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2006年3月31日 (金)

はだがづばっていばす……

 鼻が詰まっています、の意。くしゃみ鼻水が治まったと思ったら鼻詰まりになっている。薬で鼻水を止めているからこうなるのでしょうか。しかし大分、さぶすぎです。真冬並みです。東京の、先週のあの陽気がうそみたい。でも、昨日は東京も真冬並にさぶかったそうで。
この真冬の寒さの大分で、ゆうべはジーコジャパンとエクアドル代表の親善試合が行われた。幸運にも知り合いからチケットを譲り受け、こんなチャンスはそうそうないと思って出かけてきた。といっても、こんなことになるとは思っていなかったので防寒着もろくにない。第一、もう三月末だし東京よりもあったかいはずだと思い込んで帰ってきたからね。ただでさえ風邪気味だし、試合会場の九石ドーム(九州石油ドーム)は風も吹いて冷えるはず。ということで、実家においてあった昔のセーターを引っ張り出し、母親のカーディガンやらマフラーやらひざ掛けやらを借りてコートをはおり、着膨れ状態でいざ出陣した。こうなるとわかっていればダウンでも持って帰ったのになあ……でも、仕方ない、などと、試合中観客席で何度も自分に言い聞かせるほど、さぶかった。
試合の方はご存知の通り、前半、久保が検討するもなかなかゴールの枠内に決まらないといういつもの展開で、引き分けかあと思い始めた後半40分頃になって、やっと佐藤がしぶい一撃をゴールの隅に決めた、という、終わってみればよかったねの展開。エクアドルの選手たちはみな背は高く足は細長く、まるでクモザルのように足を高い位置であやつってボールをコントロールしていた。あんなに高く上げて危険なキックにならないのかなあと思うほどだったが、ディフェンスは日本に比べてずっと安定感があったような気がした。中澤もがんばっていたけどね。とはいえ、時差もあるしあんな寒さでは、エクアドルの選手たちはきっと身体が充分に動いていたとはいえなかったんだろうし、そう考えるにつけ、ドイツで日本は本当に勝てるのかと、またちょっと心配になったりして。
帰宅後、冷え切った身体を味噌汁と煎茶であっためながら、テレビ観戦をしていた母と一緒にゲームを振り返る。母はスポーツ観戦好きで、野球だけでなく最近はサッカーの選手にもけっこう詳しい。この日も「久保はなかなか決めきらんかったね」とか「サントスは左からよういい球を出すねえ」とか、現場で観ていた私よりも詳しめの感想をいっていた。母の豆腐と大根の味噌汁はいつものように大分産の麦味噌を使っていた。麦味噌は米や豆の味噌に比べてほんのり甘味がある。その甘さがいまいち苦手に感じられるときもあるのだが、ゆうべの身体にはじんわりとしみこむようにおいしかった。

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2006年3月30日 (木)

冬に逆戻り……

 昨日から実家に帰ってきている。仕事もちょっと段落したので親の様子を見に。東京神奈川はサクラの満開宣言が出たというのに、こちら大分のサクラは三部咲き。つーか、まだまださぶーいんです。西風がぴゅーぴゅー吹き、高台というか丘のそばにある実家の庭では、いまも洗濯物がひるがえんばかりにはためいて、父のパジャマはK点超えの勢いで滑空しています。日中の気温は10~13度。天気は良くても風が強いのでかなりさぶく感じます。今日はこの寒気に覆われた中を寒冷前線が通過しているらしく、時々どんよりと曇ったりもしている。満開前のサクラは多少の強風でも落ちることはないらしく、うちの窓から見える公園のサクラも元気に枝についている。しかし、花冷えとはよくいったものだけど、今年はサクラ前線北上、とはいかないようだ。
こんな気候で、私もゆうべからついに風邪が炸裂。くしゃみと鼻水と悪寒と微熱で、けっこうやばかった。家には風邪に効きそうな薬がなにもなく(病院からの薬はたくさんあるのになあ)、たまたま持っていた解熱剤を飲んで寝て汗をかいたら、朝にはちょっとだけ落ち着いていた。でも、さっき強風の中を薬局へ行ってきた。花粉症も疑われたけど、熱っぽいのもあるから風邪じゃないかなあと。
そして不具合がもう一つ。マックはちょっと重いので、小さいほうのウィンドウズのノートを持って帰ったところ、久々に開いてみると、メールがつながりません。なんでやろ。しばらくほおっておいたからすねたのかなー、なわけないけど、インターネットはこうしてなんとか使えるが、もしwebメールもだめだったら、メールが見られないし、送れないので、もしも急ぎで連絡のある人は、携帯のほうにお願い致します。どうもすみません。PCに詳しい人なら解決できる問題なんだろうけど、私ではまず解明は無理みたいなので。いろいろと情けなし。やれやれ。

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2006年3月28日 (火)

満開手前でした。

 目黒川〜下馬あたりの桜は。

 月曜朝4時に対談構成の原稿アップ。ここ数年、仕事をなるべく朝型に切り替えるようにしていたが、今回は久々の夜なべになった。寝不足ながら、友達のショーコちゃんと数ヶ月ぶりにランチの約束をしていたので出かけた。以前から行きたかった三宿のビストロへ行ったら、店は準備中。折しも、店に魚を届けにきた魚屋さんから、最近になってランチをやめたというこをと教えてもらって、ショック。去年秋にオープンしたばかりで、リーズナブルでおいしいと評判の店なのに、ランチは思ったより人が入らなかったのだろうか。ショーコちゃんが車だったので、急きょ、エビスの店に変更した。

 ランチ中、編集者から連絡がきて、原稿は大丈夫だった。ひと安心したら、食べた直後にもう眠たくなった。それでもショーコちゃんとは久々。お互い積もる話もあるので、下馬のカフェにはしご。移動中、途中の目黒川と、カフェのすぐそばの公園の桜はどちらもほぼ満開手前でびっくり。どうやら、この週末に都内の桜は一気に開いたようだ。家屋を改装したペットも入れるカフェでは、黒いトイプードルが迎えてくれた。豆乳のチャイを飲みながら話込んでいるうちに目も冴えてきた。

 モデルをしているショーコちゃんとはもう15年くらいの付き合いになる。最初は雑誌のインタビューで出会い、それからちょくちょく食事をするようになり、数年前はショーコちゃんの娘さんも一緒に海外旅行もしたりした。仕事でもときどき会う。ショーコちゃんの子育てが忙しくなってからは年に数回しか会えなくなり、メールのやり取りをしているにもかかわらず、会うとなんだかんだと話が長くなる。今年から小学校に入った娘さんとのことをいろいろと聞き、お母さんは大変だなあと改めて思った。それにしても、髪振り乱すようにして子育てをしているにもかかわらず、ショーコちゃんのお肌は相変わらず卵のようにきれいだ。さすがモデル。私なんて、夜なべで肌もお疲れでサエナイ。多めに化粧水はたいて寝まーす。

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下馬の公園の桜。ぎっしり。

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2006年3月26日 (日)

