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2006年9月30日 (土)

時間は使いよう

 9月も今日で終わりか。そういえば今月はほんとに素敵な女性ばかりにお会いしたのであった。考えてみたら、インタビュー取材はすべて女性だったしなあ……。
 知花くららさんの数日前には、TBSアナウンサーの木村郁美さんにインタビューした。テレビで見るよりもさらにほっそりしていて、大きくて涼しげな目元が印象的。木村さんの名刺はすごい。アナウンサーという文字の下に、ワインエキスパート、チーズプロフェッショナル、ジュニアベジタブル&フルーツマイスター、と、取得された資格がずらりと並んでいる。美味しく食べることや、生活を楽しむことが大好きなので、自分のためにもっとこれを知りたい、極めたいと思ったことをとことん勉強して、このような資格をとってしまった、というのだ。
 しかし、「資格を取りたい」と言うは易し、実行するは難し、である。彼女はアナウンサーとしての通常業務を毎日こなしながら、仕事が終わった後に眠る時間を削って勉強をした。いちばん大変だったのは、ワインエキスパートのときだったそうで、深夜のファミレスのテーブルに資料本をいっぱいに広げて、何時間もがんばったそうだ。毎日分厚い辞書や資料を仕事場にも持ってきて、お勉強スペースはもっぱら帰りの電車の中やファミレス。自宅よりも外のほうが頭に入り易かったのだとか。毎日顔を人に見られる仕事ゆえ、寝不足でクマや吹き出物ができそうになって困ったこともあったのではないかと思うのだが、「たしかに、最後の追い込みのときは、ほんとにひどい状態でしたね(笑)。でも、以外と肌が強いんですよ」と、屈託なく笑っていた。
 好きこそもののなんとか、というが、なかなかできることじゃないと思う。アナウンサーの日々の仕事だけでも相当な仕事量とストレスを抱えているだろうに、その後でさらに勉強するなんて…….。でも、いい意味で、勉強することで仕事とのバランスをとっていたようなところもあったのだとか。それはなんかわかるような気もした。とはいえ、木村さんが女子アナのなかでも屈指のがんばりやさんであることは間違いない。私なんて、忙しくなると「1日が24時間じゃ足りな〜い! 」とかあせったり文句いったりしてばかりだけど、木村さんのように時間をほんとうの意味でしっかりと有効に使っているのか、考えてみれば、はなはだ疑問……。使いようによっては、同じ1時間が3時間にも、4時間分にも値する実のあるものになるのだ。と、わかってはいるんですけど、ねえ……。

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2006年9月29日 (金)

カッコ良すぎるよ、マドンナ

 マドンナのコンサートに行ったのは今月の20日だった。その約1週間前に編集者MMさんから「マドンナのチケットがあるんだけど、行きませんか?」とお誘いを受けたときには、正直いってあまり触手が動かなかった。マドンナ……いまさらなあ。好きな曲はある。ライク・ア・バージン、ラ・イス・ラ・ボニータ、マテリアル・ガール、クレイジー・フォー・ユー、ドン・マクリーンをカバーしたアメリカン・パイ。でも最近は聴いてないし……。だけど、マクロビとダンスとトレーニングで作り上げられたという肉体美をナマで見てみたい気もちょっとして、結局、行くことにしたのだった。そして当日、開演予定時間から50分にもなろうかというのにマドンナは現れない。やっぱりハズれだったのかなあ、と思い始めた頃に、ついに幕が開いた。
 大きなミラーボールが天井から降りてきて、上下に美しく割れたと思ったら、中から乗馬服をイメージしたぴっちりした衣装に身を包んだマドンナが現れた。バックのスクリーンに流れる美しい幾何学模様のCG映像にもときどき目を奪われそうになりながらも、その前でしなやかに身体をくねらすマドンナに一気に釘付けだ。1曲目が終わったら思わず心の中で叫んでいた「カッコ良すぎるよ、すごすぎるよ、マドンナ」。そのまま一気に、休憩もなしに2時間以上踊り続け、歌い続けたマドンナ。48歳だよ。信じられない。大きくあいた背中に盛り上がる筋肉はたくましく美しい。オリンピックの体操選手のような真っ白なレオタードなんて、フツーの48歳にはぜったいに着られない。あんな高いヒールのブーツを履いて軽快に踊るりまくるなんて、フツーの48歳にはぜったいに無理。46でも無理。
 けしてモデルのようにスレンダーなボディではない。だけど、均整の撮れた筋肉がとりまく肉体はエロチックでカッコいい。大きく足を広げたときの太腿はしなるようにいいカタチをしている。私は昔からマドンナの声はなんとなくスティービー・ニックス(特に高音部分)に似ていると思っていたんだけど、今回はまさに若い頃のスティービー以上というか、デビュー当時のマドンナそのもののような若々しい歌声だったのにもびっくり。
 ステージ構成も見事だった。乗馬風の衣装の次には、まぶしく光る十字架に磷付けになっての登場。ヨーロッパで物議をかもしたというあのパフォーマンスだ。スクリーンで反戦やエイズ問題をしっかりアピールもしつつ、後半は自らギターを演奏しながらパンクにステージに立ちはだかる。一度観衆を釘付けにしたら最後まで離さない、エンターテインメント性の高さ。ダンスも映像も何もかも見事に計算し尽くされたステージだった。50分待たされても、アンコールがなくても、十分に満足できる公演だった。すごいよ、マドンナ。あんたこそ女王だよ。MMさん、誘ってくれてありがとう。そして、そんなMMさんも私も、同じことを考えていた。「明日からがんばってダイエットして、あんなカッコいい身体になる!」帰り道、神楽坂のワインバーに入って、コーフンさめやらぬ二人はそんなことを話していたのであった。今週の週刊文春を見たら、林真理子もそう思っていたみたいだけど、同じことを感じた(中年)女性たちはきっとたくさんいたのではないか(MMさんはまだ30代なので私らとはちょっと違うけど)。カッコ良すぎるよ、マドンナ。カッコ悪すぎだよ、あたし……。音楽業界にいる夫の話では、今回の公演についてははっきり賛否が分かれているらしいけど、私たちは文句なしに拍手喝采。セックスシンボル、ゲイカルチャーのディーバなどといわれ、中年女性にも夢と希望を与えてくれるマドンナ、あっぱれでございます。公約のダイエットについては、まだ果たしていないんだけどね……。

