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2006年4月26日 (水)

車内のできごと

 打ち合わせが終わり、渋谷までバスに乗った。車内はかなり混んでいて、後ろの通路まで移動。目の前の座席にはお年寄りが5、6人座っていた。急いで連絡をとりたいことがあったのを思い出し、相手に携帯メールを送ろうとしたが、お年寄りの中にペースメーカーを付けている人がいたらやっぱまずいなと思い直して携帯の電源を切った。
その30秒後、けたたましく鳴る携帯の呼び出し音。
「あー、もしもし、はいはい、お世話になっておりますー! ええーっとねぇー」
目の前のじいちゃんが携帯片手に大声で喋り始めた......。車内の複数の視線がぴきぴきとこっちに向けられる。自分では気を遣ったつもりだったのに、そんな私の思いはどこへって感じでぽかんとしちゃった......なんだかなぁー。
 バスを降りて電車に乗った。途中駅から、ぶかぶかでぴかぴかの学ランを着た、どうみても中学1年生の男子が6、7人乗り込んできた。彼らは週刊誌の車内刷りを見るなり、口々に見出しを大声で読み始めた。
「”元ホストとラブラブ○○○子......”」
「”あららエビちゃん、かわいくないね”、って、えーっ、エビちゃん、かわいくない?」(この、かわいくない? は語尾が上がる言い方)
「俺はあの女がいいんだよ、あの、電車男の相手役やったやつ」
「あー、伊東美咲な! あれはいいよ」
声変わりもまだままならん感じだというのに、会話だけ聞くとまるで大学生だ......なんだかなぁー。
それにしても、車内刷りの見出しというのは改めて口に出して読まれるとドキッとするものだなと思った(しかも子供だとよけいに)。

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2006年4月24日 (月)

桜のあとは

 夫が柏餅を買ってきた。えー、もう子供の日? 桜の季節が終わって新緑がきれいになってきたなと思ったら、桜餅も柏餅に......。季節はどんどん動いていて、気がつけばもうゴールデンウィ−クが目の前じゃありませんか。しかも、えー、今週末から連休に突入!? びっくりしている場合じゃない。それだけ締め切りが迫っているということだ。別の取材の準備もある。しかし、漠然と連休はまだ先のことだと思っていただけに、やばいっす。
 アポ入れ電話やらご相談電話やら企画書いたりしていたら、あっという間に昼になってしまった。忙しくなってくると1日なんてすぐに終わってしまいそうだ。電話をとったら、毎年GWにやっているバーベQパーティの連絡事項。ああ、それも日が迫ってきたということか。このパーティでは2年前に酔って足がよろけてコケて肋骨を折ったという情けない記憶もある。今年はまず無事に参加できるのかが鍵だ。というわけで、いろいろとお尻に火がついてきて今週はまじで正念場になりそうである。

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なんかホタテ貝さんみたいになったけど、これはよもぎの柏餅。

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2006年4月23日 (日)

日曜日の打ち合わせ

 打ち合わせで自由が丘に行ってきた。予想通り日曜日の”おかじゅう”は人であふれていた。個人的には昔住んでいた場所の隣駅なのでよく知っているつもりだが、そんなにめぼしいショップもなさそうなのにどうしていつもあんなに人がいるのかが、いまいちよくわからない。
 打ち合わせに使ったカフェも案の定、すごい混みようだった。日曜に自由が丘で打ち合わせ、というと、たいていのカフェや喫茶店は混んでいるから店を探すのに苦労するのだが、今日は、私が時間に遅れたおかげで、先に自由が丘にいたO編集長がすいているところをみつけて入っていてくれた(ほんとスミマセン)。駅からすぐのその店にしては珍しく彼が入ったときにはそんなに混んでいなかったらしいが、お約束通りに数分後には人が並んで待つ状態になり、私が着いたときには2組が入り口で待っていた。
 混んでいる店内は適度に話し声があるので落ち着かない場合もあるが、静かすぎる店よりは打ち合わせには向いている、と(私は)思ったりする。なんだかんだと打ち合わせながらつい声が大きくなっても、周囲のざわつきにかき消されるというか吸い込まれる感じで、あんまり周囲を気にしないで喋ることができるからだ(ただし、同業者とかがいたりする場合もあるので油断は禁物だけど)。というわけで、なんだかんだと約1時間半ミィーティング。帰りに夕飯の材料を買ってきて、これから夕飯作りだ。
 友達が、大好きなアン・タイラーの新刊をプレゼントに送ってきてくれた(ちょっと前に誕生日だったもので......)。嬉しくて早く読みたいが、当分は今の仕事の資料本を読み続けなければならないので、しばしお預けである。アン・タイラーを人参に、ゴールまで疾走していかなくちゃ、という感じの今日この頃。

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2006年4月21日 (金)

切り替えが大事

 ここにきて、ためてしまった作業やら、日程に余裕があると思ってなかなか本腰が入らなかった原稿の締め切りがじわじわと迫ってきたりして、一気にテンパってきてしまった。そんなときにまた新たにやることも増えて、かなりパニクり気味。時間があったら大阪の文楽公演に行こうかと思っていたけど、甘かった。やっぱり凪の後にはしけがやってくるのだ、それも大しけが。そんな忙しいときに限ってブログの更新なんかしてしまっている。こういうのって、無意識に仕事以外のことで気を紛らわそうとしているということなのかなあ......。それとも現実逃避か......?
 しかし、1日中ひたすらパソコンに向かい続けていても集中力には限りがあるし、机に張り付けば張り付いただけの成果がでるわけでもないから、やっぱり適度な気分転換は必要なのだ。だから洗濯もするし、近所のスーパーよりちょっと足を延ばして、電車で5分のデパ地下まで昼ご飯と夕飯の材料を買いに行ったりする。適当に歩かないと、座りっぱなしじゃ腰痛もまたひどくなるし。前にも書いたけど、歩くことで脳が活性化されて、煮詰まっていたことがするーっとクリアになったりすることもあるし。それで帰りに駅の書店に寄って、新刊本をまた数冊買ってしまったりもするわけだ。でも、そんなことで気分がちょっとほぐれたりするものなのである。
 てな具合に、忙しくなればなるほど適度な切り替えが大事なんだと思う今日この頃。しかし、思うことは簡単だが、実践するとなると、残念ながらこれがいくつになってもなかなかそんなにしなやかにはできないんだよねー。何事も自分の予定通りには運ばないものだし。先日も、たまたま午後の打ち合わせが1時、3時、6時半と、3つ入っていたのだが、当日になって3時からの打ち合わせが急に翌日に変更になり(相手のあることだから、こういうのは仕方ない)、次の予定まで3〜4時間開いてしまった。
 6時半の予定がなければ家に帰ればいいのだが、どうやって時間をつぶそうか......と考えているうちに、ふと試写会の招待状を手帳に挟んでいたことを思い出した。葉書を出してみると、な、な、なんとその日の、しかも3時半からの上映があるじゃん! しかも渋谷で。ひゃー、近い。やったね! これはもう行くしかないでしょ、と♪♪♪〜の猫村さん気分で出かけていった。試写会の葉書を送っていただくと手帳にはさんでおくのだが、実際にはなかなか行けなくて、気がついたら終わっていた、ということが多い。しかし今回は予定変更という巡り合わせでちゃんと観ることもできて、いい気分転換にもなった。試写会場を出て本屋に立ち寄り、次の打ち合わせに余裕で間に合った。
 映画のほうはチャン・ツィイーの新作『ジャスミンの花咲く』で、チャン・ツィイーがなんと一人三役もやっている。とにかくチャン・ツィイーが美しいのは確かだが、ワタシ的には母親役のジョアン・チェン(『ラストエンペラー』の皇后役だった)のほうが光ってました。