七〜八部咲きでした。

 土曜日の自由が丘〜田園調布方面の桜は。

 昨日の夕方、自由が丘〜田園調布コースを久々に散歩。途中にある小学校の校庭の桜は見事に8部くらい開いていた。ところが同じ学校の敷地内でも、校門付近の桜は2部咲き程度。日当りが違うのかな。田園調布の居酒屋で日本酒を飲み(ほっき貝の刺身、うまかった)、帰りもまた自由が丘まで歩く。住宅街のアップダウンの道はけっこういい運動になった。日本酒1合分くらいのカロリー消費はできたかも(ほんとかよ?)。

 今日は朝から対談の速記録を読んでいる。週明けには構成原稿を出さなければならないので(つまり、明日でーす)、ここ数日で繰り返し目を通しているのだが、数日前に立ち会った、作家の山本一力さんと諸田玲子さんの対談だ。「本の話」(文藝春秋)のお仕事。こういう対談ものにはプロの速記の方がちゃんとついて記録してくれて、テープおこしもやってくださって、速記録を送ってくださるので、ライターとしては助かります。対談中、私は必要なところでメモを取るくらいで、話を聞くことに集中できるし。

 個人的には一力さんのファンなので(かなり)、数日前からこの対談はとても楽しみにしていた。写真撮影もあるので、ジャケットにネクタイ姿の一力さんだが、聞けばご自宅から麹町の文春まで自転車でいらしたという。一力氏の自転車好きはつとに有名で、どこへ行くにも自転車だそうだが、その格好で、革靴はいても自転車......ほんとに好きなんだなあ。あ、でも靴は履き替えて乗っているかもな......とか考えているうちに諸田さんも登場して対談が始まった。

 速記録を読んでいると、あたりまえだけど話し言葉だし、二人のキャラクターがほんとによく出ていて、対談のときの空気がリアルに蘇ってきて楽しい。でも当然そのままでは活字にできないようなこともあるから、ある程度は表現を変えたりしながら、読み物としておもしろくなるように構成する。その人らしさ、とか、臨場感とか、を最大限に生かしつつ、それなりに構成をするというわけで、対談構成って、けっこう楽しみながらできるから私は好きだ。なーんてことを悠長にブログに書いてないで、はよ原稿書けよ、って担当編集からいわれそうなので、取りかかりまーす。でもほんとに、一力さん、会えて嬉しかった。

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2006年3月25日 (土)

三部咲きでした。

 ゆうべの渋谷の桜は。

 去年、初めて仕事用の鞄をオーダーして作った。といっても、フルオーダーではなくて、最初からある程度デザインのパターンは決まっていて、自分で好きな革の種類や色、金具等を選び、大きさを決めるというものだけど。

 私のような仕事(編集とか広告関係とか)をしている女性の大半が仕事用のバッグを選ぶときに共通しているニーズは、まずA4サイズのファイルがすっきり入る、ということだ。仕事で扱う書類は圧倒的にA4サイズだから、これが入らなければまずダメ。お仕事バッグではそれが鉄則、といってもいい。そこに手帳や財布や化粧ポーチや携帯やティッシュ、私の場合は筆記用具や取材用テープレコーダーとか、ときに資料の本が数冊入ることもあるので、適度な容量もほしい。といって、チビの私が持つのにあんまりデカすぎると不格好、さらにここ数年は腰も痛めているので、どうしても必要なとき以外はなるべく大量の荷物は持ち歩かないようにしている、ということなどもあり......要するに、ある程度の荷物はちゃんと入って、かといってデカすぎず、荷物がMAXで入ったときにも型くずれしないしっかりしたもの......そのような条件を満たしつつ、なおかつすっきりおしゃれに見えるもの、というつもりで作ったのでした。

 年末になり、オーダーから1〜2ヶ月後にチェリーレッド色のバッグができあがってきた。ある意味、オンリーワンのマイバッグだからやっぱり嬉しい。ところが、使い始めると、どうもファスナーの把手部分の金具のかみあわせが弱いようで、強く引っ張ると把手がスポンと抜けてしまう。結局、バッグはすぐに工房にトンボ帰りということになり(そんなこともあるのよね〜)、1月に直しに出したのだった。今月の初めに出来上がった旨の連絡が着ていたのだが、なんだかんだとバタバタしていて取りに行けず、ゆうべやっと渋谷の店に行くことができた。ファスナーは無事に復活していた。

 帰り道、バー”G”に立ち寄ることにして、西武デパートのA館・B館の間の交差点からショートカットして宮下公演に抜けると、見上げた桜は三部咲き。今年初めて肉眼で観た桜だった。それだけで気分がちょっと嬉しくなるから、桜はすごいというか、私が単純というか。”G”でエビス小瓶1本と、ハーパー2杯。久々にドナルド・フェイゲンやキャロル・キングを聴き、いい気分になってこれまた久しぶりに大好きなトッド・ラングレンの「I saw the light」をリクエスト。店長&DJのイシカワさんに聞くと、最近トッドをリクエストする人はたまにしかいないらしい。そんなものかなあ。

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無事に復活! 赤系のバッグは初めてです。

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2006年3月24日 (金)

不思議なもので......

 昨日は夕方まで原稿書き。数日前に出した原稿にちょっと直しが入ったので書き直し作業をしていた。短いインタビュー原稿なのだが、改めて最初の原稿を読み直し、再考して、結局、指摘された部分だけじゃなくて半分以上書き直してしまった。

 それは約1週間前に出した原稿だった。そのときは、私にしては珍しく締め切り日よりもか〜なり前に出せたし、もちろんそれがベストだと思って出したわけだけど、いま読み返してみるとなんだか乱雑というか、急いで書いてて落ち着きのない原稿に思えてしまった。時間には余裕があったわけだから精神的にも落ち着いていた時期だったはずなのに、なんだか文章がちゃかちゃかとしている。
 編集者は1部分の直しを言ってきただけだったけれど、その背景にはおそらく全体的にそういう落ち着きのなさが感じられて、読んでいてなんとなく居心地が悪かったからそういう指摘につながったのだと思う。きっと1週間前の私の精神状態が、そんなふうにどこかちゃかついていて、雑なものだったんだろうなあ。

 というわけで、ひと呼吸して、改めて書き直して送った。手前味噌だけど、やっぱり今回の原稿のほうがいいと思う。文章って、同じテーマでも何通りもの書き方があるし、さらに一人の書き手でもその日の精神状態や健康状態が微妙に反映されて、さまざまに違うものができあがる。それにまた、けっして時間をかけて推敲しまくったからって、ベストなものができるわけでもない。精神的な一期一会というか......だからおもしろいわけだし、だからこわいともいえる。

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2006年3月23日 (木)

ダーリンは東北人その3 道明寺vs長命寺

 おはぎの話に続いて、桜餅の話。私は東京に来るまで、桜餅に2つのタイプがあることを知らなかった。いわゆる道明寺桜餅と、長命寺桜餅だ。きっぱりと分けることはできないと思うが、一般的に道明寺は関西系、長命寺は関東系といわれている。道明寺桜餅はおにぎりのような俵型の餅米の中に餡が入っていて、外側を塩漬けにした桜の葉でくるんでいるタイプ。もちもちした餅米の食感に、餡の甘さと桜の葉の塩味がからみあって美味しい。大分で生まれ育った私には、桜餅といえばこれで、道明寺という言葉があることすら知らなかった。今はどうか知らないけれど、私が子供の頃は大分のスーパーや和菓子屋にも桜餅はこのタイプしかなかったんじゃないだろか。