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イカしてます。

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2006年9月28日 (木)

美しい人

 今日のタイトルは、映画や某人気サイトのタイトルとだぶりますが、そのものズバリ、美しい人のお話。先週、インタビュー取材で2006年準ミス・ユニバースの知花くららさんにお会いした。いま、テレビや雑誌にひっぱりだこの話題の人、旬な人ですね。すらりと伸びた身長、このうえないと思えるような均整のとれたすんばらしいプロポーション。実際にそんなご本人を目の前にすると、ちんちくりんの我が身がまたいつにも増してみすぼらしく思えて仕方がない。同じ人間なんだよなあ……はあ。
 でもでも、輝くような笑顔はほんとに魅力的で、テレビで見るよりもかなり素顔っぽいメイクはまさに沖縄のちゅらさん、という感じ。テレビではけっこうセクシー系の衣装を着ていることが多いような気がしていたけど(でも、胸元が大きくあいた服を着ていてもぜんぜんいやらしい感じがしないのが彼女の魅力だと私は思っているのだが)、この日は黒のハイネックのニットにセリーヌのフレアスカートという、お嬢様系の上品なコーディネートで、これがまたよく似合っていてかわいい。まるで、沖縄の太陽をいっぱいに浴びてすくすく育ったアップルマンゴーみたいな(意味不明?)、健康的な美しさに満ち満ちていた。
 加えて、美しく丁寧な言葉遣い、しっかりとして落ち着いたもの言いからにじみ出るインテリジェンス。こういう人をこそ才色兼備というんだろうなあ……と、しばしうっとり。美人にありがちな(決めつけている)お高くとまったところもぜんぜんなく、じつに親しみ易い人柄。インタビューが終わる頃には、私だけでなくカメラマンも編集者も、スタッフ一同ファンになってました。ミスユニバースに応募する前は、ほとんど黒中心のコーディネートばかりだったそうだが、黒ももちろん、ビタミンカラーのようなビビッドな色も、なんでも似合うよ、くららちゃんなら。と、もうデレデレ光線炸裂でほとんどおじさんの粋である。
 彼女は那覇市出身だが、おばあさんは慶良間(ケラマ)の出身とのこと。慶良間島は私にとっては、80年代にダイビング雑誌の仕事をしていた頃、何度も潜りに行った大好きな島だ。そんな話をすると、「え〜! こっちで慶良間のことを知っている人に初めて会った〜」とカンゲキされた。たしかに、慶良間はダイバーくらいしか知らないかもな。でもそのあとに、「80年代って、私が生まれた頃ですね……」。どっひゃ〜ん。確かに、くららは82年生まれ。私はこんな娘がいてもまったくおかしくない歳なのであった。もちろんわかっているんだけど、改めていわれるとぎょっとしちゃうんだよね、このテの話。ハンカチ王子のお母さんが自分と同い年と知ったときにもぎょっとしたけど。
 そんなこんなで、目の保養もさせていただき、楽しいひとときでありました。そういえば、銀座のママといい、くららさんといい、ここ1〜2週間、いい女にタテ続けにお目にかかっているのであった。その極めつけが、マドンナなんだけど(取材ではなく、こちらはコンサートですが)、そのことは明日、書くことにしまっす。

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これは数日前の新聞広告に出ていたくららさん。このときはかなり露出度の高いワンピースで大人っぽい雰囲気だった。対談の相手が元「LEON」編集長の岸田さんだったからか?

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2006年9月25日 (月)