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チャン・ツィイーは、英語ではZhang Ziyi と書く。

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2006年4月20日 (木)

ナンさんふたたび?

 このところ、ナンシー関さんが相次いでテレビや新聞で取り上げられている。リリー・フランキー氏との対談集が文庫化されて(文春文庫)今月出たから、それも多少関係してプロモートされている部分もあるのかもしれないけど。朝日新聞夕刊では先々週から”異才伝”として、ナンシーさんゆかりの人たちが週1で思い出を語る連載コラムが続いているし、NHKでは先週の某番組で自宅の仕事部屋が公開されたり、リリー・フランキーが思い出を語ったりしていた(そうそう、その番組の冒頭で出たナンシーさんの写真は、いまちょくちょく一緒にお仕事しているカメラマンのN田さんが撮られたものだった)。私もファンなのでそういうことは嬉しい。新聞でもテレビでも、あのお顔と消しゴム版画に会えると嬉しい。
 ナンシーさんが週刊文春に連載をしていた頃は、文春を買うといちばん最初に彼女のページから読んでいた。インタビューも1度させてもらったことがある。90年代の「CREA」で、”食のヰタ-セクスアリス”というテーマで、これまでの人生で一番美味しいと思ったもの、の記憶について語ってもらったのだ(すごーい昔で、なつかしすぎる......)。当時のご自宅(たしか板橋区のあたりだったと思う)におうかがいして、リビングのダイニングテーブルでお話を聞いた。そのテーブルでも消しゴムを掘っているらしく、周りには消しゴムのかすが散乱していた。
 ナンシーさんの一番美味しいと思ったものは、忘れもしない、レディボーデンのアイスクリーム。大きいカップのやつだった。ナンシーさんは私より2つ年下で青森出身。うちらが子供の頃は今みたいにグルメでデラックスなアイスクリームってなかったから、あのカップのレディボーデンが登場して初めて食べたときは、ものすごいカンゲキだったらしい。よくわかる気がした。話を聞いているうちに、でっかいアイスのカップを抱えて喜んでいるナンシーさんの顔が浮かんできて、私も嬉しくなったりした。会う前は、ちょっとネクラな人なのかなと思っていたが、ぜんぜんそんなことはなかった。その取材以来、ますますファンになり、編集者たちとナンシーさんのことを話すときは勝手に”ナンさん”とか呼んだりしていたものだ。
 ナンシーさんがいなくなってもうすぐ4年になる。いなくなってから、彼女のように鋭いテレビ批評をしてくれる人がいなくてつまらない。ホリエモンとかオジャマモンとか、小泉チルドレンとか、ナンさんだったらどんなふうに斬ってくれるのかなあと思うと、もうあんなすごい人は出てこないんだろうなと思いつつ、いま相次いで彼女がメディアに取り上げられているというのは、ナンシー関的存在を待望する声がどこかでむくむくとわき上がってきているからなんだろうかね、なんて思ったり。

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お会いしたときにもらった名刺。一生捨てられない。

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2006年4月19日 (水)

新刊2冊

 「本の話」ができあがり、掲載誌が送られてきた。山本一力さんと諸田玲子さんの対談の構成を担当したのだが、改めて読んでみると、自画自賛だけど、けっこうおもしろい。それはとりもなおさず、お二人の話そのものがすっごくおもしろかったからである。字数の関係で盛り込めなかった話ももっとあって、それも楽しいものばかり。対談の盛り上がりぶりを思い出し、一人笑ってしまった。言葉を紡ぐ人たちは、書くということだけじゃなくて、話す言葉も熟考して出しているのかなと思ってしまうくらい、味わい深いことを次々とおっしゃるのだ(実際には、お二人とも軽快にぽんぽん言葉が飛び出しているんだけど)。大人はもっと見栄を張って生きなくちゃ、という話には大いにうなづかされた。
  こういう仕事に関わらせてもらえることはありがたいし、楽しい時間に立ち会える機会をいただいたことはうれしいことだと思っている。ちょっと残念だったのは、構成クレジット(つまり、私の名前)が落ちていたこと。でも、雑誌が出来上がった段階でそれに気づいた担当者が、こちらに送ってくれる前にすぐにお詫びの連絡をしてくれたのでよかった。よかったというか、起きたことはもう起きたことで仕方ないわけで、これから何かできるわけでもないのだもの。フリーにとっては自分の仕事の証だから、クレジットは大切だ。ひどい編集者になると落ちているのもずっと気づかないままの人もいるくらいだし。この仕事をしていると、たまにこういうことがあって(本来は、あっちゃいけないことだけど)、そのときの対応ぶりで、その編集者のことがよくわかるものだ。まあ、フリーの人なら経験あることだと思うけどね。
 一力さんの最新刊は清水次郎長をとりあげた『背負い富士』。一力さんとしては、初めて実在の歴史上の人物を主人公にした話だ。6月からNHKで時代劇ドラマとして放送される予定で、次郎長役は中村雅俊らしいので、ちょっと見てみたいかも。諸田さんの最新刊『木もれ陽の街で』は昭和20年代の東京郊外を舞台にしたお話で、ほんわりとあたたかく、なつかしい気分になれる。どちらの本も対談前にゲラの段階であわてて読んだので、単行本になったものを手にしたいま、改めてのんびり読み返してみたいと思っている。

