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2005年8月29日 (月)

感劇話その2 内子座文楽初体験

 いま出ている「和楽」9月号で、人間国宝・竹本住大夫さんのインタビュー記事を書いている。住大夫さんが、この8月末に愛媛県の内子座で行なわれる文楽公演に出演されるというので、その話を中心にうかがったのだ。内子座は内子町の一角にある歌舞伎劇場で、もともとは大正5年(1916年)の創建。昭和60年に、その創建当時の姿のままに復元されて現在に至っている・・・つまり、明治、大正時代の芝居小屋の雰囲気をいまに伝える劇場、である。内子町は江戸後期から和紙と木蝋の生産で栄えた町で、当時の面影を残す町並みが国の重要伝統的建造物保存地区に選定されている。内子座も、その保存地区からほど近い場所にある。
 住大夫さんは、この昔ながらの芝居小屋らしい芝居小屋が大好きで、公演で訪れるたびに、自分が文楽の世界に入門し、列車で全国を巡業していた昭和20年代頃のことを思い出して、とってもなつかしい気持ちになるのだという・・・そんな話を聞いているうちに、すっかり私も、よ~し、行くぞ、という気持ちになっていた。ここ3年、文楽にはまって東京以外の公演も行けるものは行っているが、内子座で文楽を観たことは、まだなかった。即、チケットを申し込み、その日(6月上旬)から指折り数えてこの日を待っておりました。
 ということで、ついにその日がやってきた。土曜日、朝の便で松山へ。松山から内子までは特急列車で約20分。友人の編集者Sと松山駅のホームでじゃこ天と缶ビールを買って乗り込み、車内でいただきながら、早くも旅気分を満喫。少し早く着いたので、先に瓦屋根と白壁の家が連なる保存地区を散策してから内子座へ。瓦葺き入母屋造りの木造2階建て、という内子座。その入り口は、なんとなく子供の頃に遊んだ近所のお寺の正面と似ていた。ここで靴を脱ぎ、廊下を通って席へ。その行程も、床を踏みながらお寺の本道へ進んで行くような感じだった。客席は、1階も2階も後ろや左右以外は基本的に平席で、舞台と客席がけっこう近い。うーん、初めて来たにもかかわらず、たしかになつかしい雰囲気だ。気分が徐々に盛り上がる(眠くなってきたので、つづく)。

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2005年8月23日 (火)

食べるにもやっぱり体力が・・・

 日付が変わってしまったが(今は午前1時頃)、22日の話。このところ、9月末に新創刊する雑誌の仕事で、料理屋さんのロケハン試食や取材食が続いている。私は食専門ではないけれど、今度の雑誌はひたすらおいしいものを求め続けて食欲を刺激してきた従来の「食」雑誌とは違い、おいしい人生をエンジョイするライフスタイル誌だということで、私にもお仕事がきたみたい。ということで、その創刊号の特集記事の取材のため、今日(22日)も、銀座の和食やさんに行って来た。
  4丁目交差点から程近い場所にある、創作和食のお店。器と食材、その盛り付け方のバランスなど絶妙なプレゼンテーションの仕方に加えて、スタッフのおもてなしの心がやさしく、とっても心地よいお店である。撮影は数日前に終わっていたのだが、時間がおして試食ができなかったので、改めてやってきたのであった。
 編集者から「コースのデザートまでしっかり食べてください」というお達しが出ているにもかかわらず、その2つ前の段階(今日は冷鉢)あたりから早くもお腹一杯になっている私。しかしもちろん、お仕事だからきっちり残さず食べた。野菜づくしだから、お腹一杯食べても身体にはやさしい、と頭ではわかっていても、やっぱりお腹くっちいのはきつい。帰り道もきつい。ここ半月、数日おきにこういう経験をしているわけだけど、どんなおいしいお料理でも、こういうことを毎日毎日やっていたら、やっぱり身体的に辛いだろうなと思うと、つくづくグルメライターにはなれない自分を再確認。B級グルメでも三ツ星レストランや寿司専門でも、それを食べ続けて書いている人は、本当にすごいなあと思うわけで。
 でも、今日のメニューはもちろん、どれもおいしかった。私のベスト3は、青大豆の呉汁、泡立つじゅんさい(蒸し鮑入り)、季節野菜の焼き物(味噌焼き)。それから、デザートのイチジクのみつ豆は、山椒の香りがきいていてもう絶品。大人のスイーツという感じで、お腹くっちいのに、スプーンがスイスイ進んでしまいました。量では勝負できないけれど、やっぱり食べることは大好きなり。