銀座のママ

 電車の移動中など、ふっと心が開いた時間に、ついつい玉男さんのことを思い出してぽっかりしてしまう1日だった。夕方、文壇バーのママさんにインタビューするために銀座へ行った。
 まもなくオープンから40年を迎えるその店は、昭和の名だたる作家や漫画家たちが夜な夜な集うサロン的な空間であり、ときには激論を戦わせる場でもあったという。お店のオープンと、作家としてのデビューが同時期ということで、ママが“同級生のような感じで甘えさせていただいた”という作家の名前を聞けば、五木寛之、渡辺淳一、筒井康隆、井上ひさし、などそうそうたる顔ぶれ。漫画家も、手塚治虫、ちばてつや、さいとうたかを、梶原一騎など、昭和を彩った文学界、漫画界の多くのスターたちが愛した店だ。
 そして、そんな作家たちがこの店を愛した理由の一つが、今も現役の「可愛くて素敵なママの存在」なのだという。いったいどんだけ素敵で可愛いのか、ご本人にお会いするのがすごく楽しみだった。目の前に現れたその人は、ぱっちり開いた大きな瞳がくるくるとよく動き、ほがらかで、気さくで、人の心にすっと入り込んで来るような、そんな人だった。失礼ながら、お店がもうすぐ40周年ということを考えても、年齢は……くらいかなと、心で思ってみるのだが、そんな年齢はまったく感じさせないかわいらしさ、美しさ。「ファンデーションしかつけてないのよ」というお肌はつるつる、スタイルも、20代の頃からぜんぜん変わっていないんだと……おそるべし。噂に違わぬ愛らしさだった。
 もちろん、それは外見だけじゃない。名だたる作家や政財界の大物が集う店のママであるにもかかわらず、ママから見たら人間的にも女としてもまだまだぺーぺーの私や編集者女史に対しても、なんの威圧感もなく、ごく普通に気さくに接してくれる。そして、頭の回転が早い。気配りもすごい。そんなところがすべてあいまって、ママの魅力となっているんだろうなあと納得した。いろんな作家のエピソードを聞くのは個人的にも興味津々だったんだけど、そこはさすが銀座のママ、話してもいいことと悪いことをちゃんとわきまえていて、けして失言などあろうはずもない。こちらがもう一歩突っ込んで聞き出そうとしても、さらりと上手にあしらわれてしまう。でも、可能な限りちゃんと協力はしてくれて、そのへんの加減が絶妙なのだ。さすが銀座のママ。可愛くて素敵な静香ママであった。資料写真を数点借りて、使用しないものは郵送でご返却しますというと、「あら、持ってきてくださらないの?」と聞いてくる。さすが銀座のママだ(しつこくてすみません)。でも、銀座の文壇バーなんて、私らごときが行って気安く飲めるようなところじゃないよねえ。水割り1杯、いくらくらいするんだろうか。

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2006年9月24日 (日)

玉男さんが逝ってしまった……。

 バタバタと落ち着かなかった1週間が終わり、週末になってそろそろブログも更新できるかなと思っていたところに、さっき文楽人形遣いの吉田玉男さんが亡くなったというニュースを知って、テレビの前で硬直してしまった。悲しくて、泣けてきた。こんな悲しいことからブログを再開しなければならないのが辛い。
 文楽ファンの人はおそらくみんなショックを受けているだろう。私自身も数年前から文楽ファンの端くれとなり、いつかはこの日を迎えなければならないのだということを、心のどこかで感じていながらも、実際にその事実を突きつけられたらこんなにきついとは思わなかった。
 玉男さんは現在の文楽人形遣いの第一人者であり、人間国宝でもあった。
文楽は3人で一体の人形を遣うという特殊なスタイルだが、その中でも中心は人形の頭(かしら)と右手を遣う“主遣い”。玉男さんはその主遣いとして、物語の主役の男役を演じる立ち役遣いとして、長く活躍してきた。今年で87歳だった。立ち役の人形は女性の人形よりかなり重く、10キロを超えるものもある。世話物の色男はそうでもないが、時代物の武将などは大柄で甲冑を身につけているのでかなりの重量になるのだ。そのため、70歳くらいで立ち役から女形に変わる人がほとんどということだが、玉男さんは80歳を過ぎても立ち役を続けていた。驚異的なことだった。
 4年前に文楽の世界にはまって以来、すぐに玉男さんの表現に魅了された。玉男さんの遣う人形は、極力抑えた動きの中に、力強さやほとばしる情念を感じさせる、品のよい美しい男たちだ。「曾根崎心中」の徳兵衛、「冥途の飛脚」の忠兵衛、「仮名手本忠臣蔵」の大星由良助、「菅原伝授手習鑑」の菅原道真、「平家女護島」の俊寛……あげたらきりがない。
 去年の秋頃から休演が続き、心配していたが、きっともう一度舞台に戻ってきてくれると信じていた。蓑助さんとのお初徳兵衛を、もう一度見たいと思っていたのだが。奇しくも今日まで、東京で文楽公演が行われていた。演目は「仮名手本忠臣蔵」。玉男さんが長年遣っていた大星由良助は蓑助さんが遣った。もちろん、蓑助さんはすばらしかった。でも、私はついつい蓑助さんの由良助の背後に玉男さんを感じながら見てしまっていた。
 公演プログラムにはいつも、大相撲の番付表のような、筆文字の配役表がついている。今回そこには、配役の部分が空欄になっている吉田玉男の名前もちゃんと記されていた。公演関係者も、玉男さんの復帰を願っているんだろうなと思った。たとえ舞台に立っていなくても、きっと玉男さんの存在そのものが文楽全体の心の支えだったのだ。そして千秋楽の今日、玉男さんは逝ってしまわれた。7月頃から入院されて、最後は肺炎だったそうだ。生涯現役、大往生だ。でもやっぱり悲しくてしかたがない。玉ちゃん(文楽ファンの友達と話すときはずっとそう呼んでました、ごめんなさい)のことを書いていたらきりがないけど、今日はここでやめておきます。

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2006年9月20日 (水)

ぱっつんぱっつん......

