがけない景色に眼がなごんだ。もうあと数日で落ちてきそうなイチョウの黄色い葉が青空をバックに色鮮やかに生い茂っていて、地面には銀杏の実。独特の匂いに小学校の校庭を思い出す。積もった落ち葉の絨毯の上を歩くのも久しぶりだ。
 谷中界隈には昔ながらの建物や路地が残っていて、訪れるたびなんだかほっとなつかしい気分になる。猫もたくさん見たけど、どれもけっこう丸々していた。谷中、根津、千駄木あたり(谷根千=やねせん、というらしい)は猫にも住み易い地域なのかもな。夕方4時過ぎに無事に撮影終了。けっこうなごみの散歩気分だったはずなのに、終わってみたらなんだか一気に疲れが出た。寒さに身体が冷えたせいだろうか、とか考えてみたけど。なんとなく仕事が一段落して風邪を引きそうなパターンに陥りそうだったので、帰宅したら念入りにうがいと手洗いをし、30分くらい仮眠。すると意外と気力が戻って、夕飯作った。今夜も松木さんの野菜をメインに使って、サツマイモと玉ねぎのサラダに、ワイルドな大浦ゴボウと太ネギと豚バラを煮た肉じゃが風のもの(イモはなし)、白菜の蒸し煮など。


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イチョウの風景2つ。上野公園(左)と根津神社。

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