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2006年3月13日 (月)

感劇話その15 江戸でも女は強し

 そういえば、先月観た文楽公演の3部のことを書いてなかったのを思い出した。というのも、週末にそれがBSで放送されていて(短縮版だったけど)、ついまた観てしまったりしたからだ。『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)』は近松の世話物の中でも傑作といわれる『心中天網島』をベースに作られているもので、いわゆるフツーの世話物の”心中もの”に比べて、夫とその恋人である遊女、そこに妻までも加わった複雑な三角関係の話。複雑な、というのは単なる関係性のことではなく、それぞれの当事者の絡み合う思いの複雑さ、ということだ。

 この場合は、妻と遊女の思い、二人の義理の対決が濃く描かれている。妻は遊女に、夫と別れてほしい旨の手紙を送る。すると遊女はその思いを受け、3年間なじんだ夫に愛想尽かしの芝居を打って別れようとする。あっさりだまされ、”こんな狸にだまされた〜!”といって激怒し、遊女に悪態ついて見限る夫のあさはかさというか、情けなさ。しかし、そんな遊女の行動を聞いた妻は、遊女が死ぬつもりだと察知し、自分のせいで彼女に死なれては義理が立たないといって、今度は夫に、遊女を身請けしてくれと頼み込み、着物や簪を打って金を作ろうとする。そして自分は、遊女を受け入れた家で、乳母か飯炊きになろうとする......。結局、その妻の思いを知った遊女と夫は心中するわけだが、最後も二人同じ場所で死んだのでは妻に義理が立たないとして、別々の場所で最期をむかえる。

 見どころはやっぱり妻と遊女の義理の対決で、夫の治兵衛は道化回しみたいな感じ。観ている側からしても同情の余地もなく、ただただ情けない。近松の心中ものの男の典型的なタイプで、ほんとにこういう情けない男を書かせたらサイコーだ。しかし女性同士の意地というか、義理をそこまでたてようとする思いは、時代が違うせいかちょっと理解しづらい感じもある。江戸時代なら本妻の地位は今よりもっとゆるぎないものではないのかと思うのだが、そうでもないのかな。なにも乳母か飯炊きにならずとも......。

 今回の配役は住大夫の語りに、人形は中堅組といわれる桐竹勘十郎、吉田玉女、吉田和生の3人そろいぶみで、そこに途中から妻役の蓑助さんが加わってますます見応えが増していた。テレビは劇場のライブ感とはまた違うものの、かなり寄ったアップの映像も出てくるので、それはそれでおもしろかった。人形の表情の変化(ほんとに表情豊かなんだよね〜)とか、人形遣いの微妙な動きをじっくり観られるのは楽しい。

NEC_0227

これが、情けないオトコの治兵衛さん

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