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2006年4月18日 (火)

もう一つのカンゲキ

 土曜日に国立能楽堂で春狂言を観た帰り、どこでご飯を食べようかと、一緒に行った人(女性二人)と相談。最寄りの代々木駅までの道の途中にあるイタリアンや中華やタイ料理が候補にあがった。観劇の後はほとんど8時とか9時を過ぎているので、やっぱりなるべく早く行ける店がいいなと思ってしまう。3人とも、どの店にも行ったことがなかったが、タイ料理がいいということになった。
 店に着くと、入り口に「チューボーですよ! 出演記念」と書いてある。「星3つです!」で知られる、TBSの「チューボーですよ!」に取り上げられた店だった。席に案内されて、「テレビの放映はいつだったんですか?」と聞くと、「今夜なんです」という。なんと、ちょうどその日の夜11時半からのオン・エアだという。まあなんという偶然。
 これまでも「チューボーですよ!」に登場した店に偶然行ったことが何度かあったが、オン・エア前(しかも直前)というのは初めてだった。けっこうミーハー気分になって嬉しくなり、せっかくだから放送に出てくるメニューを先取りして写真に撮って、誰かにメールして自慢しちゃおう、ということになって、番組で紹介された「タイ風焼きそば」を注文して携帯で撮影。さっそく夫に送りつけた。

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これがそのタイ風焼きそば。もやしがシャキシャキで、上に砕いたピーナツがのっている。全体的にやさしい上品な味付け。




 しかし、じつは我々が焼きそば以上にカンゲキしたのが「エビのチューチーカレー」。レッドカレーをベースに、ココナッツミルクとエビの味噌でさっと煮込んだ味がマイルドかつ濃厚。エビ味噌のコクと唐辛子の辛さがあいまって、これがなかなかクセになる味なのだ。何時間も煮込むカレーではなく、注文を受けてから新鮮なエビを炒め、そこにカレーペーストやココナッツミルクやエビ味噌を加えてささっと煮て仕上げるのだとか。シェフのおすすめというだけあって、かなりイケる。チューチー、ブラボー!! しかし、チューチーとはどういう意味なのかを聞きそびれましたが。
 というわけで、観劇のあとにさらなるカンゲキが待っていたというサタデー・ナイトでありました。食事を終えて帰宅したらちょうど「チューボーですよ!」が始まるところで、再度、目で鑑賞。メールのほうは、夫に「なんだか(写真が)よくわかんなかった」といわれてガクリときたけど......。そのお店「KAO TIP(カオティップ)」は代々木駅から徒歩2、3分。タイ王国商務省認定レストランで、シェフはタイのインペリアルホテルのチーフシェフをしていた方だそうです。次はランチに行ってグリーンカレーを食べたいと思っている。(今日からこれまでの方針を変えて、しばらくコメントを受け付けることにしました。何かある方は書き込んでみてください。)

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「エビのチューチーカレー」。濃厚でスパイシー♡

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2006年4月17日 (月)

八重桜爛漫

 数週間にわたってしつこくサクラの便りを書いてきたが、たぶん今シーズンはこれが最後。ご存知のように今年の東京のサクラは関西よりもひと足お先に咲き、いまはもう葉桜になろうとしているが、八重桜のほうはいまが満開の時期。先週末に目黒川沿いのブラッスリー「HUIT」に行った。店の前の川べりは八重桜の並木で、まさにピークだった。じつはその前の週にも同じ店に行き、窓の外の八重桜がつぼみだったので、「1週間後には満開」という編集者B(自称:目黒川の桜の開花予想の達人)の開花予想をもとに、次の予約を入れておいたのだった。
 メンバーは20年来のつきあいの編集者H、幼なじみの編集者B、私、という同い年の3人。窓の外には赤ピンクの八重桜がネオンのように揺れて、3熟女の会にまさにうってつけの眺めであった。枝の先に密集してボリュームたっぷりの花をつける八重桜を、「ティッシュで作った花みたいだね」と一人がいうと、「そーそー、発表会で作ったティッシュのお花」、と二人うなづく。「今も作っているのかなあ、ティッシュのお花......?」 とまた一人がいう。既婚・子なし、未婚・子なし、バツイチ・子なし、の3人だから、今の幼稚園や保育園の事情がわからない。
 3人で会うのは約1年ぶり。たしか前も中目黒で、サクラの時期だった。性格はぞれぞれ違うが、同じ歳で同じ業界で仕事しているので考え方に似ている部分も多い。だから仕事の話、カラダの話、男の話など、日頃はそうそう話す相手がいない悩みやグチを、ワイン飲みながらあれやこれやと話し出す。そうそう、まったく......と、話がヒートアップして、窓の外では夜空に八重桜の赤ピンクがぼんぼりのように怪しく揺れる。ひとしきり話して飲んで、気がつくと、もう11時。明日もあるのでね、という感じで正しく解散した。20代の頃から折に触れて3人で会っているが、気がつけば3人とも夜更かしの深酒はなかなかできない歳になったのだ。

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窓の外はいちめんの八重桜。

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2006年4月16日 (日)