 3連休は法事で秋田に行ってました。法事が終わって帰ってきてからもなんだかバタバタと忙しく、ぱっつんぱっつんでブログ更新してる時間がありません。書きたいことはけっこうたまってきているのに……ごく少数の毎日見てくださっている人には申し訳ありませんが、もう少し待っていてくださいませ。

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2006年9月15日 (金)

恵比寿でクジラ

 水中写真家の中村征夫さんの写真展に行ってきた。場所は恵比寿の東京都写真美術館。征夫さんにはダイビング専門誌の編集をしていた時代にたびたびお世話になったが、私がフリーになって一般誌の仕事をするようになってからは、写真展でたまにお会いするくらいになっている。会場に行くと、なんとご本人もいらして、サインに応じたりしていた。数年ぶりでおしゃべりしたけれど、相変わらずお元気そうだった。考えてみると征夫さんは秋田出身で、うちの夫と同郷だ。改めて見てみると、眉毛の濃さとかその他、顔の特徴に似ているところがあるような気が…….顔にもやっぱり地域性ってあるのかな。
 会場には征夫さんの40年以上に及ぶ写真家生活の中から厳選した代表作品に最近の撮り下ろし作品を加えた約150点が並んでいた。フィリピン・エルニドのイワシの大群、バラクーダのカラダの輝き、ナポレオンフィッシュの顔のどアップ……久しぶりに透明なブルーの世界と浮遊感の心地よさを思い出す気がした。圧巻はザトウクジラの母子の原寸大の写真だ。壁一面を占める巨大な母クジラのお腹にはコバンザメがいっぱいついていて、そのやや下に、寄り添うように子クジラがいた。あたりまえなんだけど、やーっぱクジラって大きいわ〜。迫力満点なり。


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チケットです(イマイチな写真ですみません)。

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2006年9月12日 (火)

和菓子屋にも秋

 取材する予定の西麻布の和菓子屋さんをロケハンし、試食のために商品をいくつか購入した。店内のケースには、季節がら、栗を使ったお饅頭とかお月見うさぎの形のお饅頭がかわいくきれいに並んでいる。やっぱり和菓子屋さんには季節感があるなあと思った。洋菓子屋さんにも季節感はあるのだが、和菓子のほうがなんとなくストレートでわかりやすいような気が。洋菓子に比べて和菓子のほうが、外見がシンプルなものが多いからかな……。
 小学生の女の子が店番をしていた。「ちびまるこちゃん」に出てくるたまちゃんみたいな女の子だった。私が店に入ると、たまちゃんは元気に「いらっしゃいませ!」と応対をしてくれて、すぐに大人を呼びに行ったみたいで、次に女性が接客に出てきた。お母さんだろうか。注文をすると、次に奥から年配の女性が出てきて、一つ一つ商品を丁寧に紙に包み始めた。お婆ちゃんだろうか。そのうち再びたまちゃんが登場してきて、「2100円です!」。お金を渡すと、彼女はレジから丁寧におつりを出して、“お祭り券”4枚と一緒に渡してくれた。「来週、商店街でお祭りがあるので、そのときに使ってください」と、いわれた。その後ろでは、お母さんらしき女性が領収証を書いてくれていた。おつりとお祭り券をお財布にしまった頃に、「はい、お待たせしました」と、お婆ちゃんが笑顔でお菓子の包みを渡してくれた。
 女3代の和菓子屋さん? 大正時代の創業ということなので、あのお婆ちゃんは2代目くらいだろうか(と勝手に決めつけている)。お婆ちゃんからお母さん、そしてあのたまちゃんへと、お店の伝統はこれから先も、たぶんたまちゃんの先も、4代目、5代目としっかり受け継がれていくんだろうなあと思った。なんかちょっとほっこりした気分になって、久々に西麻布から渋谷まで、小雨の中を歩いた。20分くらいだったかな。肌寒いくらいの小雨だったのに、さすがに湿度が高いからか、渋谷に着く頃には汗をかいて喉が渇いてきたので“G”に立ち寄り、ギネスとエズラのソーダ割を飲んでしまった……このオチはよけいだったかも。

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2006年9月11日 (月)