 しかし、東京で桜餅といえば長命寺桜餅だ。これは、薄い小麦粉の皮で餡をくるんだもので、外側の桜の葉は同じ。道明寺の餡は外側からは見えないが、長命寺はくるりと巻いた皮の間から餡が見える。私は東京に来て初めてこの長命寺桜餅とご対面した。これはこれでおいしい。でも、私にとってはやっぱり道明寺こそが桜餅で、こっちのほうが好き、という感じ。

 ところが、秋田出身の夫はまったくその逆。生まれたときから、桜餅といえば長命寺で、長命寺のほうが好きだし、道明寺は桜餅じゃない、と主張する。長命寺は餡に対して皮が薄いので、まるであんこを食べているみたいで甘さが立ちすぎる、と私がいえば、長命寺のあのあんこと葉っぱの塩気を味わうと、ああ、春だなあという気がする、と夫はいう。そして、私の好きなあの道明寺の餅米のつぶつぶ・もちもち感を、米か餅かはっきりしない感じがどうにも好きになれない、という。桜餅だけでもこんなふうに東と西でまったく認識というか、思いが違って、相容れることはない。長年の習慣というのはほんとにすごいものだ。

 先週末、出かけたときに夫が和菓子の詰め合わせを買ってきた。箱の中には、上の段から長命寺桜餅が3個、草餅が3個、そして道明寺桜餅が3個、きれいに色分けされた石畳のように並んでいた。夫は上の段から、私は下の段から、陣取りゲームのように”それぞれの桜餅”を食べ、合間に草餅を食べる。結局、夫は道明寺を食べることなく、私は長命寺を食べることなく、箱は空になった。

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2006年3月22日 (水)

おはぎな週明け

 昨日は王ジャパンの優勝を見届けた後で二子玉川に買い出しに出たら号外が配られていて、ちょうどもらうことができた。今年はこれで号外に2回出くわしたというわけで、続くときは続くものだ。
 昨日は春分の日だったけど、全国的にお墓参りのためのというよりは、WBC観戦のための休日だったのかもしれない。ところでお彼岸の時期になるといつにも増して甘味屋さんや和食屋さんにおはぎが並ぶけれど、どうしてお彼岸におはぎを食べるのかというと、それは邪気を払うためらしい。昔から小豆の赤い色には災難から身を守る効果があると信じられていて、江戸時代からお彼岸におはぎを食べる習慣が始まったのだとか。
 私はおはぎは大好物というわけではないけれど、時々食べたくなって、食べるとおいしいなと思う。それに対して夫は大の米好きなのにもかかわらず、何故かおはぎは苦手で(米にあんこという組み合わせがどうも許せないらしい)、私がたまに買ってきてもほとんど食べない。そんな我が家なのだが、このお彼岸はおはぎが充実していた。というのも、月曜日に差し入れの取材で女優の黒谷友香さんにお会いしたのだが、黒谷さんおすすめの差し入れがおはぎで、撮影用に多めに用意した商品の余りを持って帰ったから、だ。カメラのN田さんや、その日に会った編集者とかにもお裾分けしたしたのだが、それでも余ったので私が持って帰った。
 まだ原稿を書く前なので店名などは書けないが、そのおはぎは、つぶあん、きなこ、抹茶、ごまの4種類で、それぞれが3個ずつ箱に詰まっている。でも、かなり小ぶりでお団子くらいの1口サイズなので、けっこうぱくぱく食べられてしまう。きなこやごまは甘みも抑えめだから、なおイケてしまう。12個入りと4個入りの2箱を持って帰ったので合計16個のミニおはぎ、”こはぎ”があったわけだ。それを月曜の夜から昨日まで、ちょこちょこと一人で食べ続けた。夕飯の後にぱくり、朝食の後にぱくり。ついでにWBCを観ながらもぱくぱく。でも、とてもおいしいんだけど、さすがに食べ続けると、ちょっと飽きてきました。餅米だからカロリーも気になるし......やっぱり全部は食べきれず、残り数個は冷凍しました。こんなにおはぎを食べ続けたのは、人生始まって以来かも。

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ちょっと苦めの抹茶がまたイケるんだよねー。

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2006年3月21日 (火)

久々のかぶりつき

 金曜日は朝からバタバタ、週末はダラダラしていたら、あっという間にまた数日ブログにブランクができてしまいました。友達の栄ちゃんなどは、去年ブログを始めてから今年のお正月休みの5日間だけ休んだだけで、あとはずっと毎日更新しているそうで......偉いなあ。まあでも、とことん自分だけの都合で続けられるのがブログのいいところなんだろうから、私は私の都合でいくだけです、って、あたりまえですが。

 今日はこれからWBCの決勝がある。日曜日の韓国戦ももちろんテレビ観戦。久々に野球をかぶりつきで観てしまった。ここ数年、すっかりプロ野球から興味が失せていたのだが、このWBCでは本当にテレビに釘付けになっている自分にびっくり。国別対抗ということや、イチローが人格変えてやたら熱くなっていることとか、事前にかなり盛り上げてくれた誤審王ボブの効果もあったみたいで(?)、今まで野球をちゃんと観ていなかった女性たちも、この韓国戦はけっこうテレビで観たらしいということだ。昨日、仕事で会ったカメラマンN田さんとも、久しぶりに野球を盛り上がって観たね、と話したのだが、昔から野球を観ていたのにここ数年、離れていたという私のような人たちもけっこういて、そういう人も今回は久々に楽しんでいるみたいだ。

 私の実家では、母が熱狂的阪神ファン、父が(当時の)西鉄ファンということで、小さいときからプロ野球中継を毎晩のように観ていた。といっても、西鉄の試合はほとんどテレビ中継はなくて、たいていが巨人戦だったけど。それでも昔の伝統の巨人阪神戦などは、村山ファンの母はかなり熱くなって観ておりました。私は巨人大鵬卵焼き、だったので巨人ファンだったけど。そんな環境で育ったせいか、高校野球もよく観たし、大学に入って東京へ来てからはドームや横浜スタジアムや神宮にもけっこう足を運んだりしていた。20代の頃は、夏、たま〜に早い時間に帰れるときは、家に帰ってシャワーを浴びてキンキンに冷えた缶ビールを飲みながらテレビでプロ野球観戦をするのが楽しみ、とかいうと、オヤジくさーい、と、女友達から呆れられていたものだけど。そのうち長さんが終身名誉監督とかいう立場になったり、原が人事異動で解任されて堀内監督になったりする頃には、消えかかっていた炎がほんとうに消えてしまって、すっかりプロ野球を観なくなった。