感劇話その16 春狂言はサクラとお酒

 茂山家の春狂言東京公演に行ってきた。国立能楽堂で2日間行われていて、春にふさわしい演目を集めている。1日目は昼、夜の2部、2日目は昼のみでそれぞれ3つの演目があり、演目はすべて違うので、3部とも行った人は合計9種類の演目を観ることができるわけだ。私が行ったのは土曜日の夜の部。演目は、「樋の酒」、「月見座頭」、「花折」。すべて、お酒が出てくる話。特に「花折」は酒を飲みながら花見をする話で、まさにタイムリーだった。
 3つの演目とも、役者さんがお酒を飲むときは扇子を盃に見立てるのだが、このお酒の飲みっぷりがみなさんとても上手で、ほんとーにおいしそうに飲み干す。そして最後に喉からコン! というような音を出す。これがまた笑えるし、うまかったー、という感じを引き立てている気がする。落語でも酒を飲むときに扇子を小道具にして使うが、落語のほうはわりと小振りな扇子。それに対して狂言は舞いでも使う大きめの扇を使うので、広げると立派な盃になり、さらに飲みっぷりが豪快な感じがしていい。しかしほんとにおいしそうに飲むんだよね、みんな。
 「樋の酒」は酒蔵と軽物(着物)蔵に閉じ込められた太郎冠者と次郎冠者がなんとかして酒をのもうと、二つの蔵の間に樋(雨樋のような、細長い管)を通してそこに酒を流すという話で、ばかばかしくておかしい。内容が「棒縛り」に少し似ているが、酒を飲むために試行錯誤する様子に、思わず、そこまでして飲みたいか! みたいな突っ込みを入れたくなるほどなんだけど、その飲みたい気持ちがすごくわかるような気もして、また笑える。
 「月見座頭」は人間国宝の千作の座頭がかわいくて味わい深くて、しみじみしてしまった。若手は若手で勢いがあっていいけれど、文楽の玉男師匠しかり、狂言の野村万作しかり、この千作も、「芸は60、70を過ぎてから」とご本人たちがいう台詞がほんとに心に染み渡ってくるような、うまくいえないけれどほーっとさせられる演技だった。茂山ファミリーのほがらかな顔といい飲みっぷりが印象に残って、いい気持ちになった夜だった。楽しくおいしいお酒が飲めるって、幸せなことだもんね。またこの1年、そんな時間がたくさんあるといいなあ。

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能楽堂入り口の庇の上にいた猫。近づいても逃げなかったけど、写真は遠目でまたぼあぼあ......。

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2006年4月15日 (土)

あるカフェで

 打ち合わせのため六本木のとあるカフェに行った。夕方の店内には、一人いたお客さんが帰って私一人になった。待ち合わせの相手(O編集長)はちょっと遅れるようなので、とりあえずコーヒーを頼んだ。すると店主のおじさんが
「失礼ですが、あなたはどんな音楽がお好きですか?」
 と聞いてきた。どんな、といわれても、いきなりだと答えに迷う。
「な、なんでもだいたい好きです......」
 と答えると、
「うちはねえ、ジャズはいっさいかけないんですよ」
 と店主。よく見ると、カウンターの脇にCDがぎっしり積まれている。そして続ける。
「クラシックがいいですか? それともアメリカの音楽? フランスの音楽? お好きなものをおかけしますよ。でもうちには60年代までの音楽しかないんですけどねー」
「はあ......」 
 好みを聞いてくれているようでいて、じつはけっこう強引な気配も......。
「60年代までの......じゃあ、フランスの音楽がいいです。シ、シャンソンですかねえ?」
 と、何故だかちょっと緊張している私。この店には以前からたまーに来ているが、こうして声をかけられたことは一度もない。どうやら、他に誰もお客さんがいないからのようだった。
「フランスね、えーと、何にしようかなあ......そうだなあ......これ、ご存知かなー」
 CD棚の中から1枚選び出してかけてくれた。けだるくて、それでいて力強い女性の歌声。
「これは、ジュリエット・グレコですよ。”そして、何もない”っていう曲名みたいですね。私はねー、ピアフは大っきらいなんですよ。あれはうるさすぎてねー」
(ああ、よかった......ピアフを、ってお願いしなくて......)
 さらに店主はいった。
「私はね、世界で一番いい音楽をかける名人なんです」
「はあ......」
不思議なやりとりだ。でもなんか嬉しかったな。
シャネルが自ら仮縫いをした美貌のモデルでもあり、マイルス・デイビスが愛したといわれるグレコ。その歌声にのって、O編集長があわてて店に入ってきた。

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店内です。かなりあやしい写真......。

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2006年4月14日 (金)

ちょーごぶさたとぷちごぶさた

 昨日は夕方から二人続いてごぶさただった人にお会いした。一人は高校の1年後輩で、いまはイラストレーターになっている友永たろさん。高校卒業後に再会したのは私が20代後半のときだった。東京に来てイラストレーターになっていることを知り、作品を見せていただくと、キャラクターがとってもかわいい。当時、私は保母さん(いまは保育士さんですね)のためのアイディアマガジンの編集を請け負う編プロ(スタッフは全員女性)に所属していて、子供向けにもやさしいイラストだなと思ったのでそこに紹介したり、その後、他の雑誌のイラストのお仕事も発注したこともあった。そのうち友永君はさかなのイラストにはまったようで、さかなをメインに絵本やアニメやフィギュアをがんがん作り、今に至っている。今週はちょうどグループ展が開催されていて、なんとか最終日の閉館間際に滑り込むことができた。
 いつもグループ展の案内を送ってもらっているのだが、なっかなか足を運べず、たまに私が行ったときには友永君がちょうど不在だったりして、じつに顔をあわせるのは10年以上ぶりだったと思うが、友永君はぜんぜん変わっていなかった。思わず、高校時代体操部だった彼の、白いつなぎの体操着姿を思い出してしまった。ははは。今回もたくさんのかわいいさかなの絵やフィギュアが並んでいた。ご興味がある方は、友永たろで検索すれば(グーグルでもヤフーでも)彼のホームページに行けますよん。
 夜は、半年くらいごぶさただった編集者N女史と。これから受けるかもしれない仕事の内容がちょうど彼女が以前担当していたジャンルと近いことなどもあって、相談したり現状を聞いたり。のどぐろの一夜干しにイモ焼酎をちびちび飲みながら、仕事の話や近況報告をしていたら、あっという間に11時近くに。外に出たら赤坂はどしゃぶりだった。

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2006年4月13日 (木)

ぶらり外苑西通り

 ファッションのニュークリエーターたちの合同展示会のご招待状をいただいたので、ぶらりと寄ってみた。場所は外苑前。海外からの参加もあって全50ブランド近くが2フロアの会場にひしめきあっていた。正直、そんなに期待もしないでぷらぷらと見ていたのだが、思わず足を止めてあれこれと見入ってしまうブランドもいくつかあった。
 とくに印象に残ったのはvisionaryというニットのブランド。裏地やポケットの中にシルクの布が使われていて、その組み合わせ方が私には心地よかった。糸も自分で染めているらしく、今回はブルーと濃紺だったが、やわらかで深くて味わいのある色合いだ。既に名の知れたブランドの服を買うのもいいけれど、若手でがんばっていいものを作っている人たちの服もいいなと思った。まだ周りであまり着ている人もいないから、自分だけの一点モノみたいな気分にもなれるし。
 次の予定が霞町(西麻布)だったので、そのまま外苑西通りをぶらぶらと歩いた。ゆったりした下りの坂道、雨も上がっていて、人も少なくて気持ちいい。青山墓地の土手に1本、大きめのサクラの木があるが、まだいっぱい花をつけていた。夜道だからよけいぼおっときれいに見えたのかもしれない。この通り沿いにもちょっと通らない間に新しい店がたくさんできている。昔からあるのは、坂の上のほうだとジローとsaraくらいかなあ。
 途中、閉店間際の花屋の店先を観ると、カラーが10本で700円。安い、と思って思わず買った。片手に渋谷で買った資料本の袋、片手に花、肩からバッグ。お店をみたりしながらぷらぷら歩いていると、いつのまにか荷物が増えてしまう。でも、ゆうべはちょっといい気分転換の坂道散歩だった。

