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2005年9月26日 (月)

タイムマシンにお願い

 台風の風を気にしつつ、昨日、九州から戻ってきた。夜は近所の寿司屋で食事。出張とか旅から帰ってくると、なんとなくここのお寿司が食べたくなる。常連さんのおじさんと久々に顔をあわせた。おじさんいわく、「いま、ホーキング博士が研究しているのはタイムマシン」なのだとか。理論的には可能らしいよ、とおじさんはいう。本当だろうか。もしも本当にタイムマシンが実現できたら、どの国のどの時代に行ってみたいか、なんていう夢の話でちょっと盛りあがった。
 実家に帰っている間、1日だけ夜に時間がとれたので、中学高校以来の友達Y子さんとご飯を食べることにした。そうしたら、Y子が数人に声をかけてくれて、おもいがけず数年ぶりに同級生の何人かに会うことができた。3~4年ぶりの人もいれば、高校卒業以来会ってなかった人もいて、すごく懐かしかった。高校からの友達もいれば、小中高とずっと同じ学校だった人もいる。小学校6年生の時に私のクラスに転校してきたKくん(いまは口腔外科のドクター)とは、じつに30年以上のおつきあいということになる。高校時代からの友達だって、もうそろそろ30年近い。小学生のときの超生意気な子供だった自分とか、中学高校時代は放課後毎日テニスコートにいた自分のことを知っている人たちがそこにいるって、なんだか不思議な気分だ。
 東京でも時々、同級生で集まって飲むことがあるけれど、いつも思うのは、同級生って、たとえ何年会っていなくても、会った時にはいつもごくフツーに話ができるということだ。もちろんみんな歳をとっているし、それなりに人生を重ねていろんな経験をしてきている。それでも、会えばいつも昔の気持ちで話ができる。20年前、30年前のできごとが、つい昨日のことのように鮮やかにフラッシュバックする。集まるといっつも必ず出てくる学生時代のくだらない思い出話から、いまの仕事や家族の話まで、なんでもかんでもだらだらと楽しく話していられる。それってやっぱり、根っこが同じだという安心感とか信頼感があるからなんだろうなと思う。クラス会とはいえない極々小規模の集まりでも、同級生と会うのって、いってみればちょっとしたタイムマシン的なものかも。ちょっと昔へ時間旅行できる、とっても楽しいタイムマシンだ。

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2005年9月24日 (土)

感劇話その4 江戸のDV男

 こんな私のブログでも見ていてくださる人がいて、「19日からとまっているけど、次はいつですか?」というメールをいただきました。ありがたいことでございます(涙)。
 じつは数日前から実家に帰ってきて、調子の悪くなった父の世話をする母を手伝ったりしていて、時間はあるにもかかわらずなんだかゆっくりPCに向かう気がおこらないまま毎日が過ぎていたのだけれど、今夜はちょっと一段落したのでPCを開けている。なので、数日前に観た9月文楽公演2部の話をちょっと。
  2部の演目は『菅原伝授手習鑑』の寺子屋の段と『女殺油地獄』。寺子屋は先月、内子座でも観たが、配役は少しずつ違っていた。前回観ていたようでじつはちゃんと観ていなかった人形の細かい動きや、義太夫と人形の動きの絶妙な関係などを観れておもしろかった。しかし、小さな子供が主君の若君のために喜んで命を投げ出すという設定は何度見ても辛い。階級社会でそういうことが名誉な時代だったのだから、といわれてもやっぱり・・・。でも時代物って、そういう設定がやたら多いんだけどね。
 そこへいくと世話物はやっぱり庶民の世界だからわかりやすいというか、さすが近松というか、『油地獄』はいろんな意味でおもしろかった。この与兵衛という男、苦労知らずで見栄っ張りでキレやすくて、家庭内暴力の挙句に勘当されて、借金をせがんで断られた油屋の女主人を殺してしまうという、まさに今の時代でも新聞の三面記事欄に出ていそうなお話。その憎憎しい感じを、人形遣いの勘十郎さんがよく出していた。油まみれになる殺しのシーンは迫力満点で、油に足をとられてツーッとすべるシーンも、とてもリアル。ぬるぬるした油の気持ち悪さや歯がゆさと、この男、与兵衛の性根がうまくだぶっている気がした。前回観た時は蓑助さんが与兵衛を遣っていたが、今回は蓑助さんが女主人で、これはさすがの本領発揮で色っぽい。
 それにしても、近松はこういうどうしようもない男を描かせたら絶品だ。『冥途の飛脚』にしても『天網島』にしても、「いるいる、いるよね、今の時代でも、あんな情けない男・・・」と、帰りにご飯食べながら情けない男談義でひとしきり盛り上がってしまったりできるくらい。男の情けなさって、女のほうが容赦なくリアルに描けるんじゃないかという気がしたりするのだが(今なら、さしずめ内館牧子あたりか?)、同性であそこまでできる近松、やっぱりすごいと思ってしまうわ。