秋の気配

 9月も10日を過ぎ、蒸し暑さの中にもさすがに少しずつ秋の気配を感じるようになってきた。たとえば、夕方近くになると、それまでミンミン鳴いていた蝉の声が、ヒグラシの声に変わる。そして、草むらからはコウロギのような秋の虫の声がしてくる。暑さがちょっとだけ引きかけた空気の中にヒグラシの、あの響くような、消え行くような、なーんとなく物悲しい声がこだまし始めると、あ〜、秋になるんだなあと感じられる。
 それから、家のドアの前の通路で仰向けになっているアブラゼミをちょくちょく見かけるのも秋のサインの一つだ。ひと夏元気に鳴きまくって役目を終えたアブラゼミが、転がって仰向けになっている。死んでいるのかなと思って指でつんつんすると、いきなりビリビリビリッと身体を震わせて起き上がって飛び去っていくので、いつもこちらがビビってしまうのだが、きっと最後の力で身を守ろうとして起き上がるのだと思う。そういう姿を見ると、あ〜、夏が終わるんだなあとしみじみする。こんなところで仰向けになって終わるよりも木のそばの土の上にでも飛んで行ったほうが、と思って、仰向けのセミをみつけるとつんつんするのが最近の私の日課なんだけど、セミにとってはじつは迷惑な話なのかもしれない。
 ところで、今日のタイトルを見て、港が見降ろせる小高い公園を思い浮かべた人は、きっとかなりのオフコース・ファンだと思う。「秋の気配」は、1977年に作られたオフコースの代表曲。まだオフコースが小田さんと鈴木さんの二人だった時代の曲だ。
 昨日、高校時代の話を書いたついでにまた書くと、私は当時、オフコースの大ファンだった。中学生の頃に深夜のラジオから流れてきた「眠れぬ夜」を聴いて以来、大好きになってレコードも買った。「秋の気配は」77年のアルバム「ジャンクション」に入っている。それまではオフ・コースというグループ名だったのが、このアルバムからオフコースへと、表記が変わった。たしかその年だか、その前の年に、オフコースがコンサートツアーで大分にやってきたので、もちろん行った。テニス部の先輩のOさんと二人で行った。たしか平日だったと思う。高2ならまだガンガンに放課後の部活練習をしていたはずだから、その日は練習をさぼって行ったのかもしれない。
 場所は当時の農林年金会館だった。今もあるのだろうか。わかんないけど。当時、大分でなにか公演をやるときのメイン会場は、府内城の敷地内にある大分文化会館だった。スタイリスティックスもスージー・クアトロもレターメンも、ウィーン少年合唱団も、みんな大分文化会館だった。でもオフコースはそれよりも収容人員の少ない農林年金会館のホールだった。それでも1階席の後ろの方は席が空いていたし、2階はかなりまばらだった。私やO先輩は大好きなオフコースだったけど、当時はまだそんなにメジャーではなかったのだ。コンサートの最後に、小田さんが「今度大分に来るときには、2階席まで全部いっぱいになるように、これからもがんばります!」と力強く言ったのを今でもはっきりと覚えている。
 その後、オフコースはメンバーを5人に増やし、79年の12月に出したシングル「さよなら」が大ヒットして、一躍人気バンドの仲間入り。その頃から私はレコードを買わなくなったんだけど。それからの活躍はご存知の通りで、大分の農林年金会館どころか、武道館を連続10日間いっぱいにするようなメジャーなバンドになっちゃったというわけだ。数年後にオフコースは解散し、小田さんは今もソロで歌っている。私個人はオフコースというと、鈴木さんと小田さんが二人で歌っていた頃の曲のほうが今でも好きだし、いい曲が多いなあと思っている。

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2006年9月10日 (日)

あの歌声は誰だ?

 最近やたらとがんがん流れているギャツビー・ムービングラバー(ヘアワックス)のテレビCMの曲。初めて聴いたときから、おお〜、スタイリスティックスの「愛がすべて(Can’t Give You Anything(But My Love))」やんか、なっつかしー! と思った。
 スタイリスティックス。70年代、あのキンキンしたファルセットヴォイスが印象的なコーラスで一世を風靡したソウルというかポップスのグループだ。この私もたしか高校2年生のとき、地元大分にまでコンサートに来てくれた彼らのライブを観に(聴きに)行って熱狂した覚えがある。あの当時、外国人アーティストで九州に来るといえばほとんど福岡までで、大分なんかに来てくれる人はそうそういなくて、超貴重な存在だったのである。私が中〜高校生の間に来県した人なんて、レターメン、スージー・クアトロと、このスタイリスティックスくらいのもんだった(と思う)から、ありがたさも含めて、そりゃあよく覚えている。この「愛がすべて」もナマで聴いたんだもんね。いんや〜、なつかしー!
 しかししかし、よく考えてみると、あのギャツビーのCMでは、“♪……Anything”のところを“GATSBY”と、歌詞を変えて、“♪I Can’t Give You GATSBY”と、歌っているのだ。ということは、歌っているのはスタイリスティックスではないのか?! いやでも、あのファルセットヴォイスはどう考えてもオリジナルっぽい、というか……。すごくよく似た声の人なのかなあ……、それとも本物のスタイリスティックスに歌詞を変えて歌ってもらったのかなあ......いや、まさかそんな......とか、いろいろ考えて、そんならあれはグッチ裕三なのではなかろうか、と思ったりしている私なんだけど……果たして真相はどうなんでしょう。な〜んか気になるので、もしもご存知の人がいたら教えてください。 

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2006年9月 9日 (土)

ワイルドバジル

 昨日、一昨日と野菜の話が続いたけれど、我が家にも元気な野菜がいる。それはこのスイートバジル。

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 なんと、種を巻いた覚えもないのに、春頃、勝手にどんどん芽を出し始めた。驚いたけど、数分後に原因が判明。犯人は去年のバジルであった。去年、種をまいて育てたスイートバジルがぐんぐんぐんぐん育って、木のようにたくましくなってしまったということがあった(たしか去年のブログに書いた)。そのバジルはぐんぐん育ってシソのような花を開かせて、やがて枯れたのだが、あまりに立派な木になっていたので、その枯れ木をプランターごとそのままとっておいたのだ。というのはかなり脚色していて、要はそのままベランダの隅にほったらかしで放置しておいた、わけです。
 つまり、花が咲いたあとにできた種が、枯れると同時にぱらぱらとプランターの土の上に落ち、きっとそのまま冬を越して、それで、春になって芽を出した、ということなんだろう、たぶん。それしか考えられないから。ある日、洗濯物を干しながらふと足下に目を転じると、小さな緑の双葉がたくさん出てきているじゃあありませんか! でも、そうやって気がつくまで水とかぜんぜんあげていなかったんだけど……自然の雨露で水分を得ていたんだろうか……それとも、土がちょっと栄養のあるものだったので、そのおかげだろうか……いずれにしても、すごいたくましさというか、自然の力に驚くばかり、でありました。
 そういうわけで、うちには自家製の野生? のバジルが今年も元気にたくさん葉をつけているのだ。先週くらいから食べごろの大きさになったので、ちょくちょく摘んでは料理に使っているが、普通のスイートバジルに比べるとやや辛みが強くて葉も堅めのような気がする。それも野生のたくましさということなんだろうかね。