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アップにしてみました。

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2006年4月12日 (水)

メンテの季節

 朝、ご飯の支度をしようと玉葱を軽快にトントン切っていたら、風呂から出てきた夫がまるで怪奇現象でも観るような顔をして冷蔵庫の横に立っていた。そして言った。
「無理しなくてもいいよ......」
 たしかに、ここんとこちゃんと朝ご飯を作ってない日が続いてはいたけど、夫はもう私が朝食作りを放棄したと思っていたのだろうか......自分ではそんなに久しぶりじゃないと思っていたんだけどな。ま、いいけど。それにしてもほんとーにぽかんとしたハト豆の顔だったから、こっちも驚いた。
 予約しておいた婦人科に子宮がんの検査に行った。検査は30を過ぎた頃から1年に1回の割合で続けている。担当の先生(女性)とは、20代の終わり頃に雑誌の取材でお世話になったことがきっかけで、その後、個人的にもみてもらうようになったので、もう16〜17年のおつきあい。はつらつとして、さばさばして、とても感じの良い人で、それは何年経っても変わらない。
 今回行ったら、「2年ぶりですね」といわれて驚いた。自分では去年も検査してもらったつもりでいたのだが、行ってなかったのだ。たいてい春に行くようにしているのだが、考えてみたら去年は年明けから秋頃までずーーっと忙しかったしなあ......。2年ぶりの先生はヘアスタイルがこれまでで初めて見るショートヘアになっていた。知り合ったときからずっとずっとボブだったんだけどな......というわけで、やっぱりちょっと月日が経ったんだという気がした。その後、採血したら担当のナースが新米で、こわごわやられてちょー痛かった。子供の頃から注射っ子の私だが、あんなに痛いと思った注射は初めてだった......アンラッキー。
 今週〜来週はほかにも内科の定期検診を予定している。これも長年つきあいのあるドクターのところだ。フリーでいると会社勤めの人のような定期検診がないので、自発的に行くしかない。忙しい日々が続くとついつい忘れてしまいがちになるが、もう歳も歳だからなるべくちゃんと時間をとろうと心がけているつもり。結局、自分のカラダは自分でしか守れないし。4月は新学期とか新年度のスタートの時期なので、私にとっては、あ、今年も(検査に)行かなくちゃ、と思い出しやすいのだ。というわけで、今月はカラダのメンテナンス月間でもある。
 

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2006年4月11日 (火)

ブサイクなのに♡

 仕事仲間(愛媛出身)が故郷の特産品のデコポンを1箱送ってきてくれた。これがもうおいしくておいしくて、夫と二人で1日朝晩1個ずつの勢いで食べ続けている。おいしいのでご近所さんやら友達やら打ち合わせで合う編集者とかにもお裾分けしていて、すごい勢いで減少中だ。
 柑橘系大好き&ウルサイ私にも、これは本当に美味しい。ちょっと厚くたるみ加減の皮をむくと、外見からは想像できないほどのはじけそうな実がみっちりと詰まっていて、この薄皮がまた薄くてそのままばくばく食べる。甘夏やハッサクくらいの大きさの1個があっという間にお腹の中だ。
 デコポンという名前はヘタの部分が凸状に出っ張って盛り上がっていることからついたらしいけど、初めてその形を見たときは驚いた。外皮が弱く傷つきやすいのも特徴らしく、ボコっと出た頭に、そのクタッとしわしわになった外皮を観ると、もう実はスカスカなのかなと思えるほどで、とても中身の美味しさとは結びつかない。そのギャップがおもしろい。あのしょぼいブサイクな皮をむくと、その先にあんな美味しさが待っているなんて。
 というわけで、今朝も既に1個食べた私。でも、起きてあくびをした瞬間にピキッとヘルペスのカサブタが裂けて、デコポンの果汁のような流血状態だったので、しみてちょいイタかったけど。

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でこでこポンポン

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2006年4月10日 (月)

桶でOK!

 愛知県の桝塚味噌さんからのお誘いで、「いまさらおけを考える会」のシンポジウムに参加してきた。主催者は「桶仕込み保存会」で、趣旨を簡単にいうと、もっともっと木の桶を使おうよ、桶のことを考えようよ、という集まりだ。場所は六本木ヒルズだった。
 日本では昔から酒、味噌、醬油などは木の桶に仕込んで作られてきたが、戦後の高度経済成長期に効率や衛生重視の観点から、酒を仕込む桶が軒並みホーローや合成樹脂のタンクにとって代わられてしまった。以来、木の桶は減少の一途を辿り、一時は木桶で作られる日本酒がゼロに近い状態なって、桶(とくに大きいサイズの桶)を作る職人もどんどんいなくなってきたという。でもここ数年、失われつつある日本の桶文化やその技術を惜しむ酒屋さんの有志が集まって、桶仕込みを復活し始めた。その動きを支援しつつ、酒屋以外の業種でももっと桶を復活・普及させるためのネットワークづくりをしようという意気込みで桶仕込み保存会が発足し、今回のシンポジウムが開催されたという訳だ。
 私自身、木の桶に開眼したのは桝塚味噌さんとの出会いがきっかけだった。桝塚味噌では、今も昔と変わらない木桶で味噌を熟成させている。初めて取材でその味噌蔵を訪れ、2mを超す大きな木の桶が何十も並ぶのを目の当たりにしたときはものすごく感動した。半世紀前までの日本には、酒屋が何年か使った桶を味噌屋さんや醬油屋さんが使い回すという循環があったそうだが、桝塚さんも酒屋さんから譲り受けた桶を多数使っていて、古いものでは江戸時代のものもある。その古い木の桶に長年ついている無数の微生物が味噌の発酵に大きな影響を与え、あのふくよかな味わいの豆味噌ができあがる。だから桝塚味噌の人たちはいつも、「私たちが味噌を作っているんじゃない。桶と蔵の空気が味噌を作っているんです」とおっしゃる。先述の酒屋さんたちも、桶で仕込んだ酒の味は「濃くてきれいな感じ」「キレがあって触感が今の酒と違う」と口々に述べている。
 シンポジウムは東京農大の小泉武夫先生の講演や、桶仕込み保存会の発起人でもある桝一市村酒造場のセーラ・マリ・カミングスさんらが参加したパネルディスカッションののち、OKEパーティと続いた。パーティでは桶を使って作った発酵食品を肴に、置け仕込みの酒をいろいろと味わった。私はパーティの時間、味噌のブースを出している桝塚さんのお手伝いをしたりしていたので桶仕込みは1種類(「澤乃井」)しか飲めなかったが、お土産にいただいた岐阜の白扇酒造の「木桶仕込み」をゆうべ味わってみた。やさしい清々しい味。「澤乃井」もまろやかだったし、やっぱ木はいいね。桶OK! といいたい。

