感劇話その250 志の輔らくご in PARCO 新年は志の輔の人情噺から。今年は「浜野矩随(のりゆき)」にじんわり涙。
なんと、ついに2025年は一度も更新しておりませんでした。どうもFacebookを始めて以来、備忘録はそちらがメインになってしまってブログにまでは至らず、となってしまいがちで……なーんて言い訳は関係なしで、つべこべいわずに今年はもうちょっと、もうちょっと頑張りましょー。
というわけで、感劇話その250。
(“感劇”は、感激と観劇を合わせた勝手な造語です。念のため。文楽、歌舞伎、落語、お芝居その他ライブの感想をまとめています。)
なんとリストを見ると約9年ぶり??? の感劇話だけど、なんだかんだで250回まで来ているとは……改めて、いろいろとびっくりですなあ。そんなことより志の輔らくご。かれこれ20年近くになるだろうか、お正月に通っている志の輔師匠の落語会だけど(会場は渋谷PARCO)、初日に行ったのはじつに今年が始めてだった。例年だと(2日目以降に行っているので)、開口一番「昨日までの高座は今日のためのリハーサルでした」のお言葉で笑いをとるんだが、初日だとどうなるんだろう、と思っていたら、どうやら志の輔師匠は初日がお嫌いのようで(笑)、初日の大変さを愚痴っておられました(今日とりあえずやってみて、それによって明日から色々と変えていかなきゃいけないし、とかなんとか……)。
ノリが良く軽快な「ドドンガドン」(新作かも)に続いて、何年ぶりかで聴いた名作「踊るファックス」は、変わらないドタバタぶりが楽しい。ただ、今やファックスを知らない世代も多いと思われ、そういう人にこの噺はちゃんと通じているのだろうか、とも思ったが、ひととおり客席を見渡してみても、同世代、いやもっと先輩世代の方々が大半を占めていたようなので、笑いはしっかり行き渡っていたと思われ。
そして、映画「国宝」への賞賛(といっていいと思う)から、能や、落語をはじめとする話芸など、日本の伝統芸能や日本の技術についての思いをひとしきり話した後で始まった三席め「浜野矩随(のりゆき)」。江戸時代に実在した腰元彫り(刀の小柄や煙草入れなどに掘る彫刻、およびその職人のこと)を題材にした人情噺で、落語だけでなく講談でもお馴染みの演目のようだが、私は今回、初めて聴いた。名人と呼ばれた腰元彫りの父を早くに亡くし、一人息子として後を継いだものの、とても不器用で、何を彫っても出来の悪い浜野矩随(のりゆき)。猫だか虎だかわからないものとか、かっぱなのかたぬきなのかわからないものとか、作るものは駄作ばかりで、取引のあった店が次々と離れていく。そんな中、道具屋の若狭屋新兵衛だけは何かと面倒を見てくれて、駄作でも毎回、いくらかで買い取ってくれていた。しかしある日、いつものように矩随が若狭屋に持ち込んだ作品は、馬だったが足が3本しかなかった。この日は酔っていて機嫌が悪かった若狭屋は、「こんなものは売り物にならない!」と怒り出し、「今まで持ってきた作品は一つも売れた試しがなく、引き出しに入ったまま。息子がいつまでたっても駄作ばっかりで、父親も草葉の陰で嘆いているだろう、もう腰元彫りなんかやめてしまえ、死んじまえ!」と言い放つ……。家に帰って母親に、ついに若狭屋さんにも愛想を尽かされてしまった、と話す矩随。それを聞いて、母親は……。
母とのやりとりから、事態は思いがけない方向に展開していくんだけど、クライマックスはほっこり、しみじみとして、最後の最後にはアハハと笑ってしまう。志の輔師匠の人情噺、本当にいい気持ちになる。今年も新年に聴くことができて幸せ。みんながたくさん笑える年になりますように。
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