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2006年9月 8日 (金)

オールグリーン

 空芯菜と九条葱をザクザクッと切って、ごま油でさっと炒めた。緑一色の炒め物「オールグリーン」。
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 私はほかにも、インゲンと小松菜とブロッコリーなんかでよく作る。
 オールグリーンと名付けられた緑一色の炒め物に初めて出合ったのは、80年代の初め。原宿は明治通り沿いにあった鉄板焼き中心のレストラン「ブルドック」だった。たしかブルドックは漢字で表記されていたお店だったんだけど、どんな字だったのか、いまは思い出せない。「武留奴津区……」とか、いろいろ当てはめて考えてみたけれど、やっぱりどれも違うみたいで。
 ロレックスなんか身につけているおしゃれなご夫婦がやっている店で、美味しくて、当時ちょくちょく食べに行っていた。ここで出てきたのが、全部緑色の野菜だけを使って作った野菜炒めだった。初めて見たとき、すごくきれいでカンゲキして、名前を聞いたら「オールグリーン」だというので、なんかしゃれてるな〜と思って、もっと気に入ってしまった。定番のメニューだったのか、即興のメニューだったのか、それとも当時私がよく一緒に行っていた常連客がお願いした“わがままメニュー”だったのか、それも今となってはぜんぜん覚えていないけれど。
 それ以来、自分でもちょくちょくオールグリーンを作っている。ししとうとチンゲンサイとスナップエンドウとか、豆苗とホウレン草とピーマンとか、その季節にあるもので作る。なんでもないようなことなんだけど、その日の気分であれこれ考えるのが楽しかったりする。オール、というからには今日みたいに野菜は2種類じゃなくて3種類以上はあるのが理想だけどね。
 今夜はほかにもかぶとトマトと水茄子のサラダと、ホワイトアスパラのさっと焼きも作った。昨日に続き野菜がうまい。あとはマコガレイの煮付け。ホワイトアスパラは香川県産。オリーブオイルでささっと焼いて岩塩と黒胡椒をふるだけだけど、ほくほくして甘みとほんのりしたえぐみがあって、予想以上にイケた。

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かぶ、トマト、水茄子のサラダ

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2006年9月 7日 (木)

野菜のチカラ

 打ち合わせランチで入ったイタリアンで、夏野菜とスペック(生ハムのようなベーコン)のトマトソースのパスタを食べた。唐辛子がぴりりといい感じで効いていて汗が出るほどだったけれど、反面、その辛さにトマトといろんな野菜の甘みがあいまって、まろやかな深みのあるおいしさを醸し出していた。最近食べたトマトソース・パスタではイチバンだったかも。
 夕飯の材料を買いに行って、スーパーゴーヤなるでっかいゴーヤを発見。石垣島産だそうで、緑色も濃くツヤもよく、イボイボも元気良さそうなので買ってみた。
 最近、ゴーヤも沖縄以外の地域からのものを多く見かけるが、やっぱり沖縄のギンギンの太陽の光を浴びてできたゴーヤがイチバンだと私は思っている。味はもちろん、野菜そのものの元気よさというか、エネルギーがぜんぜん違う気がする。しかもスーパーゴーヤは石垣島だし。3ミリくらいの薄切りにして、やはりスライスしたズッキーニと一緒に炒め、ちょっぴりの醤油と胡椒、最後にかつおぶしをぱらぱらとかけて、チャンプルーにした。さすがに大きいので半分使ってもお皿いっぱいになったけど。ほろ苦くてみずみずしくて、うまかった。野菜の元気をたくさんいただいた日でした。


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夏野菜がたっぷりのパスタと、右は半分に切ったスーパーゴーヤ(コルクを置いてみたけど、大きさ、伝わってるかなあ?)

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2006年9月 6日 (水)

今日のシャッフル

 なんか疲れがたまってきたみたいだ。夏の疲れが出てきているのかな。今日は朝からひさびさの雨で、さらにけだるさが増す……そんななかでパソコンに向かって黙々と作業中に流れてきたザ・バンドの「I Shall Be Released」……タイムリーすぎる……なんだか染み入ってしまったよ。もちろんこれもシャッフルだけど。で、次がニック・デカロの「Tapestry」……く〜、そう来ましたかぁ。これって、私にはなぜかいつもハワイのセシリオ&カポノを思わせるような歌声とメロディなんだよね……あ〜、ハワイ〜、しばらく行ってない。行きたいなあ……と、どっかに逃げたい気分がむくむくと湧いてくる。きっと、こういうのがシャッフルのおもしろかさもな。何がかかるかわからなくて、時に心憎いほどの選曲で心を揺さぶられてしまったりして(っていっても、もともとは自分で入れてる曲なんだけど)。で、次はがらっと変わってリッキー・リーの「Young Blood」で、数分間の心の逃避行は終わり、現実に戻ったというわけですが。
 一方、夕方、打ち合わせに向かいながら目黒川沿いを歩いているときに流れてきた「Listern To The Man Said」(ポール・マッカートニー)は、そのときの自分の“歩き”にすごくフィットしていて、けっこう目からウロコだった。そういえば、この時間帯にノラ・ジョーンズはぜんぜんかからなかった(この意味は、数日前のブログを読んだ人でないとわからないだろうと思いますが)。要するに、気まぐれ、ってことですね、シャッフルって。