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パーティ会場には著名人36人がデザインした桶板をつなげてつくった桶を展示。宮崎駿、養老孟司、茂木健一郎、坂東玉三郎、ひびのこづえ、原研哉ほか......すごい顔ぶれ。

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2006年4月 8日 (土)

「あんた」は無礼?

 口唇ヘルペスは茶色いカサブタになった。こうなるとピークは過ぎてあとは徐々に枯れていくのを待つだけなのだが、この段階でまた新たな苦痛が発生する。患部は唇なので、ちょっと油断して、笑ったり、口を大きめに開けて食べ物をほおばったりすると......ピキッ! と固いカサブタが裂けて、血が出てくる......これがけっこう痛いし、お醤油とかがしみたら、超激痛なのだ。ポン酢なんてもう......。だから、完治するまでまだちょっとユーウツが続くというわけなのです。
 ちょっと前の朝日新聞の相談室に、「夫に”あんた”と呼ばれるのが嫌です」という中年女性の相談があった。女性は関東出身、在住のようで、夫が単身赴任を終えて自宅に戻ってきた頃から、妻である自分のことを「あんた」と呼ぶようになり、それが耐えられないらしいのだ。「ぎょっとしました。私もそう呼んでいるので......」という書き出しで始まる弁護士の堀田力さんの答えも、あったかくておもしろくて印象に残ったけど。
 九州・大分出身の私にとって、「あんた」はとくに相手を侮蔑する二人称ではない。京都生まれの堀田先生をはじめ、関西の人にとってもそのようだ。大分弁は関西弁に似ているところも多いので、小さい頃から普通に「あんた」という呼び方を用いている。丁寧な呼び方ということにはならないものの、けっして失礼な呼び方でもない。ところが、どうも関東圏の人にとっては、「あんた」という呼び方は粗野で乱暴に聞こえるようだ。だから、「あんた」とかって呼ばれると、すごくバカにされたみたいで屈辱的な思いがするという人が、けっこう多い。たぶん関西に比べて、「あんた」にあまりなじみがないんだろうなと思う。東北人の夫はどうなんだろうかと聞いてみると、「そのときの状況にもよるけど(そりゃ、そうだ)、特に乱暴な呼び方という印象もないね」という返事。どうやら東北では関東ほどの「あんた」アレルギーはないようだ。現にウチでは「あんたも?」「あんたは」と、お互い使い合うときもあるし。
 堀田さんも相談室の答えに書いていたけれど、生まれ育った地方や環境によって、同じ言葉でも受ける印象が違うわけで、この相談者の場合は夫に「あんた」といわれるのがかなり耐えられないみたいなので(この奥さんの場合、「あんた」といわれるのがすごく屈辱的なのか、それとも突き放されている感じがして嫌なのか、いまいちわからないのだが)、だったら夫も相手が嫌がることはしないほうがいい、ということになるわけで、それはそれで人としてあたりまえのことだろう。
 ただ、一般的なことでいうと、私を含めて関西・九州出身の人が誰かとの会話の中で「あんたはね、」とか口走ったとしても、それはけっしてその人をバカにしているからではないのだ。私の場合も、お仕事相手との会話ではぜったいに出ることはないけれど、プライベートの会話では思わず出ることもある。そうした場合に、時々、関東出身の人が相手だと一瞬、?? という顔をされることがあるから、ああ、「あんた」っていわれてぎょっとしたのかな、と思ったりするわけです。相手が嫌がるならもちろんやめますよ。ただ、他意はないことはわかってほしいなあと。 
 以前、仕事仲間で飲み悪友でもある編集者Tグッチに、「あんた無精髭がのびてて具合悪そうだけど、だいじょうぶ?」と聞いたら、「な、なんでそんなまるでうちのおふくろみたいな物言いしてんのよ」と、ぎょっとされたことがある。それから、ある制作会社の20代の男性は、元カノのことを語るのに、「この人は、初めて僕のことを”あんた”と呼んだ女性でした」とか、しみじみいってなあ。どちらのケースもやはり「あんた」に反応しているのだ。
 でもどうしてそんなに「あんた」はイメージがよくないのかな。「あんた」とくれば「あたい」で、昔から世良公則も憂歌団も歌にしている。そういえばどちらも関西系だ。「あたい」のほうは女性の一人称にしてはかなり蓮っ葉な、下品なイメージがあるから、それとしばし対になっているような「あんた」も、それだけ野蛮で無礼な言葉に思われてしまうのかなあ。ああ、またどうでもいいようなことをいろいろと書いてしまった。

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2006年4月 7日 (金)

WBCがもたらしたもの

 朝からきれいに晴れた木曜日。玄関先から見える東高根森林公園のサクラのベルトはまだ鮮やかなピンクだ。洗濯機を回しながらふとベランダを見ると、例のカラスのカア(うちではそう命名しました。って、そのまんまや)がまたやってきて、ハンガーをつまみ上げそうになっていた。やはり。賢いカアの頭にはここにマイホーム建設用の資材があることがもう既にインプットされているのだ。油断大敵なり。
 メジャーリーグが開幕した。WBC優勝効果で日本のプロ野球人気も少し盛り返してきているみたいだけれど、私は去年までと同様に、午前中家にいられるときはメジャーリーグにチャンネルを合わせている。精算のための帳簿をつけながらマリナーズ対エンジェルス戦やヤンキース対アスレチックス戦を観る。私にとっては、去年までヤンキースの宿敵レッドソックスにいたデーモンが、あの鍾馗様(端午の節句に飾る人形の中でも怖モテ顔の神様。唐の時代から伝わる、悪鬼を祓い疫病を退け魔を除くという神様、ですね。)のような異様な黒ヒゲとロンゲをさーっぱり刈って、涼しい顔でピンストライプのユニフォームを着ているのがなんだか不思議というか、まだなじめないというか。でも、あ、この人意外とかわいい瞳だったんだ、って感じはあるのだけれど。