 そんな私も今回のWBCはかぶりつきで観ている、というわけです。でも、しばらく野球を観ていなかったので、西岡? 誰? 打てるの? とか、多村? とか、知らない選手もけっこういたのでございます。でも、準決勝でかなり学習しました。韓国戦では福留のホームランから一気に日本ペースになったということで、お友達でマスコミドラゴンズ会の事務局長を務めるMさんもかなり興奮していたり、先述の栄ちゃんもブログに3日間続けてWBCのことを熱く書いていたりと、周りの同世代のおじさんたちも、今回はかなり盛り上がっているご様子。うちの夫も、おし、あと40分で始まるな、と何故かテレビの前でウォーミングアップをしている。ということで、私もこれから洗濯物干したら、ちょうどプレイボールくらいかも。

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2006年3月16日 (木)

早春のコート

 1日おきに寒くなったりあったかくなったり、雨もけっこう多いこの時期。寒くても、もうさすがに真冬用の厚手のコートや大きなマフラーは着られない。とはいえ、ひらひらの薄いコートにはまだちょっと早い気がする。というわけで、こんな時期にけっこう重宝するのがゴム引きのコート。薄手のセーターとか、カットソーにカーディガンとか着た上からはおり、首元にはコットンやシルクのマフラーをして出かける。夜になって冷えてくればコートのボタンをかけてきちんと前を閉めれば、ゴム引きだから風を通さないのでけっこうあったかいし、撥水性があるから雨でも平気。

 いま愛用しているのは、去年の秋に買ったイタリア製のボルドー色のゴム引きコート。ゴム引きは自分ではこれで2着目で、30代のときに着ていた1着目はイギリス製のオリーブグリーンのコートだった。あの頃(20代後半〜30代前半)は自分ではBCBG(ベー・セー・ベー・ジェー)風のスタイルがいいなあと思っていて、濃いめのオリーブグリーンが自分にはとても新鮮に見えたというか。とにかくそのコートは2シーズンくらいで内側に貼られていたゴムがぼろぼろとはがれてきたのでお釈迦になり、それ以来買ったゴム引きが去年のボルドー、というわけだ。ワイン好きだからボルドーというわけではけしてないんだけど。でも、茶色とボルドーの中間くらいの色が、けっこう気に入っている。ゴム引きコートといえば、マッキントッシュが有名だけど、マッキントッシュブランドのコートにはまだ無縁の私。

 ウールのコートに比べてシルエットもすっきりしているので、気分的にも重い冬物からちょっと軽やかになっていく気分になれる。ただ、走ったりして暑くなると(通気性は悪いので)背中にすぐ汗をかくのが難点といえば難点、かな。だからもうちょっと気温が高い日が続くと、もう着られないね。今年の桜の開花予想がでて、関東は今月の22日くらいから開花する予定らしいけど、夜桜はけっこう冷えるので、今月いっぱいくらいはまだ着られるかなあ、と思っている。

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2006年3月15日 (水)

最強イタリアワインの夜

 まだまだまだ春は名のみ。ゆうべも月が冴え冴えと光る寒い夜だったが、楽しみなワイン会があったので出かけて行った。場所は駒沢大学にあるイタリアンレストラン。ここで、シェフの料理に合わせてワイン商の川頭義之さんが厳選したイタリアワインを味わうという企画だった。川頭さんは最近、イタリアワインのワイン商として注目を集めている人で、昨年秋に『イタリアワイン最強ガイド』という本も上梓されている。

 前菜からメインまでの各料理に合わせた白3種類、赤3種類が登場。どれも2000円くらいのワインということだった。どちらかというと日頃は”赤好き”な私だが、昨日は白がどれもおいしくて、ちょっと開眼。とくに、ピエモンテ州のロエロアルネイス・レチット’04年と、トレンティーノ・アルトアディジェ州のソービニョン・ステルン’03年、というのが気に入った。ソービニョンブランという品種はなぜかいつもパッションフルーツの香りがして、不思議でおいしい。

 アルトアディジェ州のワインは初めてだった。イタリア北東部でオーストリアに隣接し、かつてはオーストリアに帰属していたのでドイツ語圏であり、イタリアの中でもかなり個性的な地域だそうだ。ワイン生産量はイタリア全州のうち18番目と少ないが、生産量に対するDOC比率が90%に近く、2位のピエモンテを10%も引き離しての1位ということで(全部、川頭さんの本からの受け売りです)、川頭さんは、これからのイタリアワインをリードしていく生産地の一つに挙げていた。アルトアディジェの人たちは春を迎えるこれからの季節に、ソービニョンブランと白アスパラを合わせて楽しむんだって。日本でいうなら春先にうどやこごみなどの山菜に地元の日本酒を合わせるみたいな感じかなあ。アルトアディジェの特産であるスモークした生ハム”スペック”もこれまた美味くて、野菜のマリネと一緒に食べるとソービニョンブランとよく合った。

 しかしかなり意外だったのは、日本ではいま洋食の中でもこれだけイタリアンレストランが幅を利かせているというのに、ワインに関してはフランスワインが依然、大きくリードしているという現実があることだった。つまり、名だたるイタリア料理店でもワインはフランスものを扱っているところが多いということだ。川頭さんはそんな日本のワイン市場に宣戦布告し、本当に美味しいイタリアワインを適正の価格でもっと普及させたいとがんばっている。これからあったかくなってくると、きりりと冷えた白が美味しくなるなあ。ワインショップでアルトアディジェの白にちょっと注目してみたくなった。



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ちょっとわかり辛いけど、外側がプロシュートで、内側がスペック。ニンジンや紫キャベツのマリネと合わせて。

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2006年3月14日 (火)

最果ての島から来た男

 先月のインタビュー取材のテープおこしを今頃やっと済ませ、原稿書きにとりかかっている。外国の方なので来日のスケジュールに合わせて取材をしたのだが、雑誌への掲載は4月売りの号なので、これから入稿というわけである。
 その人は、スコットランドの西側にあるインナーヘブリディーズ諸島のスカイ島からやってきたチャーリーさん。スコッチウィスキー「タリスカー」の蒸留所・所長さんだ。ウィスキー、特にモルトウィスキー好きならご存知だと思うが、スコットランド北部・西部の魅力的なウィスキーを産出する島々は”アイランズ”と呼ばれていて、スカイ島はその中でも最大の島。創業175年の歴史を持つタリスカーは島で唯一の蒸留所だ。
 お会いした日のチャーリーさんの出で立ちは、鮮やかなグリーンのタータン・キルト(チェック柄のスカート、ですね)にハイソックス、ジャケットにポシェットのようなバッグ、という堂々たるスコッツマンの正装。まるで、ナイトの称号を与えられたときの式典に現れたショーン・コネリーのように素敵だった。ジャケットの袖口の折り返し部分に飾りボタンがたくさんついていたり、おしゃれな石飾りのついたナイフをソックスにはさんでいたり、ファッションのこともいろいろと聞きたかったが、テーマはウィスキーの話だったし、時間もないのでそのへんは自粛した(残念)。
 スカイ島はスコットランドの本土と細い水路で隔てられていて、昔に比べるといまでは橋もできてアクセスはよくなったものの、未だに本土の人々から”人里離れた場所”というイメージを持たれているところらしい。本土から車で行っても自動車専用道路はないし、道に羊が寝ていることもしばしば。ごつごつした尖った岩の複雑な海岸線と、なだらかな丘、そんな対照的な地形を備えた島の西岸にぽつんと蒸留所がある、んだって......あ〜、そういうところにのんびり行ってみたーい。
「スカイ島に行って、そこに住んで、風景や地形が全部頭の中に入っている人なら、他のどこの場所にいても、目を閉じてタリスカーを飲めば頭の中に島全体の風景が浮かんできますよ」というチャーリーさん。ウィスキーは人の心を故郷に運んでくれるような、そんな力を持っている飲み物だという。着ているものだけでなく、発せられる言葉の一言一言の素敵さも光ってました。

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ラベルにはスカイ島の島影が......

