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2006年1月 6日 (金)

感劇話その10 狂言で笑初め

 国立能楽堂に、茂山家の新春狂言を観に(聴きに)行ってきた。京都を本拠地とする茂山家の狂言は、5〜6年前に若手の人たちが「花形狂言少年隊」というユニットを結成して新しいチャレンジをしていた頃に1、2度取材したことがあり、それ以来時々公演にも足を運んでいたが、考えてみたら今回は数年ぶりだった。取材当時二十歳前後だった逸平くんや童司くんもすっかり堂々たる一人前の狂言師という感じになっていて、なんか月日の流れを感じてしまいましたが。

 今回は年の初めということで、茂山家本家で毎年1月4日に行われているという「舞初式」の再現で始まった。1人か2〜3人ずつ順番に神様にお参りした後、舞と謡を披露する。もちろん、同じ狂言師でも流派や家によって、新年の過ごし方はそれぞれに違うらしいけど。舞初式の後は新春トークなるものが15分くらいあったが、能舞台の上に座ったままで行われる二人のかけあいは、新手の漫才みたいでちょっと新鮮。その後は新作も含めて3つの演目が行われた。新作は元気な爆笑モノだった。

 茂山狂言は私の中では野村家と並ぶ大好きな狂言。言葉もはっきりと聞き取りやすいし、ひょうひょうとした語りが味わい深くて、何気ない受け答えの台詞にすら、笑いを誘われる。今回は「柑子」という演目がいちばん気に入った。柑子(こうじ)はミカンの一種。主人から預かった3つの柑子を、例によって太郎冠者が勝手に食べてしまい、その言い訳をするという単純な話だが、言い訳の内容がばかばかしい。1つめ、2つめの柑子を食べた理由もそれぞれこじつけで、3つめの柑子に至っては、1つだけ取り残されているのはかわいそうだからという理由でちゃっかり食べてしまう。

 笑えるのは、その3つめの柑子の気持ちを、3人で島流しにされたのに最後に1人だけまた取り残される俊寛僧都の気持ちになぞらえて、いったん主人をしんみりとさせるあたり。なんでミカンの話に俊寛様まで出てくるのか。とっても大げさなんだけど、どこかでなるほど、そうきたかという感じにもさせられて小憎らしい。俊寛の話は「平家物語」に出てくることから、平家の邸宅があった六波羅と腹をかけあわせて「柑子を六波羅(腹)に無事納めた」という洒落まで出てくる。いっぱい笑えて、顔もほぐれたし、いい笑い初めでした。

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