 あれだけ山賊みたいな、荒くれ者的なオーラをぷんぷん放っていた人が、はにかみやのフツーの好青年になってしまっていて、全然別人なのだ。イメチェンの背景にあるものは、日本のどこかの球団のように「ヤンキースの選手たるもの紳士でなければならない」ってことなんだろうか。あのデーモンの異様な臭気がトリハロメタンできれーいに取り去られてしまったみたいで、それはそれでちょっと淋しいような......。髪型とヒゲだけでこれほどまでにイメージって変わるんだなというのを改めて見せつけられている感じがする。
 それにしても王ジャパンの優勝は全国的にかなりのインパクトだったようで、その余韻はまだ続いているみたいだ。先週の週刊文春などは連載コラムだけでも3人、ほかにも複数の執筆者が自分の担当ページでごぞってWBCで盛り上がったということを取り上げていた。
 私の周辺でもあれ以来、同世代〜それより上のおじさんたちがちょっと元気になっているような気がする。折に触れて、なにかと話題がWBC方面にいくのだ。おじさんたちにとっては、やっぱりなんだかんだいって、野球についてはサッカーよりもいっぱい喋れることがあるから嬉しいんだろうな。プロ野球の視聴率が上がったり観客動員数が増えたり、グッズが売れたりすることはもちろん、おじさんたちがなんとなく元気になって、活気づいていることも明らかなWBC効果だと思う。まあ、WBC効果でおじさん復権、とまでは簡単にはいかないだろうけど、元気になってくれるのはいいことだし。
 個人的にはWBCで大塚投手に開眼したので、大塚登板の試合をテレビでもっと見せてほしいという気持ちはあるけれど、考えてみたらクローザーというかセットアッパーだから事前には出るイニングがわかりにくいだろうし、そのために放映権をとるということは、NHKは積極的にはしないのだろうか。とにかく、大塚があんまり観られないのがちょい不満。

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2006年4月 6日 (木)

夜桜散歩

 夜、中目黒で打ち合わせとロケハンになった。予定よりも早く着きそうだったので、池尻寄りのほうから中目黒に向かって、目黒川沿いを歩いた。そこは花見の名所でもある。でも、1日雨が降っていたおかげで地面が濡れていて、花見客の姿はほとんど見えず、一人静かに夜桜見物ができた。今回の雨はついに花散らしになったようで、足下にはたくさんの花びらが落ちている。
 約20分の夜桜散歩だったが、ちょっと見ない間に川沿いにはカフェやらイタリアンやら和食やさんやら、たくさんの新しい飲食店がオープンしている。その間に中目らしい古着屋や家具屋が立ち並ぶ。続々と新しい店ができる様は、かつての西麻布を思わせるような雰囲気もあるが、こちらは西麻布のようなスノッブさはいまいちなく、どちらかというと庶民っぽさを残している感じだ。サラリーマンというよりも学生とか、若い人たちもけっこう多いしね。
 駒沢通りを越えて、さらに目黒方面に向かって行くと、こちらの川沿いにはソメイヨシノではなく、八重桜が並んでいる。だからまだどの木もつぼみばかりで、さくらんぼのような赤ピンクのつぼみが、たくさん枝についている。見頃は来週あたりだろう。この界隈にも、ピンチョスの店、ブラッスリー&ブーランジェリー、ブックカフェ、焼き鳥、ジンギスカン、鹿児島料理と、新しい店が続々と立ち並んでいる。中目黒駅から徒歩6〜7分の場所だけど、このへんもなんだか徐々に活気を帯びてきそうな雰囲気だ。
 ロケハン終わって駅まで歩く道すがら、散り始めたサクラを見上げながら編集者Bが「これって年齢でいえば、私たちくらいかなあ」とつぶやく。ああ、そうかもねえ......。でも、40半ばのおばさんといっしょにされたらサクラは迷惑かもねえ。


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これは去年撮った目黒川のサクラ。

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2006年4月 5日 (水)

疲れの目印

 朝から私にしては珍しく頭痛がひどく、午前の打ち合わせを変更してもらい、昼過ぎまで寝ていた。昨日から口唇ヘルペスも出てきているから、身体の抵抗力が弱っているのだろう。30過ぎた頃から、年に数回、こんなふうに口唇ヘルペスが出るようになった。仕事がかなりハードだった後とか、疲れがたまった頃に決まって唇にぷちぷちと水泡ができる。
 これがちくちくと痛いし、一度できたら徐々にカサブタができて完全に消えるまでは1週間くらいかかるので、人と会うのも恥ずかしいし、だからといって仕事はさぼれないしで、なかなかうざいシロモノ。唇に赤茶色の醜いカサブタができている状態で、取材で初めての人に会わなければならないときなど、恥ずかしいやら、相手がぎょっとするんじゃないだろうかと気になるだけでもうっとおしい気分になる。
 でもこれは、ストレスや疲れがたまって身体の抵抗力が落ちていると決まって出てくるので、いってみれば疲れの目印みたいなもの。身体を休めなさいという警告ランプみたいなものでもあるわけだ。今回は、先週の帰省疲れが出たのかなあ。その時期、ちょうどばっちり風邪もひいてしまったし。口唇ヘルペスは別名”風邪の華、熱の華”ともいわれて、熱が出りした後にも出ることがあるので、今回はウィルスが元気に活動して炸裂する条件がダブルで備わっていたということかもしれない。
 幸い、今週は仕事もちょっと一段落で、少し打ち合わせがある以外は、たまりにたまった経費の精算を粛々と進めるだけだから、のんびり家で作業できる(でも、ほんとはあんまりのんびりしちゃいけないんだけどさ、精算......)。だから、これから数日間は、マメに塗り薬をつけながらヘルペスが治まるのを見守りつつ、領収書と精算書の整理をたんたんと進めることに専念します。

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2006年4月 4日 (火)