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2006年3月13日 (月)

感劇話その15 江戸でも女は強し

 そういえば、先月観た文楽公演の3部のことを書いてなかったのを思い出した。というのも、週末にそれがBSで放送されていて(短縮版だったけど)、ついまた観てしまったりしたからだ。『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)』は近松の世話物の中でも傑作といわれる『心中天網島』をベースに作られているもので、いわゆるフツーの世話物の”心中もの”に比べて、夫とその恋人である遊女、そこに妻までも加わった複雑な三角関係の話。複雑な、というのは単なる関係性のことではなく、それぞれの当事者の絡み合う思いの複雑さ、ということだ。

 この場合は、妻と遊女の思い、二人の義理の対決が濃く描かれている。妻は遊女に、夫と別れてほしい旨の手紙を送る。すると遊女はその思いを受け、3年間なじんだ夫に愛想尽かしの芝居を打って別れようとする。あっさりだまされ、”こんな狸にだまされた〜!”といって激怒し、遊女に悪態ついて見限る夫のあさはかさというか、情けなさ。しかし、そんな遊女の行動を聞いた妻は、遊女が死ぬつもりだと察知し、自分のせいで彼女に死なれては義理が立たないといって、今度は夫に、遊女を身請けしてくれと頼み込み、着物や簪を打って金を作ろうとする。そして自分は、遊女を受け入れた家で、乳母か飯炊きになろうとする......。結局、その妻の思いを知った遊女と夫は心中するわけだが、最後も二人同じ場所で死んだのでは妻に義理が立たないとして、別々の場所で最期をむかえる。

 見どころはやっぱり妻と遊女の義理の対決で、夫の治兵衛は道化回しみたいな感じ。観ている側からしても同情の余地もなく、ただただ情けない。近松の心中ものの男の典型的なタイプで、ほんとにこういう情けない男を書かせたらサイコーだ。しかし女性同士の意地というか、義理をそこまでたてようとする思いは、時代が違うせいかちょっと理解しづらい感じもある。江戸時代なら本妻の地位は今よりもっとゆるぎないものではないのかと思うのだが、そうでもないのかな。なにも乳母か飯炊きにならずとも......。

 今回の配役は住大夫の語りに、人形は中堅組といわれる桐竹勘十郎、吉田玉女、吉田和生の3人そろいぶみで、そこに途中から妻役の蓑助さんが加わってますます見応えが増していた。テレビは劇場のライブ感とはまた違うものの、かなり寄ったアップの映像も出てくるので、それはそれでおもしろかった。人形の表情の変化(ほんとに表情豊かなんだよね〜)とか、人形遣いの微妙な動きをじっくり観られるのは楽しい。

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これが、情けないオトコの治兵衛さん

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2006年3月12日 (日)

ぽかぽか週末

 薄手のコートでも歩くとちょっと暑くて窮屈に感じられるくらいの陽気だった土曜日。打ち合わせで午前中から自由が丘へ。相変わらず人が多かった。帰りに電車の窓から見える多摩川べりも、草や木がちょっとずつ萌え〜な感じになってきてるみたいだ。私は花粉症にはいまだなっていないけれど、花粉が飛んでいるのを身体がキャッチしているのか、顔がかゆい今日この頃。

 週末に家族でお出かけ中、といった感じの親子と道ばたですれ違ったとき、その会話がふっと耳に入ってきた。男の子は小学校低学年という感じで、お母さんは確実に私より若そう。お母さんの手をしっかり握りながら、男の子がこう言った。「1年がたつのって、あっという間だねー!」私の聴覚センサーはこれをしっかりチェック。え、そういう台詞をこんな若い子が......? 

 よく、歳を取るほどに1年が過ぎるのがほんとうに速く感じられる、といわれる。たしかにそうだと思う。子供の頃は1年はそりゃ〜長かった。のに、今じゃ、1週間、1ヶ月、半年、1年がほんとうにあっという間だ。こないだ一緒に仕事したカメラマンさんは、その理由はこういうことなんだといっていた。たとえば8歳の子供の1年は、8年の人生の中での1年だから、8分の1、それに対して40歳の人間にとっての1年は、40年過ごした人生の中の1年だから40分の1、というわけだから、年を重ねるごとにどんどんどんどん1年という時間が短く感じられる、ということらしい。彼も、誰かからの受け売りだといっていたけど。なるほどなあ〜と、妙に納得した私。

 それなのに、その7歳くらいの男の子は「1年はあっという間だ」という。それって一体......。まあ、彼にとっては、その前の1年よりもこの1年のほうが短かった、というのはさっきのカメラマンの説で言えば間違いじゃないのかもしれないけど......。子供のくせに老成しすぎ? 充実しているほどその時間は長く感じられるもので、オトナになるほど人生における充実度が低くなって、それで時間が短く感じられるのだ、という人もいるようだけど、いまの子供の世界もおもしろいと感じられることが少なくなっていて、充実感がオトナのように希薄になっているということなんだろうか。なわけないか......みたいなことを考えながら、帰って洗濯物を干した。これからは洗濯物が乾くのもどんどん早くなる、嬉しい季節。

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最近、HGにはまっている(?)14歳のこのお方にとっての1年は、どのくらいなんだろうか。

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2006年3月11日 (土)

三谷な日

 これは昨日(金曜日)の話。次の取材のアポ確認やらスタイリストさんやらヘアメイクさんやらとの電話連絡をしたり待ったりしながら、気がつけば昼になり、新聞によればトーク番組に三谷幸喜が出るというので、チャンネルを合わせた。NHKの番組なので主に三谷氏自身が今回の大河ドラマに役者として出演していることに焦点をあてて話が進み、あとのほうでは公演中のパルコ歌舞伎の話も出ていた。どうやら世間の評判はよさそうで、知人でもある歌舞伎評論家O氏の評判もかなり高かったと聞いた。私も、できればもう1回くらい観たいもんなあ......、たぶん無理だけど。

 最後に、「歌舞伎の次なる目標は?」と聞かれた三谷さんは、文楽にかなり興味をもっているというようなことを言っていた。三谷さんの話を要約すると、人間がやっている芝居の場合は、死ぬシーンでも所詮はお芝居の中のことだという気持ちをもって見てしまいがち(つまり、本当に役者が死ぬわけじゃない)だが、人形の芝居は、死ぬと本当に人形から魂が抜けて”死んだのだ”と認識できるのだという。そのあたりに人形を遣う芝居のおもしろさを感じているのだとか。