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2006年9月 5日 (火)

わら時計

 今日も丸1日アポ入れ仕事。ひたすら机に張り付いてパソコンの前で作業していると、ついつい時間がわからなくなってしまうことが多いものだが、私には午後の4時だけはしっかりわかる。それは猫のわらびのせいだ。わらびはここ1年くらい、午後の4時頃に決まってご飯の催促に来るのだ。朝、食べて、それから次にお腹がすくのが午後4時頃らしい。これは想像以上に本当に正確で、わらびに「ごは〜ん」コールをされて、ふと時計を見ると、4時3分だったり、4時10分だったり、3時58分だったり。とにかく、ほぼ4時なのだ。その腹時計の正確さには舌を巻いてしまう。
 ところが、鳴いて「ご飯」コールをされればすぐにわかるのだが、ときには近くに来てただじっとこちらの顔を見ているときもある。ふっと気配を感じてパソコンの画面から目を転じると、足下でわらびが一心にこちらを見上げているときがあって、あ、と気がつくと4時10分とか。10分くらいじーっと足下で私が気づくのを待っていたのかなあ、とか思うといじらしくなったりする(今日はこのパターンだった)。
 またときには、原稿書いていたりして気配にも全然気づかないときもある。そんなときは10分とか15分くらいじーっと待った後で、しびれを切らしたように「ごは〜ん」と鳴く。おっと、と思って下を見ると、うらめしそうにこちらをにらんでいる。「ごめんごめん」といってご飯をあげにキッチンへ行く私。そうかと思えば、4時以降10分おきくらいに「ごはん」「ごはん」と呼びに来られて、原稿書きを何度も中断させられてむかつくこともある。でも、目が合ったときのその上目使いの顔がなんとも一生懸命で、憎めないのだ(ただの親バカ?)。やれやれ、だ。だけど、家に誰もいない日はどうしているんだろうね。4時には一人でだまってご飯のお皿のところに行ってるのかなあ。

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午後4時のおしらせなり。

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2006年9月 4日 (月)

nanoはノラ・ジョーンズが好き?

 先々週から、差し入れインタビューのアポ入れが続いている。今回もまたなっかなか簡単には決まってくれず、そろそろお尻に火がついてきそうになってきて、今日なんかはほとんど1日机についてアポ電話を入れまくった。これまでの経験からいうとだいたい、売れてるタレントさんのいる事務所ほど、その担当者はずっと外に出ていてつかまらない(タレントさんご本人について現場に出ていることが多かったりするからね)ことが多いので、一つの事務所に1回だけ電話するわけじゃなくて、つかまるまでに日に何度も電話を入れることもしばしば。今日なんて、何軒に何回電話したか、思い返すのも嫌だけど。何時間もずっと机にへばりついていたせいか、案の定、夕方になったら腰が痛くなってきて、あわてて整体の先生から教えてもらったストレッチやったり、軽く歩いてみたりした。
 で、仕事しながらBGMにマックに取り込んだ曲をシャッフルで聞いていたんだけど、ふと、ある法則? に気がついた。いまはマックに400曲くらい入れていて、曲順はシャッフルにしている、にもかかわらず、何曲かに1曲はノラ・ジョーンズが流れてくる(気がする)のだ。ノラ・ジョーンズの曲はアルバム1枚分、14曲しか入っていないから400曲の中でかかる確率は約28分の1、つまり、約28曲ごとに1回の割合で……とはいっても、シャッフルなわけだからもちろんきっちりした確率でかかってくるわけなはい。それにしてもだ、何気に聴き流していると、なーんだか5〜6曲に1回の割合でノラ・ジョーンズが流れてくる気がする。アルバム1枚分ごっそり入れているアーティストはほかにも何人もいるのに、他の人はそうでもないのに、気がつけばノラ・ジョーンズだけがよくかかるような……でも、シャッフルだから意図的なわけはないし……なんか不思議です。じつはこのマックから取り込んでいるiPod nanoも、シャッフルにしているのになんだかノラ・ジョーンズが流れてくる頻度が高いような気が、こないだからしていたんだよね……なーんか変だ。シャッフルの法則なんて、あるはずはなさそうだから、気にしすぎなだけ、なんだろうけど。でも、もしももしもマックやnanoに好みやクセがあるんだとしたら、それはそれでなんだかおもしろい。クラプトンびいきのnanoとか、ジョアン・ジルベルト派のnanoとかいたら、それはそれで楽しい気がする。

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2006年9月 3日 (日)

役者やってみませんか?