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2005年8月16日 (火)

週末のごほうび

 世の中、やっぱりお盆休みで、東京の町には人が少なく、電車の中も道路も密度が低くてスムーズだ。打ち合わせに六本木に行くのにも、渋谷からタクシーに乗ったらいつになくびゅんびゅん走ってあっという間に着いた。 先週もまた怒涛のような毎日。特に週末の金曜、土曜はなかなかヘビーなインタビューが続き、神経が緊張しっぱなしだった。土曜日のインタビューは午後から、撮影も含めて数時間。終わってから打ち合わせもあったので、そのまま掲載誌の編集部へ行き、ついでにインタビューのテープおこしも済ませた。
 その後、夜は編集者のロケハンにつきあって、麻布の梅さんの店でご飯することに。エアコン嫌いの友達兼編集者Bと一緒にベランダの席を予約。
 お店に行ってみて初めて知ったのだが、その夜は東京湾の花火大会が行なわれる日だった。どうりで昼間、街に浴衣姿の若い男女が多かったなあと。夕方からのすさまじい雷雨で、お店に行った時には雨はしっかり上がっていたが、ベランダのテーブルと椅子はびしょぬれだった。でも、梅さんがそれを丁寧に拭いてくれて、案内されたテーブルからは、目の前に東京湾の花火がドーーーン。梅さんの店はマンションの12階で、目の前にはレインボーブリッジと東京湾、後ろには六本木ヒルズという、すばらしい眺めが望めるのであった。
 そよそよとしたやさしい海風にふかれながら、花火を見ながらのおいしいワインとご飯、という至福の時間が始まった。お互い忙しい日々が続いていただけに、この思いがけないサプライズ? には涙が出そうになった。花火を見ながらゆっくり食事をするなんて、何年ぶり? いや、初めてかもしれない、というくらいの感激(屋形船なんて、経験ないし)。友達Bとは、じつは中学生以来の30年以上のつきあい。二人で並んで花火を見るなんて、ほんとに中学時代の大分川の花火大会以来だ。夜空に咲く大輪の花やにこちゃんマークの花火に狂喜乱舞しながら、おいしいワインと梅さんのおいしい手料理をいただきながら、心と身体にたまった澱みたいなものが、少しずつ流されていくような、シアワセな時間。これって、やっぱり神様からのごぼうびなのかもなぁ、と、二人して単純に喜んだのでありました。

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2005年8月 7日 (日)

身体が資本

 今週(8月1日~6日)は、猛暑の中の取材が続いた。3日は川口の工事現場にて取材。建設中のビルの屋上で、照りつける太陽の下で撮影をした。工事中ゆえに、屋上にはまだ断熱剤のようなボード(屋上面だから断熱材ではないのだろうと思うけれど)が床面にはりめぐらされ、その上に鉄骨が組まれた状態、の上に立って撮影したのだが、気温30数度の太陽がまともに真上から照り付け、そのうえ、床面のボードが天然のレフ板の役目をして、かなりの照り返し。撮影中、自分の腕がじりじりと焼けていくのが実感できた。
 撮影後も取材が続き、結局、朝の9時頃から夕方5時頃までなんだかんだと現場で取材をしていたことになる。撮影場所以外にも、現場をいろいろと案内してもらったが、当然、どこもオープンエアーなわけで・・・・・・あづかった~。現場には、工事に携わる職人さんたちが熱中症にならないように、エアコンのきいた休憩所や、水分補給所などが完備されていたが、ほんとに、こんな真夏に工事している人たちには、改めて頭が下がる思いがした。計8時間の滞在で、1リットルくらい汗をかいたかも。
 次の4日は、9月末に創刊する雑誌の取材で、午後に銀座のワインバーへ。夜の営業のための仕込みの時間を取材にあてていただいたのだが、ビルの2階のお店には容赦なく太陽光線が降り注ぎ、エアコンもあまり効かない感じで、これまた暑かった・・・・・・。オープンキッチンの脇で撮影したり、話を聞いたりしたのだが、料理を作っていただくのに火を使うから、よけいにまた温度が上がる。「昼間はこの部屋あんまりエアコンが効かないので、暑いでしょう? ごめんなさいね~!」と、お店の人がいってくれるので、よけいに恐縮して「いえいえ、大丈夫ですよ~」とかいってしまう自分もいたりするわけで。
 同行のカメラマンさんは首に巻きつけたタオルでしょっちゅう汗をふきふきシャッターを押しながら、「僕は普段からこんなタオルをしている人ではないんですよ~」と、いっていた(このカメラマンさんとは、この日が初顔合わせだった)。私も、さすがに首には巻かなかったものの、何度もタオルで汗をふきふきしながら、お店の人の話をきいた。もしかして、前日の工事現場がなかったら、もっとこたえたかもしれない。やっぱりそれなりに順応性ってあるんだなあと、人間の身体の神秘にびっくり、したりもして。
 終わって夕方5時過ぎ、ようやく弱々しい風がほわりと吹いてくるようにはなったものの、地下鉄の駅まで歩く間に、なんだか頭がぼーーっとしてきて、何もしたくなくなり、一刻も早く服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びたいという衝動にかられて、その後に立ち寄ろうと思っていた用事をキャンセルして家に帰った。前日が早朝からの仕事で睡眠不足だったせいもあって、疲れもあったのかもしれないが、その日は夕食もとらずに水だけ飲んでひたすら寝た。両腕が、夜中までしばらくじんじんと熱を持っている感じがした。あれは熱中症手前だったのかもしれないなあ、と、後から思ったのだけれど。
 そんなこんなで、暑さとの戦いの日々が続いている。なんだかここ数年、東京はどんどん亜熱帯に近づいているような気がするし、特に今年は私の天敵である湿度が高すぎて、本当に参っている。まだ8月も前半なのに、既に夏バテ、かも・・・・・・。お酒とか飲まないほうがいいのかなあ。これからまだまだ取材も続くので、ばてるわけにもいかないし。工事現場で働く人も、料理人さんも、ライターも、つくづく身体が資本の仕事なんだなあと、今更ながらに痛感した1週間でありました。