 なるほどなーと思った。文楽の人形は、人が遣うことで、ときに人間よりも人間らしい動きや表情を見せるといわれることがある。そして、人形が死ぬシーンになると人形遣いさんたちもその人形から手を話して舞台から消え去り、素の”人形”だけが残されるので、それまでとは違って本当に魂が抜けていったみたいに感じられる......三谷さんが何回くらい文楽を観ているのかわからないけれど、さすがに目の向け方が鋭いなあと思った。今回の歌舞伎の素晴らしさを考えてみても、三谷幸喜が文楽の脚本・演出を手がけたらどんなふうになるんだろうと思うと、とても興味津々。文楽ファン&三谷ファンの私としては、ぜひぜひ一度トライしてほしいなあと切に思った。

 その後、夕方の用事まで時間があいたので、映画『THE 有頂天ホテル』を観に行った。去年珍しく前売り券を買っていたにもかかわらず、気がつけばそろそろ上映も終わりの時期に近づいていたのでアセり始めていたところだったが、ついに行けて、ほっ。公開直後は列ができるほどだったらしいが、さすがにもう終わりに近いということで、客席はまばらで、落ち着けてよかった。

 で、映画のほうはたしかに面白くてよくできているなと思ったんだけど、私としては、なにしろ数日前にパルコ歌舞伎の『決闘! 高田馬場』の面白さに感激してからまだ日が浅かったせいか、パルコ歌舞伎で味わったほどの盛り上がりを感じられなかった、というのが正直な気持ちだった。歌舞伎より先に見ていたらたぶん、おそらく、ぜんぜんそんなことはなかったんだろうと思うのだけれど。これはもう本当に、自分の気持ちのスタンスというか状況の問題で......不思議なものですね。もしかしたら、あとからじわじわと感じられて来るものもあるのかもしれないけど。でも、佐藤浩市と伊東四朗は相変わらずいいなあと思いました。あとはアヒルのダブダブ、名演技なり。

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2006年3月 9日 (木)

3年半前のボトル

 日中は出まくるゲラの校正をしつつ、夕方は打ち合わせ。昨日は打ち合わせが思いのほか早く終わったので、20年以上通っている渋谷のバー、”G”へ寄った。社会人になってから通い始めた店で、ロックやAOR、ブラックコンテンポラリーなどをかける。今でも、昔と同じアナログ盤でかけている。そこでかかる曲が大好きで、25歳〜30歳過ぎまでは、まるで放課後の部活のように、仕事帰りにほとんど毎日のように通っていた。20代の頃は、終電くらいまで仕事をしたときでも、それから立ち寄って1、2杯飲んで帰ったりしていた。それでも翌朝しゃんと起きて仕事に行ったりしていたもんね。今じゃ考えられないけど。

 もともと音楽が好きだったけれど、ナイトフライトやネッド・ドヒニーなんかはここで覚えて好きになったし、お店の人や常連のお客さんなど、たくさんの友達もできて、それがいまの仕事につながっている部分も多い。行けば誰かしら知り合いに会えたりするので、一人でも行けたし。大げさにいえば、20代の青春はほとんどこの店に注ぎ込んだといってもいいかもしれない、かな。まあそれくらい、よく飲んだし(ボトル何本入れたんだろう、数えたことないけど)、私にとっては大切な、身内同然のような感覚の店だ。

 それでも、結婚して多摩川を越える場所に引っ越してからは、さすがにしょっちゅうは行けなくなった。歳を取ってきたせいもあるけれど、今では2週間に1〜2回、月に多くて3〜4回という感じで、しかも行くのは主に仕事が早く終わったとき。遅い時間にはめったに行かなくなった。昔は深夜2時半の閉店までねばっていたりしたものだけど。これも月日の流れだろうか。

 昨日は10日ぶりくらいだった。最初にエビスを飲み、そのあとで何故だか久しぶりに無性にバーボンが飲みたくなったので、どえらい昔にキープしていたはずのハーパーがまだ残っているか、ダメもとで店長のイシカワさんに聞いてみると、なんと、棚の奥からほこりをかぶった私のハーパーが出てきたではないか。ハーパーは、私が社会人になって初めてのお給料で初めてボトルキープというのをしてみたバーボンだ(たしか80年代半ば頃って、バーボンがブームだったような気がする)。以来、”G”で飲むときはいつもハーパー。たまにターキーとかジャック・ダニエルとかフォア・ローゼズに浮気したことはあったけれど、気がつくとまたハーパーをキープしていた。それが、数年前からなんとなくバーボンから気分が離れ、イモ焼酎とかワインとかを飲むようになり、いつしかよその店でもウイスキーならシングルモルトなんかを飲むようになっていた。

 それなのに何故だかゆうべはバーボンな気分が呼び起こされて、たしか昔入れたボトルがまだ残っているのでは......と思い出したので、聞いてみたら、お店ではちゃんととってくれていたというわけで、これにはいたく感激した。ラベルを見てみると、有効期限が2003年4月末、とある。えーっ! ちょっと前だと思っていたけど、そんなに前だったとは......申し訳ないやらうれしいやら。捨てられていても仕方ないと思っていたのに、イシカワさんにいわせれば、「捨てるわけないでしょ」、だって。ありがたやありがたや〜(涙)、合掌。通常、店ではボトルキープはたしか半年間のはずなので、逆算すると、入れたのは2002年の10月頃、ということになる......3年半前のキープボトルだよ。ほんとに、しば〜らく飲んでなかったんだなあ、バーボン。

 2002年、日韓ワールドカップの年の秋、なにしていたっけなあ、などと思いながら飲んだ久々のハーパーは、なんだか昔の印象よりも甘く、香ばしかった。そこから音のほうは、アラン・パーソンズ・プロジェクトやELOの「テレフォン・ライン」なんかが流れてきて、ますます気分が心地よ〜くほぐれてしまったのでありました。果たして、”バーボン飲み”復活となるのだろうか。

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2006年3月 7日 (火)

ご長寿バンザイ

 うちのご長寿さんはワラビだけではない。たしかワラビと1〜2歳しか違わない、シクラメンがいる。実家の母は毎年冬になると知り合いの農家さんからシクラメンを2〜3鉢買うのだが、それをときどき私のところにも分けてくれる。たいていは花が終わると枯れていたのだが、13〜14年前にもらったシクラメンが、どういうわけかまだ元気で、毎年花をつけているのだ。その1年後にもらったものと並んで、2つともまだまだ元気。毎年、それを母に話して写真を見せたりするとかなり驚かれる。

 鉢植えを枯らす名人の私にしてみれば、これはかなり驚異的なことなのだ。春になると花が終わり、葉も次第に少なくなっていくのだが、水だけはやり続ける。鉢の底の水が切れたら、水を入れる。それを続けているだけだ。あとは、外には出さずに、朝必ず日が当たる出窓のところにずっと置き続けているだけ。これまでに1度か2度、栄養剤を与えただけ。最初に比べて花の大きさはちょっと小さめだし、量も少なめになってきているものの、ちゃ〜んとピンクの花が開く。毎年冬になり、つぼみがふくらんでいるのを確認すると、やったー、と思うと同時に、その生命力の強さに感心させられる。

 14年前といえば、まだ夫に出会う前だ。そう、私はワラビとシクラメンを引き連れて結婚したのでありました。今年はちょっと遅めで、2月から花が咲き、今もまだつぼみをたくさんつけている。朝、この小さいピンクの花を見ると、いらいらしていたことも忘れてほっとやさしい気分になる。来年も再来年も、ずっとずっとがんばってほしいなあ。

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手前が14歳。奥が13歳。

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2006年3月 6日 (月)

感劇話その14 渋谷で歌舞伎、走る!