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2005年9月18日 (日)

辻堂の双雲さん

 ヘコんでいても締め切りは待ってくれないので月末に入稿する原稿の準備を少しずつ始めることにした。というのも、来週数日都心から離れるので時間がたっぷりあるというわけではないし。
 まず『和楽』の対談原稿を進めるべく、テープおこしの原稿を読み始める。今回のお相手は書道家の武田双雲さん(30歳)。いま話題の新進気鋭の書道家だ。数々のコラボレーションなどユニークな活動が話題になっていて、最近では映画『北の零年』の題字を書いたことでも知られる。取材日は8月下旬、場所は武田さんのお宅がある辻堂だった。あの日もものすごい猛暑だったなあ。原稿を読みながら、あの日の辻堂の強い日差しが強烈に頭の中に甦ってきた。
 駅で武田さんと待ち合わせ、車2台に分譲してお宅に向かう途中、先導する武田さんの車が停まった。「せっかく辻堂に来たんだから、まずはこの海を見ていってください」と、武田さん。気がつくと、道路の前に海が広がっていた。周りには水着姿の親子、サーファー、そしてサザンが流れる海の家。典型的な湘南の夏のシーンが全開バリバリだった。焦げ付きそうな日差しの下で、スタッフ全員で海をみつめること数分。水平線を目の前に、左手に江ノ島を見たのは、考えてみたら学生時代以来だったかも。烏帽子岩もくっきり見えた。こんな所にはTシャツと短パンで来たいよなあー、と、ふと横を見ると、カメラマンの福岡さんはアロハに短パン、そのものズバリのいでたちだったので吹き出した。ビーサンまで履いている。仕事だろ。でもそのあたりが彼らしいといえばらしいのだが。
 お宅は築数十年の日本家屋。庭には百日紅やら紅葉やらいろんな樹木が生い茂り、和の佇まい溢れるお家だった。書道教室に使っているという部屋で小松さんとの対談開始。周りの机の上に半紙や墨汁が無造作に置かれていたり、壁に書道教室の生徒さんたちの書や写真が飾られていて、子供の頃に通った書道教室のことを数十年ぶりに思い出してしまった。私が通っていたのは町の集会所みたいなところでやっている教室だったなあ。いろんななつかしい気持ちがフラッシュバックしながらの取材。終了後は武田さんおすすめのお店でシラス三昧のランチを食べて帰ってきた。
 今、武田さんは数多くのテレビやメディアで紹介されていてものすごく忙しそうだが、基本はあくまでも週4日行なっている書道教室だというのが、ちょっと意外な気もした(いい意味で)。生徒さんの中には京都から通ってくる人もいるという。昭和30~40年代の日本の家の雰囲気そのままのお家と、猫や蛙の集会所にもなっているあの庭がある場所で毎日書いていることが、いい意味ですごくつながっているんだろうなと思っていたら、まもなく引っ越さなければならなくなって、近くに新居を建てていらっしゃるのだとか。8月に待望の第一子が誕生したことが予想以上の感動で、いまは人生や書に対する考え方がどんどん変わってきているという双雲さん。新天地に移って、彼の書もこれからまたさらに変わっていくのだろうか。ハートの熱い武田青年。さすが火の国熊本県人は熱い。同じ九州でも、無気力といわれる大分県人の私とは人種が違う感じがしたよ。

