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2005年9月18日 (日)

辻堂の双雲さん

 ヘコんでいても締め切りは待ってくれないので月末に入稿する原稿の準備を少しずつ始めることにした。というのも、来週数日都心から離れるので時間がたっぷりあるというわけではないし。
 まず『和楽』の対談原稿を進めるべく、テープおこしの原稿を読み始める。今回のお相手は書道家の武田双雲さん(30歳)。いま話題の新進気鋭の書道家だ。数々のコラボレーションなどユニークな活動が話題になっていて、最近では映画『北の零年』の題字を書いたことでも知られる。取材日は8月下旬、場所は武田さんのお宅がある辻堂だった。あの日もものすごい猛暑だったなあ。原稿を読みながら、あの日の辻堂の強い日差しが強烈に頭の中に甦ってきた。
 駅で武田さんと待ち合わせ、車2台に分譲してお宅に向かう途中、先導する武田さんの車が停まった。「せっかく辻堂に来たんだから、まずはこの海を見ていってください」と、武田さん。気がつくと、道路の前に海が広がっていた。周りには水着姿の親子、サーファー、そしてサザンが流れる海の家。典型的な湘南の夏のシーンが全開バリバリだった。焦げ付きそうな日差しの下で、スタッフ全員で海をみつめること数分。水平線を目の前に、左手に江ノ島を見たのは、考えてみたら学生時代以来だったかも。烏帽子岩もくっきり見えた。こんな所にはTシャツと短パンで来たいよなあー、と、ふと横を見ると、カメラマンの福岡さんはアロハに短パン、そのものズバリのいでたちだったので吹き出した。ビーサンまで履いている。仕事だろ。でもそのあたりが彼らしいといえばらしいのだが。
 お宅は築数十年の日本家屋。庭には百日紅やら紅葉やらいろんな樹木が生い茂り、和の佇まい溢れるお家だった。書道教室に使っているという部屋で小松さんとの対談開始。周りの机の上に半紙や墨汁が無造作に置かれていたり、壁に書道教室の生徒さんたちの書や写真が飾られていて、子供の頃に通った書道教室のことを数十年ぶりに思い出してしまった。私が通っていたのは町の集会所みたいなところでやっている教室だったなあ。いろんななつかしい気持ちがフラッシュバックしながらの取材。終了後は武田さんおすすめのお店でシラス三昧のランチを食べて帰ってきた。
 今、武田さんは数多くのテレビやメディアで紹介されていてものすごく忙しそうだが、基本はあくまでも週4日行なっている書道教室だというのが、ちょっと意外な気もした(いい意味で)。生徒さんの中には京都から通ってくる人もいるという。昭和30~40年代の日本の家の雰囲気そのままのお家と、猫や蛙の集会所にもなっているあの庭がある場所で毎日書いていることが、いい意味ですごくつながっているんだろうなと思っていたら、まもなく引っ越さなければならなくなって、近くに新居を建てていらっしゃるのだとか。8月に待望の第一子が誕生したことが予想以上の感動で、いまは人生や書に対する考え方がどんどん変わってきているという双雲さん。新天地に移って、彼の書もこれからまたさらに変わっていくのだろうか。ハートの熱い武田青年。さすが火の国熊本県人は熱い。同じ九州でも、無気力といわれる大分県人の私とは人種が違う感じがしたよ。

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