 渋谷パルコ劇場でPARCO歌舞伎『決闘! 高田馬場』を観てきた。原稿出し終わった翌日で、1日中ダラダラ、眠い目をこすりながら公園通りに向かったが、舞台の幕があけたら一気に覚醒した。なにしろ、ぜんぜんチケットがとれなくてあきらめていたところに友人から「あらゆる手を尽くしたらだぶってとれてしまい、2枚あるんだけど、行かない?」との連絡(とれる人はとれるものなんですねー)で、私にとっては、”一気に地獄から天国に引き上げていただきました〜”、というプレミアチケットなんだもん。友人編集者Sを誘って行った。

 観に行けただけでもありがたいというのに、席は前から6列目。役者たちがすぐ目の前であった。話は、赤穂浪士の一人である堀部安兵衛がまだ中山安兵衛と名乗っていた頃、叔父の果たし合いに助太刀として参加したとされる”高田馬場の決闘”をモチーフに、酒浸りで自堕落な日々を送る安兵衛が幼なじみの諌めによって喚起し、高田馬場へ向かって疾走するところまでを描いている。

 三谷幸喜が初めて手がける歌舞伎ということで興味津々だったが、彼の持ち味である言葉と間のおもしろさは健在。歌舞伎ならではの型や見せ場もしっかりあって、動きのある、軽快な舞台だった。染五郎は美しく、タスキがけの所作なども鮮やか。亀治郎は相変わらず達者で、今年の新春浅草歌舞伎で魅せてくれた六変化を思い出させるような早変わりも楽しめた。勘太郎も存在感あったし、脇を固める役者さん(市村萬次郎、市川高麗蔵、澤村宗之助、松本錦吾さんといった方々)もみんな味わい深く、息もぴったりだったと思う。廻り舞台を生かした演出、カーテンのようなブレヒト幕による場面の切り替えなどが効果的に使われていて、飽きさせない。うーん、楽しかった。

 場内は、パルコ劇場はきっと初めてだろうというような歌舞伎ファンの人たちと、歌舞伎なんてまったく観たことがないという人たちが入り交じっていた感じだったけど、どちらもちゃんと楽しめる舞台だったんじゃないかなと思います。私は普段、文楽以外ではあんまり舞台のパンフレットを買わないのだけれど、ゆうべは久々に買ってしまいました。これから行かれる人は、ぜひ期待してください(してるよね)。

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パンフの写真、デザインもなかなか楽しめます。

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2006年3月 5日 (日)

春の香り満載

 昨日は夕方6時前に最後の原稿を編集者に送り、ほっとラクな気分になって、7時過ぎから夫と「金田」へ行った。仕事明けのビールはやっぱおいしい。月も変わって春らしいメニューがいくつか顔を出していた。その中から、山菜の盛り合わせを注文。

 こごみの胡麻和え、わらびの白和え、ふき味噌、行者にんにくの酢味噌和え、山うどの酢味噌和え、菜の花のおひたし、の6品がちょこちょことお皿の上にのっている。とくに、ふき味噌のえぐみのおいしさ、春だね〜って感じ。芽吹いて成長していく植物のエネルギーが充満しているえぐみだ。山うどもちょっとアクがあってサクサクで、こごみは鮮やかな緑色でシャキシャキ......シアワセな一皿。アクやえぐみのおいしさなんて、20代の頃にはぜんぜんわからなかったけどね......。口の中ではすっかり春を満喫した夜でした。

 まだ外の空気は冷たいけれど、3月になって、少しずつだけれど着実にあたたかくなってきている。やっぱり季節って時間に忠実なんだなあ。今朝は部屋の中に避難させていたハイビスカスの鉢をベランダに出した。

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うれしくて、撮るより先に少し食べてしまいました......。真ん中がふき味噌、「金田」の自家製なり。

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2006年3月 4日 (土)

晴れて気持ちいい

 原稿、残すところあと1ページのところまできました。しかし、書き出しにちょっと煮詰まったので、気分転換にブログ書いてます。私の場合は、煮詰まると机を離れてお茶を入れたり、トイレに行くとかして、ちょっと動くと「あ、」と次の文章が浮かんできたりすることが昔から多々ある。歩くことで脳が活性化するという話を聞くが、きっとそういうことも関係しているのかなあと思う。

 パソコンの画面をにらんで、あーでもないこーでもないと文章をこねまわしていても何も出てこないのだが、粘るのをやめてちょっと他のことをしたりすると、意外といい結果が得られたりするわけだ。でも、脱線しすぎるのもダメだけどね。もちろん、簡単には何も出てこないことも、あるし。

 今朝も起きたらあまりに天気がいいので、洗濯を2回して、掃除機までかけてしまった。たまった洗濯物や床にころがるホコリを見ているよりも、すっきり気分になったほうが、今日の作業がはかどるかなあ、とか思って。でもそういうのも、はりきりすぎて疲れてしまって、本番の原稿書く段になったら眠くなってしまうこともあったりする。バランスというか、兼ね合いがむずかしい。何年もこういうことを続けているわけです。でも、担当編集者が知ったら怒っちゃうかもね。そんなことしてる時間があったら早く原稿送ってくれ、とかって。とにかく、原稿終わらないと楽しい週末もやってこないから、戻ってあとひと息がんばろーっと。

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2006年3月 3日 (金)

久世光彦さんのこと

 原稿書きは続いている。昨日も朝、洗濯した後ずっとマックにへばりつき、夜まで作業。夜は追加取材みたいなものが入ったので麻布まで出かけて行ったけれど、ずーーっと座ったままでまた腰が痛くなってきていたので、外出して歩いたおかげでラクになった。原稿は半分くらいまできたので、あともう少し。今日も気合い入れてがんばろー、と思ったところに、朝、ショックなニュースが流れた。3月2日、演出家の久世光彦さんが亡くなったという。前日までお仕事されていたそうだ。しばらくぽかんとなってしまった。

 久世さんには3回ほどインタビューをさせていただいたことがある。初めてお会いしたのは「フラウ」の取材で、15年くらい前だったと思う。私は久世さんや向田邦子さんの大ファンなので、初めてのときは一方的に超キンチョーした。赤坂のカノックス(久世さんの事務所)で、久世さんは取材直前までソファに横になっていた。たぶん徹夜明けとかだったんだろう。起き上がった久世さんの顔はちょっと目の回りにメイクをしているような感じがしたけど、とにかくキンチョーしてそのことについては何も聞けず仕舞いだった。