 いきなりこんなダイレクトメールが届いた。クロネコメール便で。差出人は、劇団青い鳥……。そう、今年の2月に劇団青い鳥の公演「もろびとこぞりて」を観て、カンゲキしたという話はこのブログでも書いた。ちょうど、昨日ここで書いたライターのYちゃんに誘われて、やっぱりY、Sと私の3人で芝居を観に行ったのだ。それにしてもなんでその青い鳥から、“役者やってみませんか?”のDMが、私に……。
 中をよく見ると、シニア演劇ワークショップ第1期生募集! とある。劇団青い鳥ではA・SO・BO塾という表現をテーマとしたワークショップなるものを始めることになり、第1回目としてシニア演劇ワークショップを行うんだと。しかも、対象年齢は45歳以上のおとなの女性、なんだと……。
 手書きのお手紙もついていて、読んでみると、○○○○さん(青山にある某バーのオーナーの女性の名前が書いてある)からご住所をうかがいました。と書いてあった……そうだよ、思い出した。その女性はバーのオーナーでありながら、長年編集者の仕事をしている人なんだけど、ある日、20代からの友人であるデザイナー・わんちゃんと食事した後でそのバーに連れて行ってもらって、このオーナーさんを紹介されたのだった。で、飲みながら、青い鳥のお芝居にカンゲキしたことを話したら、なんと、そのオーナーさんが青い鳥の仕事をしていて、仲良しなんだとか、たしかそんな話を聞いたのだった。きっと私が青い鳥のファンだということで、オーナー女史が劇団スタッフの人に紹介して、それでDMが来たというわけだ。しかも、さらに手紙を読むと、“ぜひ、興味のありそうな方にお渡しください”、と書いていて、募集要項が2部も入っている。
 つまり、私宛てに劇団員募集、というわけじゃなくて、ちょくちょく芝居を観ているライターだから、その知り合いに、演じるほうに興味を持っている人もいるんじゃないか、ということで、送ってきてくれたんだよね、きっと。なるほど……ちょっと安心。たしかに、故郷で現役劇団員やっている恭子ちゃんみたいな友達もいるし。でも、そのDMをポストから持ってきた夫は、その“役者やってみませんか?”の見出しを見て、あんたじつは自分で芝居をやってみたかったのか……とでもいいたげな怪訝な目で私を見ていたけど。ま、最近では蜷川先生が55歳以上の団員で劇団を作って話題になったりして、各地でシニア演劇は注目を集めてきているみたいだし、せっかくのDMなので、ここでも紹介しておきます。芝居の経験は問わず、だし、私にも出来るかなあ、とか、ご興味のある人は、劇団青い鳥まで連絡してくださいね〜! もしも私が紹介したことがきっかけで、知り合いの中から役者が誕生したりなんかしちゃったら、なんか素敵だと思うんだけどなあ。

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問い合わせ先/http://www.aoitori.org

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2006年9月 2日 (土)

飲み過ぎだ……。

 ゆうべは女3人でご飯を食べた。ライターYちゃんと編集者Sと私。このメンツで会うのは1ヶ月半ぶり。このメンバーのときはたいてい、飲んでがんがん喋り合って、話が進むほどにお酒もすすむ、というパターンだ。また店選びを仰せつかったので、そんな状況を考慮して、中目黒のカジュアルなイタリアンにした。照明がやや暗めで落ち着いた気分になれるし、多少かしましく騒いでもヒンシュクをかわない、気さくな雰囲気なのだ。もちろん、お料理が美味しいのは基本条件。久々に行ったこの店は、金曜日ということもあってか、かなり混んでいて、予約しておいて正解であった。
 生ハムと野生のルッコラのサラダ、もうそろそろ時期も終わりのホワイトアスパラガス(フレッシュ)のグリル、飴色の玉ねぎとアンチョビのタルト……などなど、女子同士で年齢も近いので食の好みが似ているせいか、野菜中心のメニューが選べて嬉しい。野生のルッコラはスーパーでよく見るものより細長くて葉っぱも色濃くて、ゴマの風味よりもやや辛みが効いている、大好きな野菜の一つだ。で、まだまだ日中は暑いのでワインは白オンリー。南イタリアの(どこだったか忘れた)ドライなシャルドネに始まり、ちょっとコクとニュアンスのあるシャルドネ(中部、アブルッツォ州のMARRAMIERO/プンタ・ディ・コッレ)と、もう一杯シャルドネ(北西イタリア、ロンバルディア州のBarbozana /ヴェッツォーリ)、計3本(2本目と3本目は順不同。覚えてないっす)。一番飲んでないのは私だけど、にしても3本、よく飲みました……。私が1本弱だとしたら、SとYのどちらかは一人で1本以上飲んだことになるわけで。私は幸い、ウコンのおかげで二日酔いを免れたけれど、二人がどうなっているかちょっとだけ心配な週末なのだ。


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お店の人が黙ってエチケットを2枚、渡してくれた。いつもらったのか、酔っててよく覚えてないんだけど。

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2006年9月 1日 (金)

2016年……

 北京の次の次のオリンピックの開催地に立候補する日本の都市が東京に決まった。私のような60年代生まれの人間の多くは、前回の東京オリンピックが開催されたときこの世に生まれてはいたものの、ぎりぎりその記憶がないという感じだろう。だから東京でオリンピックが開かれるとしたらどんな感じになるんだろうなあと、4年前の日韓ワールドカップのときのことを思い出しながら想像してみた。でも、ワールドカップでは競技場が日本と韓国の各地域に散らばっていて東京に集中していたわけでもないから、あんまり参考にはならないのかもなあ、とか思ったり。それに、もしもオリンピックがきたとしたら、東京のあの大渋滞はいったいどうなるんだろう、とか思ってみたり。
 まあ、ロスとかマドリードとかローマとか、外国の主要都市も立候補するみたいだし、北京の次の次にまたアジアでオリンピックをやるのかどうか、とか考えると、現実味は薄れてくる感じだから、渋滞のことを今から心配するようなこともないんだろうな……そんなことをつらつらと考えながら、はっと我に返った。2016年、私はいくつになっているんだよ……50代も半ば(……ひゅるひゅる〜)、オリンピックなんて観に行く元気ないかもしれないよ。それよりちゃんと、しっかり生きてるんだろうか。恐ろしすぎて考えるのやめた。


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