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2005年8月 2日 (火)

キュートな弓曳き童子

 気がつけば、あっというまにもう1週間以上が過ぎている。ブログをこまめに更新している人ってほんとにすごいな(たしか、前にもこういうコメントを書いたような・・・・・・)。日々、仕事の帰り道に、今日はこのことをブログに書こうと思ったりしているのに、夕飯を食べて飲んだりすると、もうあとは新聞を読んだりニュースを見たりしているうちに眠くなってきて、お風呂に入ったらもうそのまま布団へ直行・・・・・・まあ仕方ないっす。
 先週月曜日は、毎月の『和楽』の対談の構成で、名古屋のからくり人形師さんを取材した。九代目、玉屋庄兵衛さんは日本で唯一人のからくり人形師で、江戸時代に急速に発展したからくり人形制作の技術を継承している人。驚いたのは、からくり人形師は、からくりの部分を考えて作るだけでなく、人形の顔から着物からすべて自分でやるのだということだった。檜の塊をすっすっすと削ってかわいい人形の顔の形にし、色を塗り、目を描き込んで端正な日本人形の顔を作り出す。一方で、クジラのひげを使ったゼンマイや、木で作った歯車を組み合わせて精密なからくりのしかけを考える。エンジニアとアーティストの精神を併せ持つ、すさまじい仕事だ。
 いくつか人形を目の前で動かしてもらった。カタカタカタとお茶を運ぶ「茶運び人形」は、湯飲みを取り上げると動きがとまり、再びお盆の上に湯飲みを戻すとまた動き出す。一生懸命にお茶を運びに来る姿がいじらしい。江戸時代末期に作られたものを庄兵衛さんが完全復元したという「弓曳き童子」は、約1m(いや、もっとあったかも)離れた的の中心に、本当にちゃんと弓が当たる。しかも、4回弓を射るうち、1回はわざと外して、見る人をハラハラさせるという心憎いしかけまでされている。まさに外連(けれん)の世界。江戸時代にこんなハイテクを考え出した日本人はやっぱりすごいなあと感心させられる。考えてみれば、いまのアイボやアシモくんを生み出した日本のテクノロジーの元祖がそこにあるわけだ。そんな庄兵衛さんが、「でも愛知万博のトヨタのトランペットを吹くロボットはすごいですよ、ほんとに」といっていたのも印象的だったけど。すっかりからくり人形に魅せられて、一つほしいなあと思ってしまったけれど、案の定、オーダーメイドで作ってもらったらものすごいお値段。日本に一人ということは、つまり世界に唯一人の人、ということなのだから、ぜひもなし。でもほんとにかわいいです。

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