 最後にお会いしたのはたぶん6、7年くらい前。月刊「文藝春秋」の取材だった。久世さん行きつけの赤坂TBS近くの書店で撮影をした。その頃の久世さんはもう小説家としても活躍されていて、当時は江戸を舞台にした時代ものを書き始めていた頃だった。ちょうど自分の小説が掲載される文芸誌の発売日だったので、それを書店で買って私にプレゼントしてくださったのだが、自分の作品の掲載ページをパラパラとめくり、途中にカラー広告が挟み込まれているのをみつけると、「こんなことができる神経がわかんねえんだよなあ」とつぶやいて、その場で広告をビリビリと破り捨てて、「はい」と、本を私にくれた。撮影中の雑談で、『キツイ奴ら』はぜったいにビデオ化してほしい、というと、「あれ、だめなんだよなあ〜」といいながら笑っておられた。いろんなことが頭の中をよみがえる。まだぜんぜん整理できないけど。

 『キツイ奴ら』は結局、ファンの強い要望で去年、DVD化された。そういう斬新な作品も、久世さんの真骨頂ともいうべき昭和の下町を舞台にした家族ドラマも大好きだ。最近も、『センセイの鞄』、『向田邦子の恋文』、『夏目家の食卓』、全部見た。久世さん演出の向田邦子ドラマも、もう見られないのか。先月の高田喜佐さんに続いて、また大好きな人が亡くなってしまった。でも、気落ちしてもぽっかりしても日々の仕事は続く。久世さん、素敵なドラマをほんとうにたくさんありがとうございました。

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2006年3月 2日 (木)

ようわからん

 とりあえず差し入れ原稿をやっつけて日付が変わった頃に編集部に送った。神田うのちゃんの差し入れインタビューの原稿をまとめたわけだけど、テープおこしを見ながら、最近気になっていたこととダブる話があったので、ここでちょっと書くことに。差し入れの原稿とは関係ない話だしね。

 というのも、うのちゃんは最近、ストッキングやらウェディングドレスやらジュエリーのデザインも手がけたりしていて、今やタレントのみならずデザイナー、クリエイターとして活躍しているわけだけれど、そんなうのサマのストッキングをこよなく愛するファンの女性たちから、しょっちゅうこんな質問をされるんだって。「うのちゃんのデザインしたストッキングをどんな服に合わせていいかわかんないので、教えてほしい」......正直、びっくり。ストッキングだろ、そんなこと自分で考えろよ! とか、意地悪なオバサンの私は言ってしまいそうになるけど。それでうのちゃんは、ストッキングのパッケージの裏にコーディネート例とかを書いてあげたりしているらしい(なにしろ、私はうのちゃんのストッキング、手にしたことないもんでよくわかりません)。すると、「普通のコーディネート例じゃなくて、うのちゃんの私服で全部やってほしい、私服のコーディネートが見たい」という次なるお声が殺到している、のだとか。「そういうご要望がすっごい多くて......」と、うのちゃん。やれやれ......ファンの子にしてみれば、大好きなうのちゃんの着ているものを全部真似したい、ってことなんだろう。

 前に小学館の編集者から、今をときめく「CanCam」モデルのエビちゃんが雑誌のグラビアで身につけた洋服や小物がものすごい勢いで売れる(まったくおんなじ商品が)、という話を聞いたことがあった。ヘアスタイルから着るものから、何から何まで全身エビちゃんにしても、自分はエビちゃんになれるわけではないだろうに......そういうことをする女の子たちの心理がいまいちわからないと思った私。うのちゃんのファンの子の話も、これとおんなじなわけだ。

 そりゃ、私だって大学生の頃、雑誌で見てカッコいいと思ったセント・ジェームスのボーダーシャツとか、エスパドリーユとか、真似して買ったよ。でも、誰かと全く同じにしたいとは、ぜったいに思わなかった。むしろ、同じ大学の女の子たちがみんな「JJ」ファッションだったから、ぜったいにそれだけは真似したくない、とか思っていたほうだった(だいいち、チビの私にはJJのようなニュートラは似合わなかったしさ)。20代の頃からの友達で、古着やデットストックもののショップを経営している栄ちゃんの話を聞くと、「自分たちの20代の頃は、人と同じ格好はぜったいしたくない、自分でカッコいいものをみつけてきてやる、みたいな気持ちがあったけど、いま店に買い物に来る若者たちには、そういう人は少ないみたい」のだそうだ。うーん。

 そっくり誰かの真似をするというのは、みんなと同じ格好することで安心感を得られるということなんだろうか。いちいち自分であれこれ考えるのが面倒くさいのかな。流行やトレンドのエッセンスをどこかに取り入れる、というのはぜんぜんアリだと思うけど、そっくり真似する、というのは一体......。でもまあ、ほんとによけいなお世話です。どうでもいいことだし、知ってどうする、って感じもするんだけど。なんか最近そういう話が多くて、そのへんがようわからんので書いてしまいました。でも、最初は全身真似っこでも、そこをとっかかりにして徐々に自分なりの着こなしを工夫して楽しめるようになるなら、それはそれでいいのか......、って何がいいたいんだろう私は?

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2006年3月 1日 (水)

夢は五臓の疲れ?

 今週は週末の締め切りに向けて原稿書きウィーク。にもかかわらず、ゆうべは前からチケットを買っておいた花緑さんの独演会に行ってきた。六本木にある麻布区民センター。寄席ではないが、300人強くらいのこじんまりしたホールで、落語を聞くには手頃な空間。
 演目は『平林』と『ねずみ穴』。『ねずみ穴』の舞台、深川蛤町は今の江東区門前仲町にあたる場所で、そういえば山本一力の『あかね雲』の舞台も門前仲町だった。花街もあり、裕福な商人もいて、活気にあふれた地域だったわけで、『ねずみ穴』はそんな町を舞台にした商人の兄弟の話。江戸情緒たっぷりだ。深川蛤町という名前からして、なんか風情を感じられていいよねえ。昔はそんな粋な地名がたくさんあったんだよな......。
 『ねずみ穴』のストーリーは長くなるから書かないが、”夢”が出てくる話で、「夢は五臓(土蔵)の疲れだ」が、下げ。”下げ”とは、落語の最後の言葉で、いってみれば落ち、みたいなものですね。ここでは、話の中で火事で焼けてしまう土蔵と五臓をかけているのだが、「夢は五臓の疲れ」というのは昔から言われていたことらしい。夢を見るのは、どこか内蔵が疲れているのが原因ということだ。私は毎晩のようにいろんな夢を見るけれど、どっか内蔵が具合悪いのだろうか。そんなこといったら、子供の頃から夢は見ているから、ずっとどっか具合悪いのだろうか、なんてね。
 でもまあ、原稿書く前にインタビューを録音したはずのテープに音が入ってないことに気がついて凍り付くとか、電車を乗り間違えて取材場所に辿り着けないとか、そういう夢はよく見るので、それは内蔵ではないけれど、疲れというかストレスというか、何がしか健康を害している要因があって夢を見ているということはいえるのかも。
 終演後、江戸情緒の余韻を引きずりながら外の世界に出ると、六本木の喧噪と光り輝くネオンの渦。一瞬、自分がどの時代のどこの国にいるのかわからなくなってしまった。

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うーん、このチラシの似顔絵は似ているのかなあ......?

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