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2005年9月16日 (金)

お詫びと訂正

 やっと時間ができたので、何年ぶりかで暑中(残暑)見舞いの葉書を作って、ごぶさたしている人々にお送りした。のはよかったが、なんと大変な誤植が・・・・・・。イラストレーターの久里洋二先生に以前、描いていただいた私の似顔絵を載せたのだけれど、久里先生の文字が間違っておりました・・・・・先生、本当にごめんなさい。猛反省、してももう遅いけど(涙)。バタバタとあわただしく作ったのがいけなかったのか、何度も校正したつもりが、見落としておりました。改めて、冷静な目で見ていま大ショックを受けています。久里洋二、が正しいお名前です。お詫びとともに訂正させていただきます。もしも葉書を見て、このブログを見てくださった方は、そういうことですのでご了承下さい。

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2005年9月14日 (水)

ベッキー再び

 ベッキーのインタビューをしてきた。6月以来、2度目だ。媒体は某下着メーカーのカタログ雑誌。ベッキーがこの下着のCMのイメージキャラクターをしていることから、表紙のモデル撮影&インタビュー記事を季刊のカタログ雑誌にも載せるという事で、編集長を務める友人の編集者Sから頼まれた仕事だ。3ヶ月ぶりのベッキーは、今回も元気いっぱいだった。
 インタビュー内容としては、ぜんぜんカジュアルなもので、下着やファッションについてのベッキー論みたいなもの。人生とか生きかたとかについて突っ込んで聞くような内容ではないので、ある意味ぜんぜん(こちらの)気もラクだし、まあなんだかんだいっても雑誌とはいえ広告みたいなものだから、下着の話やそのメーカーの商品にうまく結びつく話をベッキーにしてもらえばいいという感じのものだ。前回の1回目もそんなわけで、そんなに気構えもなく、ある意味、あまり深く考えずに向かったのだった。えてして、そういう場合は表紙の撮影やら、そのインタビューページ用の撮影など、撮影がかなりメインであり、すべてが無事に終わった後に付け加えのようにインタビューがあるという感じだし。
 でも、そんな感じで臨んだ1回目のインタビューで、私はある種、心地いい裏切られ感を味わった。ベッキーは、ちゃんとプロだったのだ。こんなことをいったらベッキーに対して本当に失礼なのだが、実際に会うまで私は彼女に対して、いわゆるテレビで見る彼女に抱くごくフツーのイメージとして、元気いっぱいのキャピキャピした(この表現はもう死語なのかな)アイドル、という印象しかもっていなかった。実際、そういうアイドルにインタビューして大した話も聞けず、困ってしまった経験はこれまでにいくつもあった。要するに、アイドル本人が自分の言葉でものを語れないのだ。だから、ベッキーもおおかたそんな感じなのかなというイメージを勝手に抱いていた。でも、実際の彼女はぜーんぜん違っていた。とっても思慮深いし、何事に対しても自分の考えをちゃんと持っているし、こちらが何を望んでいるのかをちゃんとわかって、的確な答えを聞かせてくれるという、とってもノーブルで素敵な女性だったのだ。嬉しかった。というか、勝手に彼女に対して事前にイメージを持っていた私が悪かったんだけど。記事は2ページでそんなに突っ込んだことは書けなかったけれど、いわゆるちゃんと広告的にもフォローできる内容でありつつ、しっかり彼女の人となりを感じられるような原稿としてまとめることができた。
 で、1号目が12万部も売れたということで、2号目も同じスタッフで、そしてまたベッキーをキャラクターにたてて表紙&インタビューページが実現した、というわけだ。今回はベッキーを追っかけるテレビのドキュメンタリー番組の撮影隊も入っていて、ややあわただしい現場ではあったけれど、前回同様、力の入った表紙撮影&中ページの2パターンの撮影の後、力の抜けたベッキーインタビューを行なった。表紙撮影のベッキーはすごくかわいくて上品で、いつものバラエティ番組やロケで見せるイメージとはまたひと味違う、大人の女性としての魅惑的なベッキーの雰囲気を全開で放っている。ほんとにかわいいよ。で、インタビューではまた、(ほんとにそんなに仰々しいページではないんだけど)ちゃんとクライアントの商品のポイントを上手に押さえつつ、彼女なりの意見をしっかりと聞かせてくれて、仕事してくれたベッキー、ほんとに素敵な女性で、私の好感度もまたアップ。
 つい最近、某メーカーが行なったアンケートで、「一緒に飲みたい部下」の女性部門の2位に見事に輝いたベッキー。同世代の子はもちろん、うんと年上の上司とか、じいちゃんばあちゃんの悩み事でも、うんうんと話を聞いてくれて、なにかしら元気になれるようなことをいってくれそうなベッキー。世間でじわじわとアップする好感度もうなずける気がする。