されどランチ

 pen-atesの第3号が出て1週間経った。売り上げもなかなか好調と聞いている。今回の特集はランチの名店。朝も昼も夕方もランチメニューを食べていたのはもう2ヶ月前か。私が取材した中で自分でも特におすすめなのは次の4軒。
1. 田町の「津國屋」/酒屋さんがやっている居酒屋なんだけど、息子さんが「つばめグリル」などで修業したので洋食メニューも豊富。デミグラスソースのハンバーグは絶品。ハンバーグ定食。¥700。
2. 池袋の「美松」/こだわりの素材で作る定食。けんちん汁定食は10種類の具材が入ったけんちん汁に、焼き魚や野菜の小鉢がついて¥900。五穀米がまた美味しい。
3. 代々木の「ライオンシェア」/刻み野菜がのったキーマカレーとスープカレーがいっしょに出てくるAランチ(¥1200)は、キーマだけで食べたり、スープカレーも全部いっしょにまぜまぜして食べたりと、いろんな食べ方ができて楽しい。刻み野菜とドライキーマカレーだけで食べると、ちょっとタコライスみたいな感じも。
4. 麻布十番の「たき下」/旬の魚と野菜のおいしい和食屋さん。日替わりの刺身丼(¥1260)の中から取材したのは、伊豆の漁師料理をベースにしたような「小アジのまごご飯」。新鮮なアジのたたきをタレにくぐらせ、ほかほかのご飯にのせる。そこへさらにシソや胡麻やネギやノリなどの薬味がたっぷりで......ああ、また食べたくなった。
 てな感じで、どこもおいしくてお値段も納得なので、昼時にお近くにいるようなら、ぜひ。また、これらの店はどこも夜のメニューも充実しているので、飲みにいくのもいいかも。津國屋さんなんて、酒屋さんがやっているからお酒は安いし、私もそのうち夜にのんびり行きたいくらい。しっかし、ランチもほんとーにいろいろあるものだと、掲載誌を見ながら改めて思っている。

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2006年4月 3日 (月)

雨雲とともにただいま

 日曜日、大分は蒸し暑いくらいの陽気になり、サクラも一気に開いた。満開直前の花を見ながら実家を後にし、ホーバークラフト乗り場へ(大分市内から空港へはホーバーが近いのです)。タクシーの運転手さんが川沿いの桜並木を横目に、「サクラはいいねえ。てれ〜っとどんだけ見ても飽きんねえ......(標準語に訳すと、”ぽかんとどれだけ見ていても飽きないね”、という感じでしょうか)」 と嬉しそうだった。

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これは、実家の2階の窓から見た公園のサクラ





 ところが空港に着く頃には、空はどんよりして雨が降り始める。乗るはずの飛行機の出発が30分近くも遅れた。出発後の機長からの説明によると、東京から大分へ向かう途中で雷に打たれ、機体の出入り口のドアに2ミリくらいの傷ができていたため、充分な安全点検をするのに時間を要したのだとか。飛行機だって雷に打たれることもあるんだ......ちょっとどっきり。多少の揺れはあったが、無事に羽田に着陸。東京でも雨が降り始めていた。
 夜になると雨脚はさらに強まり、ちょうど近所の店まで出かけた6時過ぎには、もう春の嵐のような暴風雨。傘を握りしめ、花散らしの雨にならないことを祈りつつ、たわわな夜桜を見上げて歩いた。幸い雨も数時間で上がり、サクラはなんとか無事のようだ。
 と思ったら、今朝からまた強風が吹き荒れている。今日こそ散ってしまうかなあ。今朝はもう一つ、びっくりしたことが。洗濯物を干していたらカラスが近づいてきて(羽がまだ若そうだった)ベランダの手すりに止まり、なんと針金ハンガーをつまみ上げて持ち去ろうとしたのだ! ハンガーがひっかかって持ち上がらないとわかると、今度は物干竿にかかっているタオルがかかったハンガーを持ち上げようとしている。私のすぐ目の前で、なんちゅー大胆不敵な行動......仰天して追っ払ったけれど、あれはきっと、巣作りの素材を集めているんじゃないだろうか。カラスも大変だろうけど、また来たら困るなあ。

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これは土曜日に夫が多摩川辺リで拾ったというサクラ。けっして折ってきたのではないそうで。花瓶にさしてミニ花見。

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2006年4月 2日 (日)

変わっていくもの

 金、土とほとんど1日家にいて親と過ごしたりしている。水木と比べてここ2日は強風もなく寒さもやわらいでいるようで、考えてみればいちばんさぶいときに外を出歩いていたわけで、それで風邪もひいたりして、ほんとに間が悪い。お正月以来、3ヶ月しか経っていないのだが、今回は自宅周辺の景色がかなり変わってきているのを実感した。お正月は2泊3日でそのうち1日は別府に行ったりしてバタバタしていたのであんまり周囲を見渡すこともなかったのかもしれないが、今回はちょこちょこ家の近所を歩くこともあり、歩いてみると改めて、目に映る景色が気になった。
小学校への通学路にある踏み切り周辺では、線路の高架の工事が進んでいて、橋脚のようなものが数本、にょきにょきと生えてきていた。この高架の話は、たしか私が小学生の頃から出ていて、いつまで経っても実現しなかったのだが、ここへきてようやく本当に高架になるのかと思える感じになっている。うちの裏から駅裏までのエリアには高速道路ができるとかで、立ち退きが進み、家がどんどんなくなっていたのだが、ついに本当に整地されてなーんにもなくなってしまった。まるで景色が違うので、目印がなくて駅裏まで行く道がわからなくなりそうになってしまった。次に帰ってくるときにはさらに街の様子が変わっているのだろうか。
母親が使っている健康保険証が4月から新しくなるというので見せてもらうと、まるで定期券かテレフォンカードのような、小さいぺらぺらなカード形式になっているのに驚いた。「こんなに薄くて小さいと無くしてしまいそうだ」と母親が心配している。たしかに字も小さいし、これじゃあ高齢者には不安だらけではないかと思った。私くらいの歳でもそう思ってしまいそうだ。そういう形式にすることで病院などの手続き上はかなりスムーズになるのかもしれないが、全体の利便性や合理性だけ優先していろんな物事が変化していく一方で、どんどん年寄りがついていけないような、とり残されていくような気持ちを味わうことも多々あるんじゃないだろうか、なーんてことを考えている今日この頃。こんなことを思うのも、久々に親と長時間過ごしているからなんだろうな。

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