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2005年9月13日 (火)

感劇話その3 白狐、あなどれず

 文楽公演(1部)を見てきた。演目は歌舞伎でもおなじみの『芦屋道満大内鑑』。陰陽師で有名な安倍晴明のお父さん、安倍保名を中心とした話で、晴明の出生にまつわるエピソードを物語にしたものだ。偶然にも、2週間前に「本の雑誌」(文藝春秋)の対談で、「陰陽師」の作者である夢枕獏さんと挿絵の村上豊さんにお会いしてきたばかり(同時多発入稿の最初の仕事・・・・・・)だったので、親近感がさらに増してしまった。晴明は、かわいい童子の姿で最後の段に出てくるだけだけど。
 この話では、晴明は保名と(葛の葉姫に化けた)狐との間に生まれた子供という設定で、のちに陰陽師として人並外れた才能を発揮する晴明のDNAはそこにあったのか~、と納得できるような話。保名の人形を、休演の玉男師匠に代わって一番弟子の玉女さんが丁寧に遣っていたのが印象的だった。文雀さんが遣う葛の葉(晴明の母)と狐の早替わりはとても鮮やかで、思わず目を奪われる。他にも、一人遣いから今の三人遣いになった最初の人形とされる与勘平が出てきたりと、見所いっぱいだ。
 他の演目でも馬とか猫とか動物が出てくるものがあるけれど、私はこの文楽の動物たちが大好き。ものすごく緻密に作られている人形とはうってかわって、ものすごく力が抜けたようなかわいい作りなのだ。人形とのそのギャップに、いつも笑ってしまう。しかし、そんな動物の中にあって、狐はけっこうそれらしく作られているほうだ。狐、特に白狐は『本朝廿四孝』とか『義経千本桜』など、時代物にもよく出てきて、重要な役割を果たしていることが多いからか、飛んで消えたり、回転したり、何をしても姿がサマになる。
 もう一つ、今回面白かったのが、狐の化身の台詞。狐の化身であることを想像させるように、人形が狐らしい手足の動きをするようなことがあるが、今回は大夫の語りにもそれがあった。葛の葉の台詞で、「・・・・・お肌寒にはなかりしか」とか「なんぞせずばなるまいか」の最後の「か」のところを、狐のコン! という鳴き声を連想させるように高い音で「・・・・か?」と語るのだ。愛嬌があって、かわいい演出。作者は元祖竹田出雲。文楽の黄金時代を招いたとされる人物だけに、なるほど細かいところまで配慮されているなあと感心させられる。

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2005年9月12日 (月)

台風一過

 やまない雨はない。過ぎていかない台風もない。たとえどんなにひどいツメ跡を残しても。そして、終わらない仕事もない。
 同時多発入稿の虎の穴からやっと抜け出しました。最後の最後に控えていた大きなヤマでは、ターミネーターのような編集者から老体にびしびしと鞭を打たれて(歳はそんなに変わんないのになあ)、終わったときにはもうヘロヘロ。何日も寝てないはずなのにけして衰えない彼のエネルギーとモチベーションには、つくづく圧倒された。創刊号とはかくも気合の入るものなのか。あっぱれ。そして恐るべし。
 しかし、とにかく終わりましたー。昨日、おとといはもう廃人のように1日寝ていたが、これからはしばらく時間があるし、夏休みもとれるし、早く身体を通常モードに直して、リフレッシュしないと。そう、今月は文楽東京公演もある。ただ、私の大好きな吉田玉男師匠が今回は病気で休演しているのがちょっと心配だけど。
 しかしここまで、なんだか今年はほんとーーーに忙しかった。長かったなあ。よく身体がもったなあという感じ。これからは通常モードに戻って、映画を見たり、好きな本を読んだり、今年に入ってぜんぜんできてなかったことをしたいなぁ。忙しかった後に暇になると必ず風邪をひいたりするので、それも注意しなければ。今までしばらくごぶさたしていたお友達のみなさん、ご飯行けるので連絡くださぁーい(選挙速報にシラケつつ)。

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2005年9月 1日 (木)

感劇話その2 内子座文楽初体験(続き)

 次の日にでもすぐに続きを書こうと思っていたが、怒涛のような同時多発入稿ウィークに突入・・・・・・内子座での束の間のリフレッシュの時間も、遠い昔(涙)。
 しかし内子座、楽しかったなあ。明治・大正時代の芝居小屋の風情が漂う内子座。申し込みが遅かったので、松席でも2階しかとれなかったけれど、それでも舞台が近い感じで。京都・南座のレトロな雰囲気をぎゅっとコンパクトにして、全部木造にしたような(意味不明?)・・・・・・新宿の末広亭を少し大きくしたような感じで(意味不明?)・・・・・・とにかく、劇場の造りも、来ている人たちの雰囲気も、やっぱり国立劇場や大阪の文楽劇場と比べてアットホーム。「暑いでっせ」と、住大夫さんにいわれていたけれど、エアコンが入っていたようだけど、ほんとに暑かった。みんな、うちわや扇子をぱたぱたしながら、文楽鑑賞。ぜんぜん違うけど、バリのウブドの野外劇場で観たバリダンスとか、小学校の頃の映画教室とか、そんな雰囲気を思い出して、いい気持ちになった。
 演目は、「菅原伝授手習鑑」の寺子屋入りの段、寺子屋の段、ほか。寺子屋、泣けました。文楽を3年観ているけど、考えてみれば寺子屋は初めて。歌舞伎では仁左衛門と玉三郎のときに観て、やっぱり泣けたけど。今回は松王丸が玉女さんで、女房千代が文雀さん。この二人のかみしめる苦悩ぶりが、人形にもよく出ていて、もう涙、涙。人形とわかっていても、身代わりになって命を落とした小太郎の亡骸を抱く千代の姿に、また涙。
  住大夫の語りのときに、舞台の前に置いてある蝋燭(内子は和蝋燭の産地でもある)が過剰に燃え出して、係の人があわてて撤収したというハプニングがあった。その後の舞台の盛りあがりで、すっかり忘れていたけれど、終演後の舞台挨拶で、住大夫さんがそのことについてコメント。「あれ、少し気になりましたわ」といって、場内は大爆笑。すぐ目の前で燃え盛る炎を微塵も気にもかけず、朗々と語りを続けていたのに、やっぱり気になっていたんだ、と思うと、また大笑い。最後まで、舞台と客席に一体感があって、わくわく楽しい数時間でありました。前日まで仕事がかなりタイトだったけど、おかげですっかりリフレッシュ。来年もまたいっちゃおうかな~。
と、気分転換に書いたところで、また原稿書きに戻ります・・・・・・終わらない仕事はない、はず・